賢者への軌跡～ゼロの騎士とはもう呼ばせない～（旧題：追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった～そのゼロは無限大～）

第一章 始動【旅立ち編】

０１９話 固定観念

　デミウルゴス神歴八四六年、七月三日、更始――テイラーの曜日。

　今日も今日とて僕とエルサは、魔法の訓練がてら魔獣を狩る。魔法の訓練を開始して今日で六日目だ。

　魔力の扱いにも慣れた僕は、早くも無詠唱魔法をものにしつつあり、昨日からエルサとの連携を重点的に訓練していた。

　鬱蒼たるサーベンの森を僕とエルサの二人が駆ける。そんな二人をフォレストウルフの群れが、次第に包囲網を形成するように吠えながら追い立ててくる。

　僕は、エルサに森での身体の動かし方を習ったけど、未だおぼつかない。それでも、器用に木の根を上手く避けて鎧を鳴らしながら森の中を駆け抜ける。計画の場所まであともう少しというところまで迫ったときだ。

「くそっ、数が多い！」

　散発的に攻撃を仕掛けてくるフォレストウルフをラウンドシールドで凌ぎつつ、僕が悪態をつく。

　一方でエルサは、まるで忍者のように木々の枝から枝へと飛び移るというより、空中を走って僕を先導していた。

「頑張ってー！　あともう少しっ、もう少しだからー！」

　どうしたらそんなことができるのかと聞いたけど、『コウヘイこそ、なんでできないの？』とまじめに返されたのは、つい昨日のことだった。

「よしっ、ここだな」

　ようやく目的地に到着した僕が急停止して反転する。

　それに合わせるようにフォレストウルフも停止し、じわりじわりと円を描くように僕を包囲しながら距離を詰めてくる。

「ひい、ふう、みい、よ、いつ、む、なな、や、ここの、とお……」

　声に出しながら僕を囲むフォレストウルフの数を数えて途中でやめる。

「まじかよ……」

　その数は、予想より遥かに多く二〇匹はいる。もしかして、一〇分近く走っていたから途中で合流されたのかもしれない。

　刹那、二匹が犬歯を剥き出しにして飛び掛かってきた。

「甘いっ！」

　ラウンドシールドで一匹を弾き、もう一匹の顎を目掛けてアッパーカットのようにメイスを振り上げる。

　パワーブーストの効果なのか、盾で弾いたフォレストウルフが近くの幹に打ち付けられてそのままずり落ちて動かなくなる。メイスで殴られたもう一匹なんかは、どこかへ飛んでいって星になった。　

「うーん、やっぱり魔法はチートだな」

　毎度のことながら、カッパーランクまでの魔獣であれば身体強化のみであっさり倒してしまう。

　エルサ曰く、「こんなの身体強化魔法じゃない！」だとか、「コウヘイが異常なんだって！」だとか、「こんなのヒューマンの強さじゃない！」などと、僕を人外扱いである。

　そんなことを思い出していたら、円陣を割るように一際大きなフォレストウルフがのっしのっしと姿を現した。

「おっ、そろそろかな？」

　そのフォレストウルフが空に向けて吠えた瞬間、僕を取り囲んでいたフォレストウルフたちが姿勢を低くさせ、一斉に飛び掛かってきた。

「エルサっ、いまだ！」

　エルサに向けて叫んだ僕は、そのままアクセラレータを使用して一気にその場を離脱する。僕を見失い一か所に集まってキョロキョロとしはじめるフォレストウルフたち。

「サンダーレイン！」

　フォレストウルフたちの頭上に、目を覆わずにはいられないほどの閃光が差し込む。腹に重く響く雷鳴を轟かせる幾本もの雷がその身を次々に焦がしていった。

　エルサが待機させていた魔法を放ったのだ。

　その威力は凄まじく、フォレストウルフの肉が焼ける香ばしいというよりも、焦げる匂いが風に乗って僕の鼻腔を突く。

「うーん、僕よりもエルサの方がよっぽどチートだと思うんだよね……」

　フォレストウルフの毛皮は洋服や防具の素材となる。

　しかし、そのフォレストウルフたちの素材を回収しようとした僕は、焦げて一部炭化している死骸を見てため息を吐いた。

　売り物になるのは数えるほどと魔石くらいだろうか。

　エルサが木から飛び降りてくるなり謝ってきた。

「コウヘイ、ごめんね」

「ああ、べつにいいよ。今回は実験みたいなものだし、数匹分残っただけいいんじゃないかな？」

「ち、違うっ！　ううん、違くないけど、そうじゃなくて……」

　僕は、てっきりフォレストウルフを焦がして素材がダメになったことを謝ってきたのかと思ったけど、どうやらエルサの様子から違うようだ。

　伏し目がちで目を泳がせている。

「えーっと、じゃあ、何かな？」

　何かを言おうとして中々切り出さないエルサを促す。

「ほらっ、最初はコウヘイの作戦に否定的だったでしょ……」

「ああ、そっちか。気にしなくていいよ。結果は成功だった訳だしね」

　俯き気味に話してくるエルサに僕が笑顔で答えると、顔を上げて一瞬だけ笑顔になりかけたエルサは再び俯いてしまう。

「そ、それでもコウヘイにあんな態度を取ってしまった訳だし……」

「本当に気にしていないから、これから僕のことを信じてくれればいいよ」

　気の利いたセリフを言いたかったけど、僕はそれだけ言うのが精一杯だった。

「べ、べつに信用していない訳じゃっ――」

「はい、それ以上は禁止」

　エルサの両頬を右手で掴んで強引にそれ以上言わせないようにする。

「むーむー」

　なんとも可愛らしい顔だこと。タコの口のようになりながらも、エルサは尚も続けようとする。

　言われなくてもエルサの言いたいことは十分に伝わっている。だから、どう伝えたら元気を出してくれるのだろうかと考える。

　この六日間で僕は色々なことに気付いた。

　一番の成果は、ファンタズムで常識といわれている魔法の三大法則が嘘っぱちであったこと。

　なぜ、そんな法則が出来上がったのかはわからない。けれども、詠唱関係なく魔法を発動させることが僕にはできた。

　色々と試した結果、魔法の現象をイメージできるかがその違いであると僕なりに結論付けるた。

　つまり、詠唱は現象をイメージし易くする補助的な役割に過ぎない。しかも、科学的にイメージできるとより効果の程度が強まるというものである。

　火は、物を燃やし続けるために酸素が必要なこと。

　水は、大気中の成分から抽出し、結合できること。

　風は、気圧の変化で発生すること。

　雷は、静電気を放電させること。

　推測の域を出ないけど、その原理を知っていたことが有効に働いたはずだ。

　それを強くイメージすることで僕は、火魔法、水魔法、風魔法や電撃魔法を苦労もせずに無詠唱で行使できるまでになった。

　その代わり、原理がわからない土魔法は、その場にある土を変形させて発動させることしかできない。

　さらに、光魔法や闇魔法はイメージが漠然としすぎており、エルサに教えてもらった詠唱を唱えないと使用することは叶わなかった。

　とどのつまり、イメージできない現象は僕にとっても行使不可能なのだ。

　それは、エルサにも同じことが言えた。

　エルサが得意と言っていた電撃魔法をもっと楽に使用できるように、雷が発生する原理を説明してあげたんだけど――

　僕の説明を聞いたエルサは、「静電気って何？」だとか、「プラスマイナス？」のように、理解してもらうことが叶わなかったのである。

　そもそも、ファンタズムの世界には、電気というエネルギーの概念がない。科学の代わりに身の回りの生活を支えているのは、魔法や魔導学なのだ。

　便利な道具は、機械ではなく魔道具がその役割を担っている。その燃料は、魔鉱石(マナタイト)や魔法石と言った鉱物、魔獣から取れる魔石や自身の魔力なのだ。

　詰まる所、その知識の差が結果の差となったのだろう。

　いままでまったく魔法を使えなかった僕がたった数日でエルサよりも魔法の扱いが上達すれば、魔法を得意だと自負していたエルサが日を追うごとに落ち込んで自信を失うのも道理である。

　ただそれも、今後の冒険に於いて支障をきたされては困ってしまう。

　僕なりに詠唱の内容が意味していることをこの世界の表現に合うように解釈を説明したり、勝手に魔法が発現するのではなく、エルサ自身が発現させるイメージをするようにしたらどうかと伝えた。

　するとどうだろうか？

　いまとなっては、中級魔法の五節の詠唱を二節に短縮できるまで上達したのである。

　ただそれも、六日目の今日にして初めて成功した訳で、当初のエルサは、「そんなの非常識だよ！」だとか、「発動しても使い物にならないもん！」と僕の説明に懐疑的な様子だったのだ。

　実際、僕の無詠唱魔法が問題なく魔獣を倒しているにもかかわらずである。

　僕は「既成概念というのは恐ろしいな」と思ったけど、結局は大陸中が信じた壮大な固定観念だった訳だ。

　僕は、根気よくエルサに付き合い、その固定観念を払拭させることに成功したのである。

　そのことを理解し納得できたからエルサは謝ってきたんだと思う。そう理解できたからこそ僕は、それ以上を言わせたくなかったのだ。

　本音を言うと、謝られる経験が少ない僕が単純に恥ずかしかっただけなんだけど――それは内緒の話。

　一先ず、エルサを元気付けるために良いところを褒めることにした。

「それにしても、エルサが使う魔法はやっぱり燃費が良いね。僕だったら三回使ったら終わりだけど、今回ので五発目だっけ？」

「にゅ？　ああ、それはコウヘイが無駄に魔力を込めすぎなだけだよぉー」

　エルサの頬を掴んでいた手を離すと、まだまだ自分の方が魔法の扱いが上手いと言いたそうな表情をして得意気だ。その顔には、先程の憂いを含んだ表情が消えている。

　僕の試みはどうやら成功したようだ。思わず僕の口角が上がるのを感じた。

　魔力の燃費――

　これも、ついこないだ気が付いたことである。

　訓練初日、調子に乗った僕は魔法を使いすぎて二日間で吸収した魔力を一時間も経たずに使い切ってしまった。

　エルサの魔力量を計るいい機会となったけど、実験の結果に僕は頭を傾げたのである。

　魔力上限に達したエルサから七割の魔力を吸収した状態を条件とし、僕がファイアボルトを一五回使用したら魔力が尽きてしまった。

　その様子を見ていたエルサが一回に使用する魔力量が多すぎると言うのである。

　自然回復の影響もあるため正確には言えないけど、三割しか残っていないはずのエルサは、ファイアボルトを二〇回使用しても魔力切れになることはなかったのだ。

　僕は、初日の訓練のことを思い出してエルサに尋ねた。

「僕なりに考えてみたんだけど、エルサの魔法って精霊魔法なんじゃないの？」

「精霊魔法？」

　これまた初耳だという表情をしてエルサは小首を傾げる。

「うん、精霊魔法。エルサが唱える呪文は、『大地に眠りし火の精(・)霊(・)よ』や『大地に宿りし風の精(・)霊(・)よ』といった感じで、必ず精霊に問いかけるようにはじまるでしょ？」

「そんなの当然だよー。魔素(マナ)が発生するのは精霊がいるからなんだもん」

　その説明は、育ったダークエルフの里でそう教わったと以前にエルサから聞いている。

　イルマが魔力と魔素は似て非なるものであると説明を濁していたけど、要は体内で生成される力が魔力で、精霊が生み出すのが魔素らしい。

　過程は違うものの、成分的には魔法を発動するのに同じ役割をしているようなのだ。

　だがしかし、僕には同じだと思えなかったのである。故に歯切れが悪くなってしまった。

「それは、イルマからも聞いたから、わかっているんだけど……」

「わかっているけど？」

「うーん、どうも腑に落ちなくてさ。先輩たちだけがそうだったなら、召喚者が特別なのかなと納得できるんだけど、中級魔族討伐の際に帯同してきた冒険者も、同じだったことを思い出したんだよね」

　山木先輩だけではなく、治癒魔法をメインとしていた葵先輩の詠唱に精霊という文言は一切なかった。帯同してきたシルバーランク冒険者の魔法士イシアルの詠唱にも精霊を含んだ一節はなかったのである。

「もしかしたら、長い歴史の中で誤って伝わったとかかな？」

「魔法はダークエルフやウッドエルフが編み出したっていうアレ？」

　初日に僕が無詠唱で魔法を使いまくったせいで、その日は宿に戻ってからエルサによる魔法の歴史解説を嫌というほど聞かされた。

　エルフ族は、大気中の精霊の声を聞くことができる上、魔素を感じることに長けていること。

　数が多い人間に対して数で劣勢のエルフ族が生き残れたのは、それを研究し魔法を編み出したことが大きいから等、諸々であった。

「そうそう、だからヒューマンはわたしたちと比べて魔法が下手なんだと思う」

「そうなのかな……」

　エルサがまた固定観念で話をしてくるけど、自分の魔力を使用する魔法と精霊の力を借りることができる精霊魔法が存在していると僕は思う。けれども、これはゲームから得たファンタジー知識であるため説明が難しく、僕は言葉を濁すことしかできない。

　一方で最悪なのは、僕がどの属性の魔法適性も持っておらず、単純にバカみたいに魔力を消費してしまっていることだ。それだけは勘弁願いたい。

　僕がそんなこんなで唸っていると、呆れたようにエルサが言った。

「もう、また眉間に皺寄せちゃって……それよりも早く戻らないと」

　エルサに釣られて空を見上げると、夕日が空を真っ赤に染め上げていた。

「あ、ほんとだ。急いで回収して戻ろっか」

「うん」

　焦げずに済んだフォレストウルフの皮を急いで剥ぎ取る。

　つい一週間前までは、ゴブリンの耳を切り取るのも気持ち悪かったのにいまでは手慣れたものだ。

　心臓付近に埋まった魔石を取るのは当然で、魔獣の毛皮を剥ぐこともできるようになった。

　日本にいたころの僕が、いまの僕を見たらどう思うのかな？　と意味の無いことを考えるほどにこの一週間で僕はたくましくなった気がする。

　男子、三日会わざれば刮目して見よ――とは、まさにこのことだろう。

　それに、奴隷解放の儀まであと二日だ。そうしたら、エルサに気負うことなく冒険を楽しめる気がする。

　こうして僕は、自分自身の成長を確かに実感し、今後の冒険に思いを馳せてほくそ笑むのだった。

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※魔法原理メモ※

小難しく魔法の説明をしておりますが――

簡単に言うと、イメージ力次第で誰でも魔力が足りれば魔法が使えますよということです。

※属性ごとに消費する魔力が変わるのは精霊との親和性による差異があり、呪文は単なる起動キーに過ぎないのです。