129話 気分爽快
ラルフさんがカールパニートを訪れたのは、ケーキが目当てだった訳ではない。僕たちが茶番を繰り広げるられるほど、テレサ復興の目途が立ったからといってそんなハズないのだ。
いくら探してもファーガルの亡骸は見つからなかった。
きっとどこかで回復を待ち、再び襲ってくるかもしれない。僕の簡単な嘘にまんまと引っ掛かったほどバカだったけど、警戒を怠ってはならない。そんなときに葵先輩たち勇者パーティーが到着した。
それはつまり、取り逃がしてしまったファーガルの対策を立てるべく、テレサ男爵は直接戦った僕の意見を聞きたいのだという。
エルサに「あーん」してもらっていた場面を葵先輩にバッチリ見られて恥ずかしくなっていた僕にとってちょうど良かったのもある。ラルフさんから説明を受けた僕はその提案に二つ返事で直ぐに店を出た。
そして、石畳で整備されながらも入り組んだ領主の館へ向かう道をラルフさんに案内されながら、僕たちデビルスレイヤーズの六人と勇者パーティーの六人でそれぞれ固まって歩いている。
すると、後ろを振り向いたラルフさんがニカッと白い歯を見せる意味ありげな笑みを浮かべた。
「いやぁ、お休み中にすみませんでした。せっかく、お楽しみの最中でしたのに」
相も変わらず、空気を読んでくれない。お願いだからこれ以上は何も言ってくれるなとの意味で僕は、「あ、いえ、大丈夫です……」と最低限の返事に止める。
当然だ。いまはそれどころではない。僕たちだけではなく、葵先輩たち勇者パーティーも一緒なのだから。
このあとの打ち合わせに意識を集中させていたのに、先程の場面を再び思い出してしまった僕は「ああ、見られてしまった、葵先輩に」といった感じでいまにも顔から湯気が沸き立ちそうだった。
「元気そうでよかったわ。それに、こんなにも沢山の美少女たちを引き連れちゃって、ねえ、康平くん? しかも、ペットまで……」
余計な話をラルフさんがしたせいで葵先輩も乗ってくる。
僕がどう答えようかと思いながら顔を向けると、葵先輩は僕の隣にいるエルサ、そして後ろを振り向いてイルマたちを品定めするような目で見ていた。ミラに抱かれたアドは幼女形態ではなく、トカゲ形態と言ったらよいのだろうか。体長三〇センチほどの大きさで丸まって眠っているためペットと勘違いされたようだ。
アド曰く、一番魔力を消費しない形態なんだとか。本来の姿を維持するのに魔力が必要になるとは聞いていたけど、さすがに燃費が悪すぎやしないだろうか。アドに魔力を供給するためにはエルサの魔力だけでは足りず、イルマからも魔力を譲ってもらっているほどだ。そのせいで僕は余計にイルマに頭が上がらない。
イルマは僕をこの世界に召喚した一端を担った話を再び持ち出して、「これも罪滅ぼしの一環じゃよ」とは言うけど、むしろご褒美な気がしてならない……いや……待て待て待て!
思わず頭に浮かんだイルマとの遣り取りのシーンを必死に掻き消すように頭上の辺りで手を左右に振る。ああ、余計なことを考えてしまったせいで、余計に憂鬱になってしまった。
「ちょっと、康平くん。どうしたのよ?」
「……あ、いえ、葵先輩もお元気そうで」
傍から見たら挙動不審だったに違いない。心配そうな目を向けてくる葵先輩に、社交辞令的な言葉を口にして誤魔化そうとする。
しかし、葵先輩の表情が変化し、キッと睨まれてしまった。
何をそんなに怒っているのだろうか? しかも、内村主将と山木先輩も葵先輩の陰からもの凄い勢いで睨みつけてくるのだから意味がわからない。
返事が雑すぎただろうかと思いながらも、違和感を覚えた僕の思考はべつの方向へと進む。先輩たちとの再会にあれほど忌避感を抱いていたにもかかわらず、いざ会ってみるとそれほど気にはならなかったのだ。
これもすべてエルサのおかげなのかもしれない。僕の左手をさっきからギュッと握っているエルサにいつものように微笑みかける。ありがとう、という気持ちを込めて。
僕にこたえるようにエルサもいつも通りの微笑みを浮かべ、より一層身を僕の方に寄せ密着状態となる。
ぞわり。
思わぬ殺気に視線を葵先輩に戻すと、ふっとプレッシャーが消える。背筋が凍るほどの力の波動を放ったのは葵先輩で間違いなかった。微笑みながらも目がまったく笑っていない。
え? もしかして僕とエルサがくっついているから怒ってらっしゃる? いや、まさかね……
僕はとんでもない勘違いをしないように心を整理する。
確かに葵先輩は、ある時期から何かと僕を気に掛けてくれるようになった。そのおかげで柔道を続けてこれた。だからこそ僕は感謝だけではなく憧れをも抱いていたのだ。その感情が「好き」というものだと気が付つくのにそう時間は掛からなかった。
帝都で指名手配され黒猫亭で葵先輩に拒絶されながらも、僕は立派になった姿を葵先輩に見てもらい、好きの気持ちを伝えようと思っていた。当然、葵先輩の優しさを後輩に対する感情だと理解しており、勝算があったからではない。そう、僕個人のケジメみたいなもんだ。
それがどうしたことか、色々とやらかしながらもエルサたちと冒険していくうちに僕の想いは次第に変化していった。それはつまり、いまの僕は完全にエルサに惹かれている。ダンジョンの九階層でエルサに言われたアノの言葉が僕の勘違いでなければ、あとは覚悟を決めるだけだった。
葵先輩が怒っているのはきっとべつの何かだろうと無理やり納得した僕は、話題を変えるべく口を開いた。
「そう言えば……」
「どうしたの?」
「あの、高宮副主将がいないなーと思いまして……」
途端に葵先輩だけではなく、内村主将や山木先輩が苦笑いを浮かべる。三人の女冒険者たちでさえ僕に向けていた視線を逸らしたり俯いたりと、気まずそうな表情だった。
どうしたのだろうか?
単独行動を取っているだけなのかもしれないけど、勇者パーティーの反応からそうではないと容易に察しがつく。それに、中級魔族襲撃の話があったのだからなおさらその可能性は低いだろう。
いや、待てよ!
先輩たちの到着が予定より大幅に遅れた事実と翼竜騎士団のモーラ中隊長が悲しそうに言った言葉を思い出し、ある可能性に気付いた僕はハッとなり声を上げた。
「まさか!」
「えっ、わかるの?」
「そうなんですか……やっぱり」
「う、うん……」
葵先輩が沈痛な面持ちで頷く。勇者パーティーの面々も一様に表情が暗い。高宮副主将にべったりだった剣士のフェルなんかは両手で顔を覆ってしまった。
やっぱり、ヒューマンたちに味方していた魔王が討たれたという予想は、当たっているのかもしれない。状況を確認するべく僕は矢継ぎ早に質問を浴びせはじめた。
「どこでですか? で、相手は? 他でも魔人や魔獣の襲撃があったってことですよね?」
「ちょっと待って康平くん! 何が言いたいのよ!」
「え、だって――」
魔獣の異常行動然り、今回の中級魔人ファーガルによるテレサ襲撃から明らかだった。
ヒューマンたち寄りだった魔王が討たれ、凶悪な魔王が侵略を開始したのだろう。そもそも、先輩たちがテレサに来るのにこんなにも時間が掛かったのは、他の地域で魔人と戦っていたと考えると納得がいく。
さらには、モーラ中隊長が「勇者パーティーは期待できない」と言ったのは、テレサより重要な拠点で防衛任務に就いていると知っていたからかもしれない。
僕は、高宮副主将が魔人との戦闘で命を落としたのだと思った。
「――亡くなったんですよね? 高宮副主将……」
「はぁああ! おいっ、てめえ、片桐! ふざけてんじゃねえぞぉ!」
いきり立った様子でずかずかと詰め寄ってきた内村主将は、エルサの制止の手を振り払い僕の胸倉を掴み上げた。
身体が宙に浮くことはなかったけど、シャツが首に食い込み息が出来ない。慌ててタップするも緩めてくれない。
「ちょっと何してるんですか!」
ラルフさんが仲裁してくれなかったら色々な意味でヤバかった。
葵先輩から高宮副主将は別行動をしているだけだという説明を聞き、僕が早合点したのだと理解した。でも、先輩たちの暗い表情が気に掛かる。
「なんだ、片桐? おいっ、言いたいことがあるならはっきり言え! おいっ!」
「カズマサ殿、いい加減にしてくださいよ」
「そうよ。康平くんは、何も言ってないじゃないですか」
ラルフさんだけではなく今度は葵先輩も仲裁のために声を上げる。
内村主将の高圧的な態度は本当に変わらない。いや、いつも冷静な内村主将が声を荒げるのは珍しいかもしれない。本来であればこの役割は高宮副主将のハズだ。変わった、のかな?
それを言うと僕も変わったようだ。いままでの僕であれば、意味もなく頭を下げて許しを請うていたハズだ。その証拠に内村主将が怪訝な目を向けてくる。
「な、なんだよ……」
「いえ、すみません。先輩たちの様子から勘違いしてしまいました」
「お、おうっ。わかればいいんだ。わかれば」
内村主将はバツが悪そうな表情をしながらも、僕の謝罪を受け入れてくれたようだ。
しかしそこへ、遠巻きに僕たちのことを窺っていた町の人たちが近付いてくるのが視界に入った。
先輩たちの出で立ちから勇者であることに気が付いたのかもしれない。
いや、違った。こともあろうか、先輩たちの前を素通りして僕のもとに集まってきたのである。
やれテレサを救った勇者だの、やれ町の建物の復旧してくれて助かっただのとみなが握手を求めてくる。まるで勇者のような扱い。しかも、内村主将を睨むように一瞥して去っていく。
どうやら、僕に乱暴を働いた先輩に対して怒っているようだ。なんとも、まあと言った感じで、僕は笑いを堪えるのに必死だ。だって、内村主将が苦虫を嚙み潰したような顔ですこぶる機嫌が悪そうにしていたからだ。
一方でラルフさんは、町人たちの誤解の理由を知っているからか苦笑いである。
だからといって、訂正するために実は追放された身ですと僕自ら言い出すことはしない。べつに優越感に浸りたいとかではなく、ただ単に勇者のフリをしていたことを打ち明ける勇気がないだけだ。例えそれがラルフさんからの依頼だったとしても。
強くなった実感はあるけど易々と性格が改善することはなかった。
ただそれも、町の人たちから感謝されること自体は、悪い気がしない。むしろ、ゼロの騎士だったころの僕じゃないことを証明してくれたような気がして、僕の心が晴れやかになる。
「さあ、領主様がお待ちです。急ぎましょう」
ラルフさんに促され、僕たちは再びテレサ男爵が待つ領主の館へと向けて歩き出すのだった。




