入学式
「この度の第55回生の諸君には、我が校の校是である文武両道を目標にしてたゆまぬ努力をするとともにこの学校生活で〜〜〜」
何故、入学式や卒業式、始業式や終業式はこんなにも長いのだろう。
たしかにお偉いさん一人の話は長くて15分程しかない。
だが、仮に四人の人間が喋るとして、合わせてしまうとすでに1時間を超える長丁場となる。
その間、生徒たちは背筋を伸ばすことを強制させられ続けるのだ。
もうすでに背中の感覚がなくなり始めているにもかかわらず、入学式はまだ30分を過ぎたばかりだ。
この式が終わるまでまだまだ時間がかかるだろう。
別に寝てても良かったのだが、気がつけば俺は三日前のことを思い出していた。
ーーあの日、俺はとてつもなく綺麗な声をした女の子と出会った。
あまり保育園の中をジロジロとみるのはダメかと思い、曲が終わるとすぐに立ち去ったが、何時間でも聞いていたいと思わせるような歌声だった。
保育園の前を通り過ぎるのに、とてつもない労力を費やしてしまった気がする。
幸い、その後すぐに駅への道を発見し、駅内の地図を読んで滝布学園にたどり着くことができたのだ。
彼女はとてつもない美少女だった。
そして、彼女の歌声は、未だにはっきりと思い出せる。
それくらい好みの声だった。
見たところ俺と同じくらいの歳の子だったから、ほんの少しだけ期待したんだけど、やっぱり俺のクラスに彼女らしき人はいなかった。
そんな奇跡ありえないって、わかってはいるけど、
同じクラスになることを想像してしまうのは、男子高校生として仕方ないことだと思う。
どうにかして、また彼女と会うことはできないだろうかーー
そんなことを考えていると、ようやく長かった入学式も終わったらしい。
俺の背中はバッキバキになっていた。
割り振られた教室に帰って来た時、それぞれが近くの席の生徒と話し始めていた。どこの席に座るかについては教室のドアにすでに張り出されており、俺は窓側の列の後ろから二番目の席だった。
教室に入り、俺が自分の席に着くと後ろの席の奴が話しかけてきた。
「なあ、名前なんていうの?」
「…俺は深海 翔駒、お前は?」
「俺は周防 芳樹すおう よしき、一年間よろしくな!」
「こっちこそよろしく。」
周防はいわゆる地味顔だが、だいぶ明るい性格をしているらしい。
それは彼が浮かべている笑みによく表れていた。
「実は俺、田舎から来ていて、一人も友達がいなかったんだよ。」
「まじ?俺の中学ここから近くてさ、友達もここ来てる人いんだよ。いつか紹介するよ。」
「可愛い子を頼むぜ。親友。」
「フッ、この俺に任せておきなさい。全て上手く行く。」
どうやら俺と周防は馬が合うらしく、すっかり意気投合してしまった。
それにこいつ、結構面白くて、こっちの冗談もちゃんと拾ってくれる奴なのだ。
「なあ、このクラス結構レベル高くね?」
「あぁ、たしかにな。可愛い子が揃っている。」
「そう!特にあの子とか超かわいくね!?」
そう言って周防が指差したのは教室の真ん中の席で、誰とも話さず読書をしている女の子だった。たしかに遠目からでもだいぶ可愛い子に違いなく、今いるメンツの中で一番可愛いかった。
だが、俺の隣の席は未だ空席であり、確か女子が座るはずの席だ。もしかしたら可愛い子が隣になるかもしれない。
「そういや、俺の隣も女子だったよな。」
そう周防にいうと、彼は途端に真剣な顔になって、
可愛い子であってくれと神に祈り出した。
「オーバー過ぎんだろ笑」
「いや!大事なことだぜ!こんなに近くの席の子が可愛い子だったらとんでもない幸せだろうが!」
「名前、なんつったっけ?たしか綾川 凛華あやかわ りんか」
そう言った瞬間、周防が急に真顔になった。
そして次第に微妙そうな顔になると、しばらくして口を開いた。
「…あー、深海?そいつって「バタン!」」
ちょうど周防が口を開いたタイミングで教室のドアが開き、先生が入って来た。
「後でな…」
「おっけ」
そう言って前を向くと先生はすでに教卓の前に立っていた。
「じゃあ、出席番号一番、号令。」
「はい、起立、礼、お願いします。」
「「「おねがいしまーーす」」」
「今日からこのクラスの担任を務める、細田 葵ほそだ あおいです、一年間、よろしく!」
担任の先生は若い女の先生だった。平均よりも整った顔立ちに、溌剌とした表情を浮かべている先生だ。周防の表情は見えないが、きっと大喜びしていることだろう。
「出席を取ります。一番」
そうやって順に生徒が呼ばれて行く。
途中まで途切れず続いていたが、女子の二番の人、つまり俺の隣の机で止まってしまった。
「えーっと、綾川さんは休みかな?二十四番」
どうやら、隣の席の子は今日は欠席らしい。入学式初日に欠席なんてツいてない子だ。
だが、ついに先生が三十九番、最後から二人目の人を読んだときその人は現れた。
「すいません、遅刻しました!」
その声が聞こえて来たとき、俺に衝撃が走った。
なぜならその声は、ここ最近俺がずっと考えていた声とまんま変わらなかったから。
ゆっくりと後ろを振り返ると、そこにはたしかに、あの時保育園で唄を歌っていた女の子がいたのだから。