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ガラス細工の乙女

ガラス細工の乙女 ~ アマリリス ~

作者: 音音



アマリリスの花言葉:誇り 華麗な美しさ



『公爵様よりジートル殿下へのお届け物です』

 その言葉と共に、琥珀色の液体を湛えた繊細な彫刻が施された瓶が侍従の手により恭しく届けられたのは一月も前の事。

 アマリリスは父親から届いた手紙の封を切ると、ため息を一つ零した。

―― ジートル殿下はアダンテをお気に召さなかったのだろうか?――

 アマリリスを気遣う文章の最後に、書き添えられた言葉。

 届けられた、アダンテのラベルのお酒は、ジートル殿下の目に触れることないように、アマリリスが大切に保管していた。

「諦めてはくださらなかったのですね」

 産地である隣国のウィデント国でも王族や高位貴族しか手に入れることのできないとされる最高級の蒸留酒であるアダンテ。


 プリムラ王太子妃の代わりに王子妃であるアマリリスが、王太子妃の仕事をする機会は多く、その中にはウィデント国との外交も含まれていた。

 学園卒業後、二度と会うこともなければ、ユリウスのアマリリスへの想いも揺らぎ消えていったのかもしれないが、王太子妃の代理として行う業務の中で、ユリウスと顔を合わす機会は何度も訪れた。 

 そして、父親や陛下から、ジートル殿下へ情を移すなとでもいうように、ユリウスが既に王子妃であるアマリリスに求婚してきていることも本人へと知らされていた。

 

 そして、いまだ王太子でなければならないミュリアル殿下の娘であるロベリア姫が優秀なことから、彼女に王太子妃の代役としての業務をアマリリスは引き継いだばかり。

 その時を見計らったように、父親からジートル殿下へと贈られてきた蒸留酒に、無意識にアマリリスは溜息を吐く。

 アマリリスは蒸留酒を好まない。 

 好まないというよりも、苦手な部類で、必要が無ければ口にすることは無い。

 

 そして、この状況下でジートル殿下へと贈られた蒸留酒に、毒が入っていないと断言するほどアマリリスは鈍くはなかったし、貴族や王族というものを理解していた。


 アマリリスのジートル殿下への気持ちは友愛以上の物にはならなかった。

 大きな声で言うことはできないが、気持ちはユリウスの元に、ずっと寄り添っていた。

 だからこそ、ジートル殿下が、エリオットが父親の持つ子爵位を譲られ、エリオット子爵の奥方となったマリアンヌを想い続けようと、夜の営みが無い白い結婚だろうと、それを知りつつも、念のためにと食事に子をすことができない薬を混ぜられようと、気にせずにいられたのだ。

 

 だからといって、ユリウスの元にアマリリスは嫁ぎたいのかと聞かれれば、アマリリスは否と答える。

 ユリウスが、ただの貴族の子息であれば、アマリリスは仄暗く濁る気持ちを押し隠し、毒になど気が付かない振りをして、ジートル殿下へ、蒸留酒の最高級品であるアダンテを頂いたと、彼にすぐに渡しただろう。

 しかし、ユリウスは第三王子でありながら、兄王子たちが健在の中揉めることなく王位を継いだ。

 それは、ウィデント国が芸術と学問の国であることから、ウィデント国ではよく見られる光景であり、王位を継ぐための条件を兄王子たちが満たさなかったため。

 そして、ユリウスの代になり侵略を防ぐ軍事力を備えたのちに、新しく採用された製鉄法や、いくつかの希少鉱山が発表された。

 ウィデント国と密接な縁を繋ぎたくなるのも、アマリリスにはわかる。

 そのためのブルス国王家とカプレーゼ公爵家より送られてきたアダンテなのだろう。


 ウィデント国で尊ばれるのは芸術と学問。

 実績を残してきたユリウスではあるが、国内の掌握には甘い部分が見られる。

 アマリリスとしては国内の地盤固めのために、ユリウスには国内の有力貴族の令嬢を迎えるべきだと考えていた。

 力を備えてきたウィデント国に、未婚の若い令嬢であるならばともなく、すでに第二王子妃であり、25を過ぎた貴族女性を王妃として迎えるメリットなどウィデント国にはない。自分の存在などユリウスの邪魔にしかならないと。

 側室としてなら、アマリリスもユリウスの元に迎えられることを喜んだかもしれない。

 だからといって、第二王子妃であったアマリリスを、側室として迎えるわけにもいかないというのも事実なのだ。


 血の一滴まで、民と王家の為に捧げよ。

 

 幼い頃からの教え。

 

 それをたがえる貴族が少なからずいることもアマリリスは知っている。

 それでも個を殺し、全てを民と王家のために捧げてきたつもりだった。


 過去に言った我儘は、顔に残る傷跡を優しく慰めてくれたジートル殿下と結婚したいという子供の頃の我儘ひとつ。


「あと一つ…… 我儘を行っても許されるかしら」


 アマリリスは、白紙の便せんを封筒にしまうと封をしてカプレーゼ公爵家へと届けるように侍女に言いつけると、そのまま人払いをした。


「水差しのグラスだなんて、最後の時には少し情緒にかけるわね」

 クスリと苦笑いをして、アマリリスは水差し用のグラスに、備え付けられている水ではなく、アダンテを注ぐ。

 テーブルの上にはジートル殿下や王家、公爵家に対しての謝罪の一文を。


 即効性なのか、遅行性なのか、一定の量を飲むことで効果を見せるのかはわからないが……

 躊躇うことなく、アマリリスは並々と注がれたアダンテを飲み干した。


「けほけほっ」

 アマリリスは軽く咳き込むと、深く椅子に腰かけた。

 喉や胃が焼けるように熱いのは、毒のせいなのか、高いアルコール濃度のせいなのか。

 吸い込まれるように薄くなっていく意識に、知らずとアマリリスは微笑みを浮かべた。



 ※ ※ ※


 カプレーゼ公爵家に手紙が届き、内容が白紙であることに慌てて王子妃となった娘の元へ公爵が向かう前に、アマリリスを見つけたのはジートルだった。


「アマリリス?」

 仕事の件でアマリリスの部屋を訪ねたジートルは、人払いをしたまま、その後、声がかかることが無いと侍女の言葉に、首を傾げながら彼女の部屋へと足を踏み入れた。


 深く椅子に腰かけ、目を閉じているアマリリスの様子に、ジートルは訝しさから眉を寄せた。

「アマリリス? どこか具合でも?」

 近づきながら声をかけてみるが、返事はおろか、身じろぎ一つしない様子に、ジートルはテーブルの上に目を走らせた。


 アマリリスが好まない蒸留酒と水差しのグラス。

 そして……


 ―― 最後の我儘をお許しください――


 アマリリスの書置きを目にして、ジートルは深くため息を吐いた。

 

「君が死ぬことなどなかったんだ。 ユリウス陛下のことを君は愛していたのだろう?

 喜ぶべきことではないか……

 ユリウス陛下の足枷になるとでも勘違いしたのかい? それとも――。

 僕を見捨てられなかったのかい?」


 ジートルは、この最高級品と言われる蒸留酒のアダンテに仕込まれた毒は、自分に向けてのものであることも、それが王家とカプレーゼ公爵の意志であることを、一目みて理解した。

 アマリリスからジートルへと渡すように手配されたであろうアダンテ。


 もし、計画通りに、アダンテが渡されれば、ジートルは、そこに毒が仕込まれていることを知りながらも、笑顔で飲み干しただろう。 

 

「ユリウス陛下も公爵家も、悲しむだろうね。君は愛されていたのだから」

 ジートルは、グラスにアダンテをなみなみと注ぐ。

 

 王妃が病に伏した時から。

 兄である王太子に三人目の子が生まれた時から。

 ユリウス陛下がアマリリスを諦めていないことを知った時から。

 

 いつの日か、王家より死を望まれる日が来ることは知っていたのだ。


 覚悟など、とうに出来ている。


「その身に流れる、血の一滴までも国のために捧げよ」


 貴族が民と王家に、その身を捧げるように教育されるように、王族は国のために、その身を捧げよと教えられる。


 隠居してしまっている、血のつながった実の父親は、自分の死を悼んでくれるだろうか?

 それとも愚かな真似をと嗤うだろうか? とジートルは考える。

 

 この身体に流れるのは、間違いなく王家の血筋でありながら、陛下の血をひかない身体。

 そして、逆賊の血を引く身体。


「陛下や兄上。―― マリアンヌは悲しんでくれるだろうか?」

 きっと、自分たちの死は、逆賊から、王太子や王太子妃を守って、毒の刃に倒れたとでも民に伝えられるのだろうと、躊躇うことなくジートルは、グラスになみなみと注いだアダンテを飲み干し、その一生に幕を閉じた。

 






 ※ ※ ※




「もっとどうしようもない我儘な子なのかと思っていたわ」


 二人だけの密やかなお茶の時間。王太子妃の最有力候補だった(・・・)女性は優雅に微笑んだ。




 ※ ※ ※


 アマリリスにはアマリリスだった頃の記憶がある。

 人が聞けば、何言っているんだ? と首を傾げ、眉を寄せるか、言葉の使い方が間違っていると指摘するだろう。

 しかし、今、9歳のアマリリスの中には25歳まで生きたアマリリスの記憶があるのだ。

 自分で毒杯をあおいだ、その時までの記憶が。

 

 最初は奇妙な違和感だった。

 初めて見ること知ることなのに、自分の記憶の中に、すでに存在する違和感。

 目の前で起きた出来事に対して、あぁ、そうだったわ。と思ってしまう自分。

 それをはっきりと自覚したのは、弟のディビットの魔力暴走で顔と腕に傷を負ったとき。

『あぁ。やっぱりまたこうなるのね』

 そう思ったとき、頭の中に次々と流れ込んできたのは、自分で毒杯をあおいだ、その時までの記憶。


 ―――― この記憶があれば、違う人生を歩めるのかもしれないわね。


 そう思うことはあっても、アマリリスは違うようで同じ道を辿る。


 弟の魔力暴走を側妃の謀略によって起こされ意図的に顔に怪我を負い、傷跡を残すことになった事実。

 すぐに、第二王子のジートル殿下が側妃の謀略に気づき、アマリリスを見ることに罪悪感を感じることも。

 学園に入れば、子爵家の庶子として育ったマリアンヌにジートル殿下が想いを寄せること。

 アマリリスとの婚約が彼女の顔に残された傷跡の為、破談となってしまった、隣国の王子であり初恋の君であるユリウスが婚約者不在のまま身分を隠して留学してきて学園で再会することも。そして、彼に再び恋に落ちることも……


 すべてを知って尚、アマリリスは同じ道を辿った。

「お父様。アマリリスはジートル殿下と婚約したいです。一生のお願いです。ですから、どうか叶えて下さい」

 言葉は違えど、同じことを父親へとアマリリスはお願いした。

 記憶にあるアマリリスは、婚約ではなく結婚と言っていたが、記憶を持ったアマリリスは婚約で良かったのだ。

 マリアンヌと出逢えば、ジートル殿下はマリアンヌだけに、その心を、想いを寄せるのだから。


「傷があってもなくてもアマリリスは素敵なレディだよ」

 

 その言葉は、側妃の謀略の一環なのかもしれない。

 それでも、その言葉は、ジートル殿下が側妃に言わされた言葉ではなく、彼の中から自然と出た言葉だというのをアマリリスは感じ取っていた。

 だからこそ、記憶の中にあるアマリリスは、縋るようにジートル殿下との結婚を望んだのだ。

 目の前にたらされた細い糸を掴むかのように。

 そして、これから起こる全てを知るからこそ、また自分は、ジートル殿下との婚約を望んだのだとアマリリスは一人苦い笑みを零した。



 アマリリスとして生きた25年の記憶の中で、彼女が一つだけ悔やんでいたことがある。

 王太子妃の最有力候補だった、隣国の姫。ユリウスの姉であるゼラ姫としっかり話すことができなかった事だった。

 今のアマリリスは、これから起きるであろうことを知って、なんとしても、ゼラ姫と話したいと思った。

 ゼラ姫が王太子妃候補から外れ国に戻ったと聞いたとき、アマリリスは首を傾げたのだ。

 父親からも、王太子妃候補の選定としてゼラ姫と国内の公爵侯爵令嬢が城に招かれていると聞いていたが、同時に、これが出来レースであることも聞いていた。

 王太子の心は、すでに幼い時からゼラ姫と決まっていたが、ゼラ姫は側妃となった踊り子との間にできた姫君ということで、国力との関係から、ゼラ姫を王太子妃に迎えることに難色を示す高位貴族が多かったため、ならば、王太子妃候補として国内の公爵侯爵令嬢も迎え選定をしようということになったのだ。

 

 しかし、蓋を開けてみれば、王太子が選んだのは、城の侍女をしている平民の女性。

 平民でありながら、城の侍女という職を得られたことは称賛されることかもしれないが、アマリリスは納得がいかなかった。


 ジートル殿下は、最初からアマリリスに恋愛感情は持ちえなかったが、王太子とゼラ姫は互いに恋愛感情を抱き、育んでいたのでは無いかと。

 だからこそ、ゼラ姫は王太子妃候補の選定などという、茶番ではあるが多くの貴族からはブルス国の高位貴族の令嬢を王太子妃に押すという現状、周りに味方のいない状況の中頑張ってきたのではないか? それなのに、ゼラ姫は王太子が平民の女性を王太子妃と選んだら、あっさりと身を引いたかのようにアマリリスの目には見えたのだ。

 聞こえてきた話も、その女性が王太子妃に決定したと告げられて、泣くことも取り乱すこともなく、国からの迎えを待ち、母国へと戻っていったと。




 ※ ※ ※



 目の前に座る、第二王子のジートル殿下と婚約したいと我儘を言い、婚約に至った令嬢を、ゼラは観察する。

 観察と言っても、顔は、頬の傷を隠すために黒いベールで隠されているのだから、立ち居振る舞いと、醸し出す雰囲気を見ているだけなのだが。

 アマリリス側の強い要望によって、設定された、ゼラとアマリリスだけのお茶会。

 9歳という年齢にしては、完璧なまでの立ち居振る舞いには称賛の言葉をゼラは送りたくなるが、カプレーゼ公爵家の娘がジートル殿下と婚約する意味を分かっていないことと、かつては自分の弟と婚約の話が持ち上がったことを考えると、どうしても子供相手に優しくできない部分が出てきてしまう自分を、ゼラはまだまだだと思う。

 弟は、アマリリスとの婚約を楽しみにしていただけに、婚約の話自体が白紙となった時には、だいぶ落ち込んでいたのだから。

 それなのに、目の前の令嬢は、そんなこと関係ないとばかりに、父親の公爵に第二王子との婚約をねだったというのだから、自分が望まぬ立場に居ることもあって、妬みもあるのかもしれないが、頬の傷には同情はするものの、ゼラは、アマリリスのことを、あまり好きにはなれなかった。



 滞在中に不便はないか?と言った、お決まりの話題から始まり、流行のドレスやお菓子の話題。

 他の貴族の令嬢や奥方の茶会に招かれたときのように、ゼラが踊り子の娘であることを貶すことなどしないアマリリスに、相手が9歳児とは思えない話題の提供や気の配り方に、ゼラは少しだけ好感を持ち始めた。

 ゼラは、もしかして、弟のユリウスのことを彼女は聞きたくて、自分に会いに来たのでは? ジートル殿下との婚約も、アマリリスの我儘からと聞こえてきてはいるが、実際は異なり、アマリリスはユリウスのことを想っているのではないか? などと期待したりもしたのだが、アマリリスの口からユリウスのことなど何一つ出ないことに落胆してきたときに、アマリリスは本題を切り出してきた。

「ゼラ姫はこのままでよろしいのでしょうか?」

 ベールで隠されながらも、アマリリスが真剣な瞳で自分を見つめてきているであろうことは、ゼラには分かったが、唐突すぎて、それが何を指すのかは、ゼラはわからなかった。

 小首をかしげるゼラに、アマリリスは、声を潜めることなく率直に訊ねる。

 すでに、お茶会の途中で、人払いは済ませてあるからだ。

「王太子殿下との婚約の話です。ゼラ姫と王太子殿下が想いあっていることは存じております。父よりも、今回の王太子候補の選定はゼラ姫を迎えるためのものと聞かされております」

 アマリリスの言葉に、ゼラは苦笑いを浮かべた。

「仕方のない事なのよ。民が平民のプリムラとミュリアル王太子殿下の婚約を望んだのだもの。こうなってしまったのは、私たちの落ち度だわ。私たちがそろって、本当に愛し合っているのは私たちだと叫んだところで民は信じないだろうし、プリムラを支持するでしょうね。

 ミュリアルは、他の令嬢を早々に蹴落とすための道具として、私に断りなくプリムラを召し上げたのを後悔しているわ。私は、それで十分よ。プリムラのことだって、プリムラには申し訳ないと思うけれど、私ができるだけ辛い思いをしないようにというミュリアルの配慮だったのだから。もっとも、私は全てを覚悟して、ここに来ていたのだけれどね。ミュリアルには伝えきれなかったみたいだわ」

 笑顔でありながらも、泣き出してしまいそうな表情のゼラに、アマリリスの心も痛みを覚える。

「二人で長い時をかけて、歩んでいくことで民の支持を得ることは考えないのですか? プリムラが幸せな結婚をして過ごしているのなら、一時は下がる王家への求心力も、民も本当に愛し合っていたのはゼラ姫と王太子殿下だと認めれば回復するのですから」

 アマリリスの熱のこもった言葉に、ゼラは困ったように首を振った。

「…… おそらく貴女のお父上は意図的に伝えていないのでしょうから、私が貴女に伝えても良いのか判断に困るところだけれど。

 ―― そうね。 今は納得できることが優先かしら」

 ゼラはアマリリスの強いまなざしに、苦笑いを零す。

「時期が悪いのよ。通常であれば、その手を取ることも可能だわ。ブルス国にはそれだけの国力がある。でもね、ブルス国の東側…… イルナド国に不穏な動きが見れる今、民の求心力を失うことはどんなことがあってもしたくないのよ」

「―― 戦争がはじまりますか?」

「いいえ。ミュリアルがさせないわ。戦で一番に傷つくのは民ですもの。

 ねぇ、 私も聞いていいかしら? 

 どうしてアマリリスはユリウスを選ばず、ジートル殿下を選んだの? 時期が来れば、ユリウスは顔の傷など関係なく貴女を迎えに行くと思うわ」

 ゼラの問いに、アマリリスは穏やかな笑みを浮かべた。

「ユリウス様を愛しているからこそ、ジートル殿下の婚約者となることを選んだのです」

 はっきりとしたアマリリスの答えに、ゼラは少し考え込み、あぁ、その可能性があったわね。と頷いた。

「そうね、頬の傷が原因で誰とも婚約が決まらなければ、ミュリアルの側室へと他の貴族が貴女を押すし、王家もそれを望むでしょうね。ミュリアルとカプレーゼ公爵家の娘の子供であれば、王位を継ぐことに不満を持つ貴族はいないでしょうからね。

 ミュリアルと年が離れていることがあだになったのね。

 貴女が年頃になる頃には、民の盛り上がりもひと段落しているでしょうからね」

 第4姫という立場の為、相手が他国の王家であれば側室に入ることも許される身でありながら、その生まれ故に、この現状では側室としてミュリアルに寄り添うことも望めないゼラは複雑な気持ちになった。

 

 会話は再び、たわいのないものとなり、ゼラとアマリリスの一度限りのお茶会は幕を閉じた。




 ※ ※ ※


 王家主催の夜会に現れたのは少女の名はマリアンヌではなく、ユリアだった。

 しかし、名前以外はアマリリスの記憶の中にある姿と同じことから、少しの違和感に、アマリリスは目を瞑ることにした。


「あら、失礼。そのドレスではここに居られないでしょう? 控室に行かれたら如何かしら?」

 わざと白ワインをユリアのドレスにこぼして、アマリリスは、夜会からユリアが出ていくように促した。

 アマリリスの視界の隅には、慌てて駆け寄ってくる、ユリアの父親であるマクルメール子爵の姿が入ったことから、黒のベール越しではあるが、高飛車に見えるように、文句あるかとでもいうようにアマリリスは周囲へと視線を巡らせた。

 マクルメール子爵が辿り着いたのを確認すると、アマリリスは彼に礼を取ってその場を後にしたが、子爵が、ありがとうございます と小声でアマリリスに礼を述べてきたことに、ベールの中で苦笑いを浮かべた。

 白ワインをユリアのドレスにワザとかけた理由を、マクルメール子爵は、今回も気が付いたのだ。

 ジートル殿下の想い人となる、マクルメール子爵の庶子であるユリアは、前回のマリアンヌだったときと同様に、淑女としてのマナーが欠落していた。

 前回は、あまりにも、その愛らしい容姿からかけ離れたマナーのなって無さに、婚約者候補から、愛妾候補へと貴族がランクを下げ始めたことに気が付き、頬の傷を隠すためのベールを被っていることでどうしてもついて回る悪評に、ならば悪評の一つ二つ増えたところで構わないと、彼女のドレスに白ワインをアマリリスはかけたのだ。

 今回は、ジートル殿下のこともあり、前回よりも早めに、ユリアのマナーの無さが目立ち始める前に白ワインをかけた。

 誤解されるなら、誤解されてもいいと。

 しかし、優秀と評判のマクルメール子爵は、アマリリスのことを色眼鏡で見ることもなく、前回も今回も、アマリリスの取った行動の意味を正しく判断してくるのだから、アマリリスとしては、少しくすぐったい気分になる。

 マクルメール子爵であれば、ユリアが王子妃なった時も、正しく彼女を支えることが出来るであろうと、アマリリスは安心した。




 ※ ※ ※


 アマリリスにとって、想定外といったら、卒業式という、各国の来賓や国内の貴族が居る中で婚約破棄を言い渡された事だろうか。

「私は真実の愛を見つけた。故に、カプレーゼ公爵家、アマリリスとの婚約を破棄し、マクルメール子爵家ユリアと婚約を結ぶ」

 もともとが、王命でなされた婚約ではなかったので、当事者であるアマリリスとジートルの同意があれば破棄することが可能な婚約ではあったのだが、だからといって、こういった晴れやかな舞台でやることでもないだろうと、アマリリスの眉が寄る。

 ジートルが真実の愛という言葉を使ったことから、大々的に発表することで、恋物語が広まったことから王太子が平民の女性と結ばれたように、自分も確実にユリアと結ばれたいという思いから、こういった手法をとったのだろうということをアマリリスは理解したが、少しは公爵家の評判のことも考えて欲しいと思う所である。

「そして、アマリリス。学園ではユリアに厳しく当たってくれたようだな。各方面からいくつも報告が届いている。いくら公爵令嬢とはいえ、その行いに目をつぶるわけにはいかない。特に、ユリアは私の婚約者となり、いずれは王子妃となる身だ」

 アマリリスはジートル殿下の言葉に首を傾げたくなった。

 ユリアに対して厳しかったのは事実だが、それは王子妃として必要な教育をアマリリスがユリアに対して行っていたからだ。

 ユリアもジートルもそのことは知っているはずで責められるようなことではないはずだとアマリリスは思う。

 二人を結びつけたのも、二人を応援していたのもアマリリスなのだから。

 現に、ジートルの言葉に、ユリアが首を傾げてる。

「よって、かねてより修道院行きを希望していたことから、第二王子としてアマリリスに命じる。その身分を捨てコンランツウエグラード修道院へ、その身を捧げよ」

 微妙に意味不明なジートルの命令に、首を傾げるものもいたが、あまり評判のよくなかったアマリリスとの婚約の破棄と、国一番の治癒魔法使いとの呼び声も高いユリアとの新しい婚約に、周りは喜びの声を上げた。

「真実の愛が見つかりおめでとうございます。その愛貫き通して下さいませ」

 戸惑いの表情を浮かべるユリアを安心させるために、アマリリスは言葉を紡ぐと、会場を後にした。


 馬車の中で、アマリリスは張りつめていた緊張を切り、ベールを外すと深々と息を吐き出した。

 その頬には、幼い頃に負った傷跡は見受けられない。

「コンランツウエグラード修道院ねぇ」

 ジートルとしてはアマリリスに気を使って、その修道院を指定してきたのだろう。

 断罪めいた流れにしたのも、既にプリムラ王太子妃との間にも子がいるにもかかわらず、様々な事情からアマリリスが側妃へと召し上げられる可能性を潰すためにジートルが独断で行ったのだろうと、アマリリスは苦笑いするしかなかった。

 会場の中、視界の端にユリウスの姿が、何度も入り込んだ。

 ユリウスの母国、ウィデント国に一番近い修道院がコンランツウエグラード修道院なのである。




 ※ ※ ※


 アマリリスが鈍ければ、その時まで気が付かなかっただろう。

 しかし、王子妃として、公爵家令嬢として教育されてきた彼女は、幸か不幸か、人の表情や感情を読むことにけていた。

 相手が、海千山千をともいわれる貴族たちや、聡頴そうえいなもの相手であればともかく、己の欲を滲みだしている相手であれば、言葉にせずとも何を考えているのか想像に容易く、修道院に到着したアマリリスは、迎い入れてくれた修道院長たちの獲物でも見るかのような目に、そっと息を吐き出した。


 ウィデント国に一番近い修道院を選んだという以外に、ジートルに他意はないとは分かりながらも、一言位はジートルに文句の一つでも言いたいものだとアマリリスは思う。

 

 国境沿いにある修道院ということもあり、修道女と修道士が共に生活をしているのがコンランツウエグラード修道院。

 男女別住を取っているが、共同部分の場所も多い。

 陰で何が行われているのか知らないであろう老齢の修道女長は、慈愛の目でもってアマリリスを迎え、アマリリスの指導役として同席しているのであろう若い女性は、暗く、憐みのこもった瞳でアマリリスを見てくる。

 契約の魔法か、それに類するものを使われれば、被害にあった修道女たちが修道女長に訴えることも叶わないだろう。


 ―― 貴族としての義務から逃げた罰なのかしら。


 記憶にある最初の人生で、ユリウスの為を思い、毒杯をあおぎ、死を選ぶことで国の利益を損なったこと。

 今回の人生では、王太子の側妃へとなることが一番国のためになることであることを知りながら、逃げをとったこと。


 ―― 自分の取った行動を後悔することは無いけれど……


 アマリリスは、見習い期間の間は身に着けなければいけない、魔力抑制の腕輪を忌々しく思う。

 公爵家から付き添ってくれた者たちとは、門前で別れてしまっているのだから、助けを求めることも出来ないだろう。

 元の身分を、振りかざしたところで、今は逆効果にしかならないことも分かる為、何も手の打ちようがないことを悔しく思う。

 アマリリスは獲物を見る目の修道院長たちの姿に、女性としての尊厳を傷つけられることを覚悟しなければならなかった。

 

 ―― もし、もう一度。アマリリスとして人生をやり直ことが出来るのならば。私ではない、別の自分となって、アマリリスとしての人生を歩んでみたいわ ――


 そこには、ユリウスと共に歩める未来が開かれるかもしれないと期待して、アマリリスは、現実から目をそらすように、ベールに隠された顔をそっと下へ傾け、目を閉じた。


 いくつもの話が終わり、修道院長自ら修道院を案内しようという申し出に、這い上がる嫌悪感を、アマリリスはそっと息を吐き出して抑えようと努力する。

 修道院長自ら案内を申し出たことを、不思議がる修道女長に対して、身分を捨てたとはいえ、元は公爵令嬢なのだから敬意を払うべきだろう。ここは、元子爵家の人間である私が、修道院内での心得も含め案内すべきだ。と説明すれば、元は商家の娘であった修道女長は、下級貴族ならともかく、上級貴族ならば、それも必要なのだろうと、疑問を抱くことなく了承していた。


 立ち上がる気分にならず、動こうとしないアマリリスに修道院長たちが苛立ちはじめた時、ドタドタと激しい足音と共にドアが開かれ、何人もの武装した兵士が流れ込んできた。


「な…… 何事ですか!」

 気丈にも、その兵士たちと対峙するように動いたのは修道女長であり、修道院長たちは、逆に一歩、部屋の奥へと下がっていた。

 

 アマリリスは、目の前の光景にすぐに言葉が出てこない。

 なぜなら、なだれ込んできた兵士たちが身に着けている武具は、カプレーゼ公爵の私兵を表すものであり、兵士の間から、悠々と登場してきたのは、父親であるカプレーゼ公爵と、アマリリスの顔に向かって火球の魔法を投げつけたことから領地での謹慎処分を父親から言い渡されていた弟のディビットだったからだ。




 ジートルと想いを交わし、王子妃になることに覚悟を決めたユリアに、学園だけの時間では足らないと。公爵家へもユリアを招いて必要なことを教えるようになった頃。

 気分転換と庭園でのお茶会などでの必要な知識を教えようと、庭園でアフタヌーンティーを楽しんでいると、挨拶も無しに現れたディビットは、その手に魔法で火球を生み出すと、アマリリスに向かって投げつけてきたのだ。

 さすがに、いくら小さいとはいえ火球。

 ベールを燃やしながら頬に火球がぶつかった時は熱さと痛みと肉の焦げる臭いに、頬に残った傷のことで、ディビットに対して一筋も恨みはないとは言えないが、最初の人生同様、ディビットの罪悪感が少しでも減ればと辛く当たるようにはしていたことから、そこまで恨まれていたのかとアマリリスは悲しくなったのだが、側に居たユリアの手によって火球による火傷の怪我は、跡形もなく消え、同時に弟の魔力暴走の時に負った傷跡も綺麗に消えていた。

「ほら。やっぱり古い傷跡の上に新しい傷をつければ、ユリアの治癒魔法なら綺麗に治せたじゃないか」

 と得意げにユリアに向かって言い放った言葉に、騒ぎを聞きつけて駆けつけた父親の手により、ディビットは目的や結果、それら以前の問題だと、すぐに領地での謹慎処分を言いつけられていた。

「以前から何度も、お願いはされていたのですが…… 確実に綺麗に治る保証はないですし、失敗すれば、もっとひどい傷になりかねないからと断っていたのですけれど。力及ばず、申し訳ありません」

 申し訳なさそうに謝罪するユリアに、アマリリスはディビットの独断かと、ため息を零した。

 そっと、傷跡の残っていた頬に指を這わせれば、ボコリと皮膚が盛り上がり引きつるように残っていた跡は感じられず、つるりとした肌がそこにある。

 アマリリスは頬の傷が消えたことの喜びよりも、寂しさを感じた。

 良い思い出ばかりではないが、この傷があったからこその思い出もあるのだ。

 そっと、ユリウスの指が傷跡を這った時の感覚を思い出し、これから先、一緒に生きていく思い出が減ったような気がした。




「修道院長のベルダグド。貴様の属するコンランツウエグラード修道院の修道女たちへの暴行容疑にて捕縛の命がでている」

 カプレーゼ公爵の言葉に、修道女長は顔を青ざめさせたあと、顔を真っ赤に染めるほどに、その顔に怒りを表しながら、修道院長に詰め寄った。

「ベルダグド院長。これはどういうことですか!?」

「何かの誤解だ!! そんな事実はない!! だいたい、ここは我がナージカドレ子爵領。いくら公爵家とはいえ、越権行為ではないか!?」

 兵が身に着けていた紋章から、貴族の身分を捨てたとはいえ、公爵家の紋章は覚えていたのだろうベルダグドが喚く。

「ほほぅ。我がナージカドレ子爵領とはな。面白い。身分を捨て修道院へと入ったと思ったのだが、違ったようだな。まぁ、それなら、暴行罪の罪と合わせて、子爵家の罪も、お前も一緒に償うがいい。既に背任容疑で、お前の兄だったナージカドレ子爵だったダグアナドと、その息子も捕らえている。すでに、お前と被害者である修道女たちの契約の魔術は、連れてきた魔術師によって解いてもらっている。証言には事欠かないだろう」

 弁解することえも無駄だと知らせるカプレーゼ公爵の言葉に、ベルダグドは膝をつき、彼に付き従っていた修道士長をはじめ、修道士たちの顔も青ざめた。



 ※ ※ ※


「お父様。ディビット。助けていただき、ありがとうございます。でも、どうしてわかったのですか? ナージカドレ子爵領への疑惑からでしょうか?」

 アマリリスの言葉に公爵は微笑む。

「逆だよ。お前がジートル殿下と共謀してユリア嬢を王子妃にするつもりでいることはディビットから聞いていたからね。父親であれば、娘が行くであろう場所が、安全に生活できる場所なのかどうか、下調べぐらいはするものだろう?

 調べてみたらね、予算を使った薬品の購入が非常に多くてね。

 不思議に思い確認してみたが、医療の施しをしている訳でもなく、横流しをしている様子もない。

 ならばと、薬品の仕入れ先であるナージカドレ子爵家を調べてみたら、マルツオイアの薬を大量に購入していたんだ。ほぼ、修道院での薬品の購入金額と一致する形でね。

 服用している間は、子を生すことがないマルツオイアの薬が修道院で必要なわけはないだろう?

 それだけで乗り込んで掃除をしても良かったのだけれど、今後のことを考えれば、他の修道士長を始めとした者たちの罪は内々に処理することができても、修道院長となると、そうもいかないからね。修道院長の罪は修道女たちの為にも公にしない方が良いだろうからな。

 叩けば埃が出そうな人物だったことから、余罪もありそうだし、ならば公には他罪で裁けないかと考えてね。

 それならばと、ディビットの謹慎をといて、修道院やナージカドレ子爵家を調べさせてみれば、次から次へと罪が出てきてね」

 証拠を揃えて、王命を頂くのに時間がかかってしまい、ギリギリになって悪かったね。とカプレーゼ公爵はアマリリスを抱きしめる。

「いいえ、十分です。今までのことはどうしようもありませんが、修道女たちは、これからは身を汚すことなく祈りを捧げて行けるのですから。私も、彼女たちと共に祈りを捧げて生きていきたいと思います。それにしても、よく、あの短期間でここまで調べらることができましたわね?」

 アマリリスが公の場で、コンランツウエグラード修道院行きを告げられたのは、わずか5日前の事なのだ。ナージカドレ子爵領までは王都からは、早朝から夕ぐれまで馬車を走らせても、この時期でも4日はかかる場所なのだ。

 

「ジートル殿下はバカで甘いからな。行動を予測するのもたやすいものだ。ジードル殿下ならウィデント国との国境沿いにあるコンランツウエグラード修道院を指定するだろうと思ってな。もし、指定がなければ、我が領の修道院にすればいいだけのことだからな」

 アマリリスは父親の言葉に、不敬罪だと注意することを忘れ、ユリウスへの自分の思いを父親が知っていたということに、思わず頬を染める。

 そんなアマリリスの様子に、ディビットは辛そうに話を切り出した。

「姉上。本当に修道女として一生を過ごすおつもりですか?」

 苦しそうな表情かおのディビットに、アマリリスは困ったように笑みを浮かべる。

「えぇ」

「でも! もう、頬の傷は消えています! なにも問題など……」

 無いはずだとはディビットも口にはできない。

「貴族女性として生きる道を選ぶのであれば、それは我が国の王太子の側室か伯爵位以下の貴族へ嫁ぐかのどちらかでしょうね。

 第二王子妃であった事。婚約を破棄されたことを考えれば、いくら国力が上の公爵家の娘と言えども、今までの私の悪評も含めれば他国の王太子妃になることはもちろん、側室として迎えることも難しいでしょう」

 ユリウスと共に歩む道はないと、アマリリスはディビットに告げる。

「悪評は、姉上を妬んだ者たちの仕業じゃないか!」

「それでも、それを振り払わずにいることを選んだのは私なのよ。

 それにね、あれだけ辛く当たっていたのに、私のことを姉上とディビットが慕ってくれていることで、私は十分よ」

 傷が消えようが、外すことのなかった顔を隠すベールを上げると、傷の消えた頬にディビットの手を当て、アマリリスは微笑んだ。




 カプレーゼ公爵家の長女であるアマリリスが婚約破棄と断罪の後、ナージカドレ子爵領にあるコンランツウエグラード修道院行きを王子より命じられ、その際、娘のことを心配した公爵家によりナージカドレ子爵家とコンランツウエグラード修道院修道院長の背任罪が暴かれたことは貴族社会では記憶に新しい出来事である。

 しかし、王家のカプレーゼ公爵家への信任は以前と変わらず厚く、娘を心配して、行き先である場所の罪を暴き出したことから、頬に残った傷から公爵家でお荷物扱いだったのだろうと思っていた浅はかな考えが否定され、アマリリスのことを話題に出すことで公爵家に睨まれては大変だと、ナージカドレ子爵家領地が一旦、王家預かりとなり空白域となったことは貴族社会で連日のように話題に上がったが、アマリリスのことに関しては、皆、口に上げることはなかった。


 しかし、その話題になっていた旧ナージカドレ子爵家領地も、第二王子であったジートル殿下が臣籍降下した際に、旧ナージカドレ子爵家領の新領主となったことで、その話題は沈静化を見せ、その頃には、身内と王家の人間以外にアマリリスのことを思い出すものは居なくなっていた。


 その年の冬。

 コンランツウエグラード修道院より、カプレーゼ公爵家へしらせが届いた。

 身分を捨てたとはいえ、アマリリスが公爵家の令嬢であることは、コンランツウエグラード修道院では感謝と共に周知の事実であるためである。

 例年にない厳しい冬に、準備していた薪だけでは不足し出した為、他の修道女と共に薪拾いに出たが、アマリリスだけが戻ってこなかった事。

 獣の遠吠えを聞いたという報告もあり、急ぎ、修道士や街の有志をによって周囲を探したが見つけることが出来なかった。といった報せに、カプレーゼ公爵は、捜索してくれたことへの感謝の品と言葉をコンランツウエグラード修道院へと贈り、この冬の寒さの中では、既に儚くなっているだろうから、これ以上の捜索は遠慮申し上げる。時期が来れば、どんな形であれ、我々家族の元へ帰ってくるだろう。といった旨の手紙をしたためた。


 同時期、ウィデント国の王太子であったユリウス王子は、ウィデント国特有であり、王太子となる資格を失う病を発症したとされ、王太子の地位を、弟である第6王子に譲った。


 ウィデント国は芸術と学問の国であることから、芸術や学問に傾倒する王族も多く、それらに傾倒した者が王位に就くことは、国を乱す一因となるということから王位に就くことが出来ないと法により規制されている。

 王太子の地位を外れたユリウスは、王太子時代とは異なり、民たちの前に姿を見せることが無くなった。

 その理由として、急に音楽に興味を示し、特に弦楽器を好み、起きた時から寝る時まで離宮にて奏で続けているとも。

 いや、弦楽器ではなく絵画への情熱に目覚めたのだ。その情熱のまま放浪の旅に出たとも、離宮にこもり絵筆をもつ毎日だとも民たちの間で噂された。



 





 





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