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ワゴンを押して食堂へと移動する。
「マオくーん」
ライティエさんだ。にこにこ顔で、フォークを指揮者のように振る。ご飯はおかわり自由が難しいので(値段的に)、パンかごに山盛りのパンも出しているのだが、ライティエさんの前のかごはほぼ空になっていた。「これ、おいしーい。お持ち帰りってできないのー?」
「サンドウィッチにしましょうか」カウンタへかごを置いた。「ふたつでエスター100個」
「うん! あっ、クッキー買うー」
席を立って、とことことやってくる。
「今日はなんのクッキー?」
「こっちのかごがごま油をつかったもので、こっちがおからです。どっちもエスター30個」
「えー、こっちは沢山はいってるけどいいの?」
ライティエさんはおからクッキーの包みをゆびさす。慥かに、そちらの包みのほうがふたまわりくらい大きい。
でも、ミスラ商会からおからを安く卸してもらったし、それくらいでももとはとれる。
四月の雨亭は大通りではなく、奥まったところにあるから、薄利多売のほうがお客さんもついてくれるだろう。
「原料が安く手にはいったんです。お腹がかなりふくれますよ」
「へー。おから? ってなあに?」
「大豆をすりつぶして、水を加えて煮立たせた後、水気をきったもにょです」
今のはセーフ。俺はなにもしらない。
ふーんとライティエさんは小首を傾げ、思案げだ。
包みをひとつ開いた。「味見します?」
「いいの? マオくん優しーいっ」
きゃっきゃっと喜んで、ライティエさんはおからクッキーをいちまいつまむ。
さくっとかじると、目が輝いた。ライティエさんは頬をおさえてぴょんと飛び跳ねる。「おいしーい! 凄くいい香りー!」
黒砂糖をいれてみたのだ。おからの豆臭さを巧いこと和らげてくれた。
俺は包みを顔の高さへ掲げた。「ししょくでーす。かうかどうかまよってるかたは、食べてみてくださあい。あ、赤ちゃんには食べさせないでくださいね」
オーブンで焼いてはいるけど、ボツリヌス菌こわいからな。
お客さんがわらわらと寄ってきた。セロベルさんに任せて、厨房へ戻る。
オーブンから天板をとりだし、クッキーをクーラへのせた。次の天板をいれてゆく。オーブンって便利だなあ。
特別注文のサンドウィッチを包んでいると、セロベルさんが倦み疲れた様子でワゴンを押してくる。かごが載っていて、空になっていた。傭兵さん達、健啖家だ。
「ライティエがあるだけ買うってよ。練兵場にさしいれ」
おお、ライティエさん、流石傭兵等級3。豪胆。
セロベルさんにも手伝ってもらって、クッキーを包んだ。
練兵場にさしいれってことは、傭兵達が食べる。つまりお客が増えるかもしれない。よし。




