第004話 別れと決意
――家にたどり着いた頃には雨は小降りになり、夜空には月が静かに浮かんでいた。
冷えた空気がルィンの心をじわりと締め付ける。
庭先に目をやると、そこには倒れている祖父の姿があった。
「じいちゃんッ!!」
駆け寄ってその体を抱き起こす。すでに冷え始めていたが、ルィンの呼びかけに祖父はかすかに目を開いた。
「おぉ……ルィン……無事だったか。良かった……」
「僕のことなんていい! じいちゃんを助けないと!」
祖父の声は今にも消えてしまいそうだった。それでも微笑みを浮かべそっと首を振る。
「ルィン……いいんだ……お前が無事でいてくれたことが、何より……嬉しい」
言葉は途切れ途切れでかすれていた。ルィンは祖父の手を強く握りしめる。
「何言ってるの! 僕にはじいちゃんしかいないんだ! お願いだから……僕を一人にしないで……!」
祖父はゆっくりとルィンの頬を撫でた。その手は冷たくなっていたが、いつものように優しく、あたたかかった。
「ルィン、大きくなったな。立派に育ってくれて……わしは誇らしい」
かすれた声に安心したような響きが混じっていた。
「じいちゃん……いやだ、いやだよ!」
祖父は目を閉じ、振り絞るように言葉を紡ぐ。
「ルィン……わしはもう、お前の成長を見届けられないのが心残りだが……これから先、お前と出会い、支えてくれる人がきっと現れる……」
「うぅっ……そんなの嫌だよ……! 僕はじいちゃんじゃないと……!」
祖父は胸元を探り、小さな青い宝石のはまったネックレスを取り出した。それをそっとルィンに手渡す。
「ルィン、これはお前の母親が、名とともにお前に遺したものだ……」
「お母さん……?」
涙を拭いながらルィンはその宝石を見つめた。透き通るような光を放ち、どこかあたたかい輝きをたたえていた。
「この宝石を持って、国のどこかにある“青の里”を、訪ねなさい……。そこにはお前を助けてくれる人がきっといるはずだ。……世界は広い。美しいものがたくさんある。怒りや憎しみに心を曇らせるな。その目で世界を見て、大きくなれ……」
「……うぅっ……わかったよ……! じいちゃん……!」
ルィンは祖父を安心させるように大きく頷き、手をしっかりと握った。
「わしのかわいいルィン。お前ならきっと……大丈夫だ……」
それが最後の言葉だった。祖父の目から力が抜けていき、その顔には安らかな微笑みが浮かんでいた。
「じいちゃん……? そんな……じいちゃあぁぁんッ!!」
ルィンの叫びが夜空に響き渡った。
冷たい雨が祖父の顔を濡らし、それはまるで一筋の涙のようにきらりと光った。
静寂が再び辺りを包む中、雲の切れ間から顔を出した満月が、静かに二人を照らしていた――
翌朝、澄み渡る青空の下、そよぐ風が静かに村全体を包み込んでいた。
ルィンは村をめぐりながら一つ一つの亡骸を丁寧に埋葬していった。震える手を止めることなく、ときおりこぼれる涙を拭いながら、彼らとの思い出を胸に静かに土へと収めていく。バッツの墓には剣をそっと置いた。リニーの墓にはあの花の種を添える。
「リニー、お花植えたかったよね。僕が代わりに傍に植えておくよ。だから、安心して休んで……」
祖父の墓の前に立ち、ナッツの瓶を置いて涙を拭う。
「じいちゃん……今までありがとう。ぐすっ……僕、行くよ。友達と約束したんだ」
ふと、祖父に渡された青い宝石のことを思い出した。
「僕のお母さんがこれを……」
ネックレスを手に取ると、その光はルィンを包むようにやさしく輝いた。
「この形、どこかで見たような……」
その輝きをじっと見つめているうちにルィンは既視感を覚えた。記憶の奥底――屋台の足元で見たサラの指輪。あのくぼみの一つがまさにこの宝石の形とそっくりだった。
ルィンはネックレスから宝石を外し、ポケットから取り出した指輪にそっと当てた。すると、宝石は吸い込まれるように小さくなり、ぴたりと窪みに収まった。
――その瞬間、まばゆい光が辺りを包み込んだ。星々が夜空から舞い降りるような光がルィンの周囲を優雅に舞い踊る。光はやがて指輪の周囲に集まり、ふわりと浮かび上がって一つの輪を描いた。
「っんー! やっと出てこられたわ!」
光の中心から現れたのは、羽をパタパタさせて浮かぶ手のひらサイズの女の子だった。
「あら……あなたは?」
羽ばたきながら澄んだ声でルィンをじっと見つめる。明るい緑色の瞳に浮かんでいたのは、好奇心と親しみの色。小さな体は黄金の輝きをまとい、羽ばたくたびに淡い光の粒が空中に散っていた。
ルィンはその光景を飲み込むことが出来ず、ただ見つめ返すことしかできなかった――