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百記夜香~人の世の人ならぬ語り人~  作者: 二階から落ちた坊主の泣き面に鎹
2/5

メリーさんと安息の日

 メリーさんは激怒した。

 彼女の存在理由は、定期的に人を呪い、心臓発作という形で対象を死に

至らしめることにある。

 対象の携帯電話に自分が近付いて行っているという旨のメールを送るこ

とにより、じわじわと恐怖心を煽ってゆく。

 そして、最後は対象者が背後にいるメリーさんを振り返ることにより、

呪いが発動する仕組みである。

 この遠回しな方法をメリーさん自体は好ましく思っていないが、それは

言っても仕方のないことなのである。

 

 そして、メリーさんは自分の役割を全うしようとしたが、今回は過去に

類を見ない状況に遭遇し、怒り狂っていた。


「マジむかつくの」


 俗にいうゴスロリファッションに身を包み、金髪を靡かせた美少女メリ

ーさんは、携帯電話の画面に映し出された文字を親の仇のように睨みつけ

ながらそう呟いた。


 今回、メリーさんが呪う対象は辻堂宗也つじどうそうやという二十歳の青年だった。

 メリーさんはいつものようにメール……とは言っても、時代に合わせて

有名なメッセージアプリに文章を送りつけた。

 そして、メールにしてもその他のアプリにしても「悪戯?」、「誰だよ」

というのがよくある返信だったが、既読の表示から数分ほどして返って来

た言葉は……


『ハッw』


 だった。

 wという文字が(笑)を表しているのだと知ったメリーさんは、即ぶち殺

してやろうかと思いながらも、今は耐えることにした。手順を踏まずに呪

うと、我が身に何らかの異常が起きそうな気がしたからだ。


 そして、メリーさんは文章を送り続けた。


『私メリーさん。今長崎県にいるの』


『遠いなwせめて県内からスタートでおねしゃす』


『うるせぇの。私が決めているわけじゃないんだから、余計なことを言う

んじゃねぇの』


 思わずそう送信してしまうメリーさんだが、彼女の呪う相手は自動で決

まるため、相手が奇人変人という可能性は大いにあり得た。

 分かりやすく例えるのであれば、メリーさんの頭の中に対象の携帯電話

を目的地としたナビによる指示があり、一日から二日程の時間を掛けて近

付いて行くというお仕事をしているわけだ。


『私メリーさん。今大阪府にいるの』


 数時間後、メリーさんが送信。それから一時間ほどして返信が来る。


『早いなぁ。何か食べた?』


『食べていないの。基本、物を食べなくても生きていけるから』


『えっ、冗談だったのに……食べることも出来るんだ? でも、全国各地

を周っているんだから食べればいいのに』


『たまに食べることはあるの。でも、必要以上に表世界に影響を与えるの

は望まないの』


『ちゃんと考えているんだね』


『尊敬したの?』


『したした。メリーさんゴーラウンド』


『意味不明なのに馬鹿にされたのは伝わるの。絶対呪い殺すの』


『移動は速いのにのろいものってなーんだ?』


 メリーさんは何も打たずにそっとスマホのアプリを閉じた。




『答えはメリーさんでしたぁ!』


「めげねぇな! なの!」


『のろいと呪いを掛けたの分かった? 自信作』


「二度と喋るんじゃねぇなの!」


 しばらくしてアプリを起動したメリーさんは、既読無視したのにも関わ

らず、何事もなかったように返信してきていた宗也に恐怖を覚えたが、そ

の後も執拗に送られてくるどうでも良いメッセージにぶちギレたところで

一日は終わり、思うように近づくことはなかった。


 そして、翌日。


『おはよう! 今日も一日頑張りましょう!』


『あなたから送ってくるのはやめろなの。一定のルールは守れなの』


『えー。そんな俺の乳首みたいに固いこと言わないでよ。ちなみにメリー

さんの乳首も固いの?』


『霊なら盛大にセクハラしても許されると思っているの!?』


『めんご、ごめんご、ねんねんこ。そういえば、今は何処にいるの?』


『……愛知県なの』


『遅いw全然進んでいないじゃないすかぁ』


『誰のせいだと思っているの!?』


『やはりメリーさん、二つの意味でのろいになっちゃったなぁ』


『何を既読無視したことを根に持ってやがるの。マジ、絶対に許さないの。

地獄を見せてやるから覚えていろなの』


『はぁ? じゃあ、さっさと来いやなの』


『フ○ックなの』


 そして、数時間後。


『私メリーさん。今、神奈川県についたの』


『おっ、もう来ないのかと思った』


『引導を渡すために飛ばしてきてやったの!』


『俺のために急いできてくれるなんて……惚れちゃいそう』


『命乞いしても無駄だからなの』


『俺に会うためだけに遠距離を移動してくれるファンに幸運を』


 その文章を読み、表情を引き攣らせたメリーさんはすぐさま次の目的地

へと移動した。


『私メリーさん。今、商店街にやって来たの』


 それからメリーさんは自分の携帯電話を見つめながら宗也からの返答を

待ったが、アプリの既読マークがつくことはなく、彼女は訝しげに思いな

がらも続けて送信。


『私メリーさん。今、近所のコンビニの角を曲がったの』


 しかし、既読になることはない。


『私メリーさん。今、あなたの家の前にいるの』


 メリーさんは古いアパートの扉を見つめながら送信したが、やはり返答

はなく、何か罠でも張っているのかと警戒しながら、最後の目的地へと移

動した。


 そして、メリーさんの視界に映ったのは、やつれた顔の青年が布団から

上半身を起こし、気だるげに扉を見つめている姿であった。呼吸は荒く、

最早身体を自由に動かすことも出来ないようだった。

 苛立ちを倍返しにしてやろうと息巻いていたメリーさんだったが、宗也

の姿に思わず息を飲んで、しばらく硬直してしまった。


「……メリーさん?」


 しばらくして宗也がかすれた弱々しい声でメリーさんを呼んだ。

 今は未だ彼には見えていないはずだが、それは死の間際だからこそ芽生

えた直感だったのかもしれない。


「……何をしているの?」


 メリーさんは背後から尋ねた。


「やっぱり……メリーさんか……待っていたよ」


 宗也はメリーさんの声を聞くと、とても嬉しそうに呟いた。

 

「あなた……もう……」


 メリーさんは宗也の命の灯が消えかかっていることに気付いた。


「見ての通り……メリーさんが何もしなくても……もうすぐ死ぬ……」


 外から聞こえる車のエンジン音に掻き消されそうな弱々しい声でありな

がら、確信を込めた言葉は酷く重みと強さを含んでいた。


「そうみたいなの。私は大外れを引いたの」


 メリーさんは自分でも不思議なほどの動揺を内側に隠し、そう溜息をつ

いた。


「はは……でも、俺にとっては大当たりだ……最期の瞬間に独りでないの

は嬉しい……ごほっ……げほ……」


 痛々しさすら感じる咳を吐き出しながら、宗也は身体を震わせる。


「……ずっと独りで貧乏暮らし……そこにこの若さで病気なんてさ……俺

の人生は最高に笑えるよ……」


「本当に最低で笑えるの」


「あはは……あぁ……もう終わっちゃうなぁ……」


 その時、宗也の身体は限界を迎え、震えながら後ろに倒れたが衝撃が来

ることはなかった。


 そう、今の彼は独りではない。


「……私メリーさん。今あなたの後ろにいるの」


 その言葉に宗也は泣き笑いのような曖昧な表情で僅かに頷いた。

 

 やがて瞳は生気を失い、それでも穏やかな表情で生を終えた宗也。


 メリーさんは、そんな彼を背中から抱き締める様にして、いつまでもそ

こにいた。 

  

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