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「おおきに」
「いや……あのさ」
「なん?」
「長い間留守にしてて、すまん」
階段の数段上に居る妹は、たちどまって振り返り、真顔で云った。「どういう意味? あ、そうだ、お土産は?」
「お土産?」
「えー頼んだにい。お兄ちゃんぼーっとしてるから、忘れた?」
妹は口をとがらせ、ずんずん歩いていった。俺は両手に持ったエコバッグに体力を奪われながら、それに続く。
アパートの外階段をのぼると、妹が俺の暮らしていた部屋の扉に、鍵を差し込んでまわしているところだった。妹に合鍵は渡していないが、母からかりたのかもしれない。
だが、手許を見る俺の視線に気付いたらしい妹は、鍵をひきぬいて顔の高さまで掲げた。
「おばちゃんにかりたの。お兄ちゃん居らん間、わたしがつこうていいかなあって。おばちゃんいいよいいよって、渡してくれた」
「あ……そう」
「もうしばらくひとり暮らしだと思ったにな」
妹はくすっと笑って、扉を開け、なかへ這入る。俺もそうした。
室内に、そこまで変化はない。靴箱の上に、妹が愛用しているハンドクリームのあき缶があって、妹はそこにバイクと家のキーをぽいといれた。
土間には、妹のパンプスとスニーカーが、一足ずつある。妹がショートブーツをぬいで廊下へ上がった。
俺は廊下へ荷物を置き、靴紐を解く。妹は洗面所に這入って、手洗いうがいをしてるらしい。すぐに、ぱっと顔を出した。「お兄ちゃん、かわいいサンダルやな」
「ああ、まあなあ」
「どこで買うたん? お兄ちゃんそういうの好きやっけ」
「いや……お前、なまりが酷くなってるぞ」
「しよんねえやん。毎日おじさん達と喋ってたら、うつるよ」
話を逸らそうと指摘すると、むくれられた。俺は頷くしかない。
妹は大学生だか大学院生だかだったが、おじさんの旅館の経営にも関わっている。イベント開催とか、企業とのコラボとか、そういうのの担当みたい。くわしくは知らないが、ずっと働いている訳ではなく、たまに呼び出されてなんかしているのだ。
そして、おじさんは地元のひと達を雇っているから、どうしても言葉がうつる。そもそも昔から、夏と冬には戻ってたところで、その時からお喋りの妹はめちゃくちゃうつってたし。俺は子役の仕事に支障が出るので(お駄賃のチョコケーキがなくなるのはいやだからである)、かなり気を遣っていたから、そういうことは少なかったんだけど、今はそうでもない。
しかし、そのなかで直に働いていた俺よりも、仲居だとかの実務には関わっていない妹が、より方言が強化されているのは、なんとなく皮肉である。




