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ふたりは再び癒し手の許へ行った。一度の治療で治らないことは癒し手にも解っていたのか、対応は落ち着いていて、グロッシェさんは安心したという。
けれど、五度目で、癒し手の態度が変わった。
自分では無理ですと、別の癒し手を紹介してくれたが、治療費が桁違いだった。とはいえ手が動かなくては仕事にならない。貯えをつかいきるようなことはないだろうとグロッシェさんは思っていた。だって、医師が云ったのだ。治ると。
治る筈だ。治る筈。そう信じて、癒し手の許へ通わせた。宿屋は開店休業状態で、従業員は休ませた。食事を提供できなければ四月の雨亭ではないというのがヤイルさんの考えだったから。
次第に、ヤイルさんは、あしも動かなくなっていった。
癒し手を呼んで、恢復魔法をかけてもらうと、半日くらいは具合がよくなる。ヤイルさんは料理をしたがった。治ったらできると、空約束をするしかなかった。
貯えがなくなった。その頃にはヤイルさんは寝たきりになっていて、恢復魔法をかけてもらっても、少し体を動かせるくらいまでにしかならなかった。従業員は解雇したし、売れるものは売ってお金をつくった。
グロッシェさんは、清掃の仕事で稼ぎ、治療費を賄っていたが、とても間に合わない。夫を助けたい一心で、お金を借りた。だって、医師が、治ると云った。
でも 、ヤイルさんはよくはならなかった。
「夫が可哀相で……わたしみたいな獣人と結婚したばっかりに……」
獣人は、人間よりも給料が安いのだそう。同じだけ働いても、獣人であるグロッシェさんは、七割程度しかお金をもらえなかった。そのことも、借金の理由らしい。
「セロベルに迷惑をかけたくなかったのに、こんなことになってしまって、わたし、……」
「いいって」
セロベルさんがうんざりした様子で云った。グロッシェさんは、小さい肩を震わせる。
「わたしは、獣人だから、お客さんの前に出られません。ごめんなさい、マオさん」
「いえ。セロベルさんが居ます」
頷いた。「それに、グロッシェさんはお部屋の準備をしてくれるんですよね。……あ、まだ本調子じゃないですか?」
グロッシェさんはすんと洟をすする。セロベルさんが溜め息を吐いた。
具が野菜だけのやつを食べきった。旨い。食べながらだけど話はちゃんと聴いていたからいいよね。
しかし、医師がもっときちんと病状を説明してくれればいいのに。
「お前、やるきあるなあ」
ほかに能力証なくても雇ってくれるところなんてないだろうし。
もとの世界に戻れなかった時のため、安全地帯をつくっておきたいという、ただの保身。




