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五月の電車でおっさんが

作者: 風元

 今時の若者ってやつは常識がない。

 携帯だ。メールだ。ネット社会だ。

 偶然乗り合わせた電車の中。目の前に座る若造カップルに対して、俺は胸の中であらん限りの罵倒を繰り返していた。

 ジーンズを履いたひょろりとした軟派男は赤い花束なんて抱えてやがる。

 隣の女は花の匂いをかいで、携帯を親指でピポパ。携帯電話の画面を男に見せて、口紅を塗った口端をつり上げて、無言で答えを待ってやがる。

 だから、何故そこで男に直に話し掛けない。人付き合いの基本は自分の声で話し、耳で相手の言葉を聞くことだろうが。

 隣同士で座っているのに、わざわざ携帯メールなんか使うんじゃねえ。

 バカップルが顔を見交わして笑う。なんの苦労もしたことがない、温室世代の馬鹿者たちだ。

 俺は電車の吊革を握りしめた。

 貴様らに、俺の、俺ら世代の苦労が分かるか。チビガキとぐうたら嫁を養わなければならない俺の気持ちが。

 景気は悪い。リストラは怖い。年金はがんがん減らされそうだが、教育費はがんがん上がる。

 受験戦争で苦しみ、バブルを外した、貧乏くじの世代が俺たちの苦労が分かるか。

 今日だって風邪で熱があるのに、日曜出勤だったんだ。第一日曜の先週、第二日曜の今日と、今月は日曜出勤皆勤賞だ。

 なのに、ゆとり世代の貴様らはへらへらと学んで、へらへらと大人になって。お前らが遊び疲れて座っている今も、貴様らの前でずっと立っているんだよ。

 近頃の奴らは相手を思いやることをしない。

 他者への思いやりとか、他の人を理解しようという想像力がなさすぎる。

 自己中心的な優しさゼロの欠陥品どもめ。


 電車がホームに止まる。

 バカップルが降りる。

 

 俺はなんとなく、奴らを目で追った。

 ホームでは中年女がこいつらを迎えに来ていたようだ。

 それを見つけたバカップルが手を振る。大きく。

 男の指先が奇妙な動きをした。声を出さずに唇の形だけで叫んでいる。

 カップルを待っていた女性が、両手の甲の部分を合わせてから、左右に開いていった後に、問うような表情で少女を人差し指でさした。

 それを受けて少女が、片方の手の甲においた手刀を下から上にあげる。

 二人の動きが止まったのを見計らって、青年が花束を渡した。

 中年の御婦人が嬉しそうに微笑む。


 あの花はカーネーション? 


 今日が母の日だったことを、俺はやっと思い出した。通勤の道すがら母の日のポスターは山ほど目に入っていたはずだが、心まで届いていなかった。

 身体が耳まで熱くなる。

 体温が上がる。

 この発熱は風邪のせいではないだろう。


 優しい光景を置き去りにして、電車が動き出す。


 他者への思いやりとか、他の人を理解しようという想像力がなさすぎるのは誰だ? 自己中心的な、優しさゼロの欠陥品って誰のことなんだ。

 放った言葉が、自分へ返る。

 俺は手話で会話をする若者たちに、胸の中で三駅分謝罪の言葉を繰り返した。


 電車が止まる。

 ホームに降りるとさわやかな風が吹いていた。


 そうだ、今日は花を買って帰ろう。化粧する暇もないほど母として頑張っている妻のために。

 ホームの階段を駆け上がる。

 花屋が閉まらないうちに、とっておきの、素敵な花束を買って帰ろう。出会った頃の妻のような、明るく元気な花を選んで、あいつの好きな空色のリボンで飾ってもらおう。

 よどんでいた俺の心にも風が吹く。

 その風はカーネーションの香りがした。



読んで頂き、ありがとうございました。


母の日なのに、おやじが主役。

五月の電車でおっさんが、愚痴り、気づき、前向きになった話しです。

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