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鼻の奥を攻撃されているような匂いで目が覚めた。
ひゅっと息を吸い、匂いで気分が悪くなって、俺は酷く咳込んだ。そうしながら体を起こし、周囲を見る。もの凄く煩い。そして、尋常じゃなく臭い。
よろよろと立ち上がって、がんがんする頭を右手でおさえる。情況を把握しようとして、俺は立ち尽くした。
息が詰まる。
ビルが見えた。
陸橋がある。電信柱が、電線が、信号機がある。そして道をいきかう沢山の自動車、バイク、自転車、ケータイを耳に押しあてて喋りながら歩いているひと達、楽しそうになにかを撮影しているひと達、どこからか響いてくる「トマトひとパック98円、キッチンペーパーひと袋138円、どちらもおひとりさまひとつまで」という声、クラクションを鳴らしながら通りすぎた車と、赤色灯を光らせながらそれを追う白バイ。「そこの車停まりなさい!」
「ここ」
息をする。意識して呼吸をする。歩く。
サンダルをはいているのに、アスファルトの上を歩くのは痛い。地面から拒まれているような気がする。
信じられない程臭くて、鼻がつんと痛くなるのは、排気ガスの所為だ。前はこんなの意識しなかったのに。
角を曲がってきたひとが俺にぶつかって、おざなりに謝って通りすぎていった。その手のなかにはケータイがある。あれを見ていたのだろう。パンの匂いがして、目をやると、おもちゃみたいな建物があった。のぼり旗が目にはいる。毎月一度の詰め放題デー、と書いてある。そこには行列ができていて、大きな紙袋をふたつ提げた大柄な男性が、赤ん坊を抱いた女性と笑顔で喋りながら出てきて、車にのりこむ。
「ここ、もとの世界……だ」
どこもここも、見覚えがあるけれど、はっきりは思い出せない。
あの世界とは違う。あの……魔法や魔物のある世界とは。
建物はどれも似通っていて、見たことがあるようなものしかないから、どこがどこかわからなくなってしまっている。俺は道には迷わないのに、頭に霞がかかったみたいに記憶がはっきりしない。
銅葺きの屋根も、立派な二重門も、なにもない。それに、まちが西へ向かって坂になっている構造でもないし、だからぱっと周囲を見れば、御山にへばりつくようになっている家邸を見てどちらが西かわかるなんてこともない。
そう、御山もない。あの、レントに居ればどこからでも目にはいる、天をつくような山が、目にはいらない。
それが奇妙な程に俺を焦らせ、怯えさせている。
ここはレントじゃないし、勿論御山でもない。ひとが多すぎる。どうしてこんなにひとが居るのかわからない。こんなに大勢がすんでいたら、還元過多による襲撃がいつ起こってもおかしくはないだろう。危険すぎる。




