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手野財閥の秘密

作者: 尚文産商堂
掲載日:2017/10/14

手野財閥が、どうしてここまで大きくなったのか。

それについては数多くの論文が著されている。

しかし、その真相を知る者は極々僅かの人物だけである。


旧手野家住宅には、蔵がある。

敷地全体が史跡に指定され、また、建物も登録有形文化財となっているが、年に3回、古儀のために使用されることとなっている。

1つはお盆の時期に行われる先祖供養のため、1つは定期的に行われる手野家、砂賀家、春雷会による栄典の親授式のため。

そして最後の一つは年末年始である。


12月31日午後11時、グッディ当主、テック・カバナー当主、手野家当主、砂賀家当主は旧手野家住宅に集まっていた。

「新年前であるが、よく集まってくれた」

特にグッディ当主、テック・カバナー当主については、クリスマスは絶対に家族と暮らすということで、この日に来ることになっていた。

手野家、砂賀家のそれぞれの当主は、この儀式を1810年ころから行っているとされる。

砂賀家当主が、集まった4人に挨拶をする。

外は日本式庭園が広がっていて、それが垣根に遮られていく。

その垣根のそばに、蔵があった。

今いるのは、18畳の和室で、周りの部屋を含め、この旧住宅には遠くにある離れ程度にしか人はいない。

1979年の年末は、極めて特別だった。

それぞれの当主が代替わりを同時にした、最初で、おそらくは最後の年のためだ。

「では、こちらへおいでください」

手野家当主が、3人を蔵の前まで案内する。

すん、すんと雪を革靴で踏みしめる音だけが聞こえる。

すぐ横は道路なのにもかかわらず、あまりにも静かだった。

「御当主閣下、鍵を」

「ああ」

それは青銅でできた手のひらほどの蔵の鍵だ。

しかし、歪な形をしている。

「あなた方の鍵も、お願いします」

「これだったな」

テックカバナー当主は、銀でできた鍵を。

「私のはこれだ」

グッディ当主は金でできた鍵を。

「そして、これが私の鍵」

最後に、それらを固定するように、青銅でできた鍵を手野家当主が組み合わせる。

これで蔵の鍵が出来上がった。

それを、蔵の扉にある閂へ差し入れて、左へとゆっくりと回す。

「開きました」

200年以上前にできた鍵とは思えないほど滑らかに、閂は役割を果たした。

「では、中へ」

当主だけが、この鍵を持つことができる者だけが、この蔵の秘密を知ることができる。

代行ではだめで、次期当主となる法定推定相続人であっても、これは許されていない。


一人、又一人と蔵の中へと入った。

中には何もない。

ただ、床に別の扉があるだけだ。

「開きます」

手をかざすだけで、扉は開いていく。

「では、お入りください」

一応は、先代から口伝で伝わっていることはある。

それを頼りにして、手野家当主が案内を続けていた。


開いた扉の先は階段になっている。

ゆっくりと降りていくと、そこは広い部屋があった。

「大広間、です」

砂賀家当主が、ゆっくりと語る。

さらに扉が2つ、片方は青銅、片方は金、どちらもたった今据え付けられたような、そんな綺麗な状態だった。

「今回は、どちらを開きますか」

4人による意思の確認を行うが、答えは実は決まっている。

「本年は、金の扉を開けよう」

グッディ子爵がいうと、他の3人も同意する。

発言する人こそ毎年変わるが、ここで金の扉を開けるという行為は変わらない。

青銅は力、そして金は財力を意味しているとされるが、青銅の扉が開かれたのは今までに数回しかない。

その最新の開扉が、1945年だった。

ただ、それをここにいる4人が知る由もない。

金の扉をゆっくりと押していくと、そこは部屋になっていた。

部屋の中はいたって普通に洋室で、暖炉には火が入っている。

「これを」

部屋中央にある円形テーブルにあったワインを、砂賀家当主がサーブする。

ワイングラスは、思った以上に冷えており、ワインは、たった今セラーから出したばかりのような状態だった。

「室温に戻します」

というと、すぐにグラスは整っていく。

4つのワイングラスは、注がれるのを楽しげに待っている。

それが証拠に、暖炉の火をきらびやかに反射させ、部屋の彩りとなっていた。

「赤ワインは、お好きですか」

おそらく聖別はされておりませんが、と付け加えたものの、こんな部屋にあるものが普通なはずもなく。

当然、なんらかの力が含まれていることは容易に想像できた。

「ええ、是非に」

テックカバナー当主は、ワイングラスの色味を見ながら伝えた。

スッとワイングラスを机に戻し、そこへ赤ワインが注がれる。

「我々は、生まれも育ちも、国籍さえも違う」

手野家当主が、自然と口から言葉が溢れる。

「しかしながら、我らは一つ」

グッディ子爵が、ラテン語で続ける。

「我らはより大いなる組織へと」

テックカバナー当主は米語で語った。

「そして、彼の者の血に誓おう」

砂賀家当主が一気に日本語で話す。

「我らは家族、我らは兄弟。我らは一つにして全、全にして一つ」

それから一気にワインを飲み干す。

いつの間に現れたのか、種無しパンが机に置かれていた。

親指の先ほどの大きさであるが、これも知らないはずの所作に則ってそれぞれが食べていく。


「それでは帰りましょう」

しばらく歓談してから、砂賀家当主が全員に促す。

暖炉の火は緩やかに消えつつあり、あとは帰るだけだった。

一人一人と、扉を通っていく。

振り返らずに、淡々と。


蔵から出ると、初めて振り返った。

蔵は相変わらず蔵のままで、閂は傍に置かれたままだった。

「午前1時ですね」

携帯電話の時計を確認したテックカバナー当主が、白い息と共に教えた。

「では鍵をかけましょう。それからは、正月の晴れのお膳を用意していますので、それまで御休息ください」

手野家当主が教える。

そして鍵をかけ、再び来年まで蔵は閉じられることとなる。

静かに、ただ静かに佇んでいた。

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