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幻想水月物語  作者: 安良木 響花
【紫の章】
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第038話 魔の手(3)

「よしっ! いこうッ!!」


 三人はルナの力を受け、鋭い視線でベルマに向き直った。


「おしゃべりはそこまでにしてもらおうか!」

「来るわよ!」


 ベルマが両腕を大きく広げた。


影の雷鎖ジャーギス・ガゼフィア!」


 左右に伸びる黒い稲妻を宿した鎖。不気味な音を立てて迫ってくる。

 三人とも間一髪上へ跳ぶ。足元で鎖同士がぶつかり合い、不快な音を響かせながら黒い雷光を散らせる。

 顔を上げると、動きを読んでいたかのように目の前にはベルマの姿があった。その背後には黒い稲妻を帯びた巨大な槍が、うごめくように浮遊していた。


影の大雷槍グーニル・ウル・ガゼフィア!」


 ベルマの手の動きに呼応するように、雷槍が物凄い速さで飛んでくる。


「っ! 大水流顕現ベナリアル・ウル・アイル!!」


 両手を前に出し、全員を守るように巨大な水の壁を立ち上げる。そのまま横に流して槍の攻撃をいなした。


「ほう」

「――はぁッ!」


 着地すると、間髪入れずにソフィアとフィンが雷撃を放ち、それに合わせて炎の弾丸を撃ち込んだ。炎はあっさりとかわされたが、二人の攻撃は防御に使われたベルマの腕を打った。小さく顔をしかめるベルマの様子に、わずかな手応えを感じる。


「今度は魔法が効いてるぞ!」

「こざかしい……」


 ベルマが着地する瞬間を狙い、影が伸びるような速さで懐へ飛び込んだ。拳に力を込め、腹部を狙って渾身の一撃を叩き込む。

 ――膝で受け止められる。直後、ソフィアとフィンが落とした力強いいかずちがベルマを襲う。影の防御が展開されるも、それを貫通したように僅かにベルマの身体が揺れた。先ほどよりも明らかに攻撃の通り方が違うように見えた。


「ちょこまかと……!」


 ベルマは大きく後退した。表情に不快そうな色が浮かぶ。


影の雷弾嵐クィンズ・ベル・ガゼフィア――」


 ベルマの周囲に無数の黒い球体が作り出された。それぞれが稲妻をまとい、異様な回転を始める。


「みんな、気を付けて……!」

「ええ」「ああ」


 荒れる空気の中で、じっと相手の出方を見極める。

 ――ベルマが指を振るった。同時に球体たちが一斉に飛び出した。黒い雷撃を撒き散らしながら迫り、轟音とともに周りの大地をえぐっていく。


「くっ、数が、多いわね……!」

「くそっ! これじゃあ近づけないぞ!」


 必死に避けるが、稲妻の嵐は一向に止む気配がない。


「二人とも、僕の近くに!」


 掛け声に、ソフィアとフィンがすぐさま寄る。


守護水陣ベリア・アイル!」


 水のドーム状のバリアを作り出す。稲妻の球体がバリアに激突し、弾けるように地面へと流されていく。


「ほう、水で地に流すか」


 ベルマが小さく感心したように呟いた。


「あいつ、雷に似た攻撃ばかりしてくるな……」


 フィンが苦々しくこぼすと、ベルマの口元に不気味な笑みが浮かんだ。


「クク、よく気がついたじゃあないか。私はもともと()()()に住むからな。雷も使うさ」

「どういうこと……?」

「ルィン、考えるのは後にしましょう!」


 それ以上は無駄だと判断したのか、ベルマは雷弾を生み出すのを止めた。その隙を狙って三人で足を踏み出す。


「フィン!」

「ああ!」


 ルィンがバリアを解除すると、二人は雷光のごとく飛び出していった。


「フン、影の雷鞭(ネラ・ガゼフィア)!」


 雷の鞭がうねりながら二人に襲いかかる。だが、雷の加速を纏った二人を容易に捉えることはできない。鞭をすり抜け、二人は左右から肉薄した。

 ベルマが跳躍して回避しようとした瞬間――


水流顕現ベナリアル・アイル!!」


 ベルマの頭上に水の壁を作り出す。動きを制限されたベルマに、二人の拳が突き刺さった。


「ウグァ――!」


 メキッと鈍い音が響き、ベルマは大きく跳び退いた。

 その顔からは、嘲笑が消えていた。


「――遊びはもう終いだ」


 低く、威圧的な声音。思わず背筋が凍ったように身体が硬直する。


雷影ゼイン


 突如辺り一帯の地面が黒く染まった。


「ルゥ!」

「くっ……!」


 とっさに跳び上がり、空中に水の足場を作る。

 ――その直後、黒い地面全体に稲妻がはしった。


「きゃあああ――――!」

「うぁあああ――――!」


 ソフィアとフィンは避ける間もなく雷撃の直撃を受けた。悲鳴が空に響き、二人はその場に倒れ伏した。地面はなおも火花が弾けるように稲妻を宿している。降りて二人に近づくことはできない。


「くっ……! ルナ! 二人に回復魔法を……!」

「ええ……! でもそろそろ魔力が尽きるわ……!」


 ルナの声にも焦りが滲んでいた。


「その妖精も邪魔だ――」


 ベルマが低く呟く。同時に、背後に伸びた黒い影がルナを絡め取った。


「ルナッ!!」

「きゃぁあ――!」


 必死に手を伸ばすも、間に合わない。ルナの小さな体は黒い地面に叩きつけられた。


「ルナッ!」


 ルナは地面に倒れ込み、微かに震えるだけだった。


「クハハ、さあどうだ? これで月魔法も使えまい」

「くっ……」


 ベルマがじりじりと近づいてくる。

 それでも諦めず、水の足場を作りながらベルマに飛びかかる。


「はぁああ! 水棘衝ティトス・アイル!!」


 ベルマの周囲に水の槍を一斉に生み出し、放つ。だが全て防御魔法で弾かれる。その陰からの死角を突いた水刃の一閃。甲高い音を立てて足元を捉える。しかし、ベルマの肌を傷つけることはできなかった。そのまま巨大な水のつるぎを生み出し、渾身の力で振り下ろす。だが、それも素手でやすやすと受け止められる。


「クハハハ! “月”の力がなければこんなものか」

「まだだっ……!」


 距離を取り、右手に炎の魔力を込める。


「クク、弾速の遅い炎が私に当たるとでも?」

火炎弾ベル・フォール! ――水流顕現ベナリアル・アイル!」


 炎の弾丸を放つと同時に、左手でベルマの周囲に水の壁を作った。


「む……」

「これもだッ! 電撃波ヴァーニス・ぜフィア!!」


 着弾と同時に雷撃を重ね、追い打ちを浴びせる。

 ――しかし霧が晴れると、ベルマは影のバリアを張り、無傷で立っていた。


「はぁ、はぁっ! くっ……!」

「クク、なかなか魔法の使い方が上手いじゃあないか」


 最後の力を振り絞り、剣を抜き放った。跳躍し、渾身の力で斬り下ろす――。だが、それすらも爪で受け止められる。持てるすべての強化を注ぎ込んで斬撃を繰り出すが、ベルマは涼しい顔で受け流していく。


「ぐぁっ!」


 腕を振るわれ、後方へ大きく吹き飛ばされた。ルナの強化魔法がなければ、ベルマの前ではほとんど無力だった。

 黒い地面が元の状態に戻り、倒れている三人のもとへベルマが近づいていく。


「さて、指輪について話してもらおうか」

「いやだ……!」

「クク、これでもまだ強情でいられるかな?」


 ベルマはソフィアの頭を掴んで持ち上げ、フィンの頭を無造作に踏みつける。さらに、影を操りルナを締め上げた。


「やめろ……!」


 声にならない悲鳴が喉を引き裂く。


「私が力を入れればどうなるかな? ほら」

「ぅ……ぁぁぁ……」


 三人の苦しそうな呻き声が胸を締めつける。


「――ッ!!」

「おっと、動くなよ? こいつらの頭は、私の気分次第なんだ」


 ベルマが三人を締め付ける鈍い音が耳に刺さり、どうにもならない叫びが喉の奥に込み上げる。

 ――その瞬間、左手にめられた指輪が、微かに光った。


「ぁぁぁ……!」

「やめてっ……! わかった!! 話すから! 指輪を渡すから!! 三人を離してっ……!!」


 目元に涙を浮かべ、左手の指輪に手を伸ばす。

 そのとき、小さな声が響く――


「ルゥ、だめよ……指輪は、あなたの大切な……“希望”、よ……」

「ルナっ――!」

「フン、うるさいハエだ。潰してやる」


 不快そうに顔をしかめ、ベルマはルナを高く掲げた。


「やめろぉおおおおお――――!!」


 儚く輝く体を、ベルマは容赦なく地面へ叩きつけた――




 パァンッ――




 小さな体はバラバラに弾け、残骸とともに乾いた音が響き渡る。

 金色の羽が、無数の光を揺らして夕暮れの空に舞い散った。


「…………!!!」

「クハハ、これで静かになったかな?」








 ――――頭の中で何かが引きちぎれる音がした。


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