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白石くんははりきりすぎていて、二回、俺を置き去りにした。走るみたいにせかせか歩いていってしまうのだ。複数の出入り口があったり、かなり複雑な構造の建物なので、とりのこされるとどうしようもない。その度に俺は立ち停まり、慌てた様子で白石くんが戻ってきてぺこぺこ謝る。
緋毛氈の敷かれた通路をしばらく歩くと、支配人室に辿りついた。白石くんが遠慮がちに扉を叩く。「オーナー、お客さまをおつれしました」
「おう」
なかから弾むような声がした。白石くんが扉を開き、俺は支配人室へ足をふみいれる。
おじさんと、同じくらいの年代の男性が、応接セットで腕を組んでいた。間には将棋盤がある。「真緒、すまんのう、待っちょってくれ。今いいとこなんじゃ」
「いいとこ?」
「もう詰みになる」
「おじさんが?」
おじさんがはっとこちらを見た。相手がおじさんの飛車をとり、角をすすめた。俺は肩をすくめる。「ほら、詰んじゃった」
「ああっ、気付かんやった」
おじさんの悲痛げな声が、支配人室に響いた。
おじさんは粘ったが、それから五分程で投了した。ふたりでどこがいいとか悪いとか喋りながら、駒を片付けている。俺は、「そき座っちょけ」と云われたので、支配人の椅子に座っていた。白石くんはどうしたらいいかわからないみたいで、閉まった扉の傍でそわそわしている。
「おじさん、将棋好きやったん」
「最近の。こいつから教わったんじゃ」
対戦相手は支配人だった。どっちも仕事は?
駒と将棋盤が棚に仕舞いこまれて、おじさんが伸びをした。こういう動作が似ていて、親戚だなあと思う。
「真緒、持っちきたんか」
「うん」
「フロントに預けたんじゃな」
「ううん」
おじさんがきょとんとした。こればっかりはどうにもごまかしようがないし、カウンタの動きが不規則である以上、何回も運ぶふりはできない。途中で戻されたら最悪だから。
そしておじさんは、約束は守るひとだ。
「あのさあ、おじさん、ちょっとふたりで話したいんだけど」
「ああ」
おじさんが顎をしゃくると、支配人と白石くんが出て行った。俺は立ち上がって、ポケットから手を出す。
先程まで将棋盤があったところへ、握っていたアクセサリを置いた。
俺が手をどけると、おじさんが息をのんでばっと立ち上がった。しばらくアクセサリを凝視し、今度は俺を見る。俺は肩をすくめる。「電話で話したとおりだよ。これ、おじさんが買ってくれない? あと、じゅうたんとタペストリーもあるんだけど」




