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幻想水月物語  作者: 安良木 響花
【緑の章】
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第051話 風を越えるちから

 しばらくの間、剣を教えてもらいながら、アーシェたちと共に泉のほとりで過ごしていた。


「瘴気の汚染が収まったら改めて里を案内するよ。今は里は汚染されていて食べられるものがほとんどないからな。食糧は里の外で探す外ない。幸い水は木々が浄化したものがあるから助かったよ」


 アーシェは木のくぼみに溜まった水をそっとすくう。

 ルィンは手にした樹の実をゆっくりと口に運びながら、目をそっと伏せた。


「僕、ラテラに勝てるようになるのかな……」


 ふとこぼれた声に、アーシェは顔を向けた。


「勝つことを目標にする必要はない。君は剣の対人戦を極めるためにここに来たわけじゃないんだ。ラテラをお手本にして、その体に自然と剣の扱い方が馴染んでいけばそれでいい」

「……そっか、そうだね。ナヴィとはラテラに追いつくって約束したけど、焦る必要はないよね」

「でも私、君が成長していく姿を見るのが楽しいよ。そのうちほんとに追い抜かれちゃうかもなあ」


 ラテラは笑顔を見せる。

 まだ里の危機的状況を脱却できたわけではないが、泉のそばでは穏やかな空気が流れていた。

 


 繰り返される模擬戦の中で、次第にラテラの攻撃に反応できるようになっていった。ラテラもこちらの成長を確かめるように、時折あえて隙を見せる。


「うーん、もうだいぶ仕上がってきたと思うんだけどなあ。アーシェ、どう思う?」


 剣を受けながらラテラが尋ねると、アーシェは静かに頷いた。


「そうだな。相手の動きを観察する目も養われてきたし、判断力や太刀筋も大きく向上している。一度止まってくれ」


 その評価に、思わず顔をぱっとさせる。打ち込む手を止め、額の汗を拭いながら振り返る。


「二人のおかげだよ。それに、ナヴィもね」

「ルィン、次は魔法や天道《てんどう》の身体強化も使って一度ラテラと打ち合ってみてくれ。それで最終的な判断をしよう」


 アーシェの提案に、息を吸って大きく頷く。


「わかった!」

「ルィン君も本気ってわけだね。楽しみだなあ」


 いつも通り正面に向き合う。頭を下げて礼をすると、ラテラは軽く片手を挙げて応じた。


「行こう、ナヴィ」

『うん』


 ――瞬間、全身に魔法と天道の強化を施す。炎魔法で筋肉に力強さを加え、雷魔法を体内に巡らせ速度を上げる。加えて剣に太陽の力を流し込むと、地を蹴って一気に距離を詰めた。


「やぁ――ッ!」

「――ッ!」


 その動きにラテラが息をのむ暇もなく、剣と剣が激しくぶつかり合う。ぶつかった瞬間、二人の腕に衝撃が走った。


「速さも威力も、すっごい、増したね――!」


 押され気味になりながらも、ラテラはどこか楽しげに笑みを浮かべていた。息をつく間もなく、手を緩めずに次々と攻め立てる。強化魔法で攻撃の勢いは増したが、ラテラはぎりぎりで受け流し続けた。

 だが、怒涛の攻めの中で、次第にラテラの動きが乱れ始める。体勢がわずかに傾いた――その隙を突いた一撃が、彼女の頬をチリッとかすめた。


「っ――!」


 その瞬間、ラテラの笑みが消え、目つきが鋭く変わる。崩れかけた体勢を即座に立て直す。

 そして――


「嵐の連(クィンズ・メル)――!!」


 ラテラの持つ剣が緑に輝いた、そのとき――


『止(・)ま(・)れ(・)!! ラテラシェラール!!』


 森全体に響き渡る、アーシェの一喝。嵐のように木々が揺れ、泉が大きく波打った。空気が震え、大地すらも怯えたように低く唸っていた。


 ラテラはびくりと肩を跳ねさせて動きを止めた。

 ルィンもルナも、その威圧に呑まれたまま体がすくんだように動けなくなる。ウーフはアーシェを見上げたまま目を見開き、小さく身を震わせていた。


 緊張が張りつめたまま、数秒が過ぎる。

 ――やがて、我に返った二人がゆっくりと剣を下ろした。


「あ……ははっ。私ったら、つい」


 ラテラは木剣を手に、気まずそうな笑みを浮かべた。


「君に魔(・)法(・)の許可は出していないはずだ。あやうくルィンに大怪我を負わせるところだったぞ」


 アーシェの声は低く静かで、それでいて底知れない重みを帯びていた。


「うん……悪かったね、ルィン君。君の攻撃の勢いがすごくてこっちも冷静さを欠いちゃった」


 ラテラはうなだれるような仕草をした。


「ううん、それだけラテラ相手に攻められたって考えると、むしろ嬉しいよ。……それに、アーシェって本当に凄いんだね……」


 ルィンは小声で言いながら元の位置に戻り、深く礼をした。すると、ラテラも同じように頭を下げた。驚いて見ていると、ラテラは片目を閉じてウィンクを返した。


「君の剣、いい感じになったよ。その子もよく頑張ってるね。応援したくなる」


 ラテラはやわらかく微笑み、こちらの剣へ視線を送る。目を落とすと、手元の剣がかすかに光を帯びていた


「ナヴィも嬉しそう」

「あはは、それじゃあ二人でメルを解放してきてあげて」


 ラテラが里の方を向く。


「ルィン、頼む。渡した風の宝石もうまく活用してくれ」

「わたしもいるんだからね! 忘れないでちょうだい!」


 アーシェが告げる中、ルナが肩に軽やかに飛び乗った。


「行ってくるね! ルナ、ナヴィ、行こう!」


 剣を丁寧に鞘へと納めると、力いっぱい走り出した。新たな自信を胸に、今度こそ――風の守り神、メルディアーナの風を超えるために――。


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