3303
「お兄ちゃん……」
妹が気遣わしげに云って、俺の腕を軽く揺すぶった。「気分、悪いんじゃない?」
「ああ」
気分はとても悪い。
母がしかめ面で、ミネラルウォーターを注文してくれた。すぐに、氷水のはられたばけつにはいった、ミネラルウォーターの壜と、ステムが優美なグラスが運ばれてくる。父がグラスにお水を注ぎ、俺の前へ置いた。
俺は軽く頷いてお水を飲み、グラスを置く。「おいしい」
「真緒、あんまりショックをうけるような記事は読まないほうがいいのじゃない?」
そうかもしれない。俺はこれ以上、コマちゃんのことを嗅ぎまわる権利はない。コマちゃんが、戻りたくないという理由はわかった。それだけでいい。
コマちゃんは、ルッケンレーネ一座で、しあわせにしている筈だ。ポルンちゃん達がきっと、コマちゃんをまもっている。
博物館にでも行こう、という話になった。両親とも、そういった場所が好きなのだ。
丁度、近場の博物館で、夏休みの企画として夜間の営業をしている。雨がやんだなかを、俺達家族は歩いた。
両親は教師だけれど、俺が炎上した所為で両親の勤め先にまで(自称含む)記者が押しかけ、辞めざるを得なかった。今は、母は塾講師、父は通信教育講座の講師をしている。明日は裁判で、お仕事はお休みだ。だから、「夜遅くまで美術品を眺めていても大丈夫」だそう。
俺って、どこの世界に居ても、ひとに迷惑をかけているな。自分がいやになる。
博物館はそこそこにぎわっていた。夏休みの企画だけあって、親子連れが多い。入館料を払ってロビーへ這入ると、妹がぱっと走っていった。「ねえ、お兄ちゃん、これ綺麗」
「ああ……」
妹が指さしたのは、這入って右のケースに収められた、豪華なじゅうたんだ。古色がついていて、かなりの年代ものだとわかる。
妹の傍まで行って、ケースを覗きこんだ。妹はケースについた説明を読んでいる。「これ、幾らくらいするんだろう」
「そんなにしないんじゃない」
つい本音が出た。裾野だったら、下手したら銀貨数枚だ。古いものだから、その分高いだろうけれど。
妹が、信じられない、とでも云いたげに睨んできた。俺は肩をすくめる。
妹は別のケースへ歩いていった。ついていく。「これもかわいいー」
そちらにはタペストリーがはいっている。
「お前、こういうの好きなの?」
「うん」
「じゃあ今度、いいのあげるよ」
警戒するような目を向けられた。俺は微笑む。「安いものだけど、品はいいから」




