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幻想水月物語  作者: 安良木 響花
【藍の章】
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第095話 頂で待つもの

「シャルッ――!!」


 オーグのもとへ急いで駆け寄ると、そばにシャルが横たわり、背中から大量の血が滲んでいた。周りの旅人たちが天道てんどうで治癒の力を注いでいたが、一目で危険な状態だと分かった。オーグが手を握り、必死にシャルに声をかけていた。


「シャルッ、しっかりしてくれ!!」

「オー、グ……」

「シャル! 今治すから、そのままゆっくり深呼吸を続けて。オーグはシャルの手をしっかり握っててあげて」

「ルィン、何を……?」


 オーグが涙を浮かべながら振り返るが、ルィンはシャルの前に屈み、目を閉じて集中した。


 見た限りシャルの傷は深く、“気配”もかすかに弱まりつつある――。

 二人は恩人であり、大切な友人だ。

 ルィンは星に念じ、懸命に“ことば”を聞いた。


 ――ルィンは大きく息を吐くと、目を見開いた。


風の大優癒(ディア・ウル・リーフ)!」


 ルィンが強く魔力を込めた回復魔法を放つ。緑色の眩い光がシャルを包み込んだ。

 だが、すぐには傷が塞がらない。ルィンは一心に魔力を注ぎ続けた。


 ――しばらくすると、シャルの蒼白だった顔色に血の気が戻り、乱れていた呼吸も落ち着いてきた。“気配”の乱れも収まり、苦しげだった表情は次第に穏やかになった。

 やがてシャルはそっと眠りについた。


「シャル――っ! よかった――っ」

「オーグはこのままここでシャルを守っていて。この一帯を結界で防御するから、怪我した人たちはそこで一緒に待っててもらおう」

「ルィン……お前……」

「ふふ、“あの時”の恩返しをしなきゃね」

「っ――!! ありがとう、ルィン……!」


 オーグはシャルの手をぎゅっと握りしめた。


 ルィンは立ち上がり、タグラーが向かった先――高台の上方に視線を送った。そこからは微かに“異質な気配”が感じられた。

 そこへナヴィが駆け寄ってくる。


「ルゥ……あそこ、とてつもない気配を感じるよ……あそこにいるのは、この辺の影獣とは“格”がちがう……」

「やっぱりあそこに何かいるんだね」


 ナヴィは同じく高台を見つめるが、その心から怯えとも似た感情が伝わってくる。


「ルィン、落ち着いたら私たちもすぐに向かいましょう」

「うん、急ごう」 


 フェルナリーザたちが合流し、各々を確認し合う。


「ルィン、俺たちも行くぜ!」


 ライリーとユーステスが駆け寄ってくる。二人は大きな怪我もなく、まだ体力も残っているようだった。


「いや――この先は危険だと思う。あそこからは強大な魔力が感じられるんだ。それに、また影獣の群れがこっちに漏れてくるかもしれない。ライリーたちにはここでみんなを守っててほしいんだ」

「強大な魔力……そりゃあ俺たちに出る幕は無いな……わかった! ここは俺らに任せて後ろを気にせず行ってきてくれ!」

「ルィン、気を付けろ、無理するなよ」

「うん、ありがとう」


 ルィンは魔力を溜め、手を頭上に掲げた。


大守護悠水陣ベリア・ウル・アイフィール!!」


 その言葉とともに、巨大な結界が周囲を広く包み込んだ。


「なんなんだ……あのガキども……」


 離れたところにいたバリスが結界を見上げ、小さく呟いた。


 ルィンは準備を整え、目的地を見据えた。


「よし、行こう、みんな!」


 人々のざわめきが残る中、ルィンたちはすぐに駆けだした。



 タグラーはすでに高台の上層にいるようで、ふもとに辿り着くまでに影獣の襲撃は一切なかった。


「タグラーが全部引き付けているみたいね。あの強さなら無事だと思うけれど、“上のやつ”相手には大丈夫かしら」

「うん、少し心配だ。急ごう、みんな僕の足場で上へ!」


 ルィンは水の足場を生成しながら上昇していく。一行はそれを伝って高台の上部を目指した。



「よし、もうすぐだ!」


 雲を越え、最高地が見えてくる。

 そして、頂上に足を踏み入れた途端――突如莫大な魔力の嵐がルィンたちを襲った。


「うぐっ……一体なにが……!?」

「なに……!? この魔力……!!」


 ルィンは魔力の圧に吹き飛ばされまいと両腕で咄嗟に身体を守った。

 吹き荒れる風の先には、巨大な存在が一つあった。

 そこには――


「まさか――竜!?」


 視界に入ったのは、四枚の翼を持つ水色の鱗の巨大な竜。谷底で遭遇した大地の竜――「ジークヴェルグ」と同じく、そこに立つだけで圧倒的な威圧を放っていた。


 視線の先ではタグラーが大剣を構えて竜と対峙しつつ、大地魔法で襲い来る影獣を散らしていた。


「僕たち、こんな気配に気が付かなかったなんて――!」

「それは『水の精霊』が高台の上部に結界を張って『サヴィスナージャ』を抑えていたからだ」


 シルバーノートの声が背後から届く。


「サヴィスナージャ……!? シルバーは気づいてたの……!?」

「ああ、街を出発してほどなくしてな」

「――大地創造エレーヴァ・グラン!! っはあぁあ――ッ!! 」


 その時、タグラーが大地を突き上げ、その勢いで大きく跳躍した。同時に竜――サヴィスナージャの足元の地面をくぼませた。サヴィスナージャの体勢がわずかに揺らぎ、その隙に岩の強化を受けた巨大な大剣が竜の頭部を狙う。

 だが――


「ぐぁっ!!」

「タグラー!!」


 タグラーが大剣を振り下ろそうとした刹那、防御が一瞬薄くなったその瞬間を狙い、横手から人間大の氷塊が直撃した。吹き飛ばされたタグラーは大きく宙を舞い、そのまま地面に叩きつけられた。

 サヴィスナージャが口に魔力を溜め、次の一撃がタグラーに迫る。


「危ない!!」


 ――竜の口から放たれた巨大な水色の光線を、間に入ったルィンの土の壁が間一髪受け止めた。だが、その威力は想像をゆうに超え、壁は瞬く間に突き破られた。それでも、ルィンはそのわずかな隙にタグラーを安全な場所へ移していた。


「ジークヴェルグとは比にならない強さだ……! 同じ竜なのに――」

「坊主、助かった! あいつはワシ一人ではどうにもならん! ここにいる魔法使い全員でかからんとやつは倒せんぞ!」

「そうだね、とてつもない魔力だ――」

「いや、ルィン、あいつはお前ひとりで何とかしてみろ」

「えっ!?」


 シルバーノートが背後で腕を組みながら、変わらぬ表情でサヴィスナージャを見つめていた。


「あいつは本来の半分以下の魔力しか有していないようだ。フィルレインならあの程度ひとりで容易く抑え込んだだろう」


 その言葉にルィンは息を詰め、サヴィスナージャを見据えた。


「あれで半分……? それに、フィルレインは一人であんなのを……」

「ルゥ! 危険だよ!」

「そうよ! いくらなんでもアレを一人でなんて――」


 ナヴィとルナの声が響く中、ルィンは視線を竜から逸らさなかった。

 シルバーノートがかつて共にいたといういにしえの水の国の王――フィルレイン。直接会ったことはないが、ルィンが目指す人物の一人でもあった。


 ルィンは震える拳を握りしめ、一歩前へ踏み出した。


「……よし、わかった! やってみる――!」

「ルゥっ――!!」

「言っておくが、他の属性、それから『月の加護』や剣術もなしだ。水属性だけで戦え。教えたことを実践してみせろ」

「水属性だけで……」


 ルィンはごくりと喉を鳴らした。シルバーノートの課す制約、そして目の前のサヴィスナージャの圧に、ルィンは一歩退きそうになる。

 ――だが、フィルレインのように強くなりたいという気持ちがルィンを奮い立たせた。


「みんなは周りの影獣を抑えてて! ルナもその援護をお願い! サヴィスナージャとは僕だけで戦う!」

「坊主、それはあまりにも無謀だ! アレは――」


 タグラーが声を上げるが、フェルナリーザがそれを制した。


「……はぁ、あなたは一度決めたら何を言っても変わらないものね。ただ危険な時は援護に入る、それでいいかしら」

「うん……!」


 フェルナリーザはルィンの頷きを確認すると、刀を抜き周囲の影獣へと走り出した。


「もうっ、ルゥ! 勝手に決めて、あとで怒るからねっ!!」

「あとでお説教よ!」

「ルィン兄、死なないでよ!」


 ナヴィとルナ、ゼルもそれに続いた。


 ルィンは握った拳に力を込め、地を踏みしめてサヴィスナージャと対峙した。その手には冷や汗と震えが混じっている。

 強大な敵を前に不安と高揚が入り混じる。その背を、ひとつの武者震いが駆け抜けた。


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