俺と僕
初めまして。登録して第一作品目の小説です。
ど素人の為、途中読みずらい箇所や、誤字・脱字等あるかもしれませんが、そこは温かい目で見てくれると嬉しいです。
さて、今回の話のテーマは人生の希望を失った主人公の元に、一人の男の子がやってくるところから、始まります。
そして、主人公にも過去に色々なことがあったらしいのですが、その男の子は全てを知っているようです。
俺も、人生変えたいな・・・
さてさて、俺の呟きは置いといて、本編をどうぞ。
プロローグ
あの頃は良かった。
つい口に出してしまう口癖。
今の現状、上下関係、生活していく上で色々な苦難が降り注ぐ。
それに耐えられない俺は、仕事をやめた。
「・・・」
何もするわけでもなく、テレビを見る。昨日は一日布団の中で漫画を読んでいた。一昨日は、寝ていた。その前以降は覚えていない。
「はぁ・・・」
何もする気がない。ついには食事すら面倒に思って、一日一食生活状態だ。
「・・・はぁ」
何度目かのため息。俺は、読みかけの漫画を手にして横になる。仕事をやめて一ヶ月。次の仕事の事は考えていない。
「・・・つまらん」
最近の俺はため息をつくか、「つまらん」「面倒くさい」の3つしか喋らないでいた。同じの事の繰り返しの生活に俺は飽きていた。
「・・・もういっそ、楽になるかな」
このまま生きていても仕方がない。生きていても今と同じことの繰り返しだ。
『ピンポーン』
「・・・ん?」
久しぶりに家のチャイムの音が家の中に響いた。来客なんて宅配便ぐらいしかないのだが、その宅配便すら来ない状態だった。居留守をしようかと思ったが、俺は来客の正体が気になり、玄関へと向かう。
「はい、どちらさん?」
「・・・」
応答がない。念の為、もう一度言ってみる。
「どちらさんですか?」
「・・・」
「もしも~し」
「・・・」
(いたずらか・・・)
今時ピンポンダッシュとは珍しい。俺は部屋に戻ろうとした時
『ピンポーン』
再びチャイムが鳴る。しばらく様子を見ると
『ピンポーン』
またチャイムが鳴る。調子に乗った子供の仕業か。俺は腹が立ってきた。
『ピンポーン』
「いい加減にしろ!!」
チャイムと同時に俺は玄関を開けながら、怒鳴った。
「痛っ!!」
開けた玄関の扉が接触したらしくチャイムを押したであろう人がその場でしゃがんだ。
「・・・どこのガキだ」
その場でしゃがんだのは、小学生と思われる少年だった。すぐにその少年に違和感を感じた。見た目はごく普通の、どこにでもいる少年だ。けど、何故か俺の中で違和感が取れない。
「もう、急に開けなくても・・・」
少年は起き上がりながら、そう小声で言った。
「いたずらする奴が悪いだろうが。用があるなら、一発目で返事しやがれ」
「・・・」
少年は何かを言っているようだが、聞き取れなかった。
「それより、僕はこういう者です」
そう言って一枚の紙を渡してきた。
「・・・あなたの人生を変えます。ハッピーライフ??」
「はい。あなたの人生を変えに来ました!!」
「帰れ」
「・・・えっ?」
「帰れって言ったんだ。子供のごっこ遊びに付き合う気はねぇよ」
俺は呆れて怒鳴る気もしなかった。俺は、玄関の扉を閉めようとした時
「伊井坂守」
少年の言葉に俺は閉めようとした扉を止め、少年を見た。
「あなたの名前、伊井坂守さんでしょ。8月9日生まれで、東京育ち。小学生5年生の時に母が再婚。それを気に、あなたは段々親の言う事を聞かなくなった」
「お前・・・何者だ」
俺の名前はもちろんだが、過去についてもズバリと当ててきた。違和感を感じていたが、その違和感が倍増したのを感じた。
「だから、人生を変えに来たハッピーライフの者です。業務上、自分から名前を名乗ることはできなんです。」
「・・・」
「けど、僕は守さんの過去については知っています。もちろん、誰にも喋っていない秘密も」
「・・・」
「そうそう、まだケリつけずに逃げているんですか」
「帰れっ!!!!」
本当に久々だった。俺が、本気で怒鳴った。俺は感情に任せ、扉を思いっきり閉めた。
「守さん・・・また、来ます」
俺はしばらく玄関から動くことが出来なかった。
「・・・ん」
俺はあの後寝てしまったらしい。辺りは暗くなっていた。
「・・・」
俺は起き上がり、布団に入った。正直、まだ少年の顔がはっきり残っている。少年の言葉が頭の中で何度も思い出す。
『まだケリもつけずに逃げているんですか』
誰も知るはずがない。知っいるのは俺自身だ。絶対に知られるわけがない。俺は何度もそう自分に言い聞かし早めに寝ることにした。
翌朝、目が覚めてもパッとしなかった。思い出すのは少年の言葉。
「・・・行くか」
俺は久々に外に出ることにした。向かったのは、近所にある高台。ここからは街が一望でき良い風がいつも吹いている。辛い時や、何かあった時はここへ来ては一人で泣いていた。
「あの頃は、良かったなぁ」
昔の事を思い出すと、この言葉が決まって出てしまう。子供の頃は、今の悩みや問題等なく楽しくやっていた。できることなら、あの頃に戻りたい。
「・・・はぁ」
ため息をつき、現実を見る。
「できるわけ、ないのにな」
俺は帰ろうとして振り返った時、足が止まった。
「ども、守さん。ハッピーライフです」
「なんで、ここに・・・」
「昨日、言ったでしょ。また来ますって。だから、来たんですよ」
「・・・じゃなくて、なんでこの場所にいるんだよ!!」
「だって、守さん。何かあればここに来てたじゃないですか。家が留守だったので、ここだと」
「・・・お前」
「守さんのこと、よく知ってますよ」
少年に恐怖を感じた俺はその場から立ち去ろうとした時、少年が言った。
「また、逃げるんですね」
「うるせぇ!!なんで知っているかは知らないけどな、あれにはもう関わらないって決めたんだ!!それに、あいつだって、そう願ってるに決まっている!!もう、お前も関わるな!!」
「最後の警告です」
「・・・えっ?」
少年の顔は、さっきまでの面影がないほど冷静で冷たい目線で俺を見ていた。
「これが最後です。僕は、ここで守さんに断られればもう二度と顔を見せません。どうぞ、今までと同じ生活を送ってください」
「だから、俺は何度もー」
「ただ、あなたあともう少しで死にますよ」
「・・・なん、だと」
少年の言葉に一瞬、頭が真っ白になった。
「あなたが死ぬって話です。もう近い未来に」
「馬鹿な・・・そんな脅し」
「脅しかどうか、今までのことを事を思い出してもらえると、分かると思いますが?」
「そんな・・・こと」
「僕は、あなたの全てを知っています」
「・・・」
少し間を空けて、少年は尋ねた。
「最後の勧誘です。あなたの人生を変えます・・・僕の誘いを受けますか、それとも断りますか」
「・・・」
違和感はまだ取れていないが、今までの出来事を思い出し、少年の顔を見た。変わらず冷たい目線のままだが、嘘を言っている感じはなかった。
「答える前に聞いていいか・・・」
「どうぞ」
「もし、受けたとして・・・お前の言う俺の死っていうのは、回避できるのか」
「・・・あなた次第では」
「・・・」
「それに、あなた次第では今の人生を180度変えることが可能です」
「・・・」
色々考えられない事もあった。俺だって、このままの人生には飽きていたところだった。俺の名前を知り、過去や知るはずのない事も知っている不思議な少年が人生を変えると言っている。楽になろうと思っていたところだった。
(どうせ、楽になるなら・・・もう一回ぐらい、足掻いてみるか)
俺は少年に手を伸ばした。
「分かった。受けてやるよ。お前の誘いに」
俺の言葉を聴いた少年は、冷たい目線から満面の笑みへと変わった。
「分かりました。僕にお任せを」
こうして、不思議な少年と俺の人生を変えることになった。
第1話
目の前で、女の子が泣いている。
よく知っている子だった。
その子の前には、子供の姿があった。夕日の逆光で姿ははっきりと見えない。
その子供は、泣いている女の子を見ているだけ。声を掛けることはない。
仕方なく俺が、どうしたのか声を掛けようとした時、視界が真っ暗になった。
「・・・」
再び視界に入ってきたのは、天井だった。
「・・・夢か」
体を起こして、辺りを見渡す。
「・・・夢、なのか」
まだ寝ぼけているせいなのか、どこまでが夢なのかが分からない。不思議な少年に会い、俺の人生を変えると言ってきた。俺は仕方なく依頼することにしたのだが、その少年の姿はいない。辺りもいつもの風景で、変わったことがない。
「・・・はぁ」
俺は二度寝をしようと再び横になろうとした時、玄関の扉が開いた。
「・・・はぁ」
溜息の連続だ。分かった事は1つ。不思議な少年は、夢ではなかったようだ。
「・・・なんだ、その荷物」
昨日出会った不思議な少年の両腕には、近くのスーパーの袋が大量に物が入った状態で持っていた。
「なんだって、そりゃあ掃除道具です」
よく見ると、色々な洗剤や道具があった。
「でも驚きました。まさか、掃除道具も洗剤も無いなんて」
「掃除の意味が無いからな」
少年はキョトンとした表情で、俺を見た。
「意味がない?どうしてですか?」
「考えてもみろ。掃除したところで、感謝されるわけでもなく、無駄な体力を使って綺麗にしたところで、また自分自身で汚くするんだぞ」
「・・・なるほど。確かに・・・でも、彼女ができたら、困りますよね?」
「・・・できねぇよ、一生な」
「それは、これからのあなた次第ですよ」
そう言って少年は、床に買ってきた洗剤や道具等を広げ始めた。
「とにかく、意味があるないに関わらず、人生を変えるためには、まずは身の周りを綺麗にする
ところからです」
気合満々の笑みで俺に雑巾とホウキを差し出した。
「さぁ、まずは人生を変えるための第1歩です」
乗り気はしなかったが、これまでの事を考えると素直に従った方がいいだろうと思い、俺は雑巾とホウキを受け取り、部屋を片付け始めた。
「はぁ~~~~~」
長く、深いため息が部屋に響く。
「どうしました?」
掃除というものを甘く見ていた。少しだけ散らかっている部屋と思っていたが、ゴミが次から次へと出てくる。あれから1時間経過するが、片付いている感じがしない。少年を見ると楽しそうに片付けている。
「・・・どうして、そんなに楽しそうなんだ?」
「別に理由はありませんよ。ただ・・・」
「ただ?」
「・・・いえ、なんでもありません。さぁ、口を動かさず手を動かしてください」
「・・・はぁ」
その後、俺は黙々と掃除を続けた。そして、しばらくした後の事だった。
「あっ・・・これ」
少年の声が聞こえ俺は振り返ると、少年は写真掛けを持っていた。
「おいっ!!」
俺は、それが何であるかすぐに分かり、少年から写真掛けを取り上げた。
「勝手に見るな!!」
「あの・・・その人は、今どうしているのですか?」
「お前に関係ないだろ」
「・・・そうですね。けど、知りたいです。どうしているのですか?」
「・・・知らねぇよ」
「知らない?どうして?あなたの彼女ー」
「うるせぇ!」
俺は勢いよく壁に写真掛けを投げ付け、大声で少年の声を搔き消した。
「お前には、関係ないだろっ!!」
「・・・関係ありません。でも」
「でもじゃねぇ!!一体、お前は何者なんだよ!!いくらなんでも、俺の事知りすぎだろうが」
少年は少し間を空け、投げ付けた衝撃で割れた写真掛けの破片を拾いながら、静かに言った。
「最初に言いました。あなたの事は何でも知っていると。僕は、あなたの人生を変える為に来ました・・・でも、できることなら、その人も一緒に幸せにしたいんです」
「どうしてそこまで・・・俺の人生を変えたところで、お前にメリットなんてないだろうが」
「ない・・・ですね。でも、そうしたいというのは、僕個人の願いでもあるんです」
それから俺達は一言も喋らず、掃除を続けて、ようやく終わった頃には夜になっていた。俺達は、掃除の疲れで早々に寝ることにした。少年はいつの間にかに寝袋を用意していて、俺は布団で横になり、少年は寝袋に入り寝ることにした。
「・・・なぁ」
「はい、何でしょうか」
俺は朝からずっと疑問に思っていたことを聞くことにした。
「お前、働いていい歳じゃないだろ?学校とかどうしたんだよ・・・それに、ハッピーライフなんて会社聞いたことないし」
「・・・それについては、極秘事項につき教えることはできません。僕は、学校に行っていましたが、諸事情で今は行けないのです」
「ふぅん・・・なるほどね」
「でも、いつかは戻りたいですね。友達とかにも会いたいし」
「別に友達に会うくらいできるだろ?」
「それができないのですよ。詳しくは極秘事項の為、教えることはできませんが」
少年そう言ってしばらく間を空き、続けた。
「それより、どうしてあの写真の人の話を嫌うのですか?僕の情報だと、あなたとその方は昔からの仲良しで、交際中とお聞きしましたが・・・違うのですか?」
「・・・話したくない。ただ、交際中ってのは、昔の話だ」
「・・・」
少年は、寂し気な表情を浮かべた。何故、少年がそのような表情をするのかは分からなかったが、その前に俺は目を閉じ、静かに言った。
「おい・・・今日の礼に一つだけ教えてやる」
俺はそう言い、少し間を空けて言った。
「ちょっと2人の間で事件が起きたんだ・・・事件って、言っても俺が全面的に悪いだけの話だけどな」
「・・・それが、きっかけで別れたと?」
「・・・俺は、そう思っている」
「・・・えっ」
「会ってないんだ、それきり。俺が、逃げ出した。だから、あいつも今では他の男性と仲良くしてるさ」
「・・・そうでしょうか」
少年は、それだけ言うと寝てしまった。少年が何を言いたかったのか、なんとなくだが分かった。
公園には女の子がいた。
よく知っている子だった。
その子は、寂し気に夕日を見ていた。
「どうして・・・」
ポツリと呟く。誰もいない公園で、静かに言って、涙を流していた。
2話
「仕事をしましょう」
唐突に少年はそう言ってきた。少年は、求人雑誌を広げて続けて言った。
「やはり、お金がないことには始まるものも、始まりません。ですので、仕事をしましょう」
「・・・仕事ねぇ」
「今の貯金。今年で無くなる計算ですよ」
「うっ・・・まぁ、確かに一生分あるわけではないが・・・」
どうして貯金の金額まで知っているかは知らないが、少年のいう通りそろそろ貯金の底が見え始めてきたところだった。しかし、仕事っと言われてもやる気も起こらず、広げられた求人雑誌を適当に開く。接客業、エンジニア、事務職と色々な仕事の求人情報が記載されていたが、ピンとくるものはなかった。
「仕事、ねぇ・・・」
ページを開く度に、やる気が落ちていく。
「・・・はぁ」
溜息をつき、求人雑誌を閉じる。
「お前の言っていることは正論だが、働く気がねぇ・・・」
「とは言っても、生活する上ではお金は必須ですよ?」
「・・・」
少年の言う正論な意見に、返す言葉がない。すると少年は一枚の紙を出しながら言ってきた。
「これなんて、どうです?」
少年が出してきたのは、近くの会社の事務職募集が記載された紙だった。
「事務職ね・・・」
昔は、事務職に勤めていた経験もあるから問題はなかった。
「今なら、確実にここに面接に行けば採用されます」
「・・・えっ?」
今、少年の口から変な言葉が聞こえたのは気のせいだろうか。俺は、少年を見ると笑顔で言った。
「確実に採用されますよ?」
「・・・ありえないだろ。採用するかどうかは、面接の担当者が決めることだろ。確実なんて言葉はありえないだろ」
「極秘事項ですが、確実に採用確定です」
それしか言わなかったが、なんとなく意味が分かった。
「お前の会社・・・どういう会社なんだ」
「極秘事項です」
これ以上追及するのに恐怖を感じ、俺は追及をするのをやめた。
「・・・」
久しぶりの緊張感。そして、久しぶりのスーツ。
「・・・」
結局、少年が持ってきた事務職募集をしている会社に来た。
「・・・」
少年は、採用確実とは言っていたが、それでも久しぶりの面接ということもあり、会社に入る一歩が出せずにいた。
「あれ?伊井坂君?・・・伊井坂君だよな?」
「・・・えっ?」
不意に声を掛けられ、振り返るとそこには一人の男性がいた。
「やっぱりだ。久しぶりだな」
すごく俺を知っているような感じだが、俺は全く知らない。そんな俺の気持ちを察したのか、その男性は、大声で笑った。
「アッハッハ!!そっか、そりゃあ、そうだろうな」
「・・・ごめんなさい」
「いいって、あれから連絡できる状況でもなかったしな」
「あれから?」
まだピンとはきていなかったが、どこかで見た覚えがある顔だと感じ始めた。
「まぁ、いいさ。君にとっては、俺の事は思い出さない方が幸せかもしれないしな」
その男性は、手を差し伸べた。
「俺は、境田健司。よろしくな」
「あ、はい・・・よろしくお願いします」
俺も手を差し伸べて、男性の手を握った。
「ところで、こんな所で立って何をやっていたのかい?」
「これから、面接なんですが・・・緊張してしまって」
「面接?・・・もしかして、ここの会社?」
俺が頷くと、健司さんはまた大声で笑った。
「アッハッハッハ。そうか、君がか」
「あの・・・」
「あぁ、ごめんごめん。俺はね、ここの会社に勤めていて、今日来る面接の人の担当することになっていたんだが・・・君とはね。まぁ、とりあえず、中に入ろうか」
俺は、健司さんの案内で会社の中へと入った。
「はぁ・・・」
会社に案内された俺は健司さんから、面接というよりも業務内容を聞かされ、試しに1時間程仕事をすることになった。内容は、書類整理やデータの打ち込み、営業の収支をまとめる等、完全な事務職だった。事務職は過去に経験があった為、問題はなかった。しかし、問題が一つだけある。俺は、ちらりと横目でその問題を見る。俺の横には一人の女性がいた。彼女は、黙々とパソコンに向かいデータを入力していた。それだけなら問題はないのだが、問題は彼女自身の存在だった。俺は、その女性をよく知っていた。
「・・・あのぅ」
「・・・」
俺は勇気を出し、その女性に声を掛けたが、完全に無視された。当然といえば、当然だが。女性の名前は、神田香。少し前まで面識はあったが、最近は会っていなく、できれば会いたくない女性の1人だった。
「・・・」
「・・・」
香さんも、俺の事に気付いているだろうが、健司さんから自己紹介されてから、一言も会話がない。俺もあまり話す気にはなれなかったので、素直に何も喋らず黙々と作業をすることにした。
しばらくして、健司さんが俺のところへ来た。
「どうだい、伊井坂君。仕事の方は?」
「なんとか。以前も似たような事やっていたので」
「そうか。どれどれ・・・」
そう言って健司さんは、パソコンに入力したデータを一通り見て、
「なるほど。完璧だ」
「ありがとうございます」
「これなら、安心して任せる事ができそうだ。今日は、とりあえず帰ってもらって構わないよ。明日から、よろしくな」
「はい」
帰り支度をして、帰ろうとした時だった。
「・・・逃げないの?」
「・・・」
香さんの一言で俺の足が止まった。香さんの方を見ると、顔はパソコンの方を見ていたが手は完全に止まっていた。香さんの言葉はすぐに理解した。そして、俺も香さんから目を逸らし、一言だけ答える。
「とりあえず、今は」
「・・・そう」
香さんはそれだけ言うと、黙々と作業を始めた。俺も、止めた足を動かし、帰ることにした。
「また、同じ過ちを繰り返すのね・・・」
香さんの言葉は聞こえていて、意味も理解していたが今度は足を止めなかった。
「あ、お帰りなさい」
家に戻ると、少年が掃除をしているところだった。
「どうでした、僕の勧めた会社は」
「・・・質問がある」
少年の問いを無視して、俺は少年に聞きたいこと聞いた。
「お前、あの会社を選んだ理由はなんだ」
「質問を質問で返すなんて、ひどいですね」
「いいから、答えろ」
少年は、掃除を止めて俺をまっすぐに見た。
「その様子・・・会えましたか、彼女に」
その言葉を聞き、俺は少年の胸倉を掴んだ。
「いい加減にしろ!!お前、何なんだ!!どこまで知っている!!どうして、知っている!!」
「・・・言えません。手を離してください」
「お前・・・何がしたい」
「最初に言いました。僕は、あなたの人生を変える為に来た。それだけです」
「変える?ふざけるな!!あの女に会うことが、人生を変えるために必要だってことか!!」
「そうです。だから、会社を勧めたのです」
「もうやめた!!あの女に会うなら、人生なんて変えなくていい!!」
しばらくの間沈黙が訪れて、時計の針が動く音が部屋に響いた。興奮している俺に対して、少年は冷静に、俺を真っすぐに見た。
「・・・辛いものですね。人というのは、色々な経験を積んで性格が変わっていく。良い方や悪い方に。あなたが、ここまで変わってしまうとは・・・正直、辛いです」
「お前、何を言って・・・」
そこまで言って、俺は強い衝撃を感じてそのまま意識がなくなった。
「・・・」
目を覚まし、辺りをゆっくりと見渡す。
「・・・何時だ」
いつの間にか夜になっていて、家の中には誰もいなかった。
「・・・」
何が起きたのかを思い出そうとしたが、中々思い出せない。
「確か・・・あいつと言い合って・・・」
そこから何が起きたのか、全く思い出せない。時計を見ると、もう少しで日付が変わろうとする時刻だった。
「・・・くそっ」
思い出すのは、会社で会った香さんの事だ。
「俺は・・・逃げているわけじゃ・・・」
誰に言うわけでもなく、一人ボソリと呟く。俺はゆっくりと立ち上がり、あの高台に向かうことにした。
「・・・あれ?守君?」
高台に向かっている途中で、ふいに俺の名前を呼ばれ振り返ると、そこには香さんよりも会いたくないと思っている女性が立っていた。
「明美・・・」
それは、学生時代から交際していた元彼女だった。
「どうして、どうしてなの」
少女は泣きながら同じ言葉を繰り返す。
「どうして・・・どうして・・・」
泣いている少女に近付く、もう一人の少女。泣いている少女の頭を撫でながら、優しい声で名前を呼んだ。
「どうしたの、明美?」
3話
「明美、お前・・・なんで」
突然現れた、昔の彼女の明美に俺は驚きを隠せなかった。明美は、この町にいるはずがない。そして、一番に驚いているのは明美の姿と呼び方だった。
「守君、こんな時間に散歩?」
そんな俺の気持ちを知らずか、明美は遠慮なく近付いてくる。
「明美・・・お前こそ、なんでここに・・・じゃなくて、どうしてお前・・・」
明美の姿は、交際していた頃の学生の姿。呼び方は、当時のままだった。
「なんでって、言われてもなぁ・・・ちょっとコンビニに行こうと思っただけだけど・・・」
「コンビニ??・・・そんなの、もっと近くにあるじゃないか・・・隣町までくる理由になってない」
明美は、卒業と同時に隣町に引っ越しをしていた。それは、俺も一緒に手伝ったし、引っ越し先の家にもよく行っていたから間違いない。しかし、明美は不思議そうに首を傾げる。
「隣町?・・・守君、何を言っているか分からないよ」
「なんだよ、お前!!さっきから!!仕返しか!!いい加減にしろ!!なんで、昔の格好や呼び方をしている!!」
「っ!!」
突然の俺の怒鳴り声に、明美はビクッと体を震わせ、俯いた。
「ま、守君・・・どうしちゃったの・・・・怖いよ、今日の守君」
「だから、いい加減に・・・」
俺の興奮は、彼女の泣き顔で一気に冷めた。
「どうしちゃったの・・・守君、私、何かしたかな・・・わ、私・・・」
「・・・何が、どうなって・・・」
明美は嘘が下手だ。噓泣きをすればすぐに分かる。だから、余計に俺の頭は混乱していた。目の前にいる明美は、泣いている。そして、冷静になったところで、明美の言葉に疑問を持った。
「・・・明美、今日のってなんだ?・・・まるで、毎日会っているような・・・」
「私ね・・・大丈夫だよ。多分、何かあったんだよね・・・だから、ちょっと、機嫌が悪いだけだよね・・・」
明美の声は、微かに震えていた。まだ、俺の怒鳴り声の恐怖が残っているのだろう。
「私ね、大丈夫だよ。きっと、明日はいつもの守君に戻っているよね・・・」
「明美・・・」
俺は、一度深呼吸をして落ち着いた声で言った。
「悪い。あのさ、変な事聞くけど・・・」
『ゴーン、ゴーン』
俺の言葉が終わる前に、近くの寺で鐘を打つ音が聞こえた。
「・・・っ!!」
鐘の音が止まり、俺はありえない事に気付いた。俺は、確かめるように後ろを振り返った。そして、数秒経たずに、確信へと繋がった。俺の視線の先に、学生服姿の神田香と、学生時代によく遊んだ山内圭太が真っすぐにこちらへと向かって歩いていた。
「なんで・・・どうして・・・」
「守君・・・どうしたの?」
「なんで・・・どうして・・・待てよ・・・あれ・・・あっ!!」
混乱する中、俺はもう1つ肝心な事を思い出したのと同時に、強い衝撃を全身に感じて、視界が真っ暗になった。
「・・・」
次に視界に入ってきたのは、よく知る天井。俺がゆっくりと起き上がると、そこには少年と見知らぬ女性が座っていた。女性も気になったが、まずは少年を見て確認する。
「・・・」
少年は、何も言わずにこちらを見ている。俺も、確認するかのように上から下へとじっくりと観察し、俺は溜息をついた。
「はぁ・・・どういう事だ」
「・・・やっと、気付きましたか。これで、気付かなかったらどうしようかと思いました。我ながら、鈍感ですね」
俺が気付いた事。それは、少年の姿は俺の学生時代そのままだった。どうして気付かなかったのか、自分でも驚きだ。
「初めまして。伊井坂守さん」
少年の隣にいた女性が頭を下げ、口を開いた。
「私は、この子の担当しているハッピーライフの監視担当横峯 明日美という者です」
「・・・監視担当?」
「はい。私の役割は、この子が規約に反する行動や言動をしないかを監視することです」
「監視って言っても・・・見かけなかったが・・・」
「プロですので」
そう言い切り、ドヤ顔をする横峯という女性に腹がたったが、とりあえず俺は冷静になり、少年を見る。俺が喋る前に、少年が先に口を開いた。
「お察しの通り、僕はあなたの学生時代のあなたです」
「やっぱりか・・・でも、どういう事だ。未来の自分なら百歩譲って技術の進歩ということで理解できることはあるが、過去って・・・」
「それについては、私から」
横峯さんが少年の変わりに説明をした。
「確かに過去には、よく漫画とかで聞くタイムマシンという物はありません。しかし、物理的に生身の人間をこうやってこの時代に存在させる為には、時代を行き来する手段がないと不可能な事です」
「じゃあ・・・どうやって・・・だけど、俺には未来に行ったなんて馬鹿な記憶はないぞ」
「手段については、企業秘密なので教えることはできませんが・・・本当の伊井坂さんの体は、学生時代にあります。ここにいるのは、意識は伊井坂さん本人のものですが、体は情報を元にして構成された・・・簡単にいうと、着ぐるみを着ていると思われた方がいいかもしれまんせんね。しかし、人間の体というのは複雑なものでして、完璧な着ぐるみではないです」
「・・・どういうことだよ」
「外見は簡単に構成できますが、意識や記憶を留めておく脳や体を動かす筋肉や体の中身の構成は複雑すぎて、私どもの技術力ではできないのです。なので、私どもは中身を本当の体と共有させることにしたのです。ですが、意識はもちろんですが、こちらの時代で体を動かしている間は本当の体には一度すべての機能を停止にしなければなりません」
「・・・もしかして」
横峯さんの説明を聞いて、1つだけ思い当たるところがあった。
「ご察しの通り。あなたには、1度仮死状態にさせました」
学生の頃、俺は交通事故で意識を失い、病院に運び込まれた時には、心臓も止まっていた。当時の医師達のおかげで、死ぬことは免れた。しかし、俺の意識は戻らず生命維持装置で、ギリギリ命を繋いでいて、俺が意識を取り戻したのは1年後のことだった。医師達も俺が意識を取り戻した時は、本当に驚いていたと、よく母親に聞かされていた。
「あとは簡単な話です。意識を入れた着ぐるみに、私どもの調べた今の伊井坂さんの状況とご友人達の状況を記憶に入れれば完成です。実体験した後ですので、信じてくれますよね」
「さっきの、あれか・・・」
そう説明されれば、今までのことや、先程の明美の対応にも納得がいく。
「・・・けど、よりにもよって・・・」
「あそこですよね・・・すべての、始まりは」
少年もいつもの冷静さがなく、表情は悲し気な表情だった。
「・・・」
俺もあの瞬間の記憶だけは、今でも辛く感じる。
「・・・でも、1度だけあの瞬間の記憶を見ておかないと・・・前に進めないような気がして」
「・・・なぁ、さっき友人の状況も記憶に入れたって説明があったけど・・・本当か」
「はい、少なくとも明美、香、圭太・・・3人の状況は把握してます」
「圭太、どうしている?」
「・・・教えません。だって、今教えたら、殴りに行くでしょ?」
「・・・」
俺達の間に張り詰めた空気があり、俺はジッと少年を見ていた。すると横峯さんがスッと立ち上がり、玄関へと向かった。
「それでは、私は帰ります。それと、現代の伊井坂さんに忠告です。先程、説明した通り意識は完全にあなた自身。そして、学生の時代と体も共有している。つまり、現代でこの子の体に傷がつけば、共有している学生時代の体にそのままダメージが蓄積されます。この子の死は、あなた自身の死であるということをお忘れなく」
そう言い残して、横峯さんは帰って行った。
テーブルには俺が作った料理が並び、俺達は対面するような形で座り夕食を食べている。
「・・・」
「・・・」
夕食を食べ終わろうとした時、少年が静かに言った。
「・・・何も、言わないのですね」
少年が何を言いたいのか、少し分かった。しかし、それには触れず別な事を聞くことにした。
「どうして、こんな事しようとしたんだ?」
「・・・」
少年は、箸を置いてゆっくりと語りだした。
「最初は・・・乗り気じゃなかったんです。横峯さんが現在のあなた・・・つまり、将来の自分の姿を聞かされても実感はなかったし、そもそも面倒だったし」
「じゃあ、断れば・・・」
「明美とは、ちゃんと決着をつけて欲しかった・・・」
「・・・」
少年の言いたいことは、過去の俺ということもあり、すぐに何を意味するかは理解した。
「・・・そういや、お前。自分の正体は頑なに明かさなかったのに、今になってどうして教えたんだ?」
「最後まで正体は明かすつもりはありませんでした。それが、規則だったので。でも、横峯さんが今回は特例だっということで、明かすことにしたんです」
「特例?」
「はい。横峯さんも驚いていました。正体を明かす特例は、過去に一度もないみたいだったので」
「なんで、俺はその特例を・・・」
「そこまでは知りません。でも、会社側の決定らしいので、従ったまでです」
「・・・」
「それじゃあ、改めて将来の僕であるあなたと、あなたから見て過去の僕。完全に状況を把握したいので、少し昔話をしませんか。どうして、明美と別れたのか、詳しく知りたい事もあるので」
「・・・分かった」
こうして俺達は過去の話をすることになった。
少女が泣いている。
ずっと、ずっと泣いている。
少女が笑っている。
けど、心の中では泣いている。
何をしていても、泣いている。
けど、表情には出さない。
そんな少女を、少年は知らない。
4話
「お待たせ~」
交差点で明美が手を振りながら近付いてくる。
「遅い。遅刻したら、明美のせいな?」
「大丈夫よ。だって、学校は見えてるし」
指差す方向には、僕達の通う学校が見える。いつものこの交差点で待ち合わせをして、一緒に登校するようになって1年が経とうといていた。
「もう、1年か・・・」
「何が?」
僕の呟きが聞こえたのか、明美は顔を覗かせる。
「いや、僕達がこういう関係になってから、1年経つんだなって思って」
去年の今頃、僕は明美に告白をして成功した。それから、何度かデートとかもしたりして順調に交際を続けていた。
「ねぇ、守?その『僕』っていうの、やめないの?」
「・・・えっ」
周りの皆は、自分の事を『俺』と言う中で、僕はどうしても自分のことを『僕』と言ってしまう。
「・・・嫌?」
「嫌とかじゃないよ。でも、どうして『僕』なのかなって、ちょっと思って」
「どうしてって言われてもなぁ・・・特に意味はないな。ずっと、『僕』で言ってきたからその流れかな」
「そっか・・・」
「気になるんなら、『俺』にするけど・・・」
「じゃあ、『俺』で!!」
明美とは違う女性の声がそう言った。その声の主は、すぐに分かった。
「香・・・お前には、聞いてないし、答えを求めてもいない」
「ありゃりゃ、彼女さんじゃない女には冷たい・・・明美、ちゃんと教育しなきゃ」
「そうそう、今時中学にもなって『僕』はなぁ・・・ないわ」
後ろから聞きなれた男の声がそう言って続けた。
「俺なんて、小学から俺だぜ。俺のことを俺と言わなければ、俺じゃないというか、俺は最初から俺であって、やっぱ俺」
「オレオレって、うるさいぞ。バカ圭」
バカ圭と呼んだのは、小さい頃からの付き合いの圭太だった。
「だって、お前だけだぞ。自分の事、『僕』って言うの」
「それは・・・まぁ」
圭太の正論すぎる意見に言葉が返せない。少なくとも、同学年の中に『僕』と言う人は僕だけなのは事実だった。
「まぁまぁ、本人がいいって言うんだから」
「そうやって、すぐ明美は守を庇う」
「守~、女に守られるなよ~」
フォローしてくれた明美を無視して、香と圭太は僕を責めた。そんな会話をしているといつの間にか校門に着き、二人は僕達に手で合図を送った後、走って学校の中へと入って行った。これはいつもの事で、僕達から提案してきたことだった。僕は横を見ると、先程までの元気が良かった明美はいつもの暗い表情になった。いつもの様に僕は声を掛けた。
「大丈夫?」
「・・・うん」
僕の問いに少し遅れて返事をして、僕達は校舎へと向かった。
「来たぜ・・・」
「また、今日もか」
校舎に入るなり、周りの生徒が僕達を冷たい目線で見ていた。正確に言うと、明美を見ていた。明美は入学当初は、何事もなく冷たい目線で見られることはなかった。しかし、1年を過ぎた頃から変な噂を耳にするようになり、気付けば周りの生徒達の態度は変わっていた。変な噂というのも、一緒にいると災難が起きるという噂だった。最初の頃は、面白さ半分で言ってくる人が大半だった。しかし、そんな噂が流れる前から一緒だった明美の友人は全員大きなケガや病気をして、入院してしまった事をきっかけにして、信憑性を増してしまい、明美に話しかける人や、近付こうとする人はいなくなってしまい、遠くからボソボソと明美に何かを言っている。
「・・・はぁ」
僕はため息をつきながら、明美の背中を押してやった。明美の彼氏となった時は、どこから聞きつけたか分からないが、友人達が必至に止めようとしてきたが、その友人の忠告を無視して、こうして1年間も彼氏をやれている。友人達は、離れてしまったが、圭太と香は一緒にいてくれると言ってくれた時は素直に嬉しかった。しかし、僕と同じ境遇になってほしくなかった事もあり、僕達から圭太達に学校の敷地内にいる間は、他の皆と同じように避けてくれとお願いしていた。
「守君、ちょっといいかな」
昼休みに入って、担任の先生が俺を呼んだ。
「はい・・・なんでしょうか」
「ちょっと、付いてきなさい」
そう言われて僕は先生の後を歩き、連れてこられたのは応接室だった。
「そこに座って」
僕は言われるまま、指定された椅子に座り反対側に先生が座る。
「一つ確認しておきたいのだけど、守君。君は、推薦入学が決まっているよね」
「はい・・・」
僕は、中学に入ってから将来の夢を叶える為、1年の頃から猛勉強し、念願の高校の推薦枠に入っていた。
「・・・そして、君は明美さんと付き合っている」
「・・・はい」
先生は溜息をつき、ゆっくりと口を開いた。
「教育者として、教師として・・・こんな言葉は言いたくないのでけどね・・・明美さんと別れなさい」
「えっ・・・」
僕は先生の言葉に耳を疑った。
「今・・・なんて」
「明美さんと別れなさい」
先生は冗談を言う人ではない。真っすぐに僕の顔を見ている。
「どうして・・・どうして、先生にそんな事言われないといけないのですか!!」
思わず大声と同時に立ち上がった。しかし、先生は落ち着いた様子で、話した。
「まぁ・・・当然の反応だよな。恋愛をする自由は誰にだってある」
「・・・じゃあ、どうして」
「守君。実はね、推薦で決まっている学校から連絡があり、明美さんとお付き合いしているのなら、白紙にすると言ってきた」
「言っている意味が分かりません。僕の推薦入学と、明美と付き合っていることは関係ないじゃないですか」
「勿論、私もそう思った。抗議だってしたが、その付き合っている以上は入学の権利を取り消すと言ってくる一方だ」
「そんな・・・」
「辛く、苦渋の選択だが・・・入学を取るか、彼女をとるか・・・どちらかを一週間までに選びなさい」
「一週間・・・いくらなんでも!!」
「守君。これはもう決定事項なんだ。どう言おうが何も変わらない」
「・・・」
最後は何も言えず、僕は応接室を出て、教室へと向かった。夢を叶える為、唯一その勉強ができる倍率が高く、入学を目標に猛勉強した辛かった日々。その成果が推薦入学。僕にとって、夢を叶える大きな希望を手に入れた。もし入学できなかったら、夢を諦めるしかない。しかし、入学する為には、明美との交際を絶たなければならない。
「そんなの・・・どちらかを選ぶなんて・・・」
「何を選ぶの?」
考え事していて、気が付けば教室の前まで来ていて、明美が目の前に立っていた。
「明美・・・」
「先生、何て?」
「・・・その、宿題・・・忘れが多いから、注意された」
本当のことなど言えず、笑ってごまかし、俺は自分の席に座った。そして、予鈴と同時に教科の先生が入ってきて、授業が始まった。
「はぁ・・・」
担任の先生の話を聞いてから、授業の内容は全然入ってこなかった。ずっと、どちらを選ぶか迷っていた。気が付けば、帰りのHRも終わり、部活に行く人や、帰る支度をする人がいた。
「守・・・本当に、大丈夫?」
心配そうな顔をして、明美が近付いてきた。僕は、明美に心配させないようにするつもりだったが、俺の心にそんな余裕はなかった。
「悪い。ちょっと、調子悪いから、先帰るわ。明日な」
そう言って明美の言葉を聞かずに明美から逃げるように教室を出た。
「守っ!!」
校門から出て、後ろから圭太の声が聞こえた。
「圭太・・・香も」
振り返るとそこには圭太と香がいた。
「守・・・真面目な話がある。ちょっと、付き合え」
そう言う圭太の顔は、真剣な顔だった。僕は、圭太と香に連れられて、圭太の部屋に来た。圭太と香が静かに座って、僕も座る。
「圭太。真面目な話ってなんだよ・・・悪いけど、今日は早く帰りたいんだ」
担任に言われた件もあり、僕は早く一人になりたかった。
「守。今日、担任に呼び出しされていたな」
「・・・まぁ」
今一番触れてほしくない話題だった。担任の話は圭太達にも言えない。
「明美の事・・・じゃなかったか」
圭太の言葉に僕は動揺を隠せなかった。
「な、なんで・・・」
圭太と香は顔を見合わせて香が静かに言った。
「実は、私達も・・・明美の件で呼ばれたの」
「えっ・・・」
「私は、明美と一緒にいる限り、試験は落ちるだろうって」
「俺は、明美と一緒にいる限り、成績は上がらないだろうって」
「・・・」
僕は理解するまで時間が掛かった。僕と明美が一緒にいるのは学校中に知られているから、言われても仕方がなかったが、圭太と香は校内の中では一切関わっていなかった。それなのに、明美と一緒にいることが先生には分かっていた。どうして知られたのか、どうして先生まで明美を嫌うのか、僕は理解ができず、どうすればいいのか考えていた。
「・・・なぁ」
沈黙を破ったのは圭太だった。
「どうする・・・これから先」
僕と香は何も言えなかった。圭太は少し間を空けて、静かに言った。
「俺は・・・先生の指示に、従う、つもりだ・・・」
「っ!!」
僕と香は同時に圭太の顔を見た。
「け、圭太・・・冗談、だよな?僕達の友達をやめることになるんだよ・・・冗談、言うタイミングじゃないよ・・・」
僕の問いかけに圭太は静かに首を振る。
「守。お前と友達をやめるんじゃない。明美との縁を切るだけだ・・・」
「一緒だよ!!」
圭太の思いもよらない言葉に僕は大声で怒鳴った。
「圭太!!どうして!?先生に言われたからって、簡単に友達をやめられるものなの!!そんな薄い友情だったってこと!?」
僕は圭太の胸倉を掴んで詰め寄った。けど、圭太は顔色変えずに言った。
「守。冷静になれ。今、友情を取ったとして、俺達の将来はどうなる?」
「将来?お前は、友情よりも自分の将来が大事か!!」
「大事に決まっているだろ。確かに、この選択は明美を傷つけてしまうことになる。・・・けど、俺には叶えたい夢がある。その夢の為なら、俺はどんなことだってできる」
これまで僕達の会話を聞いていた香が静かに言った。
「そう・・・かもね」
僕と圭太は香を見た。
「圭太の考え方は正論だと思う。私達、ずっとこのままっていうわけにもいかないのは確か。将来のことを考えるなら、圭太の行動は正しいと思う・・・けど、私も守の意見に賛成よ」
香の意見を聞いた圭太は、僕から離れて香の方へと近付いた。
「香まで・・・後悔するぞ?お前だって、叶えたい夢があるだろ?そいつを捨てる気か?」
「圭太・・・あなたこそ、冷静にならない?確かに、ここで友情を取れば将来の夢へと続く道は断たれるかもしれない。けど、夢を叶える道は1つだけじゃないと思う。遠回りになるとは思うけど、道は他にもある・・・けど、明美との友情は、ここで無いものにしてしまったら、一生手に入らないわよ」
「分かったよ・・・」
圭太の言葉が、今までに聞いたことのない低い声だった。
「・・・圭太」
香が圭太に近付こうとした時だった
『バチン!!』
部屋に音が響き、僕は状況を理解するのに数秒掛かり、理解したのと同時に大声で叫んだ。
「圭太っっ!!」
僕は、圭太ではなく香に近付き守るようにして立った。
「今・・・何をした・・・」
僕は圭太を睨んだ。
「・・・」
圭太は何も言わず、振り返り背中を向けた。
「・・・帰れ」
「そうするよ。圭太がそんなことするなんて・・・思わなかった」
僕はそう言い残し、香と一緒に圭太の家を出た。
「・・・」
「・・・」
しばらくは二人とも無言のまま歩いていた。僕の知っている圭太は、思いやりがあって、常に相手の事を考えて行動する優しい男だと思っていた。だから、圭太が香の顔を叩いた事を今でも信じられなかった。
「・・・どう、しちゃったんだろう」
香は叩かれた顔を抑えて呟いた。音から察すると、相当な力を入れていたことが分かった。香も圭太の行動が信じられないような顔をしていた。
「・・・」
「・・・」
その後は、何も喋らずに別れて僕1人、家に向かって歩いた。歩いている中、頭の中はずっと圭太の行動と、あの時に言っていた言葉だった。
「友情と将来か・・・」
どちらかを取る。それは、難しく簡単に答えを出せない選択だった。香は僕の意見に賛成してくれたが、本当はまだ迷っているんだと思った。
「・・・ただいま」
色々考えているうちに、家に着いた。僕は、とりあえず明日学校でもう1度圭太達と話し合おうと思い、考えるのをやめて、玄関の扉を開いた。
「ま~も~る~!!」
「うわっ!?」
玄関の扉を開けるのと同時に、母親が僕に抱きついてきた。
「ちょっと、母さん!!なんだよ、急に」
「守~、あんたって子は~」
こんなにテンションの高い母親は初めてだった。
「い、いいから!!」
無理矢理に母親から離れて、少し距離をおいた。
「なんだよ、急に」
母親は、優しい笑顔で一言言った。
「守・・・おめでとう」
母親がそう言って、1枚の紙を差し出した。僕はその紙を受け取り、内容を読んだ。
「・・・そんな」
内容は信じられない内容だった。こればっかりは、諦めていたことが書かれていた。
「これ、どうして・・・」
それは、進学予定の学校のプロジェクトで、海外留学の案内だった。この海外留学は、優秀な生徒ですら案内が来ないとされている。この案内が配られるのは、全校生徒の中で、たったの2人でけとされていて、在校生徒の間ではプレミアムドリームと呼ばれている。この海外留学をした生徒の全員がパイロットになっている。
「守。あなたの夢、叶うのよ」
僕の将来の夢はパイロットだった。在学中にこのプレミアムドリームを手に入れることができたらいいなっと思ってはいたが、まさか入学する前から手に入るとは予想できなかった。
「これ、どうしたの?まだ、僕、入学していないのに」
「まずは、お父さんに報告しましょ?」
「そうだね・・・分かった」
僕と母親は部屋に戻り、仏壇の前に座った。
「お父さん・・・守、あの案内状を受け取ったの。守も、あなたみたいなパイロットになるのよ」
僕の父親は小さい頃に事故で亡くなっていた。父親もパイロットで、小さい頃特別に操縦席を見せてもらってから、パイロットを目指していた。母親は、父親が亡くなってからすっかり元気を無くしていて、今日久しぶりに元気な母親の姿を見れた気がした。
「感謝しなくちゃね~、担任の先生には」
「っ!?」
僕は、最後の母親の言葉に嫌な予感しか頭になかった。
「母さん、それ・・・どういう事?」
「先程ね、守の担任の先生が見えたのよ。それで、これをって渡してきたの。なんでも、先生が何度もお願いをしてようやく案内状をくれたらしいわ」
僕は母親の言葉をしっかりと、聞き逃さないように聞いた。
「・・・それで、他には何か言っていた?」
「そうね・・・あ、そうそう。案内状を渡してくれた時に、条件を守ったらの話だって言ってたわね」
「っ!!」
僕の興奮は一揆に冷め、変わりに絶望が僕の心を支配した。
「・・・そんな」
絶望する僕を知らずに、母さんはご機嫌で話してきた。
「後わね、この書類にサインすればいいみたいよ、明日中に」
「嘘だ!!」
思わず大声を出してしまい、流石の母親も僕の行動に驚いていた。
「どうしたの・・・何が嘘なの?」
「い、いや・・・その」
先生から友情か夢かを選ぶ期限は1週間と言われていたにも関わらず、この書類にサインするのは明日まで。つまり、サインをするかしないかで、友情か夢を選ぶことになってしまう。しかし、こんな話をしたところで信じてもらえないだろう。
「・・・なんでもない」
そう言うしかなかった。
「もしもし」
僕は自分の部屋に戻り、明美に電話をした。
「どうしたの、守?・・・守から電話なんて、珍しいね」
いつもの明美の様子に、僕はホッとする。
「いや、今日・・・その、一緒に帰れなかったから・・・ごめん」
「別に気にしてないよ?・・・何かあった?」
「い、いや・・・別に」
女の勘っというやつは怖い。しかし、バレないようにいつもの感じで喋ったつもりだった。
「嘘。・・・何かあった声だよ」
見事に見破られてしまった。僕は、白旗を上げるように、ボソリと呟く。
「明美、今から・・・会えるか」
「いいよ。いつもの公園で」
「分かった」
そう言って電話を切り、いつも明美と待ち合わせをしている公園へと向かった。
「・・・早いな」
僕が公園に着いた時には、明美はベンチに座っていた。明美は僕に気付き立ち上がって、こちらへと近付いてきた。夕日に照らせる明美を見て、一瞬ドキッとしてしまった。
「久しぶりだね、こうやって夕方に待ち合わせるの」
「そう、だっけか・・・」
確か前にも夕方の公園で待ち合わせをした気もするが、はっきりとは覚えていなかった。
「・・・そっか、覚えてないか」
そう言う明美が一瞬寂しそうな表情をした気がしたが、すぐにいつもの明美になった。
「それで、何があったの?」
「・・・」
流石に本当のことは言えなかった。けど、今の気持ちに答えを出したいっという気持ちもあり、僕は例え話をすることにした。
「あのさ、例えば・・・の話なんだけどさ」
「例え話?」
「そう、例え話。・・・明美の目の前に、すごくすごく大切にしている宝物が1つと、人生を左右するチケットがあって・・・今この場で、どちらかを選ぶとしたら、どっちを選ぶ?」
「・・・選ばなかった方はどうなるの?」
「・・・無くなる。永遠に」
「・・・」
無言で考える明美。明美はこういう変な質問をしても、真面目に答えてくれる変な奴だったが、今回ばかりはそれが嬉しかった。
「・・・そうね」
少し間を空けて、明美が静かに言った。
「私なら・・・選ばないかな、どちらも」
「えっ・・・」
予想外の言葉に、僕は驚いた。
「選ばない?大切な宝物と人生が掛かっているチケット、両方捨てるの?」
「捨てるつもりはないよ。だって、すごく大切な宝物と私の人生を左右するチケットでしょ?捨てるなんて、できないよ」
「だから、どちらかを・・・」
「守。守の質問は、その2つのどちらかを今すぐに選ぶとしたらの話でしょ」
「そう、だけど・・・」
「私なら、とりあえず今は選ぶのをやめて、2つ手に入る方法を探すの。ほら、そしたら、2つ手に入る」
明美の答えは、僕が求めている答えじゃない。
「違う。今しか選べない。この先に2つ手に入る方法なんてない」
書類のサインは明日まで。サインをすれば、明美との関係を絶たなければならないし、サインをしなければ夢が叶うチャンスを失う。
「そう思っているのは、守だけかもよ?」
そうじゃない。どちらかを選ぶしかない。今すぐに。
「やってもみないのに、決めつけはよくないよ?」
決めつけじゃない。決定事項だ。
「守。もっと先のことまで見てみないと」
明美は他人事だと思っているからだ。
「・・・守?聞いてる?」
どうせ、本気で考えていない。僕の気持ちも知らないで。
「うるさいな!!もう、いいよっ!!」
僕は思わず大声で怒鳴ってしまった。しかし、今の僕は明美に対する怒りしかなかった。
「どうせ、明美は他人事だと思ってるから、そんなこと言えるんだ!!」
「・・・守?どうしちゃ」
「黙れ!!もう、みんな・・・自分の意見ばかりで、他の人の視線で見ない!!」
「そんなこと・・・」
「もう、いいっ!!」
僕はそう怒鳴り、明美が何かを言っていたが気にせずそのまま振り返り、家に戻った。
(最低だ・・・本当に、最低だ)
誰に対しての『最低』なのか、自分でもよく分からなかったが、心の中にその言葉だけがあった。最初は歩いていたつもりだったが、気が付くと全速力で走っていた。この先どうしたらいいのか、書類にサインの事、圭太との事、明美の事、色々な事が頭の中を駆け巡っていた。
「あと少しで家か・・・もう1度、明美と・・・でもサインは・・・どうしたら」
その時だった。
「っ!!」
眩しい光と車のクラクションの音、そして強い衝撃を体全身で感じて、僕は意識を失った。
「・・・僕の記憶はここまでです。次は、もう組織の中で、横峯さんがいました」
少年が語っていたことは、俺の学生時代の記憶と全く一緒だった。そして、強い後悔の気持ちが沸いてきた。
「・・・八つ当たり・・・だよな」
俺がボソッと呟く。少年には聞こえていたはずだが、何の反応もしなかった。
「僕が知りたいのは、その先の事です。一体、何が・・・いえ、ずるいかもしれないけど・・・聞きたいのは1つだけです」
「・・・海外留学の事だろ?」
「・・・はい。そういう個人的事情の事は、教えてくれませんでしたから」
「・・・どこまで知っているか、分からないから全部話すぞ?・・・俺があの後の次の光景は、病院の天井だ。親から聞いた話だが、車に当たりそのまま意識を失って、1年後の事だ。・・・当然、海外留学の件どころか、推薦で決まっていた学校すら入学できず、その後は・・・明美達と連絡をしなかった。・・・まぁ、夢であった、パイロットはなれず、お前と出会うまでなんとなく生きていた・・・」
「・・・そう、ですか」
少年は悲し気な表情を見せ、少し俯いた状態で話した。
「必死に考えて、結局答えを出せなず事故にあい、悩みの種だったものは無くなっていた・・・明美とのやりとりも、圭太達のやりとりも・・・無駄な事だったんですね・・・」
「・・・仕方ないさ。あの時は、事故にあうなんて考えるはずもないし・・・切羽詰まっていたから」
「あなたはいいですよ・・・あれから月日が経っているんですから。僕は、昨日のように鮮明に覚えています・・・」
少年の声は段々小さくなっていた。
「・・・どうして、連絡しなかったんですか。1年とはいえ・・・いえ、ごめんなさい。無理ですよね」
「まぁな。ぎくしゃくした関係のまま1年が過ぎて、連絡したところで、どう接すればいいのか、分からないし、怖かった。どういう反応されるか・・・」
圭太達や明美の関係をぎくしゃくさせて、何も解決せずに、1年間寝ていたのだ。連絡したところで、俺は声を出せずに電話を切るだろう。俺と少年はその後は何も語らずに、寝てしまった。
4話
朝の陽ざしで目を覚ます。俺は、起き上がり周りを見渡す。テーブルの上には朝食が置いてあり、メモ書きが残されていた。
『おはようございます。少し出掛けますので、朝食を食べて会社に行ってください』
「会社ね・・・」
会社に行けば、嫌でも香に会うことになる。俺は、それが憂鬱だった。
「・・・逃げないって、言ったしな・・・」
初日に香に逃げないっと言ったばかりで、会社に行かないというのは俺の中のプライドが許さなかった。仕方なく、少年が用意した朝食を食べて、会社へと向かうことにした。
「おはようございます」
会社のオフィスに入るなり、健司さんが出迎えてくれた。
「やぁ、おはよう。今日から、よろしく頼むよ」
そう言って健司さんはオフィスから出て行った。
「・・・おはよう」
自分の席に行くと、当然というべきか香がパソコンを操作していた。こっちから無視をするわけにもいかず、とりあえず挨拶したものの、返事は返ってこなかった。
席に座り、パソコンを起動させ、書類の処理を始めた。
「・・・」
「・・・」
オフィスには俺と香だけで、何も喋らないからパソコンのキーボードを打つ音だけが響く。
「そういえば、他の従業員は?」
「・・・」
「健司さん、どこに行ったの?」
「・・・」
「あの」
「うるさい。仕事に集中」
「・・・はい」
それ以降、どちらも喋らず昼休みに入った。昼休みに入るなり、香は外に出て行き、俺は一人ホッとする。
「はぁ・・・息が詰まる」
俺は視線をパソコンからオフィスに移す。どこにでもあるようなオフィスの風景だったが、机と椅子が俺のを含めても4つしかない。そして、従業員は俺と香と健司さんの3人。処理している書類を見ても商品名の名前ぐらいしか分かることがなく、そもそも何をやっている会社なのかすら知らない。
「・・・やっていけるわけ、ないよなぁ」
続いても1週間がいいところだろう。そう思いパソコンに目を移そうとした時に、あることが気になった。
「・・・香は、どっちを選んだのかな・・・」
香も友情か将来の夢、どちらかを選ばされていた。俺は結局どちらも選ぶことができなかった。しかし、香はその2択のどちらかを選択したはずだ。最後に話した時は友情を選んでいたが、最終的にどうなったかは知らなかった。
「聞いてみる・・・わけにも、いかないか」
俺がそんな事を思っていると、香が戻って来た。香は戻るなり、自分の席に座り、パソコンを操作し始めた。俺も、何も言わずに仕事を再開した。
「はぁ・・・」
定時の時間になり、俺は帰路についていた。結局、午後はお互いに何も語らず息が詰まるオフィスにずっといる感じになってしまい、会社を出て重いため息をようやくだせた。
「お疲れさん」
不意に声を掛けられ声がした方へと顔を向けると、健司さんが立っていた。
「健司さん・・・お疲れ様です」
「仕事は辛いかい?」
「いえ、仕事はそんなに辛くはないです」
「そっか・・・じゃあ、その様子は神田君か」
「・・・まぁ、アハハ」
どういう反応をしたら良いのか分からず、笑ってごまかした。
「ちょっと、お茶しない?」
そう言って健司さんが指を指した方向に、喫茶店があった。断る理由もなく、俺は頷き健司さんの後を追った。
「いらっしゃいませ」
喫茶店に入るなり、店員が近付き席へと案内される。
「なんでも好きなもの選びなさい。今日は驕りだ」
「ありがとうございます・・・」
喫茶店に入るのは久しぶりだったせいか、どのメニューも新鮮に見えたが、健司さんの驕りっというのもあり、コーヒーを1つだけ注文した。
「それで、どうだい?神田君は?」
健司さんは真っすぐ俺の目を見て、聞いてきた。
「どうって、言われても・・・」
どうもこうもない。お互いに喋らない状態のまま仕事をしている中で感想などない。
「・・・やっぱり、気まずいかい?」
「・・・えっ」
健司さんの言葉に思わず顔を上げた。
「ごめんね。実は、神田君と君の関係は知っていたんだよ」
「・・・」
思いもよらない健司さんの言葉に俺はただ何も言わずに健司さんの顔を見た。
「それにね、君が神田君に聞きたいこと、1つあるんじゃないかい」
「・・・どうして」
次から次へと健司さんの言葉に俺はあることを思っていた。
「・・・健司さんも、ハッピーライフの人なんですか」
いくら勘が良い人だって、不思議なくらい考えていることが当たっている。そうすると、自然と少年と同じく俺のことをよく知っていると思った。しかし、健司さんの答えは予想を裏切る答えだった。
「ハッピーライフ?・・・はて、何のことだい?」
首を傾げながらそう言う健司さん。顔を見れば大体分かる。この人は嘘を言っていない。
「ごめんね。ちょっと、思い当たるところないや」
「・・・いえ。こっちこそ、すいません。・・・どうして、俺の考えていることが?」
「実を言うとね、神田君・・・そして、君と僕は以前に会っているんだよ」
「っ!?」
「それで、君と神田君。そして、君の友人が辛い選択を迫られたことを知っている。勿論、君が事故にあって、どちらも選ぶことができなかったもね」
「・・・かお・・・神田さんから聞いたんですか」
「いや、聞かずとも知っているんだよ」
「どうして、ですか」
俺の問いに少し考えている様子だった。そして、少し間を空けてから言った。
「それは、今は言えない。・・・けど、君自身がいつかきっと、理由が分かる日がくると思うよ」
「・・・」
言いたいことはたくさんあったが、俺は1つのことだけで頭がいっぱいだった。それを察したのか、俺が言う前に健司さんが口を開いた。
「君が今神田君に聞きたいこと。どちらを選択したか・・・だよね」
「・・・」
僕は静かに頷く。健司さんの言い方を聞く限り、健司さんは知っている。
「・・・僕は、その答えを知っている。けど、僕からは言えない」
「っ!!」
健司さんの答えに思わずテーブルを叩きながら立ち上がった。周囲の客や従業員は俺を見てざわつく。周りの視線を感じて、ここが喫茶店だということを忘れていた。
「・・・伊井坂君。感情で動くなとまでは言わない。けど、感情で動いても良いはないよ」
そう言う健司さんの目は今までとは違い、厳しい目だった。
「・・・すいません」
俺は静かに座った。
「話を続けるよ。君の答えを教えないのは意地悪だからじゃない。僕の口からではなく、神田君の口から答えを聞いた方が君のためなんだよ」
「・・・でも、今の状態じゃ・・・」
「そうだね。今の状態じゃ難しいだろうね。・・・でもね、伊井坂君。君は、例えばテストとかで難しい問題が出たときは、解こうともせず、諦めるのかい?」
「・・・えっ?」
「問題というのはね、解こうという力が答えを導くんだ。問題を眺めているだけでは、答えなんて分かるはずがないだろ。今の君の状態は、難しい問題だと思い、眺めているだけ・・・言い方を変えるなら、現実逃避をして、それを環境のせいにする。・・・いつまで、逃げているんだい、伊井坂君」
「逃げて・・・なんか」
ない。っと言いたかったが、最後のその言葉が出なかった。正直、心のどこかでは分かっていたことだった。人のせい、環境のせい、だから無理だと。けど、それを見て見ぬふりをしていた。少年のこともそうだ。学生時代の俺だと理解している一方で、そんなわけないと少年の存在を認めていなかった。少年は、色々と行動して俺の人生を変えようと頑張っていた。頑張っていたんだ。けど、その頑張りに俺は言われるまま動き、気にくわないことがあれば、少年のせいにする。俺の意思はどこにもない。少年と出会う前と何も変わっていなかった。
「・・・そう、ですよね」
自然と涙が出る。涙を出したのは、いつ以来だろうか。
「健司さん。・・・俺、どこまでやれるか、分からないですが・・・やって、みようと思います。俺の為にも・・・俺の人生の為にも」
そう言って真っすぐに健司さんを見る。健司さんの顔はとても優しい笑顔だった。
「そうかい。なら、頑張りな。精一杯」
「はい。ありがとうございます」
俺は心の底から健司さんに対しお礼の言葉を言って頭を下げた。
「・・・ただいま」
家に帰ると少年は、台所で何やら料理をしていた。
「なぁ。俺って、そんなに料理した記憶ないんだが・・・」
学生時代も現在も料理はしたことはない。だから、少年が料理をしている光景は不思議に思えた。
「横峯さんが教えてくれたんです。まぁ、簡単なものだけですが。あとは、僕達の味方、レトルト品です」
「・・・なるほどな」
料理をしない者にとって、レトルト品の存在は大きい。それは、今も昔も変わっていないところだ。
「少年か・・・」
俺は少年を見て呟き、少年も視線に気付いたのか、俺の方を見る。
「何ですか?」
「いや、お前の名前さ・・・」
「名前?守ですけど」
「いや、それは分かったんだけど・・・今現在、伊井坂守は2人いるだろ」
「・・・そう、ですね」
少年も今気付いたような顔をしたが、すぐに頭を傾げた。
「何か、問題でも?」
「いや、呼び合う時・・・ややこしくないか」
この場に俺は2人いることになり、今までは少年と呼んでいたが、俺はある提案を少年にすることにした。
「お前の呼び名を決めたいんだが」
「唐突ですね。・・・構わないですけど、どんな呼び名ですか?」
「そうだな・・・」
俺は色々と考えたが、1つだけ良い呼び名が浮かんだ。
「お前、色々不思議なところもあるし・・・不思議な男で、不思男っていうのは、どうだ?」
「ふしお・・・なんか、しっくりきました」
「じゃあ、決まりだな」
こうして、少年改め不思男と呼ぶことになった。そして、俺は咳払いをしてゆっくりと言った。
「不思男、大事な話がある。こっち、来てくれるか」
「・・・分かりました」
不思男は料理を止めて、俺の所にきて座った。
「今まですまなかった」
突然の俺の謝罪の言葉に不思男はきょとんとしていた。
「俺は、今までお前に言われるまま動いて、本心では本気で変えようとは思っていなかった。・・・けど、これからは、本気でやろうと思う」
「・・・本気で?」
「あぁ。不思男のアドバイスと俺の意思で、人生を変えてみせる。・・・だから、手を貸してくれないか?俺の人生の為に」
俺がそう言って手を差し伸べると、すぐに不思男は俺の手を掴んだ。
「僕は、最初からそのつもりです・・・でも、本気になってくれた事は嬉しく思います。・・・2人で、変えてみましょう、僕の・・・あなたの人生を」
「あぁ・・・やろう」
俺の意思は固かった。新たな気持ちと、久しぶりの目標ができ、俺は内心嬉しかった。
「・・・香を?」
翌日、不思男と俺は作戦会議を開いていた。そして、2人で話し合っていく中、不思男はある提案を上げた。
「はい。まずは、香さんを説得して、昔の縁を取り戻していくんです」
「・・・だけど、なんで香なんだ」
「はい。人生を変える為には、今の明美さんと会うべきなんです。だから、明美さんの状況を知っている香さんと関係を修復し、聞き出せれば最高なんです」
「でも、お前だって明美の状況知っているんだろ?なら、直接会った方が早くないか?」
「はい。明美さんの状況は僕自身知っています。・・・けど、話していませんでしたが、完全に分かっているわけではないんです・・・所々、情報が欠落しているんです」
「そうなんだ・・・」
「僕の情報は最低限な事だけです。だから、もっと確かな情報を聞いておいた方がいいんです」
「・・・なるほど。それで、香か」
「はい。だから、まずは第1の目標は香さんとの関係修復です」
「・・・分かった」
最初の目標が決まったところで、俺はスーツに着替えて、会社へと向かった。
「おはようございます」
オフィスに入ると目標のターゲットの香と、健司さんがいた。健司さんは、笑顔で挨拶してくれたが、相変わらず香は無視してパソコンを操作している。ひとまず俺は自分の席に座り、書類を整理する。オフィス内の空気は張り詰めて、会話ができる感じではなかった。俺は書類に目を通しながら、横目で香を見る。
(関係修復するって言っても・・・)
解決の糸口が全然ない。俺はどうして良いものか考え続けていた。香には明美以外の事でも聞きたいことは山ほどある。それが、俺の人生に影響があるかどうかは分からないが、個人的に聞いて損はないと思う。問題なのは、ただ1つだけ。
「あのさ、香・・・」
「・・・」
この完全に俺に対する無視だ。
「ねぇ、香」
「・・・」
「香さん?」
「・・・」
「あのぅ・・・」
「うるさい。仕事する気ないなら、帰って。邪魔」
「・・・」
一刀両断されてしまうこの状況を打破するには何が必要か考えた。恐らく、今までの俺だったらこれ以上は、考えるのはやめてしまい、黙々と仕事するだろう。けど、俺は健司さんと不思男に誓った以上、俺は考えることをやめずにいた。
「・・・そっか」
俺はあることに気付き、俺は試してみることにした。
「あのさ、香」
「・・・」
「仕事のことなんだけど」
「・・・何?」
的中した。呼びかけに対し無視を続けて、最後に出る言葉が『仕事しろ』。つまり、仕事の事となれば何かしらの反応をすると思って言ってみた結果、香はこちらに顔を向けてはくれなかったが、俺の問いには答えてくれた。
「ここのところなんだけど・・・」
やり方は知っていたが、会話を続けさせるため、処理の仕事を聞いた。
「ここは、こうして・・・」
正直、驚いた。香はパソコンから書類に視線を移し、教えてくれた。その事にも驚いたが、1番驚いたのが、教え方がすごく分かりやすく、例えを入れた教え方は学生時代の頃と変わりなかった。
「・・・聞いてる?」
「あ、あぁ・・・」
俺はいつの間にか、視線を書類から香に移していた。慌てて視線を書類に戻し、香の説明を聞く。
「・・・で、こうなる」
一通りの説明が終わり、香はパソコンの操作に戻る。
「・・・ありがとう。・・・すごいな」
正直な感想だった。健司さんに教わった箇所なのに、仕事を効率よくする方法等初めて知ったことも多々あった。
「・・・」
香は、俺の感想には何も反応しない。
「やっぱ、教え方とか上手すぎだよ・・・聞いていて、分かりやすかったし・・・教師とか、向いているんじゃないか」
香は無反応。すると思った。
「・・・黙って」
「えっ・・・」
予想外の反応で俺は思わず香の方へと顔を向けた。
「黙れ黙れ黙れ!!あんたに私の何が分かるのよ!!」
「ちょっ・・・香」
「あんたは、いいわよ!!逃げていたんだもんね!!でも、私は!!・・・私は、逃げずに立ち向かった!!あなたとは違う!!勝手なこと言わないで!!そもそも!!」
「神田君」
「っ!!・・・失礼しました」
健司さんが止めに入り、香は一言だけ謝るとまたパソコンの操作に戻った。
「伊井坂君。私語は、控えてね」
「・・・はい」
やってしまった。そう俺は後悔し、思った。意外な形で俺が知りたかった事が分かってしまった。
(香は・・・友情を選んだ)
俺は、それ以降なにも喋らず作業をして、定時を迎えた。
「・・・ただいま」
俺が帰ると不思男は駆け寄ってきた。
「どうでした?進展ありました?」
「あったよ・・・けど、悪い方向だけど」
俺は会社での出来事を説明した。
「・・・はぁ。じゃあ、やっぱり、香さんは友情を選んだ・・・そういう事ですね」
「多分な。恐らく、香の将来の夢は教師だったと思う。だから、俺の言葉で、あんなに」
過剰と見える反応。でも、俺はある事が引っ掛かっていた。
「なぁ、不思男。俺、思うんだけど・・・香とかもそうだけど、みんなは俺が事故にあったことは知っているんだろうか」
「・・・え?」
不思男は首を傾げながら、間を空けて言った。
「知って、いるんじゃないでしょうか・・・1年間、意識がなかったわけなのですから・・・」
「・・・でも」
俺はあの時の香の言葉を思い出していた。
『逃げていた』
俺は、その言葉がどうしても気になった。
「不思男。意識を失う程の事故だ。ニュースや新聞に事故の事書かれるよな・・・」
「まぁ、普通なら記事にされるでしょうね」
「だよ、な」
俺は携帯を手に取り、事故があった日付で検索してみた。
「・・・ない」
詳細に事故に関するキーワードを入れて検索してみたが、俺があった事故の記事はどこにもなかった。俺は急いで母親に連絡をとった。
「もしもし、母さん?」
「あら、守?あんた久しぶりねぇ、どこで、何をやって・・・」
「悪い母さん。教えてくれ。俺があった事故の事、ニュースとか新聞に載ったことあった?」
「何よ、急に・・・そうねぇ・・・」
母親は間を空けてから答えた。
「確か、載ってなかった・・・と思うわ」
「・・・」
俺の事故は、世間には知らされていなかった。
翌朝、俺はスーツに着替えながら言った。
「不思男。ちょっと、頼みがあるんだが」
「何でしょう?」
「今日、図書館に行って、事故のこと調べてくれないか?見落としがあったかもしれないし」
「・・・分かりました。そこら辺の事は調べてみます・・・それで、あなたはどうするんですか?」
俺は溜息をついてから、気合を入れて話す。
「ちょっと、喧嘩してくる・・・」
「け、喧嘩!?」
不思男は驚いた様子で俺に近付いてきた。
「ダメですよ!!負けますよ!!力ないんですよ!!」
「・・・知ってるよ」
学生の俺に言わると、分かっていたことだが、腹が立つ。
「暴力の喧嘩じゃないよ・・・まぁ、喧嘩っというより、言い合いかな」
「言い合い?」
「あぁ・・・香に、今の思いをぶつける。どういう反応されるか、怖いけど・・・1回、俺達は思っていることを言わないと・・・多分、前に進めない」
昨日の出来事で、香はまだ何かを言いたそうだったが、健司さんに止められ言わずに終わってしまった。俺だって、言いたいことは山ほどある。
「・・・うまく、いきますか」
不思男は心配そうに聞いてくる。俺は問いかけに対して、笑顔で答える。
「知らね。その時は、また別な方法を考えるさ」
行動しなければ何も変わることはない。俺は、決意を固めて会社へと、向かった。
「おはようございます」
オフィスに入って、健司さんの姿を探す。
「・・・いないか」
昨日の帰り際に、朝から出かけると聞いていたので、もう出て行った後だと思い、ホッとする。俺は、香の傍まで行き、香のパソコンの電源を強制的に切った。
「ちょっと!!」
思いっきり睨む香。当たり前といえば、当たり前だがこうでもしないと、香は無視して作業するだろう。俺は、一歩も引かずはっきりと言った。
「香・・・喧嘩しよう」
「はぁ!?力勝負しようっての!!力ないけど、女には勝てるってか!?」
似たような過ちを繰り返してしまった。俺は慌てて訂正する。
「悪い。間違った。言い合いをしよう・・・」
「言い合い?あんたと、何を言い合うっていうの!!」
「学生時代の件だ」
「っ!!・・・今更、何よ」
「俺は逃げていた・・・けどそれは、目が覚めてからの話だ」
「何を言って・・・」
「香。俺達が圭太の家に行ったあの日・・・俺が事故にあったことは知っているか」
「えっ・・・何よ、それ」
俺の言葉に香は首を傾げる。その反応を見て、確信した。香は、事故の事を知らない。俺は事故にあったこと、それからの事を説明した。
「言い訳にしては、上出来ね」
「言い訳じゃない。本当なんだ」
「嘘よ!!そんなニュースなかったし、先生は何も言わなかった!!」
「本当だ!!どうして、世間に知られていないのか、分からないけど・・・事故にあったのは、本当なんだ!!気を失って・・・」
「それで、あの選択ができませんでしたって!?・・・それで、私が納得すると思う!!」
「・・・それは」
「私わね!!あんたが突然いなくなって!!私だけが迷って!!どれだけ・・・どれだけ、苦しんだと思うの!!・・・あんただけが、唯一の相談相手だったのに・・・それなのにっ!!」
「その件に関しては、悪いと思っている・・・仕方がないっていう言葉で片付けるつもりはない。もし、逆の立場だったら・・・多分、香と同じことしていた・・・」
「・・・嘘よ。あんたは、そんなことしない・・・もし仮に、本当に事故にあってたとして、どうして連絡してくれなかったの?」
「・・・それは」
俺が言い返そうとした時、思わぬ光景を見てしまった。
「どうして・・・私が、どれだけ」
涙を流し同じ言葉を繰り返す香。香は昔から仲間思いの良い奴だった。自分の事よりも、相手を気にしてしまい、自分の事を後回しにしてしまうところを学生時代に俺は見てきた。俺は静かに言った。
「今ここで、事故にあったことを信じてくれなくてもいい。だから、まずは聞いてくれ。目が覚めて、1度は連絡しようと思った・・・けど、あの選択をきちんと選ぶことができなかった。だから、香達に連絡をして、どういう反応がされるのが怖くて、連絡できなかった。・・・後は、お前の言う通り、逃げていた。現実から逃げて、嫌なことと向き合おうとしなかった。・・・それについては、何の言い訳をしない。・・・だから」
俺は、静かにそしてゆっくりと頭を下げた。
「本当にすまなかった。お前がどれだけ苦しかったか、想像できない。けど、俺の予想以上に辛かったと思う。・・・許してくれとまでは言わない。・・・すまなかった」
オフィスは静寂を取り戻す。時計の針の音だけが響き渡っていた。
「・・・ねぇ、聞いてもいい?」
少ししてから香が口を開く。
「・・・どうして、今になって、そんなこと言うの?」
「・・・もう、逃げたくないんだ。きちんと、現実を見ないといけないし・・・」
「それで?・・・現実を見た後はどうするの?」
その問いについては、もう決まっていた。俺は頭を上げて、香の目を見て、はっきりと答えた。
「明美と、やり直しがしたい」
「・・・・・・そう」
そう言うと香は溜息をついた。
「・・・全く。どうして、いつもいつも唐突なのかなぁ・・・守は」
「・・・香」
「学生時代から変わってないね。いつも唐突にびっくりする事を言い出すところ。学校内では他人のふりをしてくれって言われた時も、いきなりだったしね」
「あれは、お前たちの身を案じて・・・」
「・・・分かったわよ。とりあえず、信じてあげる。まだ、半信半疑なところもあるけど、本気だってことぐらい目を見れば分かる」
「・・・ありがとう」
俺は心から感謝の言葉を言った。
「でも、まぁ・・・とりあえず」
そう言って香はパソコンの電源を入れて、笑顔で言った。
「私が作っていた書類、守が作って。誰かさんがいきなり電源切るものだから、保存してないの」
「・・・あ」
俺はその後、香の書類作成に追われることになった。しかし、今までの冷たい態度しかしていなかった香に比べたら、今は昔のままの香がそこにいた。
「・・・やっぱり、明美を選んでくれたか」
昼休み。俺と香は近くの喫茶店へと足を運んだ。そこで、俺が事故にあったその後について話してくれた。俺の予想通り、香は友情を選んだ。そして、将来の夢だった教師は諦める結果になり、俺と香が圭太の家に行った後、圭太とは話さず、そのまま卒業を迎えた。
「・・・私も、聞いていい?」
香は一通りの説明を終えた後、俺を真っすぐに見て言った。
「・・・明美と、あの時、何があったの?」
「えっ・・・」
「守と別れた日、私買い物で公園の近くに行ったの。そこで・・・明美が泣いていた」
「・・・」
すぐに分かった。俺が八つ当たりしてしまったあの日だ。
「・・・泣いて、いたのか」
後悔はしていた。傷付けたと思った。けど俺は、今までそこで明美が泣いているんではないかっという気持ちはなかった。明美のことだ、大丈夫だろう。いつものことに比べれば平気だろう。きっと、大丈夫だろう。明日になれば、また話せばいいだろう。そんな事ばかりを考えていた。
「・・・大馬鹿野郎だ」
心の底で後悔していた。普通に考えれば、予想できたことだ。俺は、香に包み隠さず当時の状況と明美とのやりとりを説明した。
「そんなことが・・・なるほどね」
香は何かを納得したような顔をした。俺は、気になっていることを聞くことにした。
「なぁ。明美は、どうしている?」
「・・・」
俺の問いかけには反応せず、香は真っすぐに俺を見て言った。
「・・・守。今は明美と会わせるわけにはいかない」
「そんな・・・」
「今は、ね。・・・守。守は気にならない?学生の頃の出来事」
「・・・あの選択の話か?」
「えぇ。生徒間の噂や嫌がらせまでなら、納得できるけど・・・進路先にまで、影響を与えたこと」
「・・・」
それについては少し考えていた。生徒を通り越して、教師や進学先に明美との関係が影響したことは少し異常だった。だから、俺は少し気になって調べてみたが、結果は出なかった。
「・・・守?」
「わ、悪い・・・それについては、考えたけど・・・」
「私わね、ある1つの予想があるの」
「・・・予想?」
「えぇ。まだ、予想だから言わないけどね・・・守。明美に会いたいなら、もう1つ、思い出さないといけないことがあるわよ」
「思い、出さないといけない?」
「そう。私の口で言うのは簡単だけど、これは守が気が付いて、それに決着して欲しい」
香の言っていることが理解できなかった。俺が忘れていることとは何だろうか。俺が考えていると、香は立ち上がった。
「今すぐじゃなくてもいいわよ。行きましょ?もうお昼休み終わるわよ」
時計を見るといつの間にか時間が経っており、昼休み終了の時間ギリギリだった。
「そうだ、守。それとこれは関係ないけど・・・・・・圭太に、近寄っちゃ駄目よ」
静かに、そして今まで以上に低い声で言う香に、俺はすぐに言葉がでなかった。
「ただいま・・・」
「おかえり、どうでした?」
家に帰ると不思男は俺に近付き、今日の結果を聞いてきた。
「・・・まずまず。香とは、何とか打ち解けたよ・・・新しい謎が、出てきたけど・・・」
「新しい、謎?」
俺は今日の香との話を不思男に説明し、説明が終わると首を傾げて不思男は言った。
「これは・・・聞いていた話と、違いますね」
「聞いていたって、横峯さんからか?」
「はい。ある程度のあなたの事と、周りの方々の状況は聞かされて来ましたが・・・あなたが、何かを忘れている案件は、僕の記憶にはありません。・・・それに、圭太に近付くなとは、一体」
「不思男。お前が知っている圭太の情報って?危険人物とか、そういう話はないのか?」
「ありませんよ。ごく普通のサラリーマンで、ごく普通の男です。近付いても、あなたが何をするかどうかの話で、圭太から何かをしてくるとは思えないです・・・」
「・・・どう、思う?」
不思男は少し間を空けてから答えた。
「まずは、香を信じてみませんか?前にも言いいましたが、僕はある程度のことしか聞かされていません。僕の知らない現実もありそうですし」
不思男は何やら考えている様子で黙ってしまった。俺も何かを話すわけでもなく、これまでの話を整理することにした。
「まずは・・・」
しばらくしてから、不思男は静かに口を開いた。
「まずは、今まで通りに過ごしていきましょう。僕は僕なりで少し調べてみます」
「俺は、何をしたらいい?」
「あなたは、今の香との関係を維持してください。僕が準備していた人生を変える材料では足りないかもしれません・・・それに、少々気になることもあるので」
「分かった。けど、無理はするな。お前に何かあれば、俺が困る」
「分かってます。僕はあなたで、あなたは僕なんですから、無理はしませんよ」
そう言って不思男は笑って見せた。
5話
香との和解から数か月が経つ。香が言っていた俺が何かを忘れている事に関しては進歩はない。俺は、会社に通いながら香との関係を修復して、今ではすっかりと昔のような関係に戻っていた。不思男は不思男で、色々と調べていて、時々状況を教えてくれる。そんな日々が続いた12月。俺はいつものように会社へと向かって歩いていた。すっかり見慣れた風景に、俺は溜息をつく。人生を変える為に来た、学生時代の俺、不思男。最初出会った頃は冷たい態度をとった香とも和解して、昔のようになった等状況は変わりつつあるが、その一方で変わらない部分もある。一番大きいのは香が言っていた俺が何かを忘れている事だ。ずっと考えているが思い出せない。明美の情報や圭太の情報も分からないままだ。
「・・・ただいま」
「おかえりなさい」
俺はいつものように家に帰り、いつものように不思男は出迎えてくれる。この光景も当たり前のようになっていた。しかし、今日はそのいつもと違っていた。
「・・・横峯さん」
不思男の隣に、横峯さんが座っていた。久しぶりすぎて一瞬名前が出てこなかった。
「お久しぶりです。伊井坂守さん」
「ちょっと、いいですか?」
不思男も改まった言い方をして、重要な話があると察した俺は言われるままに座った。
「さっそくですが、伊井坂守さん。少々、問題が発生しております」
「・・・問題?」
「はい。今、守さんの周りの情報が我々が知っている事と異なる事が多々出てきております」
「あの、それは僕から」
横峯さんの言葉を不思男が遮り、不思男が説明をした。
「これまで、色々と調べていく中で、ハッピーライフの力もお借りしていました。・・・そこで、組織が知っている情報と、今の現在の情報が異なることがあるんです」
「・・・それは、マズイのか?」
「はい。・・・というか、今までにない事例みたいです。組織の中では、入手した情報が間違うことはないそうなんです。それが、今回に限って違っていた・・・・意外と大きな問題だそうです」
俺の中で思考回路をフル回転にして理解しようと頑張ったが、途中でフリーズしてしまった。
「・・・それで?最終的には、どうなるんだ?」
俺の問いに答えたのは、横峯さんだった。
「これは私の予想ですが、この時代と組織の人間が繋がっている可能性があります。そうなれば、情報を操作することも可能でしょう・・・けど、確率はゼロに近いでしょう・・・」
「ありえないってことか?」
「えぇ。ハッピーライフ自体創立されるのは、まだ先の話です。この時代の人間が、組織と関わることはありえないっと言ってもいいでしょう・・・」
そう言う横峯さんはまだ何かを言いたそうだったが、口を開かず黙ってしまう。その続きを代弁するかのように不思男が説明する。
「・・・けど、完全にありえないっとまでは言い切れないのです。・・・現に、ハッピーライフの組織の人間とあなたが接触していますから・・・」
不思男の言葉で、ようやく理解できた。
「そうか。俺みたいな人間と接触していれば、組織の人間と繋がる可能性はあるってことか」
「はい・・・でも、それでも考えにくい話に変わりありませんが・・・」
「・・・それで?今後、お前たちはどう動く・・・」
「それについては我々の問題です。どう動くかは、上の判断に任せます」
「そうか・・・」
「それよりも、ここからがあなたにも関わる話です」
俺の顔をまっすぐに見る横峯さんに俺は思わず息をのむ。
「山内圭太。彼の情報が見えないのです」
「・・・えっ?」
「あなたからの発言から我々でも再調査しました。しかし、我々が入手している会社には入社していなく、存在すら確認ができない状態です」
「・・・行方不明って、ことですか?」
「はい。我々の調査で情報が見えないこと等今までありません。これは、異例の事態と言ってもいいでしょう」
そう言うと横峯さんは立ち上がり、玄関に向かった。
「とりあえず、我々でも調査は続けます。もし、何かあれば連絡を」
そう言い残し、横峯さんは出て行った。残された不思男と俺は顔を見合わせる。
「なぁ・・・1つ確認だが、情報が変わっているのは、俺の未来が変わったからってことは考えられないか?」
「分かりません。でも、ハッピーライフが再調査すれば、分かると思いません?」
「・・・」
「それと・・・」
そう言いながら不思男はチラシを見せてきた。チラシの内容は、何かの演説会みたいな事が書かれていた。
「これは?」
チラシを受け取り、よく読んでみると地球問題に関することの演説会らしい。そして、最後まで読んで俺は驚いた。
「これっ!!」
思わず不思男を見て、不思男は何も言わずゆっくりと頷いた。そして、もう1度その部分を読み返す。
「講師・・・好間明美」
驚きと同時に嬉しさもこみ上げてきた。しかし、不思男は暗い表情のまま静かに言った。
「好間明美。・・・恐らく、その演説会に行けば明美に会えることができると思います・・・けど」
「・・・けど?」
「引っ掛かりませんか?今まで調べても調べても分からなかった情報が、突然こういう形で分かるなんて・・・それも、圭太の一件の直後ですよ?」
『明美に会いたいなら、もう1つ、思い出さないといけないことがあるわよ』
俺の脳裏に香が言っていた言葉が蘇る。この演説会に行けば、明美に会える。ずっと待ち望んでいたことだ。しかし、香の言っていた俺が何かを忘れていることについては、分からないままだった。俺は、冷静になり状況を考え苦渋の選択をした。
「・・・情報ありがとう。・・・会いたい、けど・・・俺、今は会わないことに・・・する」
「そうですか」
不思男は俺の答えにそれだけ答えるとチラシを片付けた。それを見て少しだけ後悔する俺だった。
翌朝。俺は朝食を食べながらあることを考えていた。
「なぁ、不思男。お前が紹介してくれた俺が今いる会社なんだが・・・誰からの指示だ?」
「横峯さんですよ。大体の指示は横峯さんがして、僕が動くというわけです」
「・・・そうか。なら、ちょっと今の会社のこと調べてくれないか?」
「会社をですか?」
「あぁ・・・なるべく、組織の人間に知られないように、調べてくれ」
「ハッピーライフの人間にも?」
「あぁ、ちょっとだけ気になることがあるんだ」
「・・・分かりました。できる範囲でやってみます」
不思男は突然の俺の発言に戸惑いながらも、了解してくれた。俺は、不思男に任せて会社に向かった。
「おはようございます」
普段通りに開ける扉。そこにいるのは決まって、香だけだった。俺は席に座りパソコンの電源を入れて、机の上にある書類を見る。
「・・・量、多いな」
ボソリと呟く。ここ最近になって、書類の山が段々と高くなっている気がする。香は俺の呟きを聞いて、溜息をつきながら言った。
「不満言わないの。仕事なんだから」
「分かっているけど・・・なんだかなぁ」
俺の業務内容は朝一番に机にある書類を処理すること。終われば定時前でも帰っていいことになっている。
「・・・名簿か」
最近の書類は、名簿らしきもの。これをパソコンのデータに入力すれば良いのだが、今週に入ってから、ずっと名簿の処理をしている。俺はいつも通りに入力をする。入力しながら、俺は香に聞いてみることにした。
「なぁ、香。この会社、何の会社なんだ?俺、紹介されて来たからいまいちよく分からないんだよね」
「さぁ。私は家が近い理由でこの会社を選んだからね・・・私も、何をやっている会社なのかは分からないわ。でも、他の会社よりは楽な方じゃない?」
「・・・まぁ、ね」
俺が最近気になっていることは、この会社の事だった。俺を含めて社員は健司さん、俺、香の3人だけで他に従業員はいないが、何故か1つだけいつも空いている席がある。業務内容については、いつも書類を処理するだけで、書類の内容もいまひとつピンとこないものばかりだった。香も同じような事を思っているのかを聞きたかったが、楽な仕事っと思っているだけの様子だった。俺は気になりつつも、仕事を始めた。
「あの、さ・・・」
仕事を始めて数分。香は俺の方を見て、聞いてきた。
「守。もし、明美に会えるとしたら、どうする?」
「なんだよ、急に」
しかし、香の顔は真剣な表情だった。だから俺も、香の方に向き直り、俺の本音で答えた。
「会いたいよ。すごくね。言いたいこと、謝りたいこと、いっぱいあるし・・・でも、今は会わない」
最後の言葉に香は驚いた様子だった。
「お前が言ったんだろ。俺がまだ何かを思い出さないと、会わすことができないって」
「それは、そう・・・だけど」
「それに・・・なんとなくだけど、もしも、香の言う通りにしないと・・・後悔するような気がして。もしも、会って嬉しい気持ちもあるけど、思い出せない何かが引っ掛かって、素直に喜べない・・・」
香が何故突然そんなことを言い出したか分からないが、香は俺の答えを聞いて何も言わずに仕事に戻った。
「・・・あれ?」
「どうしたの?」
「いや、ごめん・・・なんでもない」
俺は書類の名簿のある名前を見ながら、そう言った。
「おかえりないさい」
家に戻ると不思男が出迎えてくれた。
「・・・どうだった」
家に帰る時間帯から、どうしても気になって仕方がなかった事を不思男に聞く。不思男は、何も言わず手招きをして部屋の奥へと誘う。俺は招かれるまま、部屋に入り一枚の紙が目に入った。
「とりあえず、読んでください。僕なりに頑張った結果です」
俺は紙を手に取り読み始めた。
「・・・これは、事実なのか」
読み終えて、視線を紙から不思男に移しながら聞く。
「はい。僕も驚きました・・・僕は、あなたにそこの会社を紹介するように確かに言われました。会社にっと」
「これも情報の違いってやつか」
「・・・分かりません。けど、他の情報の違いとは違う気がしませんか」
「やっぱ俺だな。何か、引っ掛かるよな・・・恐らく、全てを知っているのは・・・」
「健司さん・・・でしょうね」
紙に書いてあることが事実なら、1つの疑問が生じる。
「それと、ですね・・・あと1つ、あるんです」
少年はそう言いながらも、何か言いずらそうに言ってきた。
「なんだよ・・・まだ、秘密が?」
「はい・・・多分、香が言っていた何かを忘れている件に結び付くことだと思います」
「えっ・・・」
「堺田健司。それは、偽名で・・・本当の名前は、蓬田啓二さん」
「蓬田・・・啓二・・・」
その名前には心当たりがあり、すぐにピンときた。
「そういう・・・ことか」
香が言っていた意味が今分かったのと同時に、俺は怒りが混み上がってくるのが自分でも分かった。
「おはよう」
会社に来て俺は軽く香に挨拶を済ますと、そのまま俺は健司さんの所に行く。
「おはよう、伊井坂君。今日も、ちょっと出て行くから書類の方を・・・」
「健司さん」
健司さんの言葉を俺が遮る。驚いた様子で健司さんは俺を見る。
「どうしたんだい?急に・・・」
「・・・どうして、騙しているんですか・・・先生」
社内は冷たい空気が張り詰めた。健司さんは驚いた様子で俺をただ見るだけだった。
「この会社も、堺田健司って名前も嘘なんでしょ?・・・蓬田先生」
不思男に調べてもらった結果の1つ。この会社は数年前に自己破産していて、すでに倒産している会社だった。俺は、どんどん怒りが混み上がってくる。
「またあんたは・・・一体、どれだけ迷惑を掛けたら気が済むんだっ!!あの時もなんでっ!!」
「守っ!!」
香は大声で叫び、気が付けば香は後ろから抱きついていた。小刻みに震えているのを感じ、さっきまでの怒りは静まっていった。
「香・・・」
「お願い・・・先生を、責めないで・・・お願い」
「・・・」
まだ先生に対する怒りは残っていたし、言いたいこともあった。けど、香がこんなに必死になる姿は初めて見た気がした。
「いいんだ。香君」
俺よりも先に声を出したのは、先生の方だった。
「やっと、思い出してくれたんだね伊井坂君。君が怒るのも無理はない」
香はゆっくりと俺から離れた。
「・・・守。最初はね、私も同じ気持ちだった。・・・けどね、ここでやっていることを知ったら気持ちが変わってきたの・・・」
「・・・やっている、こと?」
「伊井坂君にも話す時がきたみたいだな・・・でも、まずはいつも通り仕事をしてくれ。そして、今夜近くのレストランに集合だ。その時に、全てを話す」
「・・・分かりました」
納得はできなかったが、今は先生の言葉を信じるしかなかった。俺は、自分の席に座りいつも通りに『仕事』をしながら、俺はある人物へと連絡をした。
仕事が終わり、俺達はレストランへと来た。
「さてと・・・まず、どこから話すべきかな」
先生は少し考えた様子で、ゆっくりと話した。
「まずは、謝らさせてくれ。学生の頃、君たちに辛い選択をさせてしまったこと。本当に、申し訳ないと思っている・・・」
そう言いながら先生は頭を下げた。
「・・・友達か将来の夢かのどちらかを決めるなんてこと、逆の立場だったら、できなかったと思う」
先生の言葉で、段々と苛立ちが溢れてくる。
「先生。できなかったと思う・・・じゃないですよ。俺達は、本当に悩んで・・・喧嘩して、苦しんで・・・どうして、自分ができなかったことを俺達にさせたんですか!!」
「守。落ち着いて・・・」
香の言葉で、ここが店内であることに気付き、俺は気持ちを落ち着かせた。
「きっかけは、学校に届いたある一通の手紙なんだ。そこには、好間明美君に関する手紙だった。守君、あの頃に1つ大きな事件があった事を覚えているかい?」
「大きな事件?・・・そういえば」
先生に言われて少し考えて、1つ地元を騒がせた事件があった。
「通り魔、ですよね」
「あぁ・・・今も、解決されていない」
学生の頃、男女問わずに夜道を歩いている人を切りつける事件が連続で起きていた。被害にあった人物に共通点は全くなく、警察は無差別通り魔事件として扱い、テレビでも大きく報道された。一時期、夜の外出を禁止するようなこともあった。そして、事件起きてから半年経ち、事件も起きなくなった。証拠もなく、事件は迷宮入りになってしまった。
「その通り魔事件に、明美君が関わっている状況証拠の文章が手紙に書いてあり、好間明美に関わることを避けるようにしろとの内容だった」
「ちょっと待ってください。明美がそんなことするわけないじゃないですか」
「勿論、私だって最初はそう思ったさ。しかし、その手紙を出してしきた人物が・・・学校の理事長なんだ。当時、学校側は理事長の存在は絶対だった。だから、我々は従う他なかった」
「いくら理事長からだって言っても、そんな・・・」
「私は君達が卒業した後、教師を辞めた。そして、事件の真相を知ろうと動いたんだ」
「事件の真相を?」
「遅くなってしまったが、せめて真相が知りたくてね。罪滅ぼしがしたい、そう思った」
「・・・それで、何か分かったんですか?」
「・・・」
先生は、ゆっくりと頷いた。しかし、何を言うわけもなく黙り込んでいた。
「・・・先生?」
「・・・まだ、はっきりといた証拠がない以上、これから先は言えない。まだ可能性の話だし、それにこの可能性は、外れて欲しいと願っているから・・・」
「・・・それでも、聞かせてください。そうじゃないと、帰れないです」
先生は俺達二人の顔を見て、しばらくした後、ゆっくりと頷く。
「分かった。・・・でも、言ったようにまだ可能性の話で、決まったわけじゃない。それを忘れないで欲しい・・・調べた結果、一番怪しいのは圭太君だ」
「・・・圭太が?」
予想もしていなかった言葉に、俺は驚いた。
「あぁ・・・通り魔事件が発生する数分前に必ず近くの防犯カメラに圭太君の姿が映っていたんだ。一回、二回なら偶然と考えてもいいが・・・全ての事件発生前となると、話は別だ」
「・・・でも、先生。そんなことは、当時の警察だって調べて分かったんじゃないですか?」
俺の質問に答えたのは、先生ではなく、香だった。
「守。私も初めて知ったことなんだけど、圭太の父親って、警察のトップらしいの」
「まさかっ!?圭太から、そんな話・・・」
「でも、私達、実際学生の頃、会ったことないでしょ?」
「・・・それは」
「守君、これを見てくれ」
先生がそう言いながらノートパソコンを差し出した。
「警察庁長官、山内久・・・本当に、圭太の父親が」
「あぁ、実際この山内久と圭太君の親子関係の裏は取れている。間違いなく、圭太君の父親は警察庁長官のこの男だ・・・そして、もう気付いているとは思うが・・・」
「警察庁長官の実の息子が容疑者になるのはまずい・・・」
「あぁ、調べて見せてもらった防犯カメラの持ち主に聞いてみたが、全て警察が一度は来ている。つまり、この事実を知らないわけがない・・・それなのに、テレビで報道されるのは、手掛かりなし、だ」
「・・・」
「さっきも言ったが、可能性の話で、裏がとれているわけでもない・・・それに、我々だけの力では限界もある」
「じゃあ、もう打つ手はない・・・という事ですか?」
「打つ手はある・・・それが、守君、香君にやってもらっていることだ」
「やってもらっていること?・・・仕事のことですか?」
「あぁ・・・商品名が書かれている書類の処理は、商品名を選択すると、調べて分かった情報が見れるようになっている仕組みで、名簿に関しては、我々の協力者の名簿だ」
「・・・じゃあ、全部、そのことだけの為の・・・」
「正直、守君の面接カードが届いた時は驚いたよ。一応、会社と名乗っているが業務内容については記載していないし、だれが見ても興味が沸かない内容しか情報公開していないし、面接者の名前が守君だと知り、運命的なものまで感じてしまったくらいだ」
「・・・分かりました。今は、先生の言葉を信じます」
今の状況を考えて、先生が嘘を言うメリットもない上に、前に香が言っていた圭太に近付かない
ように言われたこと、そしてハッピーライフの情報網を使っても、居場所が分からないこと、それを含めて考えて、先生が言ったことが間違いとは言えない。俺は、先生の言葉を信じることにし、名簿を見たときに気になったことを聞くことにした。
「先生。話は変わりますが、あの名簿は先生が直接会って、協力をお願いしているんですよね?」
「そうだけど・・・」
「なら、その協力者に会えますよね?」
「連絡先は交換しているから・・・まぁ、こちらから連絡すれば・・・」
「なら、横峯美香って人に会わせてもらえないですか?」
俺が名簿を見て気になったのが、『横峯 美香』という名前だった。ハッピーライフの人間、横峯さんと同じ苗字。鈴木や佐藤などよく使われている苗字なら気にも留めなかったが、横峯というのはあまり聞かない苗字だった為、すごく気になっていた。
「・・・知り合い、なのかい?」
先生は、不思議そうに聞く。正直、その問いの答えに俺は迷った。ハッピーライフのこと、小さい頃の俺の事、話したところで信じてもらえないだろう。だから、俺は目を逸らしながら答えた。
「知り合い・・・の可能性が、あるというか・・・」
「・・・まぁ、いいだろう。じゃあ、後日会えるか聞いておくよ」
「お願いします・・・」
「おれじゃあ、そろそろ帰るとするか・・・守君?」
先生と香が席を立ち上がったが、俺は座ったまま言った。
「すいません。俺はもう少しここにいます。ちょっと、色々考えたいので・・・」
「そうか・・・分かった。じゃあ、また明日」
「はい・・・」
そう言い残して、先生と美香は店を出て行った。俺はそれを見届け、深いため息をつきながら店の天井を見上げながら言った。
「・・・だそうだ。どう思うよ」
「・・・驚きしかありません」
俺の問いの答えは、俺の席の後ろから聞こえた。先生達に会う前に連絡した相手、不思男だ。
「あの圭太が・・・通り魔の犯人だなんて・・・僕らと一緒に遊んでいた、あの圭太が・・・」
「そうだな・・・それに、父親がまさかの警察官のトップとは・・・なんかのドラマか、これ」
「・・・それに」
「あぁ・・・横峯 美香。まさかとは思うが・・・あの横峯さんの先祖になる人か、もしくは・・・」
「・・・いえ」
不思男の最後の言葉に俺は、振り返った。
「いえって、なんだよ」
「横峯 美香。驚きです・・・まさか、ここで・・・その名前が出るとは・・・」
「覚えがあるのか?」
少しだけ間を空けて、不思男は俺を真っすぐ見て言った。
「横峯 美香・・・間違いなく、ハッピーライフの人間だった人です」
「えっ!?」
電気も付けず、いつも暗い部屋。
「・・・どうだった?」
私の存在を察したのか、目の前の男はこちらを見ずそう尋ねてきた。後ろに目があるんではないかと、気味が悪くなるほど、正確な距離で聞いてくる。
「・・・予定通り。問題はないわ」
「そうか・・・」
男はそれだけ答えると、パソコンを操作した。私も、何も言わず部屋を去ろうとした時、男の呟きが聞こえてきた。
「ようやくだ・・・待っていろよ、守」
不気味な笑いをそう言う男は、これまで見せたことのない気味の悪い笑顔をしていた。
6話
俺と不思男は、家である人物を待っていた。お互いに何も話さず、時を刻む時計の音だけが響き渡っていた。そして、玄関のドアが開き、待っていた人物が現れる。
「すいません、横峯さん。お呼び出しして」
俺は姿を確認するなり、そう言いながら横峯さんの所へ駆け寄った。
「別に構わないけど・・・何か、分かったの?」
「はい・・・とりあえず、中へ」
そう言って俺は中へと案内した。
「それで?・・・何が、分かったの?」
横峯さんは座りながら俺達に聞いてきた。正直、ここからの話は俺も知らない。全ては不思男が言い出したことで、何について話すかは俺も知らない。恐らく横峯美香の事だろうが、俺が知ったのは名前とハッピーライフの人間だっということぐらいだ。横峯さんの問いに少し間を空けて、不思男は口を開いた。
「横峯さん・・・妹さん、見つかりました」
「えっ!?」
まさかの発言に俺も驚いてしまった。その隣にいた横峯さんはもっと驚いている様子だった。
「まさかっ!!そんなはず・・・」
「僕も直接会っているわけではありませんが・・・名前が、横峯美香さん。この時代に、横峯っという苗字は珍しいですし、名前までが一緒となると・・・」
「・・・」
横峯さんは言葉を失ったかのように、不思男をずっと見つめていた。
「なぁ、不思男。妹さんって・・・どういうことだ?」
「実は、ここに来る前の数日前くらいにハッピーライフの社内で大騒ぎになりまして・・・横峯さんの妹が突然、行方不明になったんです」
「大騒ぎ・・・まぁ、人が行方不明になったんだからそうなるだろうけど、社内全体が大騒ぎになるものなのか?家出の可能性とか、あっただろ?」
「この時代なら、その家出も考えられましたが、基本的にハッピーライフの人間は、社外に出ることはできないんです。社内が家のようなもので、社外に出る為には、一人付き人を付けて、発信機を付け、会社の入り口の警備員に厳しいチェックが入って、ようやく社外に出ることができるんです。そんな面倒なことをわざわざせずとも、社内にある店である程度の物は揃ってしまうので、社外に出ることはまずないんです。それに、仮に社外に出たとしても、履歴が残っているはずなんですが、履歴も残っていませんでした」
俺は不思男の説明を聞いて、ある一つの線を考えた。
「不思男、もしかして・・・前に言っていた、情報の違いや圭太の行方が分からないってのは・・・」
「ゼロ・・・では、ないです」
「いいえ、可能性は大きいわ」
俺達の会話に入ってきた横峯さんは、いつも変わらない様子だった。
「大きい、とは・・・」
不思男は不思議そうに横峯さんを見る。
「美香は、調査員の一人だった。だから、いくらでも嘘の報告はできる」
「・・・でも、再調査しても行方は分からなかった・・・あっ!!」
途中まで言って不思男は何かに気付き大声を出した。
「特定情報機関・・・」
「えぇ・・・それを使えば、いなくなった後も情報は隠せる」
「不思男。なんだよ、その特定・・・なんとかってやつ」
「特定情報機関。ハッピーライフの調査員だけが使用できる、情報の金庫みたいなものです。不確定情報や他の社員には知られてはいけないこと等、情報を本人以外に見せないような機関があるんです。そこに、圭太の情報を隠せば、いなくなっても情報は隠れたままだから、分からなかったんですよ」
そこまで言った時、横峯さんが立ちあがった。
「私は、その機関に行って情報の開示を求めてくるわ。何かあったら、連絡する」
そう言い残し横峯さんは帰って行った。それを見届けた不思男は溜息をついた。
「横峯さん・・・大丈夫かな」
「大丈夫って?・・・何が?」
「もし、本当に美香さんが関わっていたなら・・・美香さんには、厳しい処分があると思います」
「そうなのか?」
「はい。ハッピーライフという会社は僕や横峯さんのように時代を行き来することができます。なので、勝手に過去を変えることはもちろんですが、調査して嘘の情報を開示するような行為は、こっちの時代でいう死刑になることもあるんです」
「死刑っ!?」
「それだけ重要なことなんです・・・その行為1つで、生まれてくるはずの人間をなかったことにもできるんです」
「・・・そっか」
「それが実の妹にかけられるとなると・・・」
「複雑だな・・・」
「はい・・・」
俺達はそれ以上は何も言わず、今日は寝ることにした。
雨の音で目が覚めた。窓の外を見てみると強い雨が降っていた。辺りを見渡すと不思男の姿はなかった。
「・・・」
目を覚ますと不思男がいないことは、時々あったせいか気にもしなかった。俺は、顔を洗い会社へと行く支度をしながら、テレビの電源を入れた。テレビでは色々な事件や出来事等報道していた。
「次のニュースです。昨夜、講演会場にて爆発がしたとして現在も燃え続けています」
「爆発?」
俺は、あまり聞かない言葉に俺はテレビを見て、驚いた。
「ここって!!」
テレビで映し出されていたのは、以前チラシで見た明美の演説会の場所だった。俺は慌てて家を飛び出し現地へと向かった。近付くにつれ、救急車や消防車のサイレンが聞こえ、それは大きくなり複数の音が聞こえてきた。
「はぁ・・・はぁ・・・」
俺は、現地に着き言葉を失った。俺の目の前には、建物全体が激しく燃え、入口の傍に看板が残されていて
『地球と私達の未来を考える 講師 好間明美』
「す、すいません・・・中の人たちはっ!!」
俺は近くにいた消防隊員の人に近付き、会場内の人たちの安否を聞いた。
「大体の人は病院に行ったよ!!ほら、危ないからさがって!!」
俺は消防隊員に言われるまま野次馬がいるところまで連れていかれ、俺は燃え続ける建物を見続けていた。
「どうして・・・」
俺は明美が無事でいることを祈り、その場を後にした。
「・・・」
気が付くと、俺は高台にいた。正直、どの経路で来たか覚えていない。ずっと、明美のことばかりを考えていた。それと同時に俺は、疑問にも思っていた。圭太のこと、横峯さんの妹の美香さんのことが分かった翌日に、不思男がいなくなり、明美の講演会場が爆発。偶然で片付けていいことなのか、ずっと思っていた。
「守・・・」
「っ!?」
後ろから俺を呼ぶ声に俺は驚いた。俺は、半信半疑で振り返って思わず、涙が零れた。
「明美・・・」
ずっと会いたくて、そして無事を祈っていた明美がそこにいた。
「久しぶりだね、守」
声や姿は昔のままだった。俺は何も喋れず、ただその場で立って明美をただ見ることしかできなかった。それを察したのか明美は近付いて俺の隣に来た。
「あれから・・・ずいぶんと時が経ったっていうのに、この町は変わらない」
隣にいる明美を見ると、高台から見える町の景色を見ていた。俺はようやく、声を出した。
「そんなことより、大丈夫だったのか、講演会場が爆発したって聞いたけど」
この高台からも激しく燃え続けているのが確認できた。明美の表情は変えず、遠くを見ながら答えた。
「うん。丁度、爆発があった時は休憩していて、ちょっと散歩していたから」
「・・・そっか。けど、驚いた。明美が講師をやっていたなんて」
「まぁね。私自身もびっくりしてる」
「・・・」
「・・・」
お互いに何も話さず沈黙だけが続いた。言いたいことは山ほどあった。でも、何故かその言葉が出てこず、高台から見える景色を見続けた。
「・・・ねぇ、守」
「・・・」
「あれから、随分の時が経ったけど・・・やっぱ、私達は変わったのかな」
「・・・えっ」
「考え方や性格・・・人に対する思いとか、やっぱ、変わっちゃうよね」
「それは・・・」
「いいの・・・それじゃあ、私、行くね・・・守と話せて、良かった」
明美は振り返り、その場を去ろうとした。
「明美・・・」
俺の声で明美は足を止めたが、こちらを見ない。俺は意を決して言いたいことを言った。
「その、ごめん・・・」
謝罪の言葉。これまで、どれだけ言いたかったか、その言葉が言えた。それをきっかけに、俺は続けて言った。
「あの公園で、ひどいこと言ったし・・・それ以降、会わなかったし・・・俺、ずっとそのことを謝りたくて、ずっと、お前に会いたかった!!」
気が付くと俺は泣きながら叫んでいた。明美はこちらを見ず、静かに言った。
「僕、から俺、になってる。やっぱ、変わったね、守」
声からすぐに分かった。明美も泣いている。
「ねぇ、一つだけ教えてくれる?どうして、あの時からずっと姿を消したの?」
「・・・あの後、事故にあって、意識を失っていたんだ・・・」
「・・・そう」
明美は少し間を空けて、俺の方を振り返って言った。
「それじゃあ、仕方ないね」
その明美の顔は、俺が好きだった笑顔の明美だった。
「・・・信じて、くれるのか?」
「だって、守、どんな時も嘘は絶対に言わないって、知ってるもん。疑うわけないよ」
明美は俺に近付き、ボソッと呟いた。
「それに、会いたかったって、言ってくれたし」
「まぁ・・・そりゃ、言いたいこともあったし・・・」
「・・・それだけ?」
「・・・」
「ねぇ、守。私達、恋人同士で会えなくなったじゃない?・・・もう、戻れないのかな、あの頃の私達に・・・」
「それって・・・」
「本音を言うとね、講演なんてものは建前なの。本当の目的は、守の手掛かりをしりたくて、だから色々な場所に行けて、資金も増やせることを探していたら、こういう講師の道になっちゃったわけ」
「俺のためだけに?」
「だって、私、守が好きなんだもん」
真っすぐに俺を見て、そう言う明美の表情は少し顔を赤らめて両手を後ろで組んでいた。
「本当に、お前ってやつは・・・」
昔のままでいてくれたこと、消えた俺を探すためだけに動いてくれたことが嬉しく、また涙が零れそうになる。それを見ていた明美は悪戯っぽく言った。
「守は、ずいぶんと泣き虫さんになったね」
「だ、誰が泣き虫だ・・・別に、泣いてないし」
「アハハハ、怒った、怒った」
笑いながら飛び跳ねる明美を見て、俺の中に眠っていた感情が目が覚めたかのように、俺は静かに、はっきりと言った。
「俺も、明美が好きだ・・・今も」
飛び跳ねて笑っていた明美は、俺の言葉を聞いて俺の方に向き直る。
「本当?じゃあ、私達・・・」
「あぁ、明美さえ良ければ・・・っ!?」
俺が最後まで言葉を言い終わる前に俺の口は、明美の口に塞がれてしまった。
「ん・・・」
「・・・」
明美の吐息が間近で聞こえ、愛おしく思えた。俺は、目を閉じ何年ぶりで明美にキスをした。
「・・・」
「・・・」
何年振りかの明美と手を繋いだ俺達は歩いていた。俺達が高台でキスをした後、お互いに何も話さず、明美は自分の唇に手を添えて余韻を感じている様子だった。俺は、空を眺めながら色々と考えていた。不思男と出会ってなければ、恐らくこうして明美と出会うことも、前向きに過ごすこともなく、人生灰色だっただろう。全ての始まりは、不思男だった。
「・・・」
そこで俺は、足を止めた。明美も足を止め俺を不思議そうに見る。
「・・・」
この幸せな時間をずっと感じていたかった。
「明美・・・悪い」
俺は名残惜しいが、明美の手を放す。
「ちょっと、用事があるんだ・・・」
まだ、解決していないことがある。ここで終わらしてはいけない、そんな気がした。
「そう・・・私ね、講演会場の隣にある古いアパートにいるから・・・今後のこと、マネージャーと相談しないと」
「分かった。用事を済まして、そこに行く」
「うん・・・待ってる」
少し寂し気に答える明美を見て、心が痛んだが、俺は何も言わず俺の家に向かった。
「不思男!!」
家の玄関を開けるなり名前を叫び、不思男の姿を探したが、家を飛び出したままの状態だった。
「どこ行ったんだよ・・・」
近所を探そうとした時、俺の携帯が鳴った。着信画面の表記は非通知だった。
「もしもし・・・」
俺は恐る恐る電話に出た。数秒間、無音だったが、物音がした後声が聞こえた。
「守さん!!」
「不思男か!!」
声は間違いなく不思男の声だったが、なんだか遠くから叫んでいるような感じだった。
「お前の探し物はこいつだろ。ククク・・・なんだよ、不思男って。こいつは、昔のお前だろ・・・なぁ、守」
その声は、少し太く鈍い声をしていたが、誰なのかすぐに分かった。
「・・・圭太、だな」
「ククク、久しぶりだな・・・まさか、お前のことにいる組織の人間が、昔のお前だと分かった時は驚いたぜ」
「そんなことは、どうでもいい・・・圭太、お前、不思男がなんでそこにいる」
怒りの感情が爆発しそうだったが、冷静を装い尋ねた。
「そういう臭い芝居は止めにしようや。大方、知ったんだろ?俺のこと」
「・・・じゃあ、通り魔事件は・・・」
「アハハハ、そう、俺だ。いやぁ、中々バレないものなんだな」
大笑いする圭太の声に、我慢していたものが切れた。
「目的は何だって、聞いてる!!圭太!!」
「いいねぇ~、そういうの待ってたんだ。ククク、目的は1つ・・・明美を、渡せ」
「・・・明美を?」
「そうだ、あの野郎。俺の計画となる鍵を持っていきやがった・・・俺が欲しいのは、その鍵だ」
「なら、その鍵とやらを俺が預かれば・・・」
「ダメだ・・・あいつは、知りすぎた上に俺を裏切った。・・・せっかく、死に場所を用意してやったのに、亡骸がないんてよ」
「・・・・お前、まさか!!」
「見事だったろう、大きな爆発。中にいてくれれば、痛みも感じずにあの世に行けたのによう・・・可哀そうに、痛みながら死んでいくなんて・・・」
「どうしたんだ・・・昔のお前は、そんなやつじゃ・・・」
「守。人ってのはな、変わるんだよ。昔のまま仲良しごっこに付き合う程、お人好しじゃないってことだ」
「仲良しごっこ?・・・お前、それ本気で」
「当たり前だ・・・さぁ、お喋りはここまでしようぜ。明美と会ったんだろ?明日の深夜0時。俺達の母校の体育館で待ってる」
「圭太。お前、組織の人間を使って、何をするつもりなんだ?」
「守さん!!美香さんは関係ない!!ここにいる圭太自身が組織の、うわぁ!!」
「不思男!!」
「喋りすぎだ、ガキ守」
「お前!!」
「大丈夫、まだ殺しはしねぇよ。殺してしまえば、お前自身もいなくなってしまうからな・・・いいな、明美を連れて体育館だ」
そう言い残し、圭太は電話を切った。
「圭太が・・・組織の人間?」
不思男が言っていた言葉が気になったが、何かを知っている明美のところに行こうとした時だった。
「守さん・・・」
玄関のドアが開き、横峯さんが入ってきた。
「横峯さん・・・」
「特定情報機関を調べたんですが・・・驚きの事実が分かりました。山内圭太。彼は、この時代の人間ではなく、我々の組織の人間でした」
「あぁ・・・俺も、今知ったとこだ」
「どういうことです?」
俺は、これまでのことを横峯さんに説明した。説明を終えると、横峯さんは鞄の中から一枚の用紙を差し出してきた。
「・・・これは?」
「あなたの子供時代の彼の任務完了書です。これにサインをしてもらって、初めてあなたの人生が変わります」
「・・・どうして、今、これを?」
「ここからは、我々の社内の事情になります。彼は任務を完了したのですから、あなたがもう関わる必要がないので・・・サインさえしてもらえれば、これからの人生、180度変わります・・・おめでとう」
俺は用紙を受け取り、内容を読んで、最後の内容に疑問を持った。
「横峯さん、最後のこれ・・・どういう意味ですか」
『尚、サインを拒否した場合は、関係を修正します』
こう書かれていた。横峯さんは、当たり前かのように、答えた。
「そのままの意味です。我々に会う前の状態にリセットになるということです。まぁ、人生が良い方向に変わったのですから、サインを拒否した人はいませんけどね」
横峯さんの言う通り、人生が良い方向に変わったのに、それを捨てるバカはいない。しかし、俺は用紙を目の前にサインをせずに考えていた。
「最後に一ついいですか?・・・これにサインをしたら、俺は・・・いや、俺と不思男はまた会えますか?」
「先程も言いましたが、サインをすれば関係はなくなります。当然、彼とは会えるはずがありません。元々、彼とあなたが出会うことすらないんですから」
「そう、ですよね・・・」
俺は用紙を眺めながら、これまでのことを思い出していた。不思男に出会い、香、先生、明美にも会えたし、明美と寄りを戻すこともできた。あとは、俺のサインをすれば、俺のこれからの人生は楽しくなるだろう。
「・・・」
しかし、その反対にこのままサインをしてもいいものなのかと、疑問に思う自分がいた。確かに、180度人生が変わった。けど、それは、不思男がいてくれたからで、その不思男が捕まっている。お別れの言葉も、お礼も言えない。
「・・・知っちゃこっちゃない」
昔の俺なら、間違いなくそう思い、サインするだろう。あとは、組織の人間が勝手にやって、俺は安全な場所でワイワイやっている。全部、人任せだ。
「逃げるんですか?」
不思男に出会った頃、そう言われた。人任せで、自分は安全なところにいるのは、逃げていたと思う。やってくれるはず、できなくても俺のせいじゃない、簡単に言い訳もできる。けど、不思男と出会い、考え方が変わった。
「やっぱ、変わったね、守」
明美がそう言ってくれた。自分の問題を他人任せにしていては、結局、変わったように見えるだけで、変わっていない。自分の問題は自分が動かないと、解決はしないのだ。俺は、用紙にサインをして、横峯さんに差し出した。
「横峯さん、お願いがあります・・・」
俺は、新たな決意をして、横峯さんにある依頼をした。
明美が言っていた講演会場の隣にある古いアパートに来た。燃え続けていた講演会場はようやく鎮火したようで、警察が周辺を歩いていた。
「・・・」
色々あったが、明美に出会い、復縁することができた。不思男に出会う前に俺からしてみれば、考えたこともないことだった。俺が立っていると、明美が窓から手招きをしている。俺は、明美が見えた窓がある部屋に行き、扉をノックした。
「用事は済んだ?」
扉を開けた明美の顔は、笑顔でそう聞いてくる。
「もうちょっとかな・・・それより、明美。大事な話がある」
「・・・中に入って」
俺は、部屋に入った。中の様子は殺風景で、最低限の家具があるだけだった。
「マネージャーさんは?」
「出掛けた・・・多分、戻ってくるのに少し時間掛かる」
「そっか・・・」
「それより、大事な話って、何?」
「明美・・・圭太と、一緒にいたのか?」
そう聞くと明美は驚いた様子で俺を見た。
「守・・・どうして・・・」
「ちょっと、いろいろあってな。明美、教えてくれないか?あいつは、何をしようとしているんだ」
「・・・」
俺は明美の答えを待った。明美は視線をキョロキョロして落ち着かない様子だった。そして、しばらくして明美は溜息をつき、口を開いた。
「圭太の目的は分からない。けど、私と圭太である準備を進めていたの」
「・・・ある準備?」
「うん。アンテナを言われた箇所に設置していくの。最初の話だと、みんなの携帯電話の電波を良くしてあげようってことだったの・・・だから、その言葉を信じて設置を終えたの・・・けど」
「・・・けど?」
「設置が終わって間もなくして、圭太が言っていたの・・・これが成功すれば、気にくわない奴を消せる。俺の時代が始まるって・・・それが、怖くて・・・私・・・」
「何かの鍵を盗んで、逃げた・・・」
「・・・うん」
「でも、どういうことだ?・・・気にくわない奴を消せるって・・・」
「それは、私も分からない・・・けど、もしも、それが本当にできることだとしたら・・・」
可能性はゼロではなかった。明美には話していないが、俺は圭太が組織の人間だということを知っている。この時代にいる気にくわない奴って人を消せば、圭太が本来いた時代にはいなくなっているはずだ。恐らくは明美が設置したアンテナがポイントなんだろうけど、具体的な方法は分からなかった。
「明美、お願いがあるんだ・・・」
「・・・どうしたの?」
「その鍵を、俺に預からせてくれないか?」
「えっ・・・どうして?」
「ちょっと、必要なんだ・・・けど、信じてくれ。それを悪用はしない」
明美は少し考えた様子だったが、静かに頷いた。
「・・・分かった。守がそういうなら・・・」
明美は立ち上がり、小さな小物入れを持ち出してきて中から小さな鍵を出した。
「これよ・・・ねぇ、守」
鍵を差し出しながら、心配そうに言った。
「また・・・どこかに、消えたり・・・しないよね」
「・・・」
俺は即答できなかった。それに、恐らく俺は消えるだろう。俺は迷ったが、隠さず言うことにした。
「悪い明美・・・多分、またちょっと会えなくなるかもしれない・・・」
「・・・」
明美は何も言わず、俺の言葉を聞いた。
「けど・・・いつになるか分からないけど、必ず・・・また、会いにくるから・・・」
「・・・守。どうして・・・どうして、また私の前から姿を消すの・・・せっかく、会えて、昔のように戻れたのに・・・」
涙を流しながら言う明美の姿に心が痛んだ。しかし、それをしないとこれから先、胸を張って生きていけないだろう。
「明美、悪い。けど、大事なものを守るためなんだ・・・それをしないと、俺は絶対に後悔する」
「大事なもの?」
「あぁ・・・その大事なもののおかげで、今の俺があるんだ。それを失ったら・・・」
「・・・分かった。けど、これが、最後だからね・・・今度会ったら、離さないから」
涙を流し、笑顔で言う明美の顔を頭に叩き入れた。また、会うために。そして、今の思いを忘れないように。
「・・・けど、守。一つだけ、お願いがあるの・・・」
「・・・お願い?」
そう言うと明美は俺に近付き、ゆっくりと目を閉じた。
「また会うために・・・私に、思い出を頂戴・・・」
「・・・あぁ」
俺と明美は、体を重ね合わせ、明美の温もりを体全身で忘れないように感じ続けた。
翌日の夜。圭太が言っていた深夜0時まで、あと3時間。俺は、家である人物を呼んでいた。
「こんばんは」
そう言って入ってきたのは、横峯さんだった。
「こんばんは・・・例のアレは?」
「出来ているわよ・・・でも、本当に良かったの?」
俺は、頼んでいた物を受け取りながら、笑顔で答えた。
「はい。明美も待ってくれるって言ってくれました。今度会う時は、きちんと胸を張って会えます」
「・・・そう」
「それより、横峯さんに質問があります」
「質問?」
「はい。横峯さんの時代に、アンテナを使った装置とかあったりしますか?」
「・・・どういうこと?」
「圭太が、アンテナを数ヶ所に設置して大掛かりな事をしようとしているみたいなんです。圭太が言うには、気にくわない奴を消せるって言っていたらしいです」
「アンテナ・・・人を消す・・・」
少し横峯さんは考える様子で、顔を左右に動かし少ししてから、何かを思い出したかのように答えた。
「あっ!!・・・もしかしたら・・・でも・・・」
「心当たりがあるんですか?」
「えぇ・・・でも、いくら組織の人間だったとしても、知るはずがない・・・」
「どういうことです?」
「・・・超空間移動転送装置。多分、彼が動かそうとしているのは、それね」
「それで、特定の人を消せるんですか?」
「いいえ・・・特定の人間だけは無理よ。特定の人間だけ、はね」
「・・・一体、どんな装置なんですか」
「アンテナから、電磁波を出しアンテナ同士を共鳴させ、アンテナとアンテナの間に電磁波の線が
できる。そして、特定の場所を囲んだら、起動スイッチを入れれば、電磁波の線で囲まれた場所ごと、指定された場所に転送できるの」
「場所を!?・・・あいつは、町そのものを消そうとしているんですか!?」
「恐ろしいのは、その後よ。その装置が転送できる時代は最大でも3年なの。・・・想像できる?その時代に建っている建物の場所に全く同じ場所に、全く同じ建物が転送されてきたら・・・」
「えっ・・・それって・・・同じ建物が現れたら・・・大変なことになるんじゃ・・・」
「その囲まれた場所にいる人たちは、全員死ぬわね・・・奇跡的に生き残っても、転送されてきた人と、元々その時代にいた人が現れたら、混乱が起きて・・・その後、何が起きるかは、想像できない」
「圭太の言っていた気にくわない奴って・・・町の全員ってこと?」
「それは分からない・・・でも、どうして彼がその装置を知っているかが不思議なのよね」
「・・・どういう意味です?」
「この装置は説明した通り、使い方次第では大惨事を起こす、非常に扱いが難しい装置のため、開発者が、特定情報機関に全ての情報を預けたのよ」
「その開発者って・・・誰ですか」
「・・・横峯美香。私の妹よ」
「えっ!?」
驚きと同時に、俺の携帯が鳴った。
「もしもし・・・」
「守君かい?私だよ」
「先生・・・どうしたんですか?」
「先日、君が協力者の名簿に書いてあった横峯美香さんに会いたいって言ったろ?あれから、何度か連絡してはいるんだけど、全然出てくれないんだよ。彼女、そういうことはしない感じの人だったから不思議になって、家に行ってみたんだ・・・そしたら、誰もいなくて、近所の人によると、ここ数日は顔を見てないそうなんだ・・・」
「・・・そうですか。わざわざありがとうございます。その件については、解決したので会わなくても、問題ないですので」
「そうなのかい?・・・それなら、いいんだけど・・・でも、本当、どこに行ったんだろうね・・・あ、遅くにすまないね・・・また、何か分かったら連絡するよ」
「はい。分かりました」
電話を切り、俺はしばらく考えた。
「・・・どうしたの?」
横峯さんが不信そうに聞いてきた。
「・・・いや、なんでもない」
俺の予想を話せば余計な心配を掛けさせてしまう。俺は、思ったことは話さずに笑って誤魔化した。俺は、時計に視線を移した。約束の時間が近付いていた。俺は、立ち上がり、支度を始めた。
「・・・行くのね」
「はい・・・後は、お願いします」
「えぇ・・・分かってる」
俺は支度を終えると、約束の場所に向かった。
「・・・」
学校の前に到着した。約束の時間まで、あと数分前だった。
「・・・」
辺りを見渡したが、物音一つしない静けさがあった。体育館側も見てみるが、灯りも付いておらず、人がいるようには思えなかった。しかし、圭太が指定した場所だ。俺は、気合いを入れ直して体育館に向かった。
『ガラガラガラ・・・』
体育館の扉は簡単に開き、開く音が響き渡る。俺は館内を見渡した。すると、真ん中に人影が見えて、それが誰だかすぐに分かった。
「不思男!!」
「守さん!!」
俺の応答にすぐに不思男は返事を返した。そして、不思男の隣にもう一人、女の子がいた。
「・・・横峯、美香さんですね」
女の子は小さく頷く。
「やっぱり・・・」
俺の予想は、確実なものになった。そして、美香さんの体はボロボロで、衰弱しきっていることが分かった。
「守さん、美香さんは・・・」
「分かってる。大体の状況は把握した」
不思男は説明しようとしたが、俺がそれを止めた。大体の状況は分かったし、美香さんの前でする話でもない。俺は、辺りを見渡しもう一人の人物を探す。
「圭太・・・」
目的の人物はすぐに見つけることができた。こちらを見て、不気味に微笑んでいた。
「久しぶりだな、守」
「そうだな・・・随分と、変わったな」
目の前にいる圭太は、昔の面影は何一つなかった。
「不思男だけでなく、美香さんも拉致していたとは・・・」
「おいおい、人聞きの悪いこと言うなよ。彼女には、ちょっとばかし、協力をしてもらっただけさ」
「美香さんを見た感じ、協力というより強制的にしていたように見えるけどな・・・」
「まぁ、そんなことはどうでもいいさ・・・それより、明美はどうした?確か、明美を連れてくるように行ったはずだが?」
「置いてきた。誰がおまえなんかに明美を渡すか・・・けど、お前の欲しい物なら手元にある」
そう言って俺は、明美から預かった鍵を見せた。
「これだろ?お前の言っていた、鍵ってのは」
「そうなんだけどね~・・・違うんだな~」
圭太は明らかに苛立っているのが分かる。今にも、暴れる寸前だった。
「困るな~、今このガキ守を消してもいいんだぜ?」
「消さないさ、絶対に」
大体予想はしていたことだ。圭太の思い通りにいかないことがあれば、最後は人質である不思男達を使い、無理矢理にでも言うことをきかせようとする。だから、その前に対策はしてきた。
「不思男っ!!美香さんっ!!こっちを見てっ!!」
俺の大声で、不思男と美香さんは俺を見た。その瞬間に、俺は紙を二枚前に出し、二人に見えるようにした。
「伊井坂守、横峯美香っ!!現時点をもって、任務完了とし、強制送還を命じる!!」
その瞬間に、二人の体は光に包まれていく。
「何っ!!強制送還だと!!バカな・・・それは、調査隊の人間しか発揮しないんだぞ!!」
驚きと動揺を隠せない圭太。俺は、圭太に手帳を見せて叫んだ。
「俺は、ハッピーライフ調査隊の伊井坂守だ!!山内圭太!!お前を社内規定違反で、確保する!!」
時は少し遡る。
俺は、横峯さんから差し出された不思男の任務完了を証明する用紙を受け取り、それにサインをした。
「横峯さん、お願いがあるんです」
用紙を差し出しながら、俺はそう言った。用紙を受け取った横峯さんは不思議そうに聞いてくる。
「お願い?・・・何なの?」
「・・・俺を、ハッピーライフの人間にしてください」
「えっ・・・」
「正確に言うと、不思男みたいな立場がいいです」
「・・・あなた、それ、意味分かって言ってるの?・・・捨てることになるのよ、今の人生を」
「はい・・・でも、永遠じゃない」
「それは、そうだけど・・・」
「俺は、不思男に出会わなければ、変わることはできなかった。昔の俺自身だけど・・・俺は、あいつに感謝さえしているんだ・・・そんなあいつを、見捨てて手にした人生なんて・・・嬉しくもない」
「・・・」
「本当の意味で、人生を変えたいんです。お願いします!!」
俺は、深く頭を下げた。横峯さんは、溜息をつき答えた。
「はぁ・・・分かったわ。上の方には、私から言っておくわ」
「ありがとうございます!!」
「でも、最低でも1年は戻れないわよ?・・・最悪、数年、十数年になる可能性もある・・・いいのね?」
「はい・・・あと、もう一つお願いが・・・」
「・・・今度は、何?」
「前に不思男に聞いたことがあるんです。任務完了を終えた者を即時に元の時代に戻すことができる、紙があると」
「・・・えぇ、任務完遂強制送還命令書のことね。確かに、あるけど・・・それが?」
「不思男の分と・・・横峯さんの妹、美香さんの分を用意してもらいたいんです」
「美香の分まで?・・・どうして、美香の分まで?」
「念のためです・・・お願いします」
「・・・何か、考えがあるのね・・・分かったわ、上に掛け合ってみる」
「ありがとうございます」
そう言って横峯さんは、家を出て行った。俺は、ハッピーライフの人間になることを決めた。それは、同時のこの時代、そして明美との一時的な別れになってしまうことになる。少し、悲しいが悔いはなかった。このまま不思男を助けに行かずに人生を送ってしまえば、必ず心のどこかに後悔が残る。俺は、俺自身を助けるためにも、その決断に至った。
光に包まれていく不思男を見ながら、俺は感謝の言葉を伝えた。
「ありがとうな、不思男。お前のおかげで、明美と縁を戻すことができた」
「守さん・・・じゃあ、どうして・・・」
不思男は泣きながら俺を見る。
「そういや、昔の俺はこういう場面に弱かったな・・・でも、いいんだ。悔いはない」
「・・・」
段々と、不思男の体が消えていく。不思男は涙を拭き、笑顔で言った。
「さようなら、もう一人の僕。お仕事、頑張ってね・・・」
「さようなら、もう一人の俺。元気にやれよ」
互いの言葉に、互いが頷き、不思男は消えた。そして、俺は横にいた美香さんに視線を移す。こちらも、もう消えかかっていた。
「美香さん。あっちで、お姉さんが待っています。きちんと、事情を話してください」
美香さんは小さく頷き、美香さんは消えた。残されたのは、俺と圭太だけ。俺は圭太に視線を移す。
「やってくれたな・・・守」
「・・・あとは、お前を確保するだけだ」
「やろうってのか、俺と」
「あぁ・・・決着をつけよう。俺が負けた時、鍵を奪って好きなことすればいい」
「守!!」
「圭太!!」
圭太の叫び声で、俺達は動き出した。初めての喧嘩だった。人を殴る拳の痛み、殴られる痛さを感じながら、俺は何度か倒れ掛かるが、踏みとどまり態勢を直し、反撃する。圭太も俺に殴られ態勢を崩すも、すぐに態勢を直して俺に向かってくる。途中から、痛みが感じなくなくなり、視界も狭く、口の中に血の味がした。正直、立っているのも辛かったが倒れるわけにもいかず、必死になって圭太に向かっていった。そして、圭太が膝を地面についたのを見て、俺は今ある力全てを右手に入れて、圭太に拳を大きく振った。
「っ!!」
俺の振った拳は圭太の顔面に当たり、その勢いで後方へと飛んだ。
「はぁ・・・はぁ・・・」
俺は息を整えながら、俺も膝を地面につく。
「ま、守・・・お前だけは・・・」
圭太がゆっくりと起き上がろうとした時、体育館に大勢の同じ制服を着た人達が入って、圭太を囲んだ。俺は、すぐに状況を理解した。
「圭太・・・お前なら分かるだろ。その人達が誰なのか・・・お前の負けだ。大人しく、捕まっておけ」
そして、最後に入ってきた人が俺の隣で止まった。
「傷だらけね。救護班、呼ぼうか?」
「・・・いいえ、大丈夫です。横峯さん」
「あら、もうあなたは組織の人間になったのよ、先輩くらい付けなさい」
「あ、そっか・・・次から、気を付けます」
そう俺が答えると、横峯さんは軽く笑い歩き始め、圭太の方へ向かった。
「私は、ハッピーライフ監視管理部に所属する横峯明日美です。山内圭太。あなたを社内規定重大違反で本社に連行します・・・処罰は、重いわよ」
圭太は何も言わず、ハッピーライフの人達に付いていく。
「・・・待って」
その後ろ姿を見た俺は、思わず呼び止めた。
「仮にも、学生時代一緒にいた仲として、教えてくれ。どうして、学生時代に来た時にすぐにお前の計画を実行に移さなかったんだ?・・・それに、学生時代じゃなくても他の時代だったら、こんなことにならなかったと思うんだ」
「ふん・・・元々の計画の目的は、装置を使うことじゃなかった。お前と、明美の接点を壊すことが、本来の目的だ。あの時、本当なら計画は成功したと思ったんだ・・・けど、時代の流れは変わってなかった。だから、どこかでまたお前と明美が接点を取り戻したと知った。だから、存在そのものを消すつもりだった・・・見事に、失敗したけどな」
「俺と明美の?・・・どうして、そんな・・・」
「・・・時機に、分かるさ」
そう言い残し圭太は歩き去って行った。
エピローグ
「・・・これで、よし。終わりましたよ、横峯先輩」
「早いわね。まだ、来て半年だというのに、研修課題を終わらすなんて・・・本当は、一年くらい掛かるのよ?」
俺が組織の人間になって、半年が経った。最初は、山のような研修課題を終わらせなければいけないらしく、俺は必死になってやった、気が付けば半年で、あの山のような課題が無くなっていた。
「待ってくれてる人がいるんで」
俺は、後片付けを始めようとした時、横峯さんの携帯が鳴った。
「はい、横峯です。・・・はい・・・はい・・・分かりました。すぐに、向かわせます」
電話を切った後、横峯さんは俺の方を見て言った。
「守君。社長が呼んでいるそうよ。社長室まで一緒に来て頂戴」
「社長が?・・・分かりました」
この組織の社長とは、まだ一度も会ったことがなく、どんな人なのかちょっと興味はあった。俺は、横峯さんの後に付いていき、しばらくして社長室の前まで来た。
「横峯です。伊井坂守を連れてきました」
「どうぞ」
中から女の人の応答があり、横峯さんは俺を見た。
「じゃあ、ここからは一人でお願いね。社長が指名した人以外は、基本的に会っちゃいけないことになってるから」
そう言うと横峯さんは、俺を残してどこかに行ってしまった。
「し、失礼します・・・」
社長室に入り、俺は社長の顔を見た瞬間、圭太が別れ際に言っていたことが分かった気がした。
「・・・また、会いましたね」
「そうね・・・あなたにとってはね。あれから先の事、教えてあげましょうか?」
そう悪戯そうに笑いながら言ってくる。
「いえ、それはこれから先に分かることなので」
「フフフ、そう、残念・・・研修課題が終わったそうね」
「はい、一通りは」
「なら、明日からにでも横峯美香のサポート役として、現場での経験を増やしていって。まともに出来るようになったら、任務を預けるわ」
「分かりました・・・社長、一つだけ、質問よろしいですか?」
「あなたにそう呼ばれると、不思議な気分ね・・・いいわ、何?」
「不思男・・・いや、学生時代の俺を派遣して、特例で正体を話させたのは、どうしてですか?」
「あなただから・・・かな」
「職権乱用ですね」
そう言って笑うと、社長も軽く笑った。やはり、あの笑顔だった。
「さて、じゃあ、任務完了までの期間、よろしくお願い致しますね、伊井坂守君」
「はい、こちらこそ、明美社長」
「ん・・・」
目を覚まし、起き上がる。辺りを見渡すと、病院の一室みたいだった。僕の右手に温かい感触があったから、見てみるとお母さんが僕の手を握って眠っていた。
「・・・」
頭がすごく痛かった。しばらくは、何も考えられなかったが頭痛が引いてきて、ようやく状況を把握する。
「そっか・・・」
すると起き上がっている僕に気付き、お母さんが抱きついてきた。
「守!!あんたって子は!!もう!!・・・良かった・・・本当に、良かった」
最後の方は、涙を流しながら僕の頭を撫でる。僕は静かに目を閉じて、ゆっくりと言った。
「ただいま、お母さん」
大人の僕と過ごした日々は、次第に自然と忘れていくと横峯さんから聞いたことがある。だから、僕は何も話さないし、これからの先の人生を有意義に過ごしていこうと思う。
だって、人生を左右させるは、周りの人達や環境じゃなく、自分自身の動きで決まるんだから。
いかがだったでしょうか。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
最初は恋愛にしようと書いていたのですが、なんだか途中から変な方向に走ってしまいました。
もし、皆さんの前に子供時代の皆さんが現れたら、どうしますか?
なんて、そんなことは起きない・・・・・・・・と思います。
技術が大きく進歩したら、話は別ですが・・・
意見、感想とかコメントしてもらえると、嬉しいです。