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「お風呂あるんですか?」
「ああ。昨日はどたばたしてて、伝え忘れててよ。でも、見ただろ? 庭にあるやつ」
にわ?
……ああ! もしかしてあれって厩じゃないのか?!
やっぱりそうだった。俺が厩だと思っていたのは湯殿だったらしい。
「親父が厩をつくりかえさせたんだってよ。リエナん家とは反対隣が騎商で、月に銀貨30枚で、うちのお客の馬車やらを預かってくれてたから」
「お……お風呂……」
いや、お風呂にははいりたいが、お客さんが押しかけた時の為にクッキーを焼いておかないと。トマトソースもほとんどはけちゃったし、おべんと用にローストビーフもつくりたい。色々やってからお風呂。
へへへ。お風呂あるって最高。入浴剤もらえばよかったなあ。
「あ」
セロベルさんがなにか思い出したような顔をした。申し訳なげに目をぱちぱちさせる。「すまん。えーっと……俺じゃあの量の湯は無理だ」
は?
……あ。
そっか。水道はない。温泉でもないのだろう。なら、お水を汲むか、魔法で出すかして、それをあたためないといけない。
セロベルさんはかりかりと頭を掻いた。「水を出すだけならできるかもしれねえけど、そのうえであたためるのは無理だな」
「……大丈夫です。今からクッキー焼くので……先にご飯にしましょう」
くそおお。水を出すか、あたためるかさえできれば。
三人分、食事を用意する。セロベルさんはしょぼんと耳をへたらせていた。お皿を準備したり、手を洗う時に水を出してくれたりする。
「昔はどうしてたんですか」
「ん? ああ……氾濫士と焦熱士が居て、湯をわかしてもらってた」
なるほど。「雇いましょうよ」
「はっ?」
「お風呂ですよ? 四月の雨亭の特色でしょ? お客さんがはいれるようにしましょう」
俺がはいりたいだけだ。おふろいいじゃんか!
クッキーより先にローストビーフを焼く。ローストビーフに使えそうな金属製のバットが沢山あったので、香味野菜・お肉・根菜とかお芋をつめこんで、オーブンへつっこんだ。クッキーは生地だけつくっておこう。収納空間へいれておけばいい。トマトソースと、ウスターソースもつかえそうだから仕込む。
セロベルさんは戸惑い顔だ。「でもよ。氾濫士や焦熱士を雇うとしたら、月に銀貨200枚はかかるぜ」
「えっと、住み込みにして、お食事つきでも?」
「……あー」
考え込むセロベルさんへ、グロッシェさんを呼ぶよう云った。セロベルさんは素直に出ていく。




