第005話 相棒
満月の光が川面に反射し、キラキラと輝いていた。
川のせせらぎが心地よい音を奏でる中、ルィンは焚き火の前で指輪から出てきた女の子――ルナと話していた。
「――そうすると、ルナは指輪の中でずっと眠っていたっていうこと?」
「そうよ。どれくらい寝てたのか自分でもわからないのよ。まるでずっと夢の中にいるみたいだったわ」
ルナは「うーん」と思い出すように首を傾げた。
そのとき、ルィンの脳裏にあの光景が蘇り、恐怖に思わず体を震わせる。
「でも、昨日は一体何が起きたんだろう……いきなり空から黒い塊が降ってきて、街や人を飲み込んでいったんだ」
「黒い塊?」
「うん、最初に空が――」
ザ――ッ
「……あれ、なんだろう。あの感じ、どこかで……」
昨日の光景がどこか既視感のあるものに感じられた。けれど、今まであのような出来事を経験はしたことはない。目を瞑り、何かを思い出そうと必死に記憶を手繰り寄せる。
――すると瞼の裏に、あの黒い渦と「夢」で見た崩れる足場の場面が重なった。
「……似てる、あの夢と、昨日の出来事……」
まるで予知夢のようだったことに気づき、背筋が冷たくなる。
「どうしたの?」
「あ、ううん……。えっと、ルナはサラとはこうやって話したことはあったの?」
ルィンは少し期待を込めた眼差しでルナに顔を向けた。
「サラ? うーん、うっすら一緒にいたような気もするけど、夢の中のようではっきり覚えていないし、話したことはないわね」
「そう、なんだ……」
ルィンの顔にかすかな失望の色が浮かぶ。
そんな様子を見て、ルナは付け加えた。
「わたしはラースと一緒にいたのよ」
「ラース?」
「そう! すっごい魔法使いなのよ!」
小さな手を振りながら目をきらきらと輝かせる。まるで昔を懐かしむような嬉しさがその表情ににじんでいた。
「なんでもできて、本当にすごいんだから! そうよ、あの時だってみんな困っているのに、それをあっという間に――」
興奮気味に続く声が、焚き火のはぜる音にまぎれてはじけた。
だが、ルィンはどこか上の空だった。村を出たものの、行く当てもなくサラについての手がかりもない。気づけば村のみんなの顔や祖父の声が心の奥に静かに浮かんでくる――
「あ! あなたの言う昨日何が起きたのかとか、そのサラって子がどこへ行っちゃったとか、ラースなら何かわかるかもしれないわね」
ルナが思いついたように声を上げた。
ルィンはその声で我に返る。
「本当!? ラースはどこにいるの!? すぐに会える?」
「うーん、たぶんすぐにはむずかしいわね」
期待に満ちたルィンの声にルナは目を伏せながらため息をつく。その視線はルィンの手元――指輪に注がれていた。
「その指輪の中にラースの気配はするの。わたしみたいにそこに眠っているみたい。でもまったく反応がないのよ」
「そうなんだ……」
ルィンは力が抜けたように、肩を落とした。
「でもね、あなたが宝石を嵌めたことで指輪に魔力が戻って私は出てこられたから、もしかしたら他の宝石も嵌めれば……」
「他にもこういう青い宝石があるの?」
ルィンは顔を上げた。
「青だけじゃないわ。世界にはこの星を支えるいくつもの色があるの。どの宝石もきれいでそれぞれ独特の特徴を持っているわ」
「その宝石はどこにあるの!?」
「っもう、落ち着いてってば」
前のめりになるルィンの勢いに、ルナの小さな手が制した。
「そうね、わたしが前にいた時から随分時間が経っているみたいだから確かなことは言えないけれど……おそらく各地の『里』にあるはずよ」
「里……確かじいちゃんも里へ行けって……」
「それなら決まりね! まずは近くの里へ行ってみましょう!」
ルィンはルナとの話を振り返りながらじっと考え込む。
「でも里ってどこにあるんだろう。街でそんな話を聞いたこともないし……」
「……ん? あなたのその水の宝石、魔法の痕跡が残してあるわね」
ルナがルィンの指輪を指し示す。
「魔法の痕跡?」
「ええ、詳しいことは分からないけれど、おそらくそれを辿っていけば見つかるんじゃないかしら」
「そうなんだ……でも、水の宝石っていうのは……?」
ルィンは指輪を手のひらにのせ、じっと見つめた。そこにある澄んだ青の宝石が満月の光を反射してゆらめいている。
――そのとき、ふと気づく。自分がこれまで使ってきた魔法がすべて『水』に関するものだったことに。
「ルナ、もしかして魔法って水を生み出すだけじゃないの?」
「そうよ。他にもいろんな種類があるわ」
ルィンの焚き火に照らされた顔に、驚きと高揚が交錯する。
「宝石はそれぞれの属性の力を宿しているから、これからあなたが向かうのは各地の属性の里ってことになるわね」
「属性の……」
「里の長たちは、おそらくわたしみたいな妖精を連れているはずよ」
「妖精……」
魔法には多くの種類があり、ルナのような存在が他にもいる――その事実にルィンは驚きとともに、広がる世界の気配を感じた。次々と明らかになる新しい情報に頭の整理が追いつかない。それでもルィンの胸にはひとりになった不安と同時に、これからの旅への淡い希望が芽生えていた。
だがそのとき、脳裏にあの日の街の人々の言葉が思い返された。
――こ、これは、魔法の呪いじゃ――!! 古の悪魔が、魔法が、よみがえったんじゃあぁ――ッ!!
「……でも、魔法って呪われた力だって思われてるみたいなんだ。これから先大丈夫かな……」
「呪われた力? 今はそんな風に思われてるのかしら」
「うん、だからじいちゃんは秘密にしろって言ってたのかもしれない」
ルィンは祖父の言葉を思い出す。
「大丈夫! わたしも付いていくから安心して! ラースを叩き起こさなくちゃ!」
「……ありがとう、ルナ」
ルィンの沈んだ声に、ルナはじっとその顔を覗き込んだ。
まだ幼い少年が背負うにはあまりに過酷な運命。しかし、その瞳の奥には消えそうなほど細く、けれど確かな光が宿っているのを、ルナは感じ取った。
「ねぇ、あなた……ルゥにとって、サラってどんな存在なの?」
唐突な問いかけ。そして、変わった呼び名にルィンは少し目を丸くした。けれどすぐに真剣な表情に戻り、焚火の炎を見つめる。
「サラは……大切な友達だよ。約束したんだ。必ず助けに行くって」
「そう……」
そのまなざしに込められた強い意志を感じ取り、ルナはそれ以上のことは尋ねなかった。
「わかったわ! それじゃあわたしもその約束、手伝ってあげるわ!」
「えっ?」
「ラースの指輪をあなたが持ってるってことは、きっと何か意味があることなのよ! たぶんこれも『運命』なんだわ! だから大船に乗ったつもりでわたしについて来て!!」
ルナはふわりとルィンの膝の上に舞い降りた。小さな体が寄り添い、焚き火のぬくもりとともに心がゆるんでいく。
「ふふ、ありがとうルナ」
ひとりぼっちだと思っていた旅路に、小さな、けれど温かい灯火がひとつ灯った気がした。
「さ、今日はもう休みましょう! 旅はまだ始まったばかりなんだから!」
川のせせらぎが優しくさざめき、満月の光が静かに二人を見守る。
ルィンとルナは並んで草の上に横たわり、不安とほんの少しの期待を胸に、そっと目を閉じた。
明日からは、長く険しい旅が始まる――。




