神聖公国にて 2
ミューはジーナを抱えたまま、目に眩しい浅い緑の丘を登っていった。たいした勾配ではないし、なによりジーナは軽い。冬の間にジーナの身長は伸びたが、ミューはもっと伸びたから、身長差は開いた。体力は相変わらず、ジーナが上だが。
去年、裾野から出て、馬車をかっ飛ばし、チェルノーラ領へ辿りついたのが十二月十八日。それからかれこれ四月足らず、ミューはチェルノーラ領に居る。ジーナの為、と云うと押しつけがましいが、実際そうだ。不自然なくらい仲の好さを見せないと、ジーナにどんな悪い噂がたつが、解ったものではない。
ジーナは、そこまでしなくてもと乗り気ではなかったが、ミューはおしきった。ついでのように家族や近い親族がついてきたが、チェス含めミューの家族ははなれに泊まっていて、日に何度も顔を合わせない。親もほっとしているだろうが、ミューもほっとしていた。チェスがいないのは淋しいが、親族とは会いたくない。余計な言葉を耳にいれたくないのだ。
親は、ミューが本気になれば全員殺せると解っているから、ジーナとのことに口を出さない。しかし、親族はミューの特殊能力を、癒しの力だけだと思っている。だから、ジーナのような魔力の低い娘なんてファバーシウスに相応しくないだの、別の子にしろだの、もっと金持ちを狙えだの、ちくちくと説教してくる。ジーナのことを身持ちが悪いと罵ったはとこは、丘の上から流れる川に叩きこんでやったが、全員に実力行使する訳にもいかない。川に叩きこんだら心臓が停まりそうなじいさんばあさんも居る。
だから親は、あえてミューと顔を合わそうとしないし、避寒に来ている上流階級の人間と会食やら遠乗りやらの場を設け、親族の気を逸らしてくれている。折角の入山が、親族を故意に殺したとなれば取り消されかねないからだ。ミューがそちらで、魔力の高いお大尽の娘を見付ける可能性がないでもないし、チェスの為にどこかの枢機卿やその子どもと面識を得るかもしれない。
「ねえ、ミュー、あれをとりたいわ。ジャムにするの」
ジーナが指差した。見ると、繁みがあって、野苺がまっかに熟れていた。
ミューはジーナを降ろして、そちらへ走っていく。「ジャムにする程残るかな」
「まあ、ミュー!」
ジーナも走って追ってくるが、帽子をおさえているから動きは遅い。濃紺のドレスの裾が翻り、まっしろのペティコートがはためいた。ジーナのもとには毎日、新しいドレスやくつ、手袋、外套、肩掛け、帽子、小さな鞄などが届く。ジーナが気にいれば衣装部屋へおしこめられ、そうでなくば還元される。
ミューは首尾よく野苺をひっ掴み、頬張った。ぷちぷちとして甘酸っぱい。
「ミュー、意地悪するんなら、お菓子をあげないわ」
ミューはジーナを見て、心の底からほっとする。裾野を離れたらまた、人形のように感情を表に出さないジーナに戻るのではないかと心配だった。そうならないように、成る丈そばを離れまいとも思っていた。
ジーナは今、笑いながら走ってくる。ジーナが笑っているなんて、嘘みたいだ。




