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多分、子ども。にしても、すばやい。振り向いた時には姿は見えなくなっていた。数人、ぱらぱらと追いかけていく。
転んだひとが助け起こされていた。……さっきの、荷車をひいていたひとだ。
顔は泥に塗れているし、ずぼんの膝部分に血がにじんでいる。「なにかあったのか」
声に目を向ける。セロベルさんだった。
警邏隊の格好をしているセロベルさんに、男性を助け起こした年配の女性が、震える声で云った。「巾着切りです。可哀相に、このひと怪我をしてしまって!」
「そうか……犯人は?」
「向こうに走って行って……子どもでした」
荷車の男性が悔しそうに云った。「売り上げを全部持っていかれた」
セロベルさんがこちらに気付いた。荷車の男性を促し、歩き出す。
「顔と膝を洗ったほうがいい。歩けるか? ……マオ」
セロベルさんから、被害者を四月の雨亭へ連れて行ってくれ、と頼まれた。頷く。セロベルさんは、近くの警邏隊詰所へ報告に行くそうだ。
男性は、悔しそうに洟をすすった。
魔法と云うのは、魔力があればつかえる訳ではない。
魔法一覧にないと手も足も出ない。俺も、魔力:優なのに、冒涜魔法だけしかつかえない。
更に、精神の状態と密に関る。普段ならなんなくつかえるのに、緊張したり、ショックを受けたりするとつかえない、ということはままある。実際、すりにあった男性は、ショックで水の一滴も出せなくなっていた。セロベルさんが四月の雨亭へ連れていくよう云ったのは、井戸があるからだ。
井戸端で、膝と顔を洗うと、男性は少しおちついたらしい。「ありがとうございます……」
「大丈夫ですか? 骨が折れたりしてませんよね」
「たぶん」
とりあえず、食堂へ案内する。椅子へ座ってもらった。お茶を淹れて、クッキー数枚とともに出す。
「どうぞ」
「え……でも、金が……」
「いいですから」
ハーバラムさんとダストくんが這入ってきた。朝食の準備をしなきゃ!
丁度、セロベルさんと、警邏隊のひとがふたりやってきたので、俺は厨房へひっこんだ。
グラタン皿みたいのに油を塗って、マッシュポテトで土手をつくる。一口大のブロッコリー、うすく切った人参、ズッキーニ、解したとうもろこし、に軽くお塩を振ってなかへいれ、うすく切ったハムを数枚、くるっと丸めて横へ詰める。上からたまごを割りいれて、オーブンで焼く。
たまねぎをうすく切って、透明感が出るまで炒め、お塩とこしょうをしたらお水を注ぎ、きのこを手で解していれる。煮立ったらできあがり。
あとは、焼きたてのパンと、きゃべつの酢のもの、すもも。
すりにあったひとの分もつくった。辛い時はおなかを満たせば、多少なりとも楽になる。俺はそうだ。




