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5. 強化

「次は放出ブラストね。結構危ないから私の後ろにいなさい」

「えっ、そんなにですか」

「いいから来なさい」


 半信半疑のまま、サキさんの後ろへと向かう。

サキは左腕を真っ直ぐに差し出し、一つ息を吐いた。刹那、これまでとは全然違う直線的な魔術回路を刻み────


「────放出ブラスト 閃火ブレイズ


 左腕から豪火が勢いよく溢れ出る。炎は渦を巻きながら前方の草原を焼き尽くす。


「うわっ!」


熱波が後ろにも伝わり、思わず仰け反り目を背けてしまう。

恐る恐る目を開けると、目の前は辺り一面焼け野原と化していた。


放出ブラストは炎や水とかの現象を『放出』できる。回路も複雑じゃないから、しっかり覚えて訓練すれば誰でも効果は期待できると思う。練度にあまり左右されないから一番戦闘に向いているかもね」


一瞬にして焼き払われた大地を目の当たりにし、恐怖さえも覚えた。


「こんな強力な魔術があるなんて、 簡単に犯罪とか起きるんじゃないんですか?」

「……いや、そこまで簡単にはできない」


 途端にサキさんは膝に手をつき、肩で呼吸をし始めた。こんな苦しそうな姿は今まで見たことなかった。


「はぁ…… この魔術は魔力の燃費が悪すぎるし威力が調整できないの。最初から使う量が決まっていて、そこから増やしたり減らしたりはできない」

「あー……だから一般人が使っても、余り効果は期待できないんですね」

「そう、その通り。……だからと言って見えはらなきゃよかったなぁ」


 とうとうサキさんは地べたに座り込み、大の字になってしまった。

 手や腕、顔にも汗が滲んでいることから、相当に疲れているのが分かる。

 俺も水筒を持ってきて隣に座った。

 流石にこの状態で稽古をつけて貰うのは気の毒だ。


「そろそろ休憩しますか? もう始まってからそこそこ時間は経ってますしいい時間かと」

「そうね、一旦稽古はお休みにしようか」


 それぞれが水分を摂りながら、楽な格好で疲れを取ろうとしている。しかし、太陽は天頂から降ろうかとしているところ。昼に近づいてきて日差しも強くなっている。

 動いてない俺でも段々と汗も滲んできた。

 隣を見るとサキさんも日差しを邪険に思ってるのか、手で顔を覆い隠している。


「日差しが強いですね…… これじゃ休まるどころか体力が奪われてしまいます」

「……そーだなぁ…… 疲れるなぁ」


 サキさんはどうも疲れ切っているらしく、返事もはっきりとしていない。


「どうします、一旦小屋に戻ってしっかりと休憩取った方が良いとは思えますけど」

「……いや、それも面倒。トーマが小屋まで運んでくれるならまだいいけども」

「嫌ですよ。俺も疲れてるのに」

「師匠の言うことは絶対って決まりがあるでしょ」

「そんなふざけた決まりなんてどこにもありません。人よりも魔術に長けてる素ン晴らしい師匠なら、日陰をつくることなんて造作もないはずですよ」


 少しだけ皮肉を込めたヨイショ。

 日頃の恨みを少し込めて吐き捨てる、と


「……まあ、できなくはないかもな」

「────えっ!?」


 予想外の答えに思わず仰反る。

 半信半疑な俺に構わず、サキさんは立膝をついて右手をを地面へと向けた。ふぅ、と息を吐くと、腕には曲線的な回路がゆっくりと刻まれていく。


召喚サモン 一つの茸が空を覆う(マクロマッシュヘッド)


 詠唱するや否や地面には人が何人も入りそうな巨大な召喚陣が描かれる。赤色の六芒星の周りには円が描かれ、不規則で綺麗な模様が所狭しと彩られていく。

 陣が完成した途端、巨大な茸が地面から生えてきた。余りにも巨大で、人二人くらいならその笠で覆えるくらい造作もなかった。


「すげえ……」


 あっという間に日陰ができてしまったことに思わず感嘆した。


「授業の続きをしようか。見ての通り、 これが召喚サモン

 

 いつのまにか立ち上がり、さっきと同じ調子でサキは講義を進める。


「詠唱することで召喚陣が描かれ、それに応じたものが召喚される。でも召喚、と言っても現実のどっかから引っ張ってくるわけじゃなくて、強いて言えば『自分の頭の中』から引っ張ってくる。妄想得意な不思議ちゃんみたいな子が一番扱いやすいのかな」

 

 地面から空へと大きく生えている茸を改めて見る。

 人二人を悠々と覆うそれは、恐らく空想でしか成り立たないものなのであろう。

 学べば学ぶほど未知の部分が見えてくる。

 魔術というものの奥深さがよく理解できる。

 だがしかし、少しだけ気になったことがあった。


「質問、良いですか?」

「ん、良いよ。じゃんじゃんきなさい。」

「……さっきの詠唱ってサキさんのオリジナルですか?」


 さっきまでのウェルカムモードは何処へやら。

 途端にサキさんは「うっ」と呻き声を上げて、バツの悪そうに黙り込んでしまった。

 その表情は苦虫を噛み潰したかのようで、この一月の間じゃ目にしなかったものだった。


「『一つの茸が空を覆う』って、イマイチ振り切れてないですよね」


 まだ黙り込み、背を向けている。


「そういうの一番カッコ悪いですよ。なんかノリ悪くて『私そんなんじゃないから』とか妙にイキがるのは」


 まさか座り込むまでとは思いもよらなかった。

 そろそろ引き際かな、とも思えてきたがなんだか楽しくなってきたからもう少し粘ってみる。


「あくまで魔術なんですからどうせならもっとクサくて凝った詠唱しましょうよ。ほら、僕らで言う中二病ってやつですけど────」

「できたら苦労しないよ! なんというか私に合ってないっていうか!」


 顔を真っ赤にしたサキは被せるように反論してきた。

 確かにおもいっきり振り切れた詠唱をあの人がするのは天地がひっくり返ってもありえないというか、なんというか。


「……というか私はこれで召喚できてるからいいの! いい、詠唱は自分に合ったのが一番だって前に言ってたでしょ。人によってそれぞれなんだから他人の詠唱を馬鹿にしないこと!」

「は、はぁ……」


 終始キレ気味で喋り倒すサキ。

 圧倒的な剣幕に押され、俺はそれ以上何も言えなかった。

 思えば一度、同じようなことを教えてもらった気がする。

 詠唱は一応型が存在しているが、魔術の効力は千差万別。自分特有の特徴を持った魔術なら自身で考えた詠唱の方が力を引き出しやすい。

 例えるなら、市販の薬でもある程度は効くが、自分の身体に合った薬の方がより効能があるということだ。


「……まあいいや。これで魔術の見学は終わり。クソ長い前座を終えて今日のメインテーマと行こうか」


 意外にも素早く立ち直ったサキさんは一つ咳払いをし、俺の方へと向き直った。


「トーマ、先週の課題は覚えてる? 今日がその期限日だ」

「ええ、まあ。一応、自分の系統を決めました」


 先週、サキさんからどの魔術系統を使うのかを決めておけ、と言われた。どの魔術師も最初は通る通過儀礼のようなものだ。どれほど回路が優秀であっても、初心者が魔術を扱うのであればどの系統を使うかは絞らなければ中途半端な出来になってしまう。


 それを見定めるために、今日は実際の魔術を見た。適性がないと判断された『特殊』以外から一つ選ばなければならない。

 今日は色んな魔術を見た。この世界の住人でない俺にとって、御伽話なものばかりな魔術はどれも魅力的だった。

 それでも、俺はずっと前からこの魔術系統しか目に入ってなかった。


 身体が覚えていたあの魔術。サキさんと初めて会った時にみたあの魔術。どうしてだか、変に気に入ってしまったあの魔術。


「俺は強化エンハンスを使います」


 この選択に、一抹の後悔も抱いていなかった。

 俺の選択を尊重するかのように、サキさんの顔には少し笑顔が浮かんでいた。


「……良かった。じゃあ詠唱も自分で唱えて、強化エンハンスを使ってみて」


 詠唱ももう決まっていた。自分の中で力を最大限に引き出せるのは身体が分かっている。あの時、俺はあの詠唱を選んだ。


「────開放オープンアップ


 撃鉄が静かに、そして疾く全身に作られていく。数秒も経たないうちに、この身体はもはや魔術を行使する装置として成立している。


 さっきまでとは違い、不思議と疲れはない。身体が順応している。まるで、懐かしい旧友がやってきたかのように、魔力を迎え入れている。

 頭の中に思い浮かぶは一つのフレーズ。迷いは全くない。恩師であり、命の恩人であるあの人も使っている詠唱を、呟く。


「────強化エンハンス 二重ダブル


 撃鉄が落ちる。魔力が循環する。熱量が増す。

 右腕には青白い稲妻。無骨ながらも、これが俺の武器。

 その稲妻を、地面へと落とす────



 ────ドン



 剛雷一閃。

 凄まじい打撃音と大地のめくれる音。落ちたその地面はクレーターのようにポッカリと穴が空いていた。

 魔術への理解がある分か、前よりも威力が増していた。


「……意外。ここまでできるなんて」


 少し後ろにいたサキさんは、手を叩いて俺を称えていた。


「そんなに良かったですか?」

「……そりゃあもう。ひと月でマスターするは思っていなかったもん。才能があったとはいえ、ここまで来るともう脱帽ものよ」

「あ、ありがとうございます。俺もここまで出来るとは思ってなかったので、若干驚いてます」


 思えば、今まで面と向かって褒められたことがなかった。それが理由なのか、なんだか気恥ずかしくなる。


 そんなことは梅雨知らずと、サキは何故か身体のストレッチを始めた。


「授業はこれで終わりじゃ────」

「────これなら実戦訓練に移行できるね! 弟子が成長したら、師匠もそれを応援してやらないと!」

「……えっ?」


 そんな気分もつかの間、驚きの事実が伝えられた。

 何故か今日一番に張り切っているかのように腕まくりをしている彼女。

 訳がわからない。昨日の今日レベルじゃない、今日も今日レベルなのに実戦なんて早すぎてあり得な────


「私から行くよ! まずはこの蹴りを避けてみて!」

「────待っっっ痛ってえええ!!」


 物の見事に右脚がわき腹にクリーンヒット。思わずたたらを踏んだ隙を逃さずに────


「だらしない、もう一回!」

「────だから待っ痛ったぁあああい!」


 懇願虚しく、願いはサキさんの耳元に届かず、右脚に激痛が走る。

 体幹のバランスが取れず、思わず仰向きに倒れる。

 目の前は雲ひとつない赤色の空。もうすぐ陽が沈んで御飯時だろう。それなのに稽古、いや地獄は続くらしい。


「ほら倒れこんでないで! そっちが来ないなら私から行くよ!」


 もう、煮るなり焼くなりどうにでもしてくれ。今日のご飯は俺で十分でしょ。

 諦めがついて、身体をだらんと地面に預ける。


 サキさんの膝が見えた時、俺は目蓋をゆっくりと閉じた

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