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ゆっくり歩く。また、巡回のおまわりさんとすれ違った。
「お疲れさまです。もしかして、例の、ですか?」
訊いてみる。お巡りさんふたりは苦笑いになって、答えない。俺はにっこりする。「あんなの、野良犬かなんかですよね。それとも、誰かのいたずらか」
お巡りさん達は否定も肯定もせず、お辞儀して居なくなった。もしかしたら、ネットに流出していないだけで、近所のひとが写真を撮っていたかもしれない。どうするかな。還元があれば、死んでしまったとしても安心なんだけど。
死んでも安心って酷いな、と自分に呆れた。マルジャンから毒をひきとり、また酷い吐き気に襲われる。
家へ戻ると、妹がソファの上でケータイをいじっていた。ローテーブルの上にはなにもない。「来た?」
「来たよ」
洗面所の扉を開けたままで、手を洗い、うがいをし、顔も軽く洗った。「お菓子喜んでた。今日はカーサ・ベルデの予約とったけん、晩ご飯一緒に食べようって。あ、ケーキも買ってきてくれたよ。炊事場に置いてる」
「食べる。お前も食べろよ」
妹はケータイから顔を上げ、にこっとした。
メロンと生クリームのケーキ、ガトーショコラ、抹茶チーズケーキ、ブルーベリーとヨーグルトのアイスケーキ、蜂蜜のしみこんだフィナンシェ、ピスタチオとラズベリーのケーキ、いちごとバナナのフルーツオムレット。
ケーキの箱は特大で、それもみっつあり、調理台に重ねて置いてあった。妹とふたりでローテーブルへ運び、それぞれ好きなものをとりだして食べる。
ローテーブルの上では、行き場を失っているアレキサンドライトの指環がきらきらしている。
「お兄ちゃん、それ、ちゃんとひきとってよ」
「あげたんだから返すなよ。結構、傷付く」
「じゃあお金払う」
「原価で譲る。クッキーひと箱買ってくれたらいいよ。いや、それだと俺がもらいすぎかな」
「ねえそれ本気で……」
妹は中途半端なところで言葉を切り、三秒くらい黙ってから、フィナンシェを口いっぱいに詰め込んだ。
俺はアイスケーキをやっつけ、抹茶チーズケーキにとりくみはじめる。チーズと抹茶の香りがうちけしあっている、少し残念な仕上がりだった。
「お兄ちゃん、本気だね」
「ああ」
「本当に、こんな凄い指環、お菓子ひと箱よりも安く手にいれたっていうの?」
頷いた。妹はしばらく手を動かさなかったが、そう、と頷いてガトーショコラにとりかかった。
俺達は三箱分のケーキを全部食べて、それなりの格好にきがえ、家族での食事の為に家を出た。




