第二誕生日
目覚めた僕が小さく呻くと、歓声が起こった。
灯りが眩しく目を開けないが、周りの者は、言葉にならない声をあげ、それを喜んでいるようだった。
(なにが起きたんだっけ)
記憶があいまいだった。僕は順を追って記憶を整理する。
たしか、意識を失う前、僕は家族でピクニックへ出かけていたんだ。
毎年、僕の誕生日になると、毎年隣町の河川敷にある広場でバーベキューをする。今年も例外ではなく、母と父とそれから妹は、いつもの広場で祝ってくれた。
清々しい空気とともに食べる焼き立てのお肉はとてもおいしく、僕はベルトをゆるくしないといけないくらいたくさん食べた。
その帰り道のことだ。
渋滞に飲まれた影響で思いの外帰りが遅くなってしまった父は、ショートカットと言ってカーナビの指示を無視し山道を走っていた。
谷を縫い、丘を抜け、見晴らしのいい開けた道に出た時のこと。
突然雷光の如き光が車の前に姿を現すと、大きな爆発音とともに、僕の意識は途絶えた。
よほどの一大事が起きたのだろうか。周りの者たちの声はいまだ言葉という形式の伴ったものではなく、ただただ幸いを祝福する音を上げるだけだった。
僕は力を込めて体を起こそうとする。
ズキリと体が軋んだ。痛みが全身をかけめぐる。
……そうかわかった。僕は事故に遭ったんだ。
あのまばゆい光は反対の車で、爆発音は衝突した時の音だったんだ。
歓声は4つあった。
うち2つは女の人の声だ。
たぶん母と妹だろう。残り二つは父と医師だろうか。
僕は比較的痛みの薄い左腕を上げようとする。対する右手はだれかに握りつぶされるかのように痛かった。
無事上がった。ただ、まるで自分のものの気がしなった。ギブスでまかれているんだろう。
瞼もまた尋常じゃないほど重かった。
けだるさと重みと眩しさで、一生眠ったふりをしたままで居たくなる。
でもそういうわけにはいかない。いつかは起きないといけない。それが今になっただけなのだ。
力を込めて僕は瞳を開ける。
冷淡な白磁色の光が僕の瞳を焼く。
僕は思わず反射的に右手で光をさえぎる。不思議と右手の痛みは消えていた。
違う。
右手の感覚が消えていた。
違う!
僕の右手が消えていた!
僕の右手があるはずの場所にはイソギンチャクとヒトデが合体したような触手が我が物顔で鎮座し、うねうねと、窮屈そうに体を動かしていた。
僕は喉が張り裂けるほど叫び声をあげる。
周りの歓声もつられてのけぞるような音をだした。しかし、すぐに笑い声へと変わる。
僕は体を起こし、声の方を見やる。
やはり、妹と母親だ。
だが二人もまた、イソギンチャクがくっついていた。
母は上頭部と右半身が、妹は顔だけ残してすべて別物にすげかわっていた。
僕は嗚咽し、さっき食べた肉をすべて吐き出した。
かけられた白いシーツを茶色く汚し、胃酸のにおいが、鼻を突き抜ける。
だが別に不快感があるものではなかった。感覚まで自分のものではなくなっていた。
ささやき合う声が聞こえる。母と妹だったものとは反対に位置する二人だ。
やはり言葉には聞こえない。
でも意味がある。それが今の僕にはわかる。
『同化……』
『断末魔……』
『成功……』
途端に激しい頭痛が僕を襲う。
壁に何度も打ちつけられるような感覚だ。
耐えられない痛みに意識が遮断されそうになる。
僕は気力を振り絞ってささやきの主たちを見た。
いままで見たことない生物だった。新しい右腕で人型に構成したらああなるのだろうか。
尋常じゃないほど気持ち悪い。
ただ、意識の最後、僕が彼らに覚えた感覚は『同種』だった。
『うまく同化ようですね、先生』
『ああ』
『ここの生き物は、新しい依代にぴったりのようですね』
『そうだな』
『まったく不便な生き物ですよね、私たちは。新しい命が誕生してから3年以内に別の生命体に侵食しないと生命活動を維持できないなんて』
『その上政府は人権だなんだといって、すでに我ら種族が同化している生命体への侵食を禁止している。自身に危害が及ばないようにな』
『まあ、おかげでこれほどの文明に成長したとも言えますがね』
『どうだろうな』
『あ、完全に同化したみたいですよ』
『そうか……第二誕生日おめでとう』