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「妹がよくくい散らかしてるそうで、すみません」
俺の言葉に、女将さんはからから笑って、ほかの席にお膳を運んでいった。その姿がなんとなく、リエナさんやグロッシェさんと重なる。
四月の雨亭、どうなっただろう。ツァリアスさんは、俺があれだけ云ったんだから、もう無理なことはしないと思う。グエンくん達は神経が繊細にできているから、心配して体調を崩しているかもしれない。
御山と警邏隊が、俺をさがしているんだろうな。御山内で行方不明、その後まったく見付からないなんて、おそらく過去にはない事例なのじゃないか。だとしたら、何事も追求し、解明しないと気のすまない御山の先生がたが、とりあえずの決着がつくまであらゆるところを調べ、できる限りの質問をするという蓋然性は高い。
それに、山道掃除があった。あれはどうなったんだろう? 俺が居なくなったからって、中止できるような行事ではない。神さまへの捧げものだからな。
メイリィさんが居るし、レーイチくんとシエラくんも居る。先輩達も居る筈だ。配膳の人数が足りないってことは、多分ない。料理に関しても、ルクトくんやキーラさんが居れば問題ないだろう。
それよりも、直前で姿を消すなんてばちあたりなことをした奉公人が関わっていたとはけしからん、と疎蕩者が怒るのを危惧すべきだろうな。いや、山道掃除がはじまる前のことだから、それにまで天罰を下しはしないか。
お膳を前に動かない俺に、フォークでぶすりと腸詰めを刺し、妹は小首を傾げた。
「お兄ちゃん、食べないの」
「いや、食べるよ」
慌てて、フォークを掴む。妹はちょっと横目で俺を見る。それから微笑んだ。
「ねえ、これ食べたらジェラート屋さん行こうよ。おいしいとこ見付けたんだ」
妹は俺と同じで、おいしいものを食べることに至上の喜びを感じているのだ。おいしいジェラートと聴いて逆らえる訳もなく、俺はオムレツを食べながら頷いた。
なんにしても、中途半端なところでなげだしてきてしまった。
朝食を終え、俺は妹と並んで歩いていた。妹はあの女将さんと、それに黙々と調理していたマスターと余程親しくなったみたいで、バイクは喫茶店の駐車場に置かせてもらっている。俺が申し出たのだが、駐車代も要らないと、女将さんは親切だった。
妹は、なんとなく、俺が沈み込んでいるのをわかっているみたいだった。いつもならぺらぺら喋りながら歩くのに、今日は口数が少ない。「九月になったら、おじさんとこであけびとろうえ」
「ああ」
「はよさんま食べたいな」
「そうやな」




