081話 迫りくる剛腕
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ダンジョン五階層の広間――荒れ狂うオーガの両腕がコウヘイの頭上を通り過ぎ、風切り音が鳴る。
コウヘイとエヴァは、オーガの次々と繰り出される拳を避けるのに必死だった。
いざ、出撃というとき、エヴァに話の腰を折られて作戦を練り直し、その作戦通りにことを進めているのだが、中々オーガに攻撃を当てられないでいた――――
「はっ、こ、これはヤバいね」
「だ、だから言ったでしょーがっ! う、よっと」
エヴァが言うには、オーガ対策の戦術があるとか。
それは、オーガの注意を引く囮役と、もう一人が後ろに回り込み背中に取り付きひたすら後頭部に攻撃をするというものだった。
しかし、それはオーガ一体ならの話で、三体同時となると人手不足だった。
それなら、イルマの身体拘束魔法である、「フィジカルリストレイン」を僕は提案したけど、
『あれは、一体にしか使えんし、その間は他の魔法が使えん』
と、あっさり却下されてしまった。
それではどうしたのかと言うと、土魔法のアースバンドリングで、オーガの足元を土の拘束具で動きを止め、各個撃破を狙ったのだ。
が、
拘束するのは足元のみで、天然のボクサーよろしくオーガの拳の嵐は健在であった。
オーガが繰り出す拳は、規則性が無く適当に見えて、実のところ予測ができず避けるのも一苦労だった。
何とか、僕が正面で気を引きながらエヴァが後方に回ってオーガの後頭部を狙っているけど、大振りのせいで中々近付けないエヴァは、有効打を与えるには至っていなかった。
「やったー、一体倒したよー!」
エルサがそう叫ぶのが聞こえ、そちらのオーガに目を向けてみると、確かに一体が拘束されたまま仰向けに身体を後ろに仰け反らせて息絶えていた。
胸の辺りに小さいけど穿たれたその穴の周りが、焦げ付いたように焼かれているのが見えた。
「えっ、マジ! コウヘイ、何なのよあの子!」
エヴァがオーガを挟んだ反対側にいるため、僕はその表情を窺い知ることができないけど、絶対驚いている違いない。
「あはは、これは接近戦は捨てて魔法攻撃が有効なんじゃない?」
「そんな、はずっ、無いでしょ! って、もっと注意を引いてよ!」
「了解!」
あとで叱られないようにと、真面目にオーガの気を引くことに専念する。
エヴァは、オーガの攻撃をそつなく避けているようで、実のところ声には焦りが感じられた。
と言うよりも、僕たちみたいな余裕が感じられなかった。
オーガは、魔法耐性が高く殆ど魔法が効かないらしい。
そのため、僕たちは無謀にも接近戦を挑んでいるのだった。
エルサたちは、他の二体の拘束に集中してもらうのと、少しでもダメージを与えられたらいいな程度で考えていたけど、当てにしていなかったエルサが早くも一体を討伐してしまった。
「もしかしたら……」
エルサによって穿たれた痕跡を見た僕は、焦げ付いたそれから上位魔法とされる電撃魔法が有効なんじゃないかと推測をした。
事実、ゴブリンジェネラルは異様に硬かったけど、電撃魔法をメイスにエンチャントしたらあっさり倒せた。
それよりもランクが低いオーガになら、当然、その期待度は高い。
「エヴァっ、僕の後ろまで戻って!」
考えを実行するためにエヴァにそう指示を出した。
「何をするつもり? まさか得意の電撃魔法でも使うつもり?」
エヴァにそう言い当てられて僕は、顔にゆっくりと笑みを広げた。
「そう、そのまさかだよ」
ニヤッと笑った僕の顔をオーガ越しに見たエヴァは、慌ててオーガを大回りして、僕から数メートル背後に戻って来た。
電撃魔法は、その性質から電気伝導が起こる。
近くに剣を持ったエヴァが居ると、エヴァにまでその効果が及び感電してしまう可能性がある。
だから、エヴァが戻ってきたことを確認してから行動へとうつした。
「よーし、いくぞ! エンチャント・高電圧大電流!」
僕がふざけた呪文を叫ぶと、僕の左手に構えたラウンドシールドの表面が輝き、禍々しい雰囲気でバチッ、バチッと音を立てながらスパークしていた。
「おお、これは想像以上だ」
「コウヘイ、何をしたの!」
エヴァは聞き慣れない言葉とラウンドシールドの変わり様に驚きを隠せないようだった。
これなら絶対うまくいくはずだ。
「へへ、見ててよ」
僕はそれだけ言って目の前のオーガに近付く。
青白くスパークするラウンドシールドにオーガは一瞬たじろいだけど、結局、近付いた僕目がけて拳を繰り出してきた。
すかさず左腕を前に突き出してラウンドシールドでその拳を待ち受ける。
鋼鉄のラウンドシールドの表面上でスパークしていた電流が、そこにオーガの右の拳が近付くと、可視化した電流がオーガに吸い寄せられるように纏わりついた。
その瞬間、オーガが痛みに顔を歪めたけど、オーガの拳の勢いは止まらない。
そして、その勢いのままオーガの拳がラウンドシールドにぶち当たる。
バンとも、バチンとも言える乾いた音がした瞬間、僕は後方に凄い勢いで吹っ飛ばされてエヴァを巻き込んで広間に転がる。
「いてて……ごめん、大丈夫?」
この衝撃波は、さすがの僕も完全に予想外だった。
左手に持っていたはずのラウンドシールドはさっきの勢いで落としてしまい、右手に持っていたメイスも手元にはなかった。
しかし、それではこの感触は……
「ええ、大丈夫よ……そ、それより、その手をどけてくれるかしら?」
僕はエヴァに覆いかぶさるように倒れており、その手はエヴァの胸元の軽装鎧の上にあった。
しかし、何故か親指だけがその谷間部分の隙間に差し込まれ、手袋越しではあったけど、直接感触が伝わってきた。
「あ、ご、ごめん!」
「も、揉んでんじゃないわよおおおー!」
それを抜こうにも籠手の金具が引っ掛ってしまい上手く抜けなかった。
無理に外そうと動かすと、エヴァの胸を揉むかたちになってしまった。
決してわざと揉んでいる訳ではないけど、そんなことを言ってもエヴァは信じてくれない。
「そ、それよりもオーガは!」
僕は、そんなハプニングの最中も気を緩めず、先程のオーガの方へさっと鋭い視線を向ける。
右手はエヴァの胸を揉んだままであるため、間抜けな構図であるけど……
「はは、予想以上だ……」
エヴァの胸の感触のことではない。
そこには、オーガであったであろう肉片が散乱し、魔石が転がっていた。
あまりの電圧と電流でオーガの血液が沸騰して肉体ごと爆散していたのだった。
「よし、残りは一体か」
僕はそう言って手に力をこめる。
「痛いって!」
「あ……ごめん……」
取り合ずなんとか立ち上がった二人だけど、未だ右手が外れない。
「何をやっておるんじゃ! 戦闘中じゃぞ!」
イルマが鬼の形相で近寄ってきた。
その表情は、本当にそのままで、目を吊り上がらせてエルフ耳が心なしか垂直気味につんと伸びており、イルマはいきり立っていた。
「い、いや違うんだよ! 籠手が引っ掛かっちゃって抜けないんだ」
「それならその籠手を先にコウヘイが外せばいいじゃろ!」
「「あ!」」
計らずも、僕とエヴァの間抜けな声が重なった。
イルマの言う通り籠手を脱いだら、あっさりと外れた。
「ほんとーに、ごめん!」
「い、いいわよ別にっ。それより、残りをさっさとやっちゃいましょう」
エヴァは頬を染めながら、落とした双剣を拾に向かった。
「本当にコウヘイは……」
イルマもあの衝撃音でこちらを見ており、あれが事故だとわかっていたようだけど、怒りを鎮めてくれない。
何でだ?
「そ、そんなに揉みたいなら、わしがいつでも良いと言っているじゃろうに……」
「はい? どれを?」
その言葉があまりにも突然で、イルマの何もない部分を見て言葉を間違えてしまった。
「何じゃと!」
「う、うわあ! そ、それより残りの一体にフィジカルリストレイン掛けてよ。話はあとでちゃんと聞くから」
イルマの蹴りを寸でのところで飛び去って避け、話を元に戻す。
「ふん、いいじゃろう。あとで覚えておるのじゃぞ」
「はい……」
戦闘中だというのに何をやっているんだか、と僕は思わず盛大に肺の中の空気を吐き出す。
「コウヘイ!」
すると、僕の名をエルサが叫んだ。
なんと、残りのオーガがアースバンドリングの拘束から抜け出し、エルサとミラに向かって猛然とダッシュしていた。
エルサが弓で応戦しているけど、オーガの勢いは止まらない。
おそらく、先程電撃魔法を使用したから残りの魔力が殆ど残っていないのだろう。
ミラは、ファイアボルトを無詠唱で撃っていたけど、オーガは少しよろめく程度で、再び突進をはじめた。
「サンダーボルト! ……くそっ!」
僕も魔法を唱えたけど発動しなかった。
先程のエンチャントで魔力を使い切ってしまったようだった。
僕の場合は、魔力の残りがいまいちわからないのが困る。
「ああ、あんなところに」
僕は急いでメイスを探したけど、エルサたちとは正反対の方にまで吹き飛ばされていた。
「イルマ、まだか!」
僕は、イルマの身体拘束魔法フィジカルリストレインを期待したけど、詠唱中で終わるころにはオーガの方がエルサたちに到達してしまう。
僕はそのままエルサたちの方へ駆け出したけど、明らかに間に合わない。
「逃げて!」
それしか言えなかった。
すると、ミラが何を思ったのか、悠然とした足取りでエルサの前に出た。
「ミラっ、逃げるんだ! ああ、頼む!」
僕の悲痛な叫び声がむなしく木霊する。
オーガの拳がミラへと迫る。
そして、そのミラを庇おうとエルサが風の短剣を手に前に出ようとしていた。
僕が思わず目を瞑りそうになったとき、後方からエヴァの声が聞こえてきた。
「――闇に忍ぶ者、シャドーハイドムーブメント!」
これは呪文か?
僕がそう思った瞬間、確かに僕の後ろからエヴァの声が聞こえてきたのに、その本人はオーガの背後空中に姿があり、双剣で交差するようにその首元を切り裂いていた。
オーガのくぐもった悲鳴と共にその突進が止まった。
しかし、オーガはまだ生きており、左手で首元を抑えながら背中に取り付いたエヴァを引き剥がそうと右腕を後ろへ回して、もがいていた。
「――拘束するのじゃ。フィジカルリストレイン!」
そして、イルマの魔法も間に合った。
オーガの動きがそこで完全に止まり、オーガの右腕を避けて飛びのいていたエヴァが再度攻撃を再開しようとしたとき。
ミラから膨れ上がるような魔力を感じた。
それは、ミラの心臓部分から右腕に集中しているようで、右腕に剣の刀身のような形のオーラが具現化しており、それはバチバチッと音を立て輝いていた。
「死ね、雑魚がっ」
ミラが言ったのか?
その声は、エルサでもエヴァのものでもなかった。
しかし、いつものミラとは様子が全く違い、背筋が凍るほどの冷たい声音だった。
そして、気が付いたらオーガの上半身がずり落ち、地に伏した。
ミラがまるで剣を振り下ろしたあとの姿勢をしていたことで、「切った」と認識できた。
それほど、ミラの動作が速く、目で捕らえることができなかった。
「一体何が……」
僕は、訳がわからず、その場に立ち尽くしてしまった。
「ミラちゃん!」
ミラがそのまま前のめりに倒れそうになったところを、エルサは抱きすくめるようにして支えた。
どうやら魔力切れで気を失ったようだった。
エルサがそのことを告げたこでようやく僕は、イルマと一緒にミラの元に駆け付けた。
ただ、このときの僕は完全に魔力を使い果たしており、エルサも殆ど魔力切れの状態に近かった。
大気中の魔力を吸収することも考えたけど、ミラの容態は急を要すとエルサに言われて、仕方なくイルマから魔力を吸収することとなった。
悠長なことを言っている場合ではなく、加減をする余裕もなく、ラルフローランの五階層の広間に、イルマの絶叫ともいえる快楽に浸った喘ぎ声が木霊する。
――――こうして再びトラウマといえる経験が更に一つ、コウヘイの心に刻まれるのだった。
しかし、完璧に思えた作戦が上手くいかず、此度の危機を引き起こした。
それもミラのおかげで事なきを得た訳だが、あのオーガを魔力の刀身で切り伏せた彼女とは、一体……
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