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ぐぐぐ。どうしようもないじゃんか。穢土なんかつかったらみんな殺しちゃいそうだし、偸利は目視が必要だ。俺の動体視力は下の下である。くいものじゃなきゃよく見えない目の持ち主なのだ!
あちこちで怒号と、甲走った笑い声、煽る声が響く。「のろま!」
「おいっ、あいつも収納空間持ちだぞ!」
「まわりこめー!」
やっぱり、兄貴分に命じられてすりをしているよう。ふざけてる。
まったく戦力にはならないが、ケータイという個人情報の塊をすられた以上黙ってはいられない。細い路地を覗きこんでみたり、警邏隊が走って行くのへついていったりする。そんな無駄なあがきをすること、二十分ほど。
「マオ!」
セロベルさんとぶつかった。「お前はじっとしてろばか!」
「だってすられて」
後ろに気配がさした。
振り向く。灰茶斑の髪が視野の下のほうにあった。ぴょんと耳がはみ出ている。こいつ。
するっと、俺の腕の下辺りの空間を、そいつは撫でた。なにもないところなのに、なんとなく触られたような感覚がある。
多分、お金、というか、お財布を狙ったのかな。そいつが切ったのは、10cmくらいだ。その分だけ、空間がずれたみたいになる。またなんかとられる、とみがまえた。みがまえたって無駄だけど。
次の瞬間裂け目から水が噴き出した。
「ぶべっ」
巾着切りがすっ飛んだ。
お水は高圧洗浄機みたいにとんでもない勢いで噴き出し続けている。あわわわわ折角のお水が! リエナさんとグロッシェさんが出してくれたのに!
あわてて「切り口」へ両手を当てようとした。「いったああああああい!」
水の勢いが激しすぎる。指が千切れるかと思った。あああああお水が、巾着切りゆるすまじいいいい!
セロベルさんが半笑いで、俺を押しのけて走って行く。
巾着切りは路地に倒れていた。あの距離でこの水流くらったら、下手したら死ぬ。死んだらケータイが戻ってこないかもしれないから困る。
セロベルさんが叫んだ。「バルド! 巾着切り確保!」
お水停まらないよう。リエナさんとグロッシェさんが、魔法で沢山出してくれたのに。
水流が少しだけゆるやかになったので、手を当てて「切り口」をふさごうとした。どう連絡したのか、警邏隊が続々と集まってきた。せまい路地なので鎧と鎧がぶつかって騒がしい。
「マオさん!」
「マオくん無事?!」
「……あう」
振り返る。「切り口」は、漸くとふさがった。しかし被害は甚大だ。「お……おみじゅが」
涙が湧いた。お水……。




