第三話:一日の終わり
空は紅く染まり、綺麗な夕日が沈み始め、何もかも新鮮で不思議だった一日の終わりを告げようとしていた。
俺とフェスは学院から一度お呼びがかかり、寮の場所や生徒手帳を手渡される。細かい物はまた明日、レベッカから支給されるらしく、指定された時間と場所を言い渡された。ここは、早朝にレベッカが言っていた事と同じだ。
そのあとは学院に用事がなかったため、自分達の家となる寮へと歩いていた。どうやら、市街にあるらしく学院から出ないといけないようだ。そのため、正門へ続く通りには、女子生徒が興味津々に俺達を見ていた。
「すっかり、有名人だな・・・俺達。」
「はい・・・」
昨日まで女子生徒しかいなかった道に男が歩いているのだから、異様なものなのだろう。
さっさと、寮に行って頭の中の整理をしたいものだ・・・って、待てよ?この学院の寮って事は、そこも女子しかいないって事になるんだよな?
(本当にどうなるんだろうな・・・この先。)
クラスとは、まあまあ上手く馴染めたのはいいが、本番はこれからだ。他のクラスの人とかと交流もあるかもしれないからな。
「不安ですか?ユウト・・・」
心配そうな表情で、フェスは俺にそう問いかける。
「そうだな・・・不安すぎて、やばいな。」
変なプレッシャーに殺されそうと言うか。とにかく、まだ頭の中はテンパってるな。
「大丈夫です・・・私とリディアやカノンもいます・・・」
俺を思ってのフェスの気遣いの言葉に少し救われたような気がした。フェスの言うとおり、リディアやカノンがこの学院にいる。帝国ではしばらく彼女達と住んでいたため、何かあれば相談にものってくれるため、心強い。
「そして・・・セリアとアリシアもいますから・・・」
・・・そうだな。今日は新しい友達が増えたんだ。何を先の事でグダグダ不安がってるんだ?俺は。
「ほら・・・ユウト・・・」
すると、フェスはゆっくりと近くまで来た正門の方へ指をさした。
そこには、フェスにばれて慌てて、正門の表へ隠れた赤髪の少女が見えた。
「・・・アリシアか?」
チラッと見えた程度なので、俺は疑問気に呼びかけ、少女が隠れた正門の表へ行くと。
「やっぱり、アリシアか。」
顔を赤らめかせ、冷や汗をかきながら、緊張した様子で俺を見つめるアリシアの姿があった。
見たこともない表情だったので、少し可愛いと思ってしまう。
「き、気付くのが早すぎるのよ・・・」
「えっへん・・・」
無表情で心がこもっていないフェスの威張り。彼女らしい姿に少し癒されてしまう。
「それで・・・アリシアはどうしたんだ?わざわざ、俺達を待っててくれたとか・・・」
「なっ!?・・・そ、そんなわけないじゃない!た、ただ、お昼であんたが"また後で"って言うからわざわざ・・・」
言ってから結構時間が経ってはいるが。
(つまり、俺達を待っててくれたって事だよな?)
言葉が流れていくに連れて、声の声量が小さくなっていくアリシア。それくらい、緊張しているのだろうか?
思わず俺は笑みをこぼしてしまう。
「な、何よ!?」
「い、いや、何でもない。」
彼女に怒られそうだったので、焦りながら笑みを止めた。
「そ、そうだ。途中まで一緒に帰らないか?」
「えっ?」
何を言ってんだろう俺・・・テンパった果てに出てきた言葉がこれなのか?ほぼ、会ったばかりの相手に一緒に帰ろうだなんて馴れ馴れしいのにもほどがあるだろ。
「べ・・・別にいいけど・・・」
アリシアは顔を赤くし、恥ずかしがりながら小声でそう呟いた。
予想外の反応だったので、つい俺は言葉を失ってしまう。
「えっと・・・行くか。」
カチカチな振る舞いに、俺自身も違和感を感じるくらいだった。
"あれ?人と話すのってこんなに難しかったか?"と思うくらいだ。
だけど、アリシアは何も言わず、ただ下を向き、頬を赤く染めながら歩き出す。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
気まずい沈黙。
かなり話せていた朝や昼とは大違いだ。何か話題を振ろうと思ったのだが、女の子が乗っかかるようなネタなんて俺には分からない。
まず浮かんだ話題のネタはこれだ。
その1。最近はイージスで何が流行ってるのか。
意外にいけると思ったがダメだ。
小テストが終わった休憩の際にクラスメイトから聞かされたんだっけ?
確か、最近、イージスでは"アイドル"が流行っているらしい。俺にはよく分からないものなので、例えアリシアに話したとしても、その話題が出ればすぐ終わりそうなのでボツだ。
その2・・・って何も思い浮かばなかった自分は馬鹿だった。やはり、思ったよりも人と話すのが苦手なようだ。
「ねぇ・・・あんた・・・」
そんなくだらない事を思っていると、ふとアリシアが先に声をかけてきた。
「あんたって、私の事をどう思ってるの?」
アリシアは寂しそうな目で見つめ、俺にそう問いかけてきた。
「どういうことだ?」
流石に、唐突過ぎて訳が分からなくなり、アリシアへ聞き返した。
「お姉ちゃんから聞いたんでしょ?私がクラスに馴染めてないとか・・・」
「・・・・・・」
何故か俺は言葉が出なかった。あんなに強気で話をしていた少女が不安に殺されそうな表情で俺に話しているのだ。
「話してくれたけど・・・どうしてだ?」
「あの・・・その・・・」
あまり言いたくないのかアリシアは何かためらっている様子だ。
そんな彼女を見て、俺は何かを感じた。
"何かを怖がっているんだと・・・"
「・・・別にどうも思ってないぞ。」
「え・・・?」
「俺が知ってるアリシアは強気でワガママですぐに文句を言う奴だけど・・・ぐはっ!!?」
突然、右脇腹に激しい痛みが走った。この迷いなく俺をぶっ飛ばそうとする思いを込めた痛さは・・・
「喧嘩売ってるの!?」
アリシアの右手ストレート・・・軍顔負けの強さだ。恐らく、半分怒ってるなこれ・・・
「いや・・・これから、いい事言おうとしたんだが・・・」
あまりの痛さで声をかすれながらも何とかアリシアにそう言った。
「もういいわよ!何も言わなくても・・・」
まずいな・・・言葉の選択を間違えたか。やはり、慣れない言い方をすると、こうなるんだな。
ふと俺は軽く後悔する。
「この唐変木。遠回しに言ってないで最初っからハッキリ言えってんのよ・・・」
「唐変木って・・・」
「なに?文句あるの?」
「い、いいえ・・・」
「ふん!」
プイと対抗に顔を背けるアリシア。頬は赤く染まっており、気のせいではあると思うが一瞬笑っていたようにも見えた。
「なによ!?」
「・・・何でもないって。」
これ以上余計なこと言ったら、また殴られそうだ。
・・・一応、これだけは言っておいたほうがいいな。
「・・・人思いで優しい奴だよ、アリシアは。」
「・・・・・・」
多分、聞こえてはいただろう。彼女はムスッとしたままだが、頬が赤く染まっている。
「先に言いなさいよ・・・」
「はは・・・悪い。」
「ったく・・・」
とりあえず機嫌はとれたと思い苦笑。半分この苦笑は先ほどの右ストレートの痛みがはいっているが・・・
「ありがとう・・・」
「えっ?」
ボソッとアリシアが何か呟いた。・・・が、俺の耳には届かず彼女が何を言ったのかは分からなかった。
「私、帰り道こっちだから。」
すると、目の前には家などを挟んでY字路になっており、アリシアは右を指でさしていた。
俺は教官から手渡された寮への地図を見てみる。見た限りこのY字路を左に進んだ方が早く着くみたいだ。
「俺達は左だな・・・」
「じゃあ・・・ここでお別れね。」
「ああ。」
アリシアは足速く立ち去ろうとするが・・・
「アリシア。」
「な、何?」
俺は一つ言い忘れた事を思い出し、アリシアを呼び止めた。
「また明日な。」
俺はそう言い伝えると左の道へと歩いて行った。
「・・・"また明日"、ね・・・」
※
アリシアと別れた俺達は地図に沿って歩く事、約数十分・・・自分達が住むことになる寮へと何とか辿りついていた。外見はかなり新しく、最近造ったかのようだ。
「ここですか?」
「ああ。」
俺は地図を見直し間違くここだと確信する。
「とりあえず入ろうか。」
俺は扉のノブを掴みゆっくり回す。扉を開けると鈴の音が鳴り響き、目の前には木造造りで小さなエントランスがあった。
「およ?お客様かな?」
すると、左の廊下の曲がり角からひょこっと顔を覗かせた一人の少女。
「お、男の子!?」
と、俺を見るなりびっくりして顔を引っ込める。
「あれ?と言うことは・・・」
そして、次は身体全体を表し姿を表した。銀髪の長い髪にポニーテール・・・何とも元気が良さそうな少女だ。
「もしかして、ユウトって人だよね?」
「ええ、そうですけど・・・」
「噂になってる男の編入生くん?」
「え、ええ・・・」
彼女はそう言うなり俺の方へと近づき。
「やっと来てくれた〜・・・」
何故か安堵な様子で胸を撫で下ろした。
「私はⅢ-Ⅱクラスでここの寮長もやっているクルナス・ルェフストルージュって言います!。呼びにくかったらクルルでいいよ?。」
「俺はユウト・アクセラレインです。隣にいるのが・・・」
「フェスです・・・」
フェスは恥ずかしそうにペコっと一度お辞儀をする。
「うんうん!レベッカ教官から聞いてるよ!」
クルル・・・先輩は満面な笑顔でそう言うと。
「まだ名もなき寮へようこそ!この寮は元々更地になる予定だったんだけど、急遽新しく造り直す事になったらしく、今はこの通りにおNEWになったらしいよ?あまり詳しい事は聞いてないけど・・・」
「そ、そうなんですか・・・」
「あっ!疲れてるのに立ち話も迷惑だよね?ユウト君達の部屋は二階の202号室で荷物は配達屋さんが運んでくれてるらしいから!」
「あ、あはは・・・」
活気があるテンポのよさに俺は言葉が出ず苦笑いしか出てこなくなっていた。それがこの人のいいところと言うのか・・・
※
士官学院、初日の授業を終えた俺とフェスは、学院外の街にある寮へと帰り、夜を迎えた。寮の外はまだ少しだけ活気付いており、街独特の風景を窓から眺めていた。外の賑やかさとは違い、寮内は俺とフェスと寮長であるクルル先輩しかいないため異様な静けさだ・・・また、これはこれでいいものだが。
(造られたばかりだから、人は仕方がないか。)
まだ、女子生徒に囲まれて気まずく住むよりは気が楽と言うか・・・
「ユウト・・・」
背中にツンツンと突つかれる感触と、誰かが俺の名前を囁く。
「どうした?フェス。」
誰かと言うまでもないな。この、部屋にいるのは俺とフェスだけだ。
「お腹が空きました・・・」
フェスにそう言われ、俺は壁にかけてある時計を見る。
「そうだな。そろそろ、いい時間だし晩ご飯を食べるか。」
「はい。」
とは、言ったものの、この寮の食材を使っていいのか分からない為、俺はクルル先輩に聞きに行こうと座っていた椅子から腰上げ、ドアの方へ移動し開けると・・・
「ふっふっふっ・・・話は聞かせて貰ったよ。」
「うわっ!?」
ドアを開けた先にいたのは、まだ学院の制服を着たクルル先輩だ。思わず気配が無かったことに驚いてしまう。それに、何故か自慢気そうに立っている。
「何で部屋の前にいるんですか・・・」
「そりゃあ・・・君達がお腹を空かしてるだろうから呼びに来たのですよ。」
「呼びに・・・ですか?」
「うん。私が君達の為に腕を振るって、作った料理を食べてもらう為に!」
※
クルル先輩に案内され二階へ下り一階へ辿り着く。エントランスから廊下を少し歩くと"晩餐室"と書かれた看板が垂れ下がっている。少し意味深だ。
「ささっ!入って。」
クルル先輩が暖簾を上げ、俺とフェスは言われた通り中へと入る。
「うわ・・・」
テーブルの上には、3人分の料理が並んでおり、部屋はいい匂いで包まれている。
「凄いですね、クルル先輩。」
「女の子なら、これくらい当然だよ。」
さらに自慢気に仁王立ち。
「私・・・料理作れないです・・・」
「うっ・・・ごめんごめん。今度、フェスちゃんにも教えてあげるね。」
フェスの反応を見て、クルル先輩は少し自重したようだ。
「さ、さあ!冷めないうちに早く食べよ?」
話題を切り替えるかのように、俺達をテーブルへと急かすクルル先輩。俺とフェスは、椅子へと腰掛けテーブルの上に置いてある料理と対面する。ステーキの盛り合わせに、スープ、ライスといった、レストランと似たようなセットだ。
「よし、それじゃあ手を合わせて・・・」
クルル先輩は俺達の向かい席に座ると、目をつぶりながら手を合わせる。俺とフェスも、クルル先輩に合わせ目をつぶり手を合わせた。
「「「いただきます。」」」
※
「へぇ〜・・・遥々、帝国から来たんだ・・・凄いね。しかも、あの"アクセラレイン流派"の使い手でしょ?」
「まだ、修行中の身ですけどね。」
「それでも、有名な流派の一人に出会えたんだから、凄いよ。」
クルル先輩は嬉しそうに、一口サイズに切ったステーキを口へと頬張る。なんとも、幸せそうな表情だ。
「と言うことは、イージスのこともあまり知らないんだよね?」
「ええ。そうなりますね。」
「だったら、いろいろ教えてあげるよ。私、この街では、結構顔が広いんだよ♪」
彼女はまるで、家族が増えて喜んでいるような気持ちに見える。
実際、彼女にとったらそうなんだろう。
「変なこと聞きますけど・・・この寮が出来てから、お一人で?」
「う、うん。いきなり、寮長に任命されてね。仕方なく、ここに引っ越して来たの。しかも、ユウトくん達がくる1週間前からだよ?」
・・・確かに、彼女の気持ちはよく分かるような気がする。ザッと見て回って見たが、一人で住むには広すぎる場所だ。寂しくもなるのも当たり前だな。
「それで・・・やっと、ユウトくん達が来てくれたから、嬉しくて・・・」
すると突然、クルル先輩の目からは涙がツーっと流れ落ちる。何と言うか、さっきの例えを訂正すると、生き別れた家族にやっと出会えたという感情に近いな。うん、恐らくそうだ。
「ごめんね・・・私、こう見えて寂しがりやだから・・・」
さっきまでのテンションの差が激しくて、どう反応すればいいか困る。
「だ、大丈夫ですよクルル先輩。俺とフェスも来ましたから、もう寂しくなんてないですから・・・」
「うん・・・」
クルル先輩は目をこすり、涙を拭き取ると、優しい微笑みを見せ。
「ありがとうね、ユウトくん、フェスちゃん。」
そうお礼を言ってきた。
俺とフェスはお互い見つめ、苦笑しながらホッとする。彼女は先輩だが、何故か守ってあげたくなる気持ちになった。
※
「ごちそうさまでした。」
「ごちそうさま・・・です。」
俺とフェスは手を合わせ、クルル先輩にお礼を伝える。
「美味しかったです、クルル先輩。」
「ふふっ。そう言ってもらえると嬉しいよ。」
クルル先輩は嬉しそうに俺達の分の食器を重ね、キッチンの方へと運ぼうとする。
「あっ、俺が運びますよ。」
「えっ?わ、悪いよ。ユウトくんは休んでて・・・」
申し訳なさそうにクルル先輩は焦り、食器をキッチンへと運んでいく。
少し、デリカシーがなかったか・・・反省。
「はぁ・・・」
やはり、疲れが溜まってるのだろうか。思考が朝よりボヤけた感じがするため、今日の出来事を整理する隙間がない。
「あはは・・・やっぱり、疲れてるみたいだね・・・」
俺の様子を見て心配したのだろうか。クルル先輩は苦笑しながら俺の方へと歩いてくる。
そして、彼女の手は俺のひたいへと触れ・・・
「な、何をしてるんですか?」
「・・・・・・うん。熱はないみたい。」
どうやら、熱があるか体温を計っていたようだ。いきなりすぎて、少し緊張してしまったが。
「あまり、無茶はダメだよ?男の子だからって、ユウトくんも人なんだから・・・疲れたら無理せず休んでね?」
「・・・はい。」
優しすぎる言葉に、俺は何も言えなかった。
確かに今日は動きすぎて、体力も限界だ。クルル先輩の言うとおり、今日は早めに休んだ方がいいな。
「お風呂はもう沸いてるから、先に入って。」
・・・将来、この人はいいお嫁さんになるな、絶対。俺が言うのもあれだが・・・
「大浴場が二つあるみたいだから・・・たしか、青い暖簾がたれてる所がユウトくん専用のお風呂って、言ってたような・・・」
「・・・誰が言ってたんですか?」
「えっとね・・・レベッカ教官だったかな?」
・・・やっぱり、俺の意思関係なく学院に編入させたな彼女は。もう、レベッカの事を考えると疲れがドッと増すので、これ以上考えるのをやめようと思い俺はクルル先輩に言われた通りに風呂場へと向かうのだった。
第三話:一日の終わりEND