連邦共和国にて
サキはキャズドレッシュ自治区へ、還元を学びに来ていた。
ロアには、千年前の争い以前から土地々々をまもって生きている先住部族が、約600存在すると考えられている。中央政府と関わることをよしとせず、未だに隠れて暮らしている部族も居る為、正確な数は解っていない。
判明している部族は、公的に先祖伝来の土地を治める権利を持ち、七割が政府と折衝を重ねながら、独自の習慣や生活様式をできうる限りまもって暮らしている。残りの三割は、そもそも一ヶ所に定住しない。それでも一定程度の土地に関して権利は持つ。ただ彼らの暮らしは極く単純な狩猟採集を軸としており、その土地に余計なことさえしなければもめないので、政府はなにも口を出さないでいる。
キャズドレッシュ自治区は、サキの家の領に隣接している。キャズドレッシュというのは、その土地自体を表す言葉で、「ひろい台地」という意味らしい。キャズドレッシュに住む部族は名字を持たない為、そのまま対外的な部族名にもなっている。ロアの先住部族には名字の概念さえない場合もあり、名字がない部族は約四割にのぼる。サキもその文化を尊重し、キャズドレッシュで名字をなのることはない。
彼らが「友人の家」と呼ぶ、木と、土や草でつくった壁土でできた素朴な家で、サキは寝泊まりしている。要するに、外部からの来客用の建物だ。ふた間あって、奥の寝室には場違いに立派な寝台が置いてあり、部族と外の文化の折衷という感じの内装である。扉に錠はついていないので、夜になると首長の選んだ三人が、警護の為に詰めてくれる。最高齢のヴァンデル、その孫で十歳前後の双児・ハリッジとグラディーの三人で、彼らはサキに配慮してこのひと月近く、名前をかえないでいてくれる。キャズドレッシュの部族は、些細な理由で頻繁に名前をかえるのだ。
「サキ。ダイルが呼んでる」
朝、「友人」用の川岸で身繕いをしていると、ハリッジが上から覗きこんで云った。この少年は何故だかいつも抜き身の鉈を握りしめていて、はじめの頃は正直こわかった。
「ダイルって?」
「サンワヴェリン」
サキはみつあみを紐で括り、苦笑いで斜面を登る。最後は急勾配なので、ハリッジが引っ張ってくれた。勿論、鉈を持っていない手で。
並ぶと、ハリッジはサキのみぞおちくらいの身長だ。ここの部族は総じて身長が低い傾向にある。「さ……ダイルは、どこ?」
「森だ。南。還元の話」
ぶっきらぼうな喋りかたは、ハリッジだけではない。彼らは敬語を持たないし、語彙が少ない。サキのキャズドレッシュ語は辿々しいが、語彙の少なさと単純な喋りかたがさいわいし、なんとか通じる。一部は共通語もある程度理解できるらしいし(はっきりしたことは解らない。首長以外は共通語を喋ることがないからだ)。
サキは南の森へ足を向けた。ハリッジが弾むあしどりでついてくる。




