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事故も事件もなく、目が覚めると目的地へ着いていた。俺は空港内にあるやたらおいしいお寿司屋さんに後ろ髪をひかれながら、タクシーでおじさんの旅館へ向かう。
空港から離れる程、景色はどんどん素朴なものになっていく。ビルがなくなり、民家さえも減っていって、車道の幅がどんどんせまくなる。
旅館の前で車をおりて、料金を支払った。この辺は匂いも違うな。御山程じゃないが、それなりに空気がおいしい。
俺以外にも、タクシーやハイヤーでのりつけるひとは多く居る。バスでの団体客もだ。ここは、おじさんの旅館でも安価なところで、慰安旅行や修学旅行によく利用されている。今日はこちらに居るそうなので、ここに来たのだ。
玄関前で、従業員にお辞儀で迎えられた。俺だから、じゃない。お客はみんなそうだ。俺は簡単に会釈を返して、ロビーへ這入った。
ロビーにはくつろげるように、椅子とローテーブルが置いてあるスペースがある。傍には自販機があって、お客さん達がそこで飲みものを買い、椅子に腰掛けて飲んでいた。目の前は全面がらす張りで、緑の鮮やかな渓谷と山が見える。こんなに景色がいいのに値段が安いと、最近評判がいいらしい。
俺はちょっとそれを眺めてから、フロントへ向かった。フロントには見覚えのない女性と男性が詰めていて、手ぶらの俺に対しても笑みを崩さずに宿帳を用意した。「ようこそいらっしゃいました」
「ご予約はしておいででしょうか?」
「泊まり客じゃないんです。オーナーと約束があるんですけど」
「は……?」
「マオが来たって伝えてください」
ふたりは顔を見合わせたが、女性が頷き、男性が電話を手にとった。「……オーナー、マオさまというかたがおいでです。はい……」
女性がしげしげと俺を見て、はっと息をのんだ。俺自体に興味はなくても、おじさんが「自分の親戚にはもと・天才子役が居る」と無責任に吹聴しているので、國立真緒の存在は知っていると思う。それで気付いたのかな。
男性が受話器を架台へ置いた。にっこり笑う。
「失礼いたしました。オーナーは支配人室にいらっしゃいます」男性が合図すると、二十歳前後の男の子が走ってきた。「白石くん、こちらのかたを支配人室まで案内さしあげて」
「はい」
白石くんはしゃっちょこばって返事し、ロビーに這入って左の通路を示す。「こちらへどうぞ」
「はい」俺はフロントのふたりへ振り返る。「ありがとうございます」
「いえ、当然のことですので」
ふたりはにっこりして、もう一度お辞儀した。




