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メルト


                      登場人物

                                    メルト

                                    リンク


      ダル


      バリー


      コルク

















同情なんていらない。それはお前等のエゴだ。  by メルト



















第一咲

【みんな子供だった。みんな大人になる】











 誰もが夢みたであろう世界。

 ずっと子供のままでいられるという、架空の世界、ネバーランド。

 しかし、本当に子供のままで良いのだろうか。子供のままが幸せなのだろうか。

 そもそも、ピーターパンは子供のままで何をしていくのだろうか。

 そう。ここにいるピーターパンは、誰もが思っているような綺麗な心の持ち主ではない。

 それを覚悟して、読むことです。




 「あー、だるい」

 「やーね。相変わらずおっさんじゃないの。私を見習って?こんなにスリムな美人がここにいるんだから、有り難いと思って頂戴」

 「・・・・・・え?なんて?」

 「むかつく」

 海辺にある大きな岩の木陰で涼んでいる影が二つあった。

 一つは人間の大きさで、もう一つはまるで妖精みたいだ。

 「ここ最近じゃあ、海賊だってこねーし、俺は暇だよ。暇は好きだ。だらだらするんだ。ずーーーっとごろごろしてたいんだ」

 「・・・・・・聞いたことないわ、そんな夢の国の住人」

 「空を飛んだって、いつ落ちるかわからねーだろ。なんでハラハラして空を飛ぶ必要があるんだよ」

 「落ちないわよ。あんたは魔法をかけられてるわけじゃなくて、産まれたときから飛べるのよ?羽根もないくせにね」

 「もっと可愛らしい妖精を助手に欲しかった」

 「髪の毛全部毟ってほしいのかしら」

 「リンク、俺はいつでもお前を握りつぶせるんだぞ」

 「あらメルト、私だっていつでも新しいピーターパンを連れてきて、あんたを追放できるのよ」

 メルトと呼ばれた人間のような男は、身長は結構高く、176ほどある。

 茶色の髪はさらさら風に揺れていて、尖った耳にはピアスがついているし、首にネックレスをつけ、袖のない黒い服を着ている。

 緑色の目は綺麗とも思えるが、陽にあたることを拒んでいるため、よくリンクに苔だと言われるそうだ。

 そのリンクは妖精で、全長は10センチほど。とても小さい。

 ミントの髪の毛は長く太ももあたりまで伸びており、首筋で二つに分かれている。

 メルトと同じように尖った耳にはピアスがついており、四つに分かれた羽根は薄い黄色をしている。

 肩を出し臍が出た上着と、短パンはピンク色。リストバンドもしている。

 短いブーツをはいて元気にメルトの周りを動きまわっているが、メルトはリンクを見て鬱陶しそうに眉間にシワを寄せる。

 「昔は確かにガキが来て楽しんでたけどよ、今の世の中じゃあ来ないだろ。こんなずっとガキでいられるーなんて島、誰が来るよ」

 「あら、いるかもしれないじゃない。人間は変わらず馬鹿よ」

 「あー、暇って良いなー」




 「コルク、見えてきたよ」

 「あれがネバーランド?思ってたのとなんか違うんだけど」

 「夢の国も、今じゃ廃れたってことかな。で、どうする?下りてみる?」

 「そうね。どんなところか、一応確認しておきたいわ」

 大きな船に乗った、二人の男女。

 一人は前髪が分かれていて、おでこが見えた短い髪の毛をしている。

 もう一人は、眉毛にかかる前髪に、後ろで髪を二つに縛っている。

 二人だけがいる船は、あまりにも大きいのだが、舵を取っている様子はなく、舵のところに置いてあるコンパスが、まるで指示を出しているかのようだ。

 「バリー、行くわよ」

 「はいよ、コルク」




 「ぐかー、ぐかー」

 「・・・ああ!もう!メルト五月蠅い!寝られないじゃない!」

 いつもは静かに寝ているはずなのだが、隣で寝ているメルトのイビキが今日は酷い。

 枕にしていた葉っぱを投げつけるが、攻撃としては弱かった。

 「お、こんなところにいた」

 「ダルじゃない。どうしたの?」

 「いや、メルトにちょっと用事が・・・って、超うるせぇんだけど」

 「そうなの。今日はずっとこの調子なの」

 ダルという男は、昔昔にはメルトたちの先祖と敵対していたようだが、今ではこうやってしょっちゅう会っている。

 長い黒髪を後ろで一つに縛っていて、メルトより行動派で、船乗りをしている。

 メルトのイビキを聞くや否や、耳の穴に人差し指を突っ込んで、顔を顰めた。

 「おいメルト、起きろよ」

 「ぐかーぐかー」

 「ったく」

 大の字になって寝ているメルトに近づくと、ダルはメルトの鼻をひょいっとつまんだ。

 さらに、口にどんぐりを大量に詰め込む。

 「あら」

 そのままの状態で待っていると、次第にメルトの顔が険しくなってきて、身体もプルプルと小刻みに動き出した。

 「~~~~~~~!!!!!」

 「あ、起きた」

 目をカッと開いたかと思うと、上半身を勢いよく起こしたメルトは、鼻をつまんでいたダルの手を払いのけた。

 口の中のどんぐりを吐きだしながら、涙目になって何か訴えていた。

 「あ、起きた。じゃねーよ!なんなんだよ!俺ぁ今この瞬間、死ぬかと思ったよ!けど人体ってすごいんだな!寝ててもなんとなく苦しいとか危ないっているのが分かるんだな!マジでお前ふざけんじゃねーよ!!」

 「ごめんごめん。でさ、話あんだけど」

 「あん!?なんだよ!?」

 舌を出して、べーっとしながら、どんぐりが残っていないかを確認するメルト。

 そんなメルトの肩にリンクは乗る。

 「見たこと無い船がうろついてたんだけど、お前なんか知ってる?」

 「ああ?船なんてダルくらいしか乗らねえんじゃねえのか?」

 「俺もそう思ったんだけどさ。二人乗ってて。一応報せておこうと思ったんだよ」

 胡坐をかいて、肘を膝につけて頬杖をつきながら、メルトは唇を尖らせる。

 肩に乗っているリンクは、足をぶーらぶーらさせた状態で、木の実を食べている。

 「暇だし、調べてみるか」

 「珍しいわね。勝手に行って頂戴」

 「馬鹿か。お前も行くんだよ」

 「ちょっと。女の子に危ないことさせる気なの!?正気!?」

 「正気も正気。てかお前は女の子と呼ぶにはちょっと・・・。それに小さいんだから、見つかりにくいだろ」

 「それらしいことを最後に付け加えればいいってもんじゃないのよ、クソメルト」

 「じゃ俺が案内してやるよ」

 話が進みそうにないため、ダルが率先して立ちあがった。

 すると、メルトもリンクも、手を振って見送ろうとしたので、ダルは二人を引きずって、その船がある近くまで連れて行く。

 岩場の影に隠れると、ダルが指をさす。

 「ほら、あれ」

 顔をのぞかせると、そこには確かに見覚えのない船が一隻あった。

 だが、人の気配がなく、一番気付かれ難いであろう、リンクに行かせることにした。

 最初は嫌だ嫌だと言っていたリンクだったが、メルトに身体を鷲掴みされ、海に叩きつけるぞと脅されれば、投げやりにOKするしかなかった。

 上空から近づき、船の縁に着地する。

 「まったく。人使い荒いんだから」

 こそっと船内を覗いてみるが、人がいる様子はない。

 リンクはそのままメルト達のもとに帰ろうとしたが、その時、島から二人がこちらに向かってくるのが見えた。

 それを見て、リンクはすぐに飛んでいく。

 「メルト!いたわよ!・・・何してるの」

 急いで戻ったというのに、メルトとダルは、トランプで遊んでいた。

 しかも純粋なゲームではなく、賭けごとをしているようだ。

 「ちょっと黙ってろ。今俺ピンチなんだから」

 「船に人いたわよ。行かないの?」

 「もう諦めろ。俺の勝ちだ」

 「・・・・・・」

 トランプを睨みつけ、ううーと唸っているメルトは、余裕そうにしているダルをちらっと見ると、トランプをバラっと撒き散らした。

 「ダル!そんなことより、俺達にはもっと大事なことがあるだろ!早速例の二人のところに行くぞ!」

 確実に負けることを知ると、メルトは誤魔化しながらも、颯爽と船に向かって行くのだった。

 飛び散ったトランプを片づけてから、ダルは突き出ている岩場を足場に、ぴょんぴょんと船まで近づく。

 「ここには住人がいないのかしら?」

 「廃れるにもほどがあるぞ。なんだ、このどよーんとした夢の世界は・・・」

 「文句言うならさっさと帰れよ」

 二人は、メルトの声に気付くと、バッとそっちを見る。

 腕組をしながら、空中に浮いている男の姿に、二人は感激したように目を輝かせている。

 「あれだ!あれが有名な奴だ!」

 「良く見ると、妖精もいるわ!さすが夢の国ね!」

 「・・・・・・なんだお前等。うるせえな」

 すとん、と船内に着地すると、ダルも丁度船に着いたところだった。

 適当に自己紹介をすると、二人はメルトを指さしてこう言った。

 「このネバーランド、俺達が買収する」

 「・・・ダメだよ」

 「契約書も持ってきたし、それなりにお金も持ってきたわ」

 「そういうのはいらねえから。所有者の俺がダメって言ったらダメなの。分かる?」

 この島には、メルトたち以外にも、何人か住人がいるようだ。

 だが、その住人というのが厄介な人間ばかりで、きっと手には負えないという。

 「手に負えないって、ここには子供しかいないんだろ?」

 「お前ら、馬鹿?俺達が心の綺麗な子供にでも見えるの?」

 「いいえ。薄汚れた大人に見えるわ」

 「それもちょっと違うんだけど、まあいいや。そんなに島が欲しいなら、島の奴らを説得しな」

 それを聞くと、二人は早速住人探しに行ってしまった。

 そんな二人を眺めながら、ダルが口を開く。

 「いいのか?あんなこと言って」

 「いーのいーの。そもそも、俺がいなくちゃこの島存在出来ないし」

 「しらねーぞ、俺は」

 「そんなこと言って、何かあると助けてくれるのがダルだよな!」

 「だよな!じゃないだろ」

 「ねえ、監視しなくていいの?」

 ダルの肩をぽん、と叩きながら、偉そうに喋っているメルトに、リンクが尋ねる。

 うーん、と考えていたメルトの後頭部を、ダルが軽く叩く。

 「お前暇なんだから、監視くらいしろよ」

 「いてっ」




 「島の地図は?」

 「これだ」

 手に持っていたこの島の地図を広げると、現在地を確認する。

 「どこから行く?」

 「そうね・・・。ここなんてどうかしら」

 コルクが手始めに選んだのは、少女が楽しそうに暮らしている島だった。

 観察することもなく、コルクとバリーは少女に接触を試みた。

 「こんにちは。私はコルク。こっちはバリーって言います。何してるんですか?」

 制服姿の少女がこちらを見た途端、二人は何やら違和感を覚えた。

 どう見ても、制服を着る年齢には見えなかったのだ。

 互いに顔を見合わせたあと、愛想笑いをしながら、声をかける。

 「真山朋。それよりも、あなたたち、なんだかマンガに出てきそうな感じね!双子!?」

 「い、いいえ。赤の他人よ」

 「なんだ。そう」

 「それより、ここはどんな島なの?」

 バリーが、親しみを込めて聞いてみると、真山朋は目を輝かせ始めた。

 「これは、私が今までにコレクションした、大好きなキャラクターなの!」

 綺麗に整えられた髪に、どちらかというと綺麗な顔の真山朋は、自分のコスプレを披露しながら、キャラクターの案内を始めた。

 キャラクターと言っても、実際に存在しているのだ。

 これは、真山朋にとっての夢の島らしい。

 一人一人のキャラクターの説明をし始めると、真山朋の口はなかなか塞がらない。

 「えっと、あの、俺達、ちょっと相談したいことがあるんだけど」

 「この前出てきた新キャラも、なかなかのイケメンでね、とはいっても、私は決して顔だけで判断しているわけじゃないんだけど、やっぱり顔って重要だと思うの。だって、第一印象っていったって、最初はみんな顔しか分からないんだから、結局顔で決めてるようなもんでしょ?でね、そのキャラはすごく強くて、身体もマッチョなんだけど、本当は心に傷を負っていて、私としては守ってあげたいランキングで上位に入っちゃったわけ。となると」

 「ねえ、話聞いてないわよ」

 「ああ、どうしよう」

 真山朋の作り出した世界は、二次元のものを三次元に持ってくると言う、なんとも言えないものだった。

 恋愛ものもファンタジーも、SFもアクションも、全てのキャラクターがここに集結している。

 「あ、彼氏がきたー!」

 「か、彼氏?」

 真山朋が彼氏だと言って、急に走りだした

 その先には、二次元と思われる顔立ちの男がいて、真山朋が近づくと、にこっと微笑んだ。

 思いっきり抱きつくと、真山朋は幸せそうに頬を赤らめていたが、その後も何人か、彼氏と呼ばれる男がやってきた。

 「ねえ祐二、今度二人で映画観に行きたいなー」

 「あ、マルコ!私、あなたのために、ケーキ作ってきたの!食べてね!」

 「もー、グールったらエッチなんだから」

 傍から見ると、正直おかしな女なのだが、本人はとても楽しそうだ。

 コルクとバリーはしばらく呆然とその様子を眺めていた。

 すると、次第に空が暗くなってきた。

 「何?」

 急に、銃声が聞こえてきた。

 まるで戦場に変わったかのように、空気も真山朋の雰囲気も変化した。

 とりあえず二人は物陰に隠れ、様子を窺う。

 「敵を見つけたら、抹殺しろ」

 「了解」

 そんな会話が聞こえてきて、コルクとバリーはごくりと唾を飲み込む。

 真山朋が好きそうな世界とは違うように感じるが、真山朋は制服姿のまま、ある男の前に立つ。

 「フィン・・・。絶対、生きて帰ってきてね。私、待ってるから!」

 「朋、必ず、生きて帰ってくる。だから、お前も無事でいてくれ」

 「うん!」

 なんとも甘い空気が流れているなか、急に真山朋の身体が倒れた。

 良く見てみると、身体からは血が出ていて、撃たれたことが分かる。

 「私のことはいいから!行って!」

 男はドラマのような戸惑いを見せたあと、戦場へと駆けて行った。

 真山朋は、腕に銃弾を受けたようで、腕を抱えながら避難をした。

 雨がぽつぽつ降ってきたかと思うと、次第に土砂降りになってきた。

 「これもあの女の世界なわけ?」

 「そうだろうな」

 意味不明な世界が終わると、今度は学園もののラブロマンスな世界に変わる。

 だが、真山朋の腕には先程の怪我の痕が残っている。

 「ちょっと!私のパン取らないでよ!」

 「お前が遅いからだろ」

 「あんたってなんでいつもそう意地悪なのよ!英治!」

 どうやら、ランチのシーンのようだ。

 真山朋が買ったやきそばパンを、男子生徒がひょいっと奪ったようだ。

 一昔前のマンガを見ている感覚で、きっとその男が真山朋の好きなキャラクターなのだろう。

 「もー、なんでいっつも英治ったら!」

 「ふふ、きっと朋のこと好きなのよ!」

 「ちょ、ちょっと止めてよ!そんなわけ、ないじゃない・・・」

 「そうかなー?お似合いだと思うよー?」

 同じクラスの女子に愚痴を言いながらも、お似合いだと言われて嬉しそうにしている。

 頬を赤らめながら、あいつなんか嫌い、とか言っていると、丁度その男が見知らぬ女子と裏庭の方に歩いていくのが見えた。

 二人は後を着いていってみると、英治が告白されているところだった。

 「私、雛菊くんのこと、好きなの。もし良かったら、私と付き合ってくれないかな?」

 どうやら、英治の名字は雛菊というらしい。

 英治も、突然の告白に戸惑っているようで、顔を赤くして、困ったように後頭部をかいている。

 「えっと、あの、俺」

 そんなとき、真山朋はその光景を見ていられず、逃げ出してしまった。

 「朋!?」

 一緒にランチを食べていた女子が叫ぶと、英治と英治に告白していた女子がこちらに気付く。

 真山朋は肩を上下に動かしながら、体育館裏へと走って行く。

 「はあっはあっ・・・!」

 ついさっきの英治が告白されているところを思い出しているのか、苦しそうな、寂しそうな表情をしている。

 泣きそうになった朋に、後ろから温もりがおとずれた。

 「?」

 「泣くなよ」

 「ちょ、なんであんたがこんなところにいるのよ」

 「真山が泣いてたから」

 「泣いてないわよ!なんで私が泣かなくちゃいけないのよ!」

 真山朋が身をよじり、英治の抱擁から逃げようとするが、力では敵わない。

 耳元に口を近づけながら、英治が言う。

 「俺、自惚れちゃダメ?」

 「な、何言ってるのよ・・・」

 「俺が告白されてるの見て、泣いてくれたんだろ?」

 「そ、そんなわけないじゃない!あんたなんか・・・!」

 そこまで言ったところで、英治は腕の力を緩め、今度は正面から真山朋を抱きしめた。

 「俺、好きだよ。真山のこと」

 「ちょ・・・」

 「俺と、付き合えよ」

 「なんで命令形なのよ!」

 「否定しないだろ?」

 「うっ・・・」

 二人の間に、甘い甘い甘ったるい空気が流れたところで、キスをした。




 「何よ、あの茶番」

 「まあまあ」

 それを見ていたコルクとバリーは、顔を引き攣らせていた。

 そもそも、こんなものを見る為にここに来たわけじゃないのだ。

 「で、相談なんだけど」

 落ち着いた真山朋のところに行き、話を切り出してみる。

 島を自分たちが所有したいのだと言うと、真山朋は慌てた様子で拒否した。

 「どうして?」

 「ダメよダメよ!絶対にダメ!」

 「だから、なんで?」

 メルトだろうが自分たちだろうが、真山朋の世界には影響がないだろうと思っていた二人。

 だが、真山朋は顔を真っ青にして、両手で顔を包むようにして首を横に振り続ける。

 「あなたたち、知らないのね」

 「何を?」

 「この島は・・・」

 真山朋から聞いた、衝撃の真実。

 「あの男がいないと、帰り道が消えてしまうの・・・!」

 真山朋の話によると、この島もこの世界も、メルトによって作りだされているという。

 現実世界に帰りたくない者たちが、この島で暮らしているのだ。

 現実世界に帰るには、メルトの力が必要なのだろという。

 さらには、メルトがいなくなってしまうと、自動的にこの世界はリセットされてしまうのだとか。

 メルトと真山朋の間、というよりも、島の住人たちの間にはそれぞれ契約が行われているという。

 「私は、アニメとかマンガとかゲームの世界が好きだから、その世界に入れるように頼んだの。もしもリセットされたら、初期設定からキャラクター設定もしなくちゃいけないし、私はここで作られたわけじゃないから、最悪、存在が消えるかもしれない・・・!!」

 頭を抱えてしまった真山朋に、コルクとバリーは何も言えなくなってしまった。

 真山朋の島から出ると、そこにはメルトが岩場で寝そべっていた。

 「契約のことなんて、聞いてないわよ」

 「ちゃんと説明しろ」

 二人はメルトに詰め寄るが、メルトは目を少しだけ開けると、大欠伸をする。

 身体を横向きにし、腕で頭を支える体勢になると、後ろからリンクも現れた。

 「真山朋は、二次元の世界で生きることを望んだ。だが、それは平凡な日常を過ごしていた現実とは違い、常に死と隣り合わせであることを、当時の奴は分かっていなかった」

 それが幸せなのだと、言い切っていた。

 だが、平和なラブロマンスな世界だけでなく、生と死が行き交う世界を実際に体験した途端、恐怖や不安が押し寄せてきたようだ。

 それを知ったときには、もう契約を交わしてしまった後だった。

 世界は交互に訪れるが、いつどの世界に切り替わるか、それは真山朋の意思とは関係ないため、心の準備も出来ない。

 「ヒロインでもヒーローでも、なりたいならなればいい。もし死んだとしたら、ゲームオーバー。でもそれは本人が望んだ世界だろ?死んで英雄になれるなら、願ったり叶ったりじゃねぇか」

 メルトが話をしている最中にも、後ろにある真山朋の島からは、銃声が鳴り響いた。

 「・・・・・・。生きて帰ろうと思ってるなら、まずはあの世界を生き残ることだ。そして、現実の世界で生きたいと望むことだ」

 ゆっくりと身体を起こすと、メルトは二人を見てニヤリと笑う。

 「ここは夢の国じゃないの?」

 「夢の国さ。ただし、子供の頃の純粋な心で産み出した世界じゃない。欲に塗れた、大人になりきれない大人たちの、夢の国さ」

 そう言うメルトの顔が、黒く歪んだように見えた。

 コルクとバリーは、それでも諦めてはいないようで、次の島へと向かっていった。

 二人の背中を横目で見ながら、メルトは口角を上げて笑った。

 「あーあ。あの二人も、もう戻れないわね」

 「ま、いーんじゃねえ?決めたのはあいつらだ。俺はここの所有者であって管理者。んでもって、傍観者だ」

 「無責任ってことね」

 「昔昔の、ここがまだ綺麗な夢の国だったころなら、こんなことにはなってなかったんだろうけどな」

 メルトとリンクはしばらく黙った。

 「あ、お茶会の時間だ」

 「参加者がいないのを、お茶会とは言わないのよ」

 ふわっと身体を浮かせると、メルトとリンクは森の奥へと消えた。




 次の島を探していたコルクとバリー。

 「次はここにするわ」

 「大丈夫か?さっきのですごく不安になってきた」

 「だからって、ここまで来て引き返すわけにはいかないわ」

 「そりゃそうだけど」

 次の島は、先程の島とはまた雰囲気が違っていた。

 島の中央には広い湖のような場所があり、陸にも、何やら紙みたいなものが沢山あった。

 「今度こそ、上手くやるぜ」

 「上手くいくといいけど」

 湖のほとりに二人が到着すると、湖の中で何かが蠢いた。

 なんだなんだと思って見ていると、ざばっと水面から人が顔を出した。

 漂っているその女性は、紫の長い綺麗な髪を濡らして、妖艶に微笑んでいた。

 少しずつ陸に近づいてくると、女性の下半身がちらっと見えた。

 魚のような鱗をもった、大きなヒレ。

 「人魚!?」

 そして、陸にある紙だと思っていたものは、全てお金だった。

 「どういうことだ?」

 しばらく様子を見ていた二人の前に、一人の男が現れた。

 黄土色の無造作な髪型で、男は人魚の方に近寄る。

 「ドール、今日はゆっくり海底で過ごしたいわ」

 男に微笑みかけながら、人魚は言う。

 男はドールというようで、人魚の誘いには乗らず、金で手に入れた大きめの水槽に人魚を移動させると、観賞しながら札束にキスをした。

 夜になって人魚を湖に帰すと、コルクとバリーはドールに接触した。

 名前を言って、事情を説明すると、ドールは黙ってしまった。

 「買収って、この島を?」

 「そう。あの男、メルトと何か契約をしてるかもしれないけど、出来るだけ俺たちが助けるから、考えてくれないかな」

 「・・・無理だろうな」

 「どうして?」

 バリーの質問に対し、ドールは前髪をかきわけると、鼻で笑った。

 「まあ、ゆっくりしていくといい。ただし、人魚には手を出すなよ?あと金にもな」

 真山朋の島とは違い、ここは幾分か安定して平和な気がする。

 暗くなってきてしまい、ドールも寝てしまったため、コルクとバリーはひとまず野宿をすることにした。

 「まだ帰ってないみたいね」

 そんな二人を、物陰からこっそり見ている人影があった。

 「放っておけよ。そのうち大人しく帰るって」

 「そんなこと言って、メルトだって気になるから見張ってるんでしょ?」

 「俺がいつ見張ってたよ」

 「さっきも今もよ」

 メルトとリンクは、クッキーを食べながらのんびりとしていた。

 「俺は見張ってるつもりはないって」

 「じゃあなんなのよ。追い返すつもりなら、さっさと追い返した方がいいと思うけど」

 「別に追い返そうなんて思っちゃいねえよ。ここに長居したいなんて物好き、そうそういねぇからよ」

 クッキーのカスがついた指を、舌でぺろっと舐めとる。

 口の中がぱさついたのか、メルトは近くにある葉っぱから垂れる水滴を口に含む。

 「この島はもう、誰もが憧れた場所じゃねぇんだ」




 翌日、ドールは起きてすぐにお金を持って、島には似つかわしくない、ネットを利用してまた何か買っていた。

 空からコンドルが飛んでくると、小包をドールに渡す。

 「きたきた」

 注文したものは、水中を泳ぐためのダイビング一式だった。

 説明書をさらっと読むと、ドールはしばらく飾っていた。

 飾っていては意味がないのだが、とにかく少し飾っていた。

 「今日こそ」

 そう、ドールは泳げなかったのだ。

 全く泳げないわけではないのだが、はっきり言うと不得意で、学生の頃の水泳の授業も、まとも受けて来なかった。

 もし溺れた場合、泳げても意味がないし、泳ぐことなんて一生ないと思っていたのだ。

 だが、泳ぐ理由が出来てしまった。

 メルトに出会ったとき、なんでも夢を叶えてやろうと言われた。

 そこで、ドールは大好きな人魚と生活がしたいと言ったのだ。

 あと、少々の金も欲しいと言って。

 最初は、沢山の人魚を目にして、興奮してしまった。

 その中でも一人、際立って美人でスタイルも良い人魚がいた。

 ドールはすぐに口説き始めたが、人魚はいつもこう言った。

 「海底でゆっくり過ごしたいわ」

 海ではないのだが、どうやら湖は海と繋がっているようで、深くまで潜ると、海に行けるようなのだ。

 だが、今日までその誘いも断ってきた。

 なぜなら、泳げないから。

 溺れることが目に見えていて、そんな誘いに乗るほど、ドールも馬鹿ではなかった。

 それでも、人魚と一緒にいたいという気持ちはあって、大きな水槽を買う事にした。

 まるで水族館がそこにあるかのように、大きな水槽の中では、人魚も自由自在に泳ぐことが出来た。

 だがそれでもやはり物足りないようで、いつもドールを誘ってきた。

 「ねえ、今日は海底で過ごしたいわ」

 毎日毎日断ってきて、さすがにドールはそろそろ我慢が出来なくなってしまった。

 泳ぐ訓練なんて面倒なことはしない。

 酸素ボンベも用意して、人魚に優しく連れていってもらえれば大丈夫。

 そう思っていたのだ。

 「ねえ、ドール。それはなに?」

 「これ?これは、泳ぐための道具さ」

 「じゃあ、今日こそは一緒に海底に行ってくれるのね?」

 「ああ、もちろんさ」

 そう言って、ドールはダイビングスーツに着替え、酸素ボンベを背負い、準備を整えた。

 「ねえ、ドール?」

 「なんだい?」

 「そんな恰好で行くの?」

 「そうだよ?」

 「どうして?」

 人魚は、不思議そうに首を傾げていた。

 それはそうだろう。

 人魚は生まれながらに海中を自由に泳ぐことが出来て、呼吸だって出来るのだ。

 肺呼吸なのかエラ呼吸なのか、どっちかということはひとまず置いておき、とにかく生まれながらに、ということが重要だ。

 それはドールからしてみても同じことで、人魚にはどうして足がないのか、陸を歩けないのか、と言っているようなものだ。

 そんな小首を傾げた仕草さえ、なんとも可愛いと思ってしまうのだから、この感情は厄介だ。

 「それはね、俺達人間は、水の中では呼吸が出来ないからだよ」

 「?どうして?」

 「えっと、酸素がないから?」

 「酸素?イルカたちや鯨たちと一緒ね。あの子たちも、時々呼吸をしに、わざわざ海面に行くの」

 「そうそう。あいつらも哺乳類だからね。それを同じ。けど俺達にはヒレさえないだろ?」

 「そうね。とても泳ぎ難そう」

 装着完了したドールが湖に入ろうとするが、なかなか一歩が踏み出せない。

 こんな格好をしても、溺れるときには溺れてしまうのだ。

 そんな恐怖を感じながらも、恐る恐る水に足をつけて行く。

 「さ、もっとこっちに来て」

 人魚に誘われるように、ドールはどんどん身体を浸していく。

 だが、途中で恐怖が襲って来て、足を止めてしまう。

 それを見て、人魚は心配そうにしている。

 「ドール、大丈夫?怖い?」

 「そ、そんなこと、ないよ」

 「・・・・・・怖くないわ。私を見て」

 優しい声が聞こえてくると、ドールは縋る様に人魚を見る。

 今までされたことのないくらい、温かな眼差しに、艶やかな唇に肩。

 濡れて身体に纏わりついている髪でさえも、艶やかさを演出している。

 「そんな重いもの外して、私に身を委ねて?」

 そっと、細くて白い腕が伸ばされる。

 「大丈夫よ。私を信じて。これからはずっと一緒よ」

 甘い囁きに、ドールは苦労して着たスーツ類を全て脱ぎ払った。

 一歩近づくと、一歩遠くなってしまう。

 また一歩近づくと、さらに一歩遠くなり、距離が縮まらない。

 そんなやりとりが煩わしくなり、ドールは一気に人魚の腕を引っ張ろうとした。

 通常なら、男の力に女が敵うはずがない。

 だが、思った以上に人魚の力が強くて、ドールは一気に湖に引きずり込まれた。

 「ぷはっ・・・!」

 足が届かないことによる恐怖と、息が出来なくなる恐怖との相乗効果は、絶大だった。

 すると、水面から、鼻より上だけを出してドールを見つめてきた人魚。

 ぷかぷかと、苦しそうにもがいているドールを見て、ニヤリと笑った。

 「!!!」

 次の瞬間、ドールは人魚に引き寄せられ、一気に百メートルまで急降下させられる。

 「!!!」

 口や鼻から、大量の酸素が吐き出され、ドールは苦しさのあまり、人魚から逃れようとした。

 酸素を求め、必死に海面へと向かって行くが、なかなか辿りつかない。

 やっとの思いで、少しだけ酸素を吸ったと思うと、またすぐに人魚に引っ張られてしまった。

 今度はもっと深く、もっと奥まで。

 そして、気付かなかったが、ドールの周りには、他にも数人の人魚がいた。

 気を失いそうになりながらも、なんとか耐えていたが、海面と海底への往復による水圧の差で、ドールは死にかけていた。

 「ねえ、ドール」

 そんなとき聞こえてきた、いつも耳に響いている優しく甘い声。

 「約束したでしょ?海底で過ごすって。ゆっくりしていってね?」

 「!!!」




 「あれ?あの男はどこにいった?」

 その頃、寝坊したコルクとバリーは、ドールを探していた。

 「あれ、何かしら」

 コルクが見つけたのは、先程ドールが装着していたダイビングスーツだった。

 脱ぎっぱなしで置いてあり、二人は互いに顔を見合わせた。

 もしかしたら、どこかで昼寝でもしてるんじゃないか。

 そんな希望を持って、あちこち探し回ってみたら、ドールは見つからなかった。

 「そういえば、今日は人魚もいないな」

 「あんまり水面に顔近づけない方がいいぞ」

 「!?」

 バリーが湖を覗こうとしたとき、背後から声が聞こえてきた。

 二人揃って振り向くと、そこにはメルトではなく、ダルがいた。

 「あの男はどこに行った?お前達が隠したのか?」

 「何処に隠すんだよ。それより、お前等も船乗りなら、気をつけろよ」

 「?何を?」

 ダルの言っていることが理解出来ず、コルクとバリーは眉間にシワを寄せる。

 ゆっくりと湖に近づくと、ダルは石ころを投げいれた。

 「いつもは静かに見えるが、一度荒れるとそう簡単には収まらない」

 長い髪を揺らして二人を見ると、ダルは真剣な顔つきになる。

 「特に、人魚には注意しろ」

 「に、人魚?」

 「ああ。奴らは、最初人間を恐れるフリをする。だが人間に懐き始め、人間がこちらに油断を見せると、本性を露わす、海の魔物だ」

 「海の、魔物・・・?」

 太古の昔から、人魚は船乗りにとって不吉なものとされてきた。

 人魚の歌声を聞けば、波にさらわれてしまう。

 人魚の肉を食べれば不死身になれるなど、そんなデマが流れたときもあったが、喰われたのは人間の方が多いだろう。

 海の中を変幻自在に自由自在に泳ぎ回るその姿は、海の支配者とも呼ばれていた。

 人魚はなぜか、みな美しい姿であるとされる。

 正確に言うと、見た者が望む異性の姿に見せるとも言われている。

 だからこそ、人魚に心を奪われる人間が後を断たないのだ。

 人魚の甘い囁きに乗ってしまえば、海の中では逃げることも叫ぶことも出来ない。

 海中は、人魚たちにとっての舞台だ。

 「じゃあ、もしかして、あのドールって男も・・・?」

 「多分な」

 「違う!この島の人魚は、もっと、なんていうか、そんな悪いことをするはずがない!」

 「そうよ!」

 ダルの話に納得がいかないのか、コルクとバリーは異議を唱えた。

 ああだこうだ喚いていると、また二人の後ろから、声がした。

 「言ったろ?ここは薄汚れた大人の世界だってな」

 「メルト、何してたんだ」

 「何って、いつも通り二度寝して、その後昼寝してた」

 夢の国の住人とは思えないほど、活気のない男、メルト。

 その肩に座ってシフォンケーキを食べている、最近ちょっと丸くなってきた妖精、リンク。

 「あいつが溺れたのは欲だった。それだけの話だろ?」

 「上手いこと言うわね」

 「だろ?座布団一枚な」

 「座布団なんてないから、葉っぱ一枚で良いならあげるわ」

 「んなもん尻にひいたって、痛くなるだけじゃねぇか。もっとソフトなもんにしろ」

 そんなメルトとリンクのやりとりは良いとして。

 コルクとバリーは、交渉しようと思っていたドールがいなくなってしまったことで、この島を諦めるしかなくなった。

 「次こそ、島を買収してみせる」

 「覚悟しておきなさい」

 「・・・・・・何あの捨て台詞」

 二人が去っていったあと、メルトは湖の方をちらっと見た。

 「あーあ。やっぱ、女に溺れると、碌なことはねえな。なあ、ダル?」

 「俺に振るな」

 ニイっと子供の様な笑みを浮かべると、メルトは水面に映る影を眺めた。

 ゆらゆら揺れながら、その影はまた水中へと姿を消してしまった。

 「さてと、まだまだ俺を楽しませてくれないとなー」

 「悪趣味だな」

 「お互いにな」

 「それにしても、あの二人もなかなかしぶといわね。もうここが、昔のような国じゃないって分かった時点で、買収する価値もないって分からないのかしら」

 「夢の国を金で買い取る、ね。それこそ、夢とは真逆の行為に思えるがね」

 「でも、止めないんでしょ?」

 「なんで止める必要がある?俺はおもしろけりゃなんでもいいんだよ。暇つぶしくらいにはならぁな」

 「ほんと、悪趣味」

 「最上級の褒め言葉だな」




 そこは、夢の国。

 夢が現実となったとき、非現実に逃げたくなる衝動さえ、甘い蜜のように。

 大人しかいない、夢の国。



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