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白石くんが小走りについてきた。どうやら、俺がちゃんとロビーへ戻れるか、心配らしい。それがわかるので、じゃけんに扱うこともできない。
俺は白石くんをちらっと見る。「白石くん、何年目?」
「半年です」
即答だった。俺は頷く。
「おじさん、無茶云うから、大変でしょ」
「はあ……」
「ああ大丈夫、おじさん、自分が無茶云ってるのわかってるから」
くすっとした。おじさんは、常に理想や、自分が考える最善を口にする。それが物理的に不可能なら、可能な限りそれに近づけた妥協案をさがす、というか、専門家にさがしてもらう。俺同様、わからないことを自分で考えるのではなくて、ひとに手伝ってもらうのだ。
「これは云わなくてもいい」と自己判断したら、もしかしたら実現できるかもしれないことまでできなくなるかもしれない。そういう考えだ。医者にかかるのと一緒で隠しごとはいけん、という方針である。専門家はその道のプロな訳で、アマの自分がこざかしくこれは不可能だろうとかこれはできないだろうとか勝手に決めたらだめだ、と。
それは正しいと思う。実際、ここの近くにある有機農園も、最初はまわりから無理だと云われたそうだけれど、近在の農家さん達に相談したらそうでもないとわかった。プロは違うのである。
今では、この辺の農家さん達は、無農薬や有機農法に鞍替えするところが増えている。おじさんが有機農法の作物ならそれなりの値で買い上げるし、無農薬の野菜を販売している会社に渡りがつくからだ。有機農園をはじめる前は、そこから無農薬野菜を買っていた。
売れるのならばつくるのは当然の話であって、なにも不思議ではない。おじさんの交渉が上手だって云うのもあるけど、ここら一帯の農業に何故か責任を持ってしまったので、農家さん達が安心したというのもあるだろう。
有機農法は虫や病気への対策が大変で、下手をすると付近の畑にひろがることもある。だから、もしそれがまわりに波及したら賠償する、と宣言したのである。なので、まわりの農家さんのなかで反対していたひと達も納得した。なんかしらんが、俺と違って責任を負うのが大好きなのだ、あのひとは。それも重めのやつ。
だから、従業員にもそれなりに無茶を云う。ただそれが、確定の指示ではなくて、こうしたいんだけどどうだろうか、という提案なだけだ。
「無理なら断っても、おじさん怒らないでしょ」
「はあ……」
白石くん自身は直に提案されたことがないのか、それとも断ってこなかったのか、曖昧な返事だった。
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