第098話 蒼穹の一戦(3/3)
――吹雪をやり過ごすと、段々と視界が晴れてくる。ルィンはすぐに仲間たちがいた方を確認した。
そこでは、シルバーノートが巨大な氷の結界を張り、全員無事なようだった。
「あ、ありがとう、シルバー……よかった……」
「ルィン、お前は自分の戦いに集中するんだ。奴も大掛かりな魔法を連発していくらか消耗し始めたようだぞ」
「わかった! シルバーはみんなをお願い!」
ルィンは地を蹴り、上空――サヴィスナージャが飛ぶ高さまで跳躍し、そこに足場を作りだした。
青空の下、両者の視線が交差する。
『なかなかしぶといではないか、童』
「僕の名前はルィンだ」
『フン』
ルィンは言いながら、次の一手を探った。
シルバーノートから教わった残る水魔法の使い方――“身体の水の操作”。先ほど付与してもらった魔法式のおかげでなんとなく“イメージ”は出来る。だが――
「水の身体強化……これは魔力の消費が段違いだ……こんなのを使ったら今の僕じゃ五秒持つかどうか……!」
ルィンは必死に考えを巡らせた。
その時、再びアーシェの言葉が頭をよぎる。
――私から言えることは二つだ。一つは紋章の力をうまく使うこと。
――紋章は本人の意志に反応して、それまで以上に力を増幅させる媒体みたいなものだよ。
「紋章の力……あの力を引き出せれば……」
『我の前で考え事とは余裕だな、童! 氷の冷鎖!』
放たれた氷の鎖を、ルィンはさらに跳躍して避ける。
下を見ると、先ほどの人形たちが氷の壁を伝い、次々に迫ってきていた。
――振り返る。今まで紋章が顕現した時のことを。
雷の国でラースが身体に宿った時――あの時はあとから額が輝いていたという話を聞いただけで、ルィンに覚えはなかった。
風の国で魔族――ミダリアとの戦闘中に力が沸いてきた時。それから、魔界ヴォーグザリオンで皇魔と戦っていたあの時――どれもルィンの奮起や怒りの“感情”に反応していた。
ザームの思惑のせいで傷つけ合うことになった魔族との戦闘、ファガーやサザリー、レグリスの顔。
そして――
ルィンは意識を戻し、目下の竜を鋭く睨みつけた。
「僕は、こんなところで足踏みしている暇はないんだ……ッ! フィルレインのように強くなって! ザームを倒して――ッ! サラを――!!」
ルィンの強い気持ちに呼応するように、その額に光が宿る。すると、身体の内から溢れるように力がみなぎってきた。ルィンは全身に力を込め、大きく息を吐く。
「絶対蒼華!!」
その瞬間、ルィンの身体が青白く眩い光を放った。
高台では、それまでほとんど感情の変化を見せてこなかったシルバーノートが、初めて驚きのこもった表情をした。
「ルィンのやつ、紋章なんて持っていたのか……これは、もしかしたらあいつよりも……」
「何が起きたの!? ルィンの魔力が膨れ上がったわ! これがその紋章の力――!?」
フェルナリーザもめずらしく動揺を声に表す。
――直後、ルィンの姿が消え、下から迫っていた氷人形たちが次々と破壊されていく。
「な、何が――!?」
皆が確認できたのは、その間を高速で移動する光の残像だった。甲高い音が重なるように途切れることなく響き渡り、人形はことごとく砕かれていく。
――それは、ルィンが壁の間を素早く跳躍し、氷を打ち払っていく音だった。
「な、なんだ!? 坊主のスピードが飛躍的に上がったぞ――!?」
すべての氷を薙ぎ払うと、ルィンはサヴィスナージャの目前まで跳び込んだ。
『ク――ッ!』
サヴィスナージャはスピードの上がったルィンに反応が遅れ、間合いへの接近を許してしまう。
息をつく間もなく、ルィンは腕を交差させて二本の巨大な氷の刃を生成した。そのまま大きく腕を振るい、左右から挟むように斬りつける。
「はぁああ――ッ!!」
『甘い、わ――ッ!』
サヴィスナージャは翼を壁にしてそれを受け止めた。防御の衝撃で空気が大きく揺れる。
だが、その一瞬でサヴィスナージャはルィンの姿を見失った。
『――ッ!?』
横合いから翼の防御を突き破ってルィンの蹴りが飛び込む。続けて顎を下から突き上げられ、その巨体が大きく揺らいだ。サヴィスナージャが状況を理解する頃には、ルィンは尾を両腕で抱え込んでいた。
そのまま壁を蹴り、高台に向けて跳躍した。
「――ぁああぁあああ!!」
『ウ……グォオ……ッ!!』
ルィンは巨体を高台に叩きつけ、けたたましい轟音と振動が辺りを襲う。
「きゃあッ――!」
「うわぁっ!」
仲間たちは地を踏み締め、風圧をなんとかやり過ごす。
――砂埃が消えると、そこには青白く輝くルィンが、身体を起こそうとするサヴィスナージャの前に立っていた。
「降参して水の精霊を返してよ」
ルィンの額には五本の線から成る紋章が光を帯びていた。その力を発現してからルィンの闘志は燃え上がり、揺らぐことのない“自信”が溢れていた。
『……ハッ、我ら竜族は自ら負けを認めることなどしない……!』
サヴィスナージャは体勢を立て直すと、ルィンを睨みつけながら言い放った。
「なら仕方ないけど力づくだね」
『……調子に乗るなよ、小僧――!!』
サヴィスナージャの体から魔力の光が弾ける。
「氷竜生成!!」
いくつもの氷の竜が生み出され、ルィンを囲み込む。どれもサヴィスナージャ自身と同格の体躯を持ち、目を光らせながらルィンに迫った。
「まだこんな力を……!?」
外周で見守る仲間たちから動揺の声が上がる。
ルィンは跳躍し竜たちを見下ろす位置まで昇ると、両手を大きく振るった。
「降り注ぐ氷剣!!」「咲き乱れる氷槍!!」
同時に放たれた二つの魔法が氷竜たちの上下から迫る。分身たちは防御する暇もなく、一瞬にして砕け散った。
サヴィスナージャも氷の直撃を受け、大きくダメージを負う。
『ぐぬ――ッ!』
「えっ……? 今、ルゥの言葉が二重に聞こえたような……?」
サヴィスナージャは氷を振り払うように、その体躯を回転させながら上空に舞い上がった。
『遊びは終わりだ……ッ! 貴様らもろとも塵にしてくれる――ッ!!』
見下ろす形で全身に沸るような魔力を巡らせる。
大気が震え、下方にいる仲間たちにもその魔力の濃さが伝わってくる。
タグラーがゴクリと息を呑んだ。
「あ、あんな魔力で一撃喰らったら、この一帯が吹き飛ぶぞ……」
「そうね、でも私はルィンを信じるわ」
「わ、わたしだって信じてるんだから!」
ルナはそう言いながらも、フェルナリーザの肩に隠れるようにして空を見上げる。
――次の瞬間、空が閃光に包まれ、大きく弾けた。
『蒼覇竜獄!!』
サヴィスナージャの全身から巨大な光線が放たれた。大地が怒りを解き放ったかのように激しく鳴動する。圧に吹き飛ばされまいと、一行は身を守るようにして両腕を前に出した。
「こ、こんなの……どうしようも……っ!」
だが、ルィンはその攻撃を見ても一歩も引かなかった。光線を睨みつけ、全身に力を集中させる――
体中の魔力を一点に凝縮し――
「最果ての蒼穹――ッ!!」
両手を前に出し、力強く叫ぶ。水色に輝く同規模の光線が放たれ、サヴィスナージャの攻撃を受け止めた。爆発のような轟音と地響きが辺りを襲う。
「はぁああッ――――!」
『グッ、この――ッ!』
二人の攻撃は真ん中でせめぎ合い、互いに一歩も引かない。
――刹那、サヴィスナージャは光線を放ちながら翼を広げ、氷の刃を生成した。
『氷刃――!』
「氷白顕現!」「水の大槍!」
『クッ――!』
ルィンは氷刃を防御すると同時に、水の槍を撃ち返す。その間も光線は途切れることなく続いていた。
「ンぐぎぎぎッ――――!」
『貴様、絶対蒼華をそこまで――ッ!』
サヴィスナージャの声音に、今までになかった焦りの色が滲み始める。
「あんなに強力な魔法を放ちながら同時に別の魔法を撃つなんて……それに、やっぱりルゥの言葉が二重に聞こえる……どうなってるの?」
ナヴィの疑問にシルバーノートが言葉を返す。
「絶対蒼華――今のルィンは水の上級身体強化を使っている。平たく言えば、体内の血液や髄液の流れを操作して、思考と身体能力を限界以上に引き上げている状態だ」
「そ、そんなこと出来るの……?」
「思考を並列することで、同時に二つの魔法を使うこともできる」
「思考を、並列……??」
シルバーノートの説明を聞いても、一同の頭には驚きと疑問符が浮かぶばかりだった。
「だが、あのフィルレインでさえこの強化魔法は相当な負荷がかかっていた。知識としてはあったが、俺も使うことはできない。ルィンはすごいな」
「ルゥはやる時はやるのよ!!」
ルナがフェルナリーザの肩から飛び立ち、嬉しそうに羽を揺らした。
皆が視線を戻すと、横合いから放たれた氷塊が、サヴィスナージャの体勢を大きく崩したところだった。
『クッ……!』
「今だッ!! っはぁああああ――――ッ!!」
ルィンは爆発的に魔力の出力を高める。拮抗していた魔法攻撃のぶつかり合いは、一気にヴィスナージャの方へ押し込まれていった。
「っあぁああああああ――――ッ!!」
『こんな、小僧に……っ! ……グ、ァアアアア――――――!!』
ルィンの光線はサヴィスナージャに直撃し、眩い閃光の爆発が一面の空を覆った。




