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第006話 小さな魔法

 村を出てから最初に辿り着いたのは、どこか懐かしさを覚える小さな村だった。


「ルナ、ここで少し休んでいこうか」

「そうね、歩きっぱなしだものね」


 門をくぐったとき、奥からひとりの女の子が駆けてきた。


「にぃに!」


 年はルィンより五つほど下だろうか。クマのぬいぐるみを抱きしめ、息を切らして目の前までやって来る。

 人違いだと気づいたのか、ルィンを見て一歩下がって小さく震えた。


「にぃにじゃ……ない」


 ルィンは腰を落とし、目線を合わせた。


「……誰かを待っているの?」


 女の子はぬいぐるみに顔をうずめた。


「うん……にぃに、黒いおばけをやっつけに行ったの。でも、ずっと帰ってこなくて……」

「黒いおばけ……」


 ルィンはその言葉で、この村も被害を受けていたことを悟った。

 女の子が落ち着くのを待ち、穏やかに尋ねる。


「君の名前は?」

「……ニーナ」

「ニーナ、家族の人は?」

「おじいにゃんがおうちにいる」


 ニーナに案内され、一軒の家へ向かった。


「――カーウか!?」


 奥から飛び出してきた老人は、ルィンの姿を見るなり咳き込み、落胆した表情を浮かべた。


「すまん……人違いだったの」

「カーウというのはこの子の――ニーナのお兄さんのことですか?」

「そうじゃ……先の災害で行方がわからなくなっての――」


 その声には悲しみがにじんでいた。

 老人の話では、ニーナの兄――カーウは、影が空から降って来たとき、友人の馬車を心配して後を追ったままそれきり帰ってこないのだという。



 ルィンは家を離れると通りのベンチに腰を下ろし、えぐれた地面を見つめた。


「襲われたのは僕の村やあの街だけじゃなかったんだ……」

「そうみたいね、もしかしてその災害っていうのは世界中で起きたのかしら」

「どうだろう……でも、あの子のお兄さんは……」


 言葉を継いだとき、視線を感じて振り返った。

 木の陰からニーナがこちらを覗いていた。


「キラキラした、小さい女の子……!」


 駆け寄ったニーナがルィンの肩を指さす。


「この子はなに!?」


 ルィンは肩を傾け、ルナが見えるように近づけた。


「この子はルナ、妖精だよ」

「ようせい……! わたし、おばあちゃんのお話で聞いたことある! 魔法使いと一緒にいるって――お兄ちゃんは魔法使いなの!?」


 ニーナは驚きと期待のこもった眼差しでルィンを見つめた。

 ルィンは一瞬戸惑ったが、すぐに微笑んでみせた。


「うん、そうかもしれない」

「そうなの――!? それじゃあ、にぃにを連れて帰ってきてくれる!?」

「――っ」


 必死な声に、ルィンは言葉を詰まらせる。


「僕には……ニーナのお兄さんがどこにいるのか、わからないんだ。ごめんね――」

「そう、なんだ――」


 ニーナの肩が落ちる。

 その様子を見つめながら、ルィンの胸にひとつの思いがよぎった。


「ニーナ、僕はお兄さんを見つける魔法は使えないけど、別の魔法でニーナを元気づけてあげられるかもしれない」

「べつの魔法?」

「うん、見てくれる?」

「……うん」


 ルィンはニーナの前に膝をつき、手を広げて水をすくうように掲げた。


水花の舞い(フロール・アイル)


 その言葉で、ルィンの手のひらから水が湧き、光をまとって花の形を取った。


「わぁ……きれい!」


 ルィンはそれを空中に放つと、次々と花を生み出し、花の雨を降らせた。ルナもその光に誘われるように舞い上がり、黄金の輝きを散らしながら花の間をひらひらと舞い踊った。


 夢を見ているような光景だった。


「すごい……!」


 ニーナは両手を広げて花びらを受け止める。

 ――けれど、花を見上げながら次第にその瞳には涙が溢れ出した。


「にぃに……うぅ……にぃにっ……うわぁあん――!」


 光を追っていた小さな身体は次第に震え、ニーナは声を上げて泣き出した。


 隣で同じ景色を見ていたルィンの頬にも、気づけば一筋の涙が伝っていた。


 村を出てからひたすらに歩き続けてきたが、心はまだ立ち止まったままだった。

 思い出すことを避けてきた祖父の姿や村の日々が、花の光に照らされて胸に浮かんできた。


 そのとき、ひとつのしずくが落ちたように、何かがすとんとルィンの胸の底に触れたような感覚があった。

 ――ようやく、大切なものを失ったこの感情を、少しだけ受け入れられたような気がした。


 ルィンは涙を拭い、小さな頭にそっと手を置いて、ニーナが泣き止むまでやさしく撫で続けた。




「お兄ちゃん……きれいな魔法をありがとう。ニーナ、ちょっとだけ元気になった」


 村を離れるとき、ニーナは門まで見送りに来てくれた。


「よかった。……ニーナ、お兄さんが帰ってくるといいね」

「うん、ニーナ、もう大丈夫。魔法使いのお兄ちゃん、元気でね」


 ルィンはニーナに手を振ると、村から一歩踏み出した。

 その小さな背中は、確かに前へと進み始めていた。


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