役に立たない私の絵
よければ最後まで見ていただきたいなと思います。
私の家は、産まれた時から姉が主役だった。
私の姉、泉はとても美しい容姿に文武両道、品行品性をそのまま具体化したような性格に、親に従順で誰にでも分け隔てなく優しいいい子。それが姉だった。
「お姉ちゃんはこんなにいい子なのに……才華は本当にノロマね」
それが親の口癖だった。
私は産まれた時から、何をするのも遅く、喋るのも苦手で、勉強も出来ない子だった。唯一の特技といえば絵を描くことだが、そんなものは親にとっては自慢にならない。
「貴女は勝手に絵を描いてなさい、もう何も期待なんてしてないから」
親が冷たい目でそういったのを覚えている。
何か言い返そうとはしたが、上手く喋ることの出来ない私はうつむくだけに終わった。
両親は姉しかみていなくて、私をいらないものとしていたが、それも仕方がなかったと思うし、それでいいと思った。
私も姉が、大好きだから。
「頑張らなくていいよ、才華はそのままでいい」
どんなに頑張っても上手くいかない私を姉はよくそういって優しくしてくれ、抱きしめてくれた。
だから私は、姉に劣等感を抱かず、すごく大好きだった。
けれど、いつからか姉は暗い顔を見せるようになってきた。
もっと結果を求める親や、無責任に信頼を寄せる友達、逆恨みする他人、その全てを背負って微笑みながらも、暗い雰囲気が表れだした。
「死にたい……死にたい……」
私と二人っきりになるとその言葉をよく吐くようになり、リストバンドで隠してある手首には無数の赤い線が張り付けていた。
「大丈夫?……」
「大丈夫よ才華……ちゃんと頑張るわ……けど……すごく死にたいの…本当は…すごく死にたい……」
大きな花を抱えれなくなって傾いた茎のように、姉は薄暗い空気を漂わせ、ほんの少しの刺激でポキリと折れてしまいそうだった。
お姉ちゃんに死んで欲しくない。死ぬべきではない。
いつか自分で命をたってしまいそうな姉が怖くてたまらなかった。
そんな思いをもちながら、わたしは絵を描いた。
題名は『死』
人の頭蓋骨を食べるペガサスを描いたもので、勢いで描いたから相当気持ち悪かったのだが、コンクールで何故か優勝した。
「貴女には絵の才能があります、もっと絵を描くべきです!」
そう囃し立てられた。
大人たちは、私の絵を評価するものと批判するものがいたが、どうでもよかったし、嬉しくも悲しくもなかったが……
「気持ち悪い……」
姉がそういったのが一番、心を揺さぶった。
物凄い衝撃が走り、歓喜した。その言葉は姉が死を拒絶した証だったからだ。
「(お姉ちゃんが死を拒絶した!もっともっと絵を描こう!死ぬことがどんなに残酷で気持ち悪いかを知れば、お姉ちゃんは死なない!
私の絵は役に立つんだ!!)」
そんな気持ちをのせ、私は沢山の絵を描いた。
人が人を食う地獄絵。
人の胴体に顔を埋め込み嘆く絵。
首が切れ、そこから虫があふれかえる絵。
そんな気持ち悪くて嫌な絵を描きまくった。
他の人たちは私の絵を賛美したり批判したりし、そこそこ値段がついたが、親にはどうでもいいことらしく、自立するならそれでよしって感じだったし、私にとってもどうでもよかった。
「何でこんな絵を描くの!?すっごく気持ち悪いわ!」
姉の「気持ち悪い」その言葉が一番の歓喜だった。
姉の悩みの根本的な解決にはならないのは分かっていたが私をないものとして扱っている親に何かを言っても聞き入れてもらえないし、姉を助けれるほど、私に強くない。
私の絵をみて、死ぬことに拒絶感と嫌悪感をもってほしい。
姉が私を嫌ってもいいから、生きて欲しい。
ある日、私が新しい絵を完成させ、休憩ついでに部屋から抜けていた時、戻ると姉が私の絵をポー……っと見ていた。
「…すごく…素敵……」
そうポツリと一言漏らし、私に気づかず部屋から出ていった。
余りにも衝撃的だった。
目玉を抉られ、蛇が出てくる顔の絵を素敵などといったのだ。こんな気持ちの悪い絵を……
姉の手首の赤い線は、消えるどころか増えていた。
「(こんな絵じゃダメだ!!もっとインパクトのある絵じゃないと!死ぬのは気持ち悪いと、ダメだと表現しないと!!)」
その絵を私は引き裂いた。
売った絵の金で、私は一番高級で描く為の大きな紙を購入し、絵の具も沢山の種類を購入した。
色んな色を混ぜ、色んな水をまぜてリアルな血を描き、人を描き、想像上ながらも眼球や脳みそを描いた。
タイトルは「あね」
大きな花があり、花びらには眼球が埋め込まれ、真ん中には女性の首があり、その口からは芽がでいる。大きな花を支えれなくなった茎が折れて腐っている。
私が今までで一番力を込めた絵……
「お姉ちゃん、これみて」
私は完成した絵を早速姉にみせた。
もしかしたら嫌われるかもしれない、もしかしたらもう私と関わろうとしないかもしれない……
けれど、私はそれでもよかった……
「これは……」
さぁ、拒絶してほしい。気持ち悪いといって欲しい。死への絶望を抱いて欲しい……しかし、姉から出たのはそれではなく……
「すごく……美しいわ……」
賛美だった。
眼球は張り付くように固定し、汗もうっすらとかき、息もあらい。萎れていた花がピンと張ったような気がした。
「才華は本当に絵の才能があるわ!素敵すぎる!あぁ……なんて美しいの…これ、私をモデルにしたのよね?…私……こんなに綺麗になれるのね……」
涙を流し、希望と絶望を入り乱れたらように息づき、頬を赤く染め上げる……
「ねぇ……これを綺麗と思う私って異常かな?もう異常でもいいわ、もう普通の子じゃなくていい、いい子じゃなくていいから……だって、今の私醜いもの……どんなに頑張っても醜いもの……私、美しくなりたいわ」
「お姉ちゃ……」
決して開いてはいけないパンドラを開いたような底知れぬ恐怖と不安を抱いた。そんな私に気づいたのか、姉はハッと正気に戻る。
「ごめんね、いきなり……この絵、素晴らしかったわ。ううん、本当はもっと前から美しいと思ってたの……」
姉は綺麗な華のように微笑んだ。
気のせいか甘ったるい香りがする。
何かを言わなければ、何かを喋らなければならないと思った。しかし、役立たずな私の口はどうにも動いてくれない。
「おやすみなさい。また、明日」
私の口が動かないちに姉にそう言われた。
「うん……おやすみ……」
それだけいって、私は部屋を出た。
このときの事を……すごく後悔している。
次の日、姉は華のように真っ赤になっていた
よく手首を切っていた、血で錆びたカッターで首を切って白いシーツを赤く染め上げてた。
「なんで目を閉じてるの!?目を開けてよ!お願いだからぁあ!!」
第一発見者の母は姉の体を抱き締め、狂ったように泣き、姉が救急車に運ばれるまでずっと叫んでいた。私はただただ呆然と見るしかなかった。
結局、私の絵は役に立たなかった。お姉ちゃんを死なせたくないと思わせることが出来なかった……
「(お姉ちゃん……)」
あんなにも表現したのに。死ぬことの醜さや残酷さを絵で表現したのになんで姉は死のうとしたのだ。
言えば……よかった。
『死なないでほしい』
その言葉を言えばよかった。なのに言えなかった、表現出来なかった。
きっと言えば姉は生きていただろう。そういう人だ、優しい人だから、私の我が儘をきっと受け入れてくれたと思う。
けれど、苦しんでる姉に、死にたいと願う姉に、そんな言葉を吐けなかった、自分が悪者になることが嫌だった。姉を苦しめる一部になりたくなかった。
私はただ残酷な絵を描いているだけ、何もいってないと子供のような言い訳ばかりして……
結局、私は自分の為にしか絵を描かなかったのだ……
「お姉ちゃん……死なないで、生きて、苦しんでも……死にたくても…大好きだから……
私の為に生きて」
姉の手を握り、懺悔のように、私は涙を流しながら今さらで身勝手な言葉を吐いた。
ピクリと、姉の手が動いた。