ユートピアの鳥
「お母さん、お母さん、見て! あそこに女の人がいるよ!」
「あら、本当ね。珍しい。こんなところを女の人がひとりだけで歩いているなんて……」
無邪気な子どもに答える母親の声はどこか暗い。
「どうしましょう、逃げ出してきたのかしら。なに不自由ない暮らしをしているのにね」
「あの人、逃げてきちゃったの? もしかして、お外に出たかったのかなぁ」
「そうね、窮屈だったのかもしれないわね……。でも、危険だわ。早く保護してもらえるといいんだけど」
子どもは母親を振り返った。
「捕まえちゃうの? あんなに嬉しそうにしているのに。あんなに楽しそうに踊っているのに?」
「坊や……。でも、それがあの人のためなのよ。あの人の種は、もう滅びる寸前なの。だから、安全な場所で面倒を見ているのよ。子々孫々、彼らが存在していられるようにね」
「でも、閉じ込めておくなんて可哀想だよ。どうして好きにさせてあげないのかなぁ」
「仕方がないのよ、守られているのだもの。危険な外へ出るなんて、許されないことなのよ」
「だが誰しも、自分で自分の死に方を選ぶ自由がある。そうは思わないかね?」
「お父さん!」
「あなた……」
「自分の生き方を選ぶ自由があるのだから、その結果死んでしまっても、それはそれで正しいのではないか? あの女の人は、鳥籠から解放されてとても楽しそうだよ。そのままにしておいてあげたいと、坊やは思ったんだね?」
「うん、そうだよ! だってお外が楽しいなら、遊ばせてあげればいいんだよ。ずっとお外で生きていけばいいんだよ」
「そうだね。さあ、見ていてごらん。あの人はそのうち撃たれるよ。さっきから、ハンターがうろうろしているからね」
「撃たれるって?」
「あなた、もうこれ以上は……」
「殺して持って帰って剥製でも作るんだろう。美しいもの、珍しいものには価値があるからね。違法だと知りながら、密猟に手を染める者は後を絶たない」
「あの人、死んじゃうの? ダメだよ、そんなの! 早くおうちへ連れ戻してあげなくっちゃ!」
「でも坊や、さっきは閉じ込めておくなんて可哀想だと言ったじゃないか。彼女が外で生きる自由は、つまりいつ殺されてもおかしくない危険と隣り合わせなのだよ。ひとりで歩いている方が悪いんだ」
「いやだ、いやだ! そんなのおかしいもん! どうして外を歩いているだけで殺されなくっちゃいけないの? どうしてあの人が悪いことになっちゃうの? 殺す方が、悪いんだよね? 何とかしてあげてよ、お父さん!」
しかし父親は首を横に振った。
「それは無理だ。壁を越えて干渉することは許されない」
「壁なんてないよ! 壁なんてどこにもない。側に行けばきっと触れるのに。ぼくたちの間には、柵も壁もないよ!」
「見えない壁があるんだよ。彼らは彼らの決まりの中でだけで生きているんだ。別の種である我々には、手出しできない問題なんだよ」
「そんなはずない。ぼく、あの人のところへ行ってくるよ!」
「やめなさい、坊や」
「やめて、ダメよ!」
一発の銃声が響き、彼女は倒れた。やがてハンターたちが現れ、彼女を黒い袋に詰めた。二人のハンターが去っていくのを、子どもはじっと見ていた。ずっとずっと、彼らが見えなくなるまで。
「あの人にも、翼があったら良かったのにね。そうしたら、ぼくらと一緒に行けたのに。どこまでもどこまでも、遠くまで行けたのに」