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引き留めようと必死のおじさま達を軽くあしらって、部屋を出た。
生き証人さんが足を投げ出して椅子に座り、夜食らしいまずそうなサンドウィッチを食べている。
「もう帰るのか?」
「はい」
「稼ぎはどうだった? まぬけどもからむしりとってやったか?」
「負けちゃった」
「あ?」
生き証人さんはもぐもぐしながらこちらを向いて、くくっと笑う。「違う。賭けじゃなくて本業のほうだよ」
本業?
……ああはい。そっか、稼ぎに来てると思われてたのな。
「あしあらってるので」
「あ? まじで? まだいくらでも稼げるぜ、あんた」
「それはどうも」
「いやいや、本気で。勿体ねえなあ。俺があんただったら荒稼ぎしてる」
はあ。
いやそうな顔、はしちゃだめだよな。キャラ的に。
微笑んで、おにいさんの手を軽くはたいた。「残念だけど、今更戻ったらしめられちゃうから」
「ああ、難しいらしいな、そっちのギョーカイは」
「おにいさん、どうしてここに?」
「解るだろ。生き証人は制約が多くて、井からお呼びがかからない。こういうとこにずーっと張り付いてないとな」
そうなんだ。明日にでもセロベルさんに訊いてみよう。
にこ、っと、笑みを深くする。「おにいさん、お願いあるんだけど、だめ?」
「あん?」
「ここの胴元さんってお金持ちでしょ? 会えない?」
耳打ちすると、おにいさんはうーんと唸った。
「俺は下っ端だから、とりつぎは出来ない」
「えー。じゃ、胴元さんじゃなくても、護衛のひととか、金回りのよそうな男のひと。しらない?」
「知らないこともないけど、それをあんたに教えても俺は得しないじゃないか?」
生き証人さんは、にやっとした。口がひろい。
俺は笑みを崩さない。「そこはほら。巧くいったら……ね?」
「いいのか? 昔のお仲間にばれたら大変だろ」
「別に、俺が誰とコイビトになってもいいでしょ」
生き証人さんははははと笑った。
「いいたまだな。あんたの話にのったら得できそうだ」
いやー泥船ですぜ。ここの胴元を叩きのめそうとしているからね。
おにいさんは考え込む。
「……そうだな、次来た時に、色々教えてやるよ」
「ありがと。次はどこでやるの?」
「明日まではここだ。次は、シフェ通りの廟に行けば解る。その次ならノテセレ邸あと」
ありがと、とにっこりして、階段のほうへと向かう。
と、思い出して、振り向いた。
「ね、おにいさん、ここのお酒まずいよ。酒屋さんかえたほうがいい。でも、おつまみはおいしかった」
おにいさんはもう一度、楽しそうに笑った。




