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ふたりは楽しそうに相談して、風の魔法で上手にタルトタタンをカットしている。あれ便利だなあ。
りんごを下拵えして、型へ並べる。生地は……かなり減っちゃったな。もう少しつくろうか? 俺も食べたいし。
生地を被せ、焼きあがったものといれかえる。りんごじゃなく梨にするのもいいかな。
「マオ」
お茶のお代わりを提供してきたセロベルさんが、うんざり顔で戻ってきた。「定食、5。あとな、メイラたちがくってる菓子、ほかのお客もくいたがってる。あるか?」
「うん。じゃあ、ひとつ銀貨3枚、ひときれエスター60個で」
「解った」
ざっと計算して出した値段だが、かなり高いな。バターを沢山つかうから仕方のないことだが、売れない気がする。
が、そんなことはなかった。戻ってきたセロベルさんが云った。「やっつあるか?」
タルトタタン長者になれるんじゃない? まじで。
タルトタタン、というか、バターをつかったお菓子というのがめずらしいらしく、食べたことないから食べたい、と頼むひと多数。何人かは、おいしいから家族に持って帰りたい、とお土産にも買ってくれた。
ケーキボックスなんて気のきいたものはないので、油紙でふわっと包むくらいしかない。包んだものをカウンタで手渡しすると、あおざめたような顔色をした、緑の目の青年が、にこっと表情を和らげた。
「ありがとう。こんなにおいしいものを食べられたら、弟も元気になる……試験に落ちたんで、明日くにに戻るんだ」
「ああ、それは……来年もありますよ。これおまけです。クッキー」
受験失敗というのは辛かろう。せめて甘いものでも食べて憂さを晴らさないと、やっていられまい。クッキーの包みを渡した。
「いいのかい?」
青年は目をまるくして、クッキーの包みをうけとる。「ありがとう。弟は甘いものが好きだから喜ぶよ」
タルトタタンの包みが全部はけた。ワゴンを押して厨房へ戻る。
「今年は大騒動にならなきゃいいけどな」
「え?」
まかないを食べているセロベルさんが謎なことを云ったので、そちらを向く。「おおそうどう?」
「……落ちたやつが御山へおしいろうとして死者が出たりとか、あったんだよ。そこまで酷いことはなくても、毎年自殺未遂は出る」
そこまですること?
唖然としていると、セロベルさんがじゃがいもをフォークでまっぷたつにした。
「芝居だよ芝居。それくらいしないとくにに帰れねえってやつが居んの。情けないことに落ちたけど、自殺まで図ったんだからそっとしといてやろうって思わせる為」
ああ、そういうことか。「ただしなかには本気のやつも居るぞ。警邏隊がまきこまれて派手に心中、ってことが、過去にな」




