手野財閥の秘密
手野財閥が、どうしてここまで大きくなったのか。
それについては数多くの論文が著されている。
しかし、その真相を知る者は極々僅かの人物だけである。
旧手野家住宅には、蔵がある。
敷地全体が史跡に指定され、また、建物も登録有形文化財となっているが、年に3回、古儀のために使用されることとなっている。
1つはお盆の時期に行われる先祖供養のため、1つは定期的に行われる手野家、砂賀家、春雷会による栄典の親授式のため。
そして最後の一つは年末年始である。
12月31日午後11時、グッディ当主、テック・カバナー当主、手野家当主、砂賀家当主は旧手野家住宅に集まっていた。
「新年前であるが、よく集まってくれた」
特にグッディ当主、テック・カバナー当主については、クリスマスは絶対に家族と暮らすということで、この日に来ることになっていた。
手野家、砂賀家のそれぞれの当主は、この儀式を1810年ころから行っているとされる。
砂賀家当主が、集まった4人に挨拶をする。
外は日本式庭園が広がっていて、それが垣根に遮られていく。
その垣根のそばに、蔵があった。
今いるのは、18畳の和室で、周りの部屋を含め、この旧住宅には遠くにある離れ程度にしか人はいない。
1979年の年末は、極めて特別だった。
それぞれの当主が代替わりを同時にした、最初で、おそらくは最後の年のためだ。
「では、こちらへおいでください」
手野家当主が、3人を蔵の前まで案内する。
すん、すんと雪を革靴で踏みしめる音だけが聞こえる。
すぐ横は道路なのにもかかわらず、あまりにも静かだった。
「御当主閣下、鍵を」
「ああ」
それは青銅でできた手のひらほどの蔵の鍵だ。
しかし、歪な形をしている。
「あなた方の鍵も、お願いします」
「これだったな」
テックカバナー当主は、銀でできた鍵を。
「私のはこれだ」
グッディ当主は金でできた鍵を。
「そして、これが私の鍵」
最後に、それらを固定するように、青銅でできた鍵を手野家当主が組み合わせる。
これで蔵の鍵が出来上がった。
それを、蔵の扉にある閂へ差し入れて、左へとゆっくりと回す。
「開きました」
200年以上前にできた鍵とは思えないほど滑らかに、閂は役割を果たした。
「では、中へ」
当主だけが、この鍵を持つことができる者だけが、この蔵の秘密を知ることができる。
代行ではだめで、次期当主となる法定推定相続人であっても、これは許されていない。
一人、又一人と蔵の中へと入った。
中には何もない。
ただ、床に別の扉があるだけだ。
「開きます」
手をかざすだけで、扉は開いていく。
「では、お入りください」
一応は、先代から口伝で伝わっていることはある。
それを頼りにして、手野家当主が案内を続けていた。
開いた扉の先は階段になっている。
ゆっくりと降りていくと、そこは広い部屋があった。
「大広間、です」
砂賀家当主が、ゆっくりと語る。
さらに扉が2つ、片方は青銅、片方は金、どちらもたった今据え付けられたような、そんな綺麗な状態だった。
「今回は、どちらを開きますか」
4人による意思の確認を行うが、答えは実は決まっている。
「本年は、金の扉を開けよう」
グッディ子爵がいうと、他の3人も同意する。
発言する人こそ毎年変わるが、ここで金の扉を開けるという行為は変わらない。
青銅は力、そして金は財力を意味しているとされるが、青銅の扉が開かれたのは今までに数回しかない。
その最新の開扉が、1945年だった。
ただ、それをここにいる4人が知る由もない。
金の扉をゆっくりと押していくと、そこは部屋になっていた。
部屋の中はいたって普通に洋室で、暖炉には火が入っている。
「これを」
部屋中央にある円形テーブルにあったワインを、砂賀家当主がサーブする。
ワイングラスは、思った以上に冷えており、ワインは、たった今セラーから出したばかりのような状態だった。
「室温に戻します」
というと、すぐにグラスは整っていく。
4つのワイングラスは、注がれるのを楽しげに待っている。
それが証拠に、暖炉の火をきらびやかに反射させ、部屋の彩りとなっていた。
「赤ワインは、お好きですか」
おそらく聖別はされておりませんが、と付け加えたものの、こんな部屋にあるものが普通なはずもなく。
当然、なんらかの力が含まれていることは容易に想像できた。
「ええ、是非に」
テックカバナー当主は、ワイングラスの色味を見ながら伝えた。
スッとワイングラスを机に戻し、そこへ赤ワインが注がれる。
「我々は、生まれも育ちも、国籍さえも違う」
手野家当主が、自然と口から言葉が溢れる。
「しかしながら、我らは一つ」
グッディ子爵が、ラテン語で続ける。
「我らはより大いなる組織へと」
テックカバナー当主は米語で語った。
「そして、彼の者の血に誓おう」
砂賀家当主が一気に日本語で話す。
「我らは家族、我らは兄弟。我らは一つにして全、全にして一つ」
それから一気にワインを飲み干す。
いつの間に現れたのか、種無しパンが机に置かれていた。
親指の先ほどの大きさであるが、これも知らないはずの所作に則ってそれぞれが食べていく。
「それでは帰りましょう」
しばらく歓談してから、砂賀家当主が全員に促す。
暖炉の火は緩やかに消えつつあり、あとは帰るだけだった。
一人一人と、扉を通っていく。
振り返らずに、淡々と。
蔵から出ると、初めて振り返った。
蔵は相変わらず蔵のままで、閂は傍に置かれたままだった。
「午前1時ですね」
携帯電話の時計を確認したテックカバナー当主が、白い息と共に教えた。
「では鍵をかけましょう。それからは、正月の晴れのお膳を用意していますので、それまで御休息ください」
手野家当主が教える。
そして鍵をかけ、再び来年まで蔵は閉じられることとなる。
静かに、ただ静かに佇んでいた。




