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妹との会話で、俺は少しだけほっとしていた。どうやら、十年だとか、そんな月日が経っていた、ということではないようだ。妹は最後に見た時と、かわりなく見える。少し癖のある髪を栗色に脱色しているのも一緒だ。
「なあお兄ちゃん、わたしもうしばらくここに居ていい?」
「ああ、いいけど……あのさ」
「なに?」
「いや、だから、あの」
「あそうだ! お兄ちゃん戻ってきたら丁度よかったわ。あのばかどもに制裁が下るからね」
なんだか物騒な単語を口に出し、妹はにっこりした。こいつは昔から、言葉が過激なのだ。
俺はなんとかサンダルを脱いで、廊下へ這入った。妹はタオルで手を拭いながら、洗面所から出てくる。「テレビつけるね」
「ああうん」
「お兄ちゃんちゃんと手え洗って」
「わかってるよ」
妹はエコバッグを拾い上げてからリビングへ行き、ソファの横にエコバッグを置く。それからソファへぽんっとすわり、リモコンでTVをつけた。俺はなんだか釈然としない気分で洗面所に這入り、扉を開けたまま手を洗い、うがいをする。ついでに、せっけんで顔を洗い、手巾も洗ってピンチハンガーに干した。「明後日だって、判決」
「なにが?」
「なにって、お兄ちゃんのことやん」
棚からタオルをとって、手と顔を拭った。廊下へ出て、リビングへ行く。妹がちょっと横にずれ、俺はあいたスペースに座る。TVでは、のんきなバラエティー番組を放送している。
「裁判」
「え、まだ続いてたの」
「は? そら続くでしょ。相手が争う気満々だもん」
妹はローテーブルの上に置いてあるお菓子の袋をとって、両手で開けた。ポテトチップスだ。「夏休みやし、わたししばらくお休みやし、その日は裁判所まで行くつもり」
「ああ……随分長かったな」
「お兄ちゃんにとってはね」
妹は軽く、俺の頭を撫で、袋から口へポテトチップスを流し込む。ばりばりとおいしそうに嚙み砕いていた。手が油でべたべたになるからと、妹はポテトチップスをこうやって食べる。
「お兄ちゃんも食べよ」
「あ、ああ」
「見てないならチャンネルかえていい?」
妹はそう云いながら、俺の返事も待たずにチャンネルをかえた。夕方のニュース番組だ。キャスターが、今日が八月二日だと教えてくれた。そんなに時間差はなかったのかな。
妹がポテトチップスの袋をからにした。次のを開けて、また流し込んでいる。「ねー、お兄ちゃんのかつ丼食べたい。お麩がはいってるやつ」
「ああ。材料あれば、つくってあげるよ」
「やった。お肉冷凍してあるよ」
妹は本当に嬉しそうに笑った。俺も、つられて微笑む。普通に接してくれているのは、俺が精神状態を悪くして遁走したと思っているからかもしれない。




