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第008話 森の門

「ここからは森の中か……」


 ルィンの声は木々に吸い込まれるように小さかった。


「ルナ、森には野生の動物もいて危険なことも多いから、ここからは慎重に行こう」

「大丈夫! わたしがついてるから安心して!」


 ルナが胸を張ってそう言うと、小さな羽が誇らしげに揺れた。

 その自信に満ちた様子に思わず口元がほころぶ。どこからそんな自信が湧いてくるのかはわからなかったが、隣にいてくれるだけで心強く感じられた。

 静かに息を吸い込み、胸の奥に残るかすかな不安を押し込める。森の暗さも足元の冷たさも、それらすべてがもう引き返せないという思いを強くさせた。そして覚悟を決めるようにして、森の中へと足を踏み入れた。


 ――森へ入ると景色は一変した。木漏れ日がわずかに差し込む中、辺りは高い木々に覆われ、音も光も飲み込まれたように静まり返っていた。思わず身震いする。

 村の近くの森とは明らかに異なる気配が漂っていた。木々はより高く、より深く、何かを囁きあうように枝を揺らしている。時折聞こえる不気味な音に足が止まってしまう。

 時の流れさえも森の奥では止まってしまったかのようだった。一歩ごとに足音を殺すようにしてゆっくりと歩を進めた。


 先ほどまでの勢いはどこへやら、ルナは肩にしがみつきながら恐る恐る周囲を見回していた。


「森ってこんなに薄気味悪いところだったのね……」


 ――すると突然、後方から枝が弾けるような音がした。全身の神経が一瞬で研ぎ澄まされる。耳鳴りのような静けさの中、心臓の音だけが大きく響いた。

 ルィンは反射的に振り返る。


「ルゥ、後ろ……!」


 ルナの小さな声が震えていた。音がした方向の先には黒い影を宿した二体の狼がいた。


「――ッ! ルナ、戦える!?」

「攻撃はできないけど、魔法で援護ならできるわ!」

「わかった、力を貸して!」

「えぇ! 月の加護(マイス・ルーナ)!!」


 近くに落ちていた木の枝を拾い上げ、それを強く握りしめる。ルナが小さく輝きを放つと、その光がルィンを優しく包み込んだ。


 ――次の瞬間、狼たちが牙を剥いて駆け出してきた。


水の剣(シュルク・アイル)――!」


 木の枝から水の刃を生み出し、渾身の力で振り下ろす。鋭い刃は一匹の胴を深く切り裂き、狼は苦しげな唸り声を上げて地面に倒れ伏した。

 一匹が倒れるのを見て、もう一匹がわずかにひるむ。しかしすぐに牙を剥いて再び跳びかかってきた。


「もう一匹が来るわ!」


 迫り来る狼の突進を横に跳んでかろうじて避ける。だが、すぐさま反転して襲いかかってくる。ルィンは体勢を整える余裕はなく、膝をついたまま水の刃を横に振るった。鋭い水の弧が狼の頭部を切り裂き、もう一体も静かに崩れ落ちた。


「やったわ!」


 荒い呼吸を整えながら倒れた狼たちを見つめた。その身体は煙のように消えていった。


「これって……」


 ルナが近づきながらその様子を訝しげに見つめていた。


「いつつ、ちょっと擦りむいちゃった」

「わたしが回復魔法をかけるわ、どこかしら?」


 怪我した部位を見せると、ルナが舞い寄り、そっと手をかざした。


月の心癒(ディア・ルーナ)


 すると、光に包まれて膝の傷がみるみるうちに癒えていった。


「すごい、そういえばサラもこんな魔法、使ってた……」


 思いにふけりかけたが、ルィンは立ち上がり狼たちが現れた方向を一瞥した。


「ルナ、ありがとう。ここにいたらまた襲われるかもしれない、先へ進もう」

「そうね! 行きましょう!」



 森を早足で進みながら、ルィンは先ほどのルナの魔法の力を振り返った。


「――ルナ、さっきの戦いのときはどんな魔法を使ったの? なんだか身体が軽くなった気がしたよ」

「フフン! あれはわたしが得意な“月魔法”よ!」

「月魔法? そんなものまであるんだ……でもおかげで助かったよ」


 魔法の世界は自分の知らないことばかりだと改めて思った。それでも、ルナの明るさと頼もしさがそばにあるだけで、不思議と不安はなかった。



 ――もはや帰り道のことは考えていなかった。ルナに案内されるままさらに森の奥へと進んでいく。

 すると、周囲の景色が徐々に変わり始めた。木々の間から薄青い霧がじわりと立ちこめ、視界がかすむようにあたりを覆っていく。空気はひんやりとして、まるでどこか別の場所に足を踏み入れたような感覚が肌を撫でた。


「ルゥ、ここ……魔法の壁があるわ。ここから先がおそらく“青の里”よ」


 ルナが小さな手を宙に添える。


「魔法の壁?」


 目を凝らしてルナが示す先を見つめる。霧の向こうに目には見えない“何か”の気配を感じた。

 ごくり、と唾を飲み込みそっと手を伸ばす。


「ここが……じいちゃんの言ってた……」


 胸の奥はなぜか少しだけ高鳴っていた。あの日聞いた“青の里”という名が、現実のものとして目の前に広がろうとしている――


 深く息を吸い、覚悟を決めてゆっくりと前へ進んだ。すると辺りが青い光に包まれ、まるで水面に溶けていくように、身体は静かに壁の中へと吸い込まれていった――


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