元勇者と現魔王の関係前のお話
ご期待に添えるかは分かりませんが、第二弾です。
初めてそれを目にしたのはいつの事だっただろうか。
目の前で繰り広げられている、両親の痴態を目の当たりにし、彼女は止まっていた。
(す、すごい………)
常に民の事を考え、父。
そんな父の後ろに立ち、如何なる時も彼を支え続ける母。
どちらも、彼女にとっては尊敬すべき両親であり、彼女の中では「完璧な存在」として位置づけられていた。
………それが今、完全に崩れ落ちた。
「そ、そこだ! もっと………もっと叩いてくれぇっ!」
「あははっ! 叩かれて感じてるの? この変態魔王っ!」
かすかに開かれた扉からは、鞭のしなる音が聞こえる。
父が母に鞭で叩かれ、その度に父が嬌声を上げている。
それを目撃し、もじもじと足を所在なさげにすりあわせる。同時に彼女の息も荒くなりつつあった。
何故、彼女がこうやって覗きなんてやっているのか。それを語るには数分ほど遡る必要がある。
………怖い夢を見てしまったために目が覚め、怖いから一緒に寝かせてもらおうと両親の元へ向かっている途中、ある部屋が目に付いた。
『絶対に入ってはいけないよ』
父からそうキツく言われていたが、どのみち鍵がかけられ、さらには防護系魔法がかけられているのか、幼い彼女の手ではどうやっても開かなかった。
両親に叱られるのも嫌だし、どうやっても開かない。次第に少女の脳裏からその部屋の事は忘れ去られていったのだが………そんな部屋に灯が灯っている。おまけに微かに開いている。
子供故の好奇心が疼いたのか、中にいる誰かに気づかれないよう、そっと扉を開ける。
そしてその隙間から覗き込んだ、その部屋の中で繰り広げられていたのは………。
今まで見た事もなかった、両親の姿だったのだ。
(ち、ちちうえも、ははうえも………こんな)
本来ならば止めるべきなのだろう。
女が男を叩くなど、妻が夫を叩くなど、あってはならない。
だがしかし、制止の声をかけるはずの彼女は、まったく動けなかった。
幼き日の彼女に刻まれた記憶は、長く付きまとう事となる。
イーシアス・リュスターシクがこの世界に生を受けて、16年が経とうとしている。
人間と異なる種族と言っても、魔族は人間とあまり変わらない。
喉も渇くし、腹も減る。歳も取るし、傷つけられて死ぬ。
イースは純魔族と人間のハーフであり、成長速度は人間と変わらない。
ただ、人間と変わらぬ速度で成長するが、ある程度の年齢になれば成長も止まる。これが純魔族の特徴だ。
「………はぁ」
そして、そんなイースも今年で16歳。
既に敬愛する父から王位を譲られて、1年が経つ。
能力的にも、民からの支持も問題無いと、全ての権限をイースは譲渡されたのだ。
そうして彼は止める暇もなく、妻と共に隠居生活に入ったのだが………。
(………どうしよう)
現在のイースには悩みがあった。
脳裏に焼き付いている、幼き日のあの光景。
父が母に叩かれ、そしてその後の………。
とにかく、それがどうやっても忘れられない。脳裏に直接刻まれたかのように、忘れられないのだ。
「くっ、妾はリュスターシク帝国第二十五代皇帝、イーシアス・リュスターシクじゃ! あのような………」
そう、本当ならば軽蔑すべきなのだ。
叩かれて悦ぶような父も、最高権力者にあのような仕打ちをする母も。
だがしかし、どうやってもイースは軽蔑する事は出来なかった。
寧ろ、叩かれている父が羨ましいと思ってしまった。
自分もあのようにされたい。誰かに支配されたい、と。
(な、何を馬鹿な事を………!)
頭を何度も振り、その考えを否定する。
だがどんなに否定しても、その感情は何度も蘇る。
誰かに支配されたい。誰かに虐げられたい。誰かに乱暴にされたい、と。
その事を考える度に、イースは息荒く、何も手に付かなくなってしまう。
本来の彼女ならば数分あれば終わる書類仕事も、一時間近くかかってしまう。
それにまた自己嫌悪するという悪循環が、ここ数週間続いていた。
そして、別室ではそんなイースの様子に困り果てる人物が一人。
(これは………困った事になった)
魔神族特有の角を生やした、やや小柄な初老男性。
彼こそは帝国においてはNO.2の地位……宰相の座に就いている男性だ。
魔王家には、先々代の治世の時より仕え続けている。
能力こそ優秀なイースだが、まだ若年故に抜けているところもある。そんな部分をさりげなくフォローしているのが彼である。まさに縁の下の力持ちと言った役回りだろう。
そんな彼だが、先代魔王を幼少期より支え続けてきた過去がある。故に、今回のそれも帝国にとっては困った事だと、充分理解出来てしまっていた。
(何故こうも我が王家はこんな人物が多いのだ………!)
先代も先々代も非の打ち所がない完璧超人ではあるが、唯一困ったところがあった。
被虐性癖。いわゆるマゾヒストというやつで、他人に束縛されたいとか支配されたいなど、そういった感情が強く持っていた。
宰相が王家に仕え始めたのはまだ幼少の頃。先々代魔王は見目麗しい女性であり、彼も初恋の相手でもあった。
が、しかし、彼女もまたMだった。それも放置しておくと全裸で城下町を歩き出しかねないほどの。
その性癖は王家に直接仕える者達以外には秘密とされている。それがバレれば、何が起こるか分からない。というか、明らかに王家は失墜する。
当時まだ若く幼い彼とて、それくらいは分かる。
………ちなみに恋心は地下室でセルフ拷問なんてやってる場面に遭遇して、キレイさっぱり吹き飛んだ(自分にあんな趣味は無い)。
あれからはとにかく大変だった。だが、誰が一番大変だったかと問われれば、先々代の伴侶となった男性だろうと速答出来る。
子供が生まれて少しはマシになったかと思っていたが、あろう事かその子供にもMの傾向が見られ始め、気がついたら完全にドMっていた。
最初は気のせいだと思っていた(むしろ思いたかった)が、魔王位に就いてから、それはハッキリと分かった。
女ならまだいい(いや、よくないが)。
仮にも魔王が公然猥褻など、ヘタしたら魔族は終わりだ。
臣下一同、かつての女王の時のごとく、フォローに徹しようと硬く誓い合ってから、数日後の事であった。
『ま、魔王陛下が……異世界から自分のご主人様になってくれる女性を召喚したと』
部下からその知らせを聞いて、宰相は文字通り吹っ飛んだ。
頭の毛が全て抜け落ちるんじゃないかと思うほどに、とにかくストレスが溜まっていた。
先代より溜まりに溜まっていたストレスで、ついに彼は倒れた。
これまで皆勤賞であった彼が、自宅療養を余儀なくされるぐらいにまで陥り、数日寝込んだ(数日で快復したのは、やはり魔族故かもしれない)。
憂鬱な気分で登城した彼を待っていたのは、件の女性。
既に謝罪は受けているだろうが、とにかく土下座しよう。
そう覚悟を決めて土下座に移ろうとしたが、それを制したのもその女性だった。
『あー、話は聞いているというかなんというか………あんな馬鹿放っておけないし、私も手伝います』
簀巻きにされた魔王を流し見て、彼女はそう言ってくれた。
彼女の絶妙なコントロールは実にありがたかった。
おかげでgdgdになりつつあった魔族内での問題も全て解決し、魔族サイドでは統一が図られた。
元々、魔王は優秀であるため、その性癖をコントロール出来る誰かがいれば、それこそ問題は全て解決する。
………魔王を調教する過程で、完全にドS化してしまったのは見ない振りをしたが。
で、なんだかんだで情があるのか、統一後は結婚。正式に魔王妃となり、子供を産んだ。それがイースなのだが………。
(まさか、二度ならぬ三度目とは………)
あの頃と比べてすっかり薄くなった頭を抱え、彼は悩んでいた。
マジでどうしよう。
彼の悩みを一文で表現するならば、それで事足りる。
困った彼は重鎮全部集めて、最近のイースの事をぶちまけた。
若い者も混じっているが、皆先代の頃より仕える者。先代の性癖を知る者ばかり。
全員揃って、嫌そうな顔になった。
「………いや、しかし先代陛下よりマシだろう。現陛下は先々代と同じく、見目麗しい美少女だ」
そう発言したのは、魔王軍元帥。
いわば軍部のトップであり、戦闘部門で彼の右に出る者もいない。
ちなみに宰相とは同期で、酒飲み仲間でもある。故に、先々代の頃より仕えているため、三代にわたる性癖に宰相同様頭を抱えた。
「まぁ、見た目的にはマシかもしれませんが………」
元帥に続いて発言したのは、魔導府長官。
魔導部門……魔法技術を統括する部署の長である彼は、この中では割合若年であるが、先代の時代から仕えている。もしかしたら、当時一番テンパっていたのは彼かもしれない(少なくとも宰相達はまだ慣れているので)。
見た目は優男だが、有する魔力と知識は魔族でもトップクラスだ。
「ですが由々しき事態であるのに変わりありません」
そう断言したのは、城のメイド長。
他の役職と比べて些か劣っていると思われるが、実際は違う。
城内の全ての役職を統括し、城の中においては宰相や元帥とも対等とも言える権力の持ち主である。
ちなみに、彼女もまた先々代の古き治世を知る者であり、その上宰相達が仕え出すよりも前から王家に仕えている。この中では最古参で、つまり一番年う
「何か言いましたか?」
「い、いや何も!」
にこり、と凄みのある笑みを浮かべ、他の参加者に尋ねるメイド長。
当然、全員が首を揃って横に振る。………ここに触れてはいけないのは万国共通である。
「ともかく、かつてのように我々もフォローに徹すべきです」
「………それしかないか」
「それ以外に方法があるとでも?」
「先代のように、異世界の住民に任せるのは?」
元帥の指摘に、沈黙が続いた。
確かにそれも一つの手ではある。だがしかし、リスクが大きすぎる。
「馬鹿を言え。かの大国の事を忘れたのか?」
勇者召喚術式を持つ大国。かの国は以前、勇者召喚を行った。
が、噂によるとその勇者は逃げ、いにしえの魔法を探り、地力でその世界へ帰ったという。
相性が悪いのもあったのかもしれないが、召喚で呼び寄せるのはリスクが大きい。最悪、自分達を害為す存在を呼んでしまう可能性もある。
それに何の事情を知らぬ者を無理矢理呼び寄せるというのも、些か後味が悪い。
「………それもそうか。すまん、今のは忘れてくれ」
「ではやはり、フォローに徹しましょう」
この分だと、近いうちに何かしでかす。
先々代は城下町を全裸で歩こうとしたし、先代は戦闘に一切防御系術式を使わず、攻撃を全て受け入れるという、ヘタしたら死ぬようなレベルの事をやっていた。
イースがそれを同レベルの事をやらないという保障はない。
全員揃って、決意を新たにするのであった。
一方のイースだが、さらに症状は悪化していた。
とにかく止まらない。妄想が止まらない。
(父上は、どうやって母上のような相手を見つけたのか)
彼女のここ最近の関心はそれだった。
彼女の母は魔族ではなく、人間だ。
仮にも魔王である父とどのようにして出会い、結ばれたのだろう。
魔族の支配圏内でも生活する人間はいる。現に城にも使用人として働く者もいる。
とはいえ、母の父に対する行動は、どう見ても使用人のそれではなかった。だとするといったい………。
「………よし」
そこでイースは行動を起こした。
誰にも気づかれずに、父の私室へと忍び込んだのだ。
隠居した時に必要品を持って行ったとはいえ、全ての私物を持って行ったわけではない。ここにはまだ魔王位に在った頃の父が使っていたものが多数残されている。
もしかしたら、ここに父と母に関するものがあるのでは? そうイースは考えたのだ。
まぁ、私室と言っても半ば物置のような部屋だ。そう簡単に目当てのものは見つからない。
だが捜索を初めてしばらくして、彼女はとあるものを発見した。
「これは………転移の術式か?」
何かのメモ帳らしきものに室されていたのは術式……それも見た事のない形式だ。
魔法には精通しているイースにも、こればかりは分からない。
もしかしたらこれこそが、父と母の秘密に繋がるのかもしれない。
そう考えたイースは、こっそりそのメモ帳を自分の部屋へと持ち帰った。
そうして、仕事に合間に術式に解析に取り組むこと数日。ついに術式の改名に成功した。
「………異世界召喚陣? ではまさか、母上は………」
異世界から召喚されたというのか。
その嫌な結論にたどり着き、同時にイースは頭を抱えた。
別の世界から勝手に人間を召喚するなど、言語道断。
だがしかし、彼女の中にある種の希望が生まれたのも事実であった。
かつて、父が自分を支配してくれる相手をこの術式で召喚したのならば、同じように自分もパートナーとなり得る相手を召喚出来るのではないか。
(わ、妾を支配してくれる相手………)
この上ない、極上の魅力がある。
母上のように叩いてくれるだろうか。罵ってくれるだろうか。嬲ってくれるだろうか。
それを想像しただけで………恍惚としてくる。
「妾の………ご主人様」
―――イースが召喚術式を行使する、数日前の出来事であった。
現在、一応第三弾も執筆中。
もしかしたら最初の二つより長くなるかもしれませんので、気長にお待ちください。
宰相
先々代魔王の頃より仕えし重鎮。実質的、魔王に次ぐ権力者。
有角種族で、やや頭が薄い(長年のストレスで)。
やや悪者っぽい風貌だが、魔王家への忠誠心は高い忠義の人。戦闘力もそこそこ高いとか。
三代にわたり、魔王のドMっぷりに振り回される苦労人。作者のイメージ的にはきっと宝亀さんボイス。
先々代魔王
イースの祖母。イースと同じく見目麗しい美少女だが、変態性癖の持ち主で、脱ぎ魔。
若かりし頃の宰相の初恋の相手だが、地下室でセルフ拷問してるのを見て冷めたという。
公然猥褻の常習犯で、宰相らの懸命なフォローによって一切その痴態は民に知れ渡っていない。
息子に王位を譲ってからは隠居中。現在も存命。
先代魔王
イースの父。残念なイケメン。ドM。だいたいこいつらのせい。
能力は高く、いにしえの魔法から異世界召喚術式を編み出した張本人。
その術式を使って異世界の女性(後の妻)を召喚し、自分のご主人様にしようとした変態。
1年前、イースに王位を譲渡し、妻と共に隠居生活に入る。
皇后
イースの母。地球出身。ドS。だいたいこいつらのせい。
社会人になって間もない頃に先代魔王に召喚され、馬鹿らしい事情に「コイツを放置出来ない」と制御役を買って出る。
その後、情が移ったのか定かではないが結婚。魔王妃の座に就き、イースを産む。
現在、先代魔王がイースに王位を譲ったのを契機に、彼女も夫共々隠居する。