第031話 紫電の姉弟
時計塔の最上階。広いホールの中央で紫髪の少年と向かい合う。
少年は敵意を隠そうともせず、こちらを睨みつけてくる。首元のネックレスが淡く光を弾き、小さく揺れた。紫の稲妻が「パリパリッ」と火花のように脚の周囲を散らしていた。
――その姿が、突如として視界から消えた。
「――ッ!?」
咄嗟に腕を交差させて身を守ったが、拳はすでに腹を打ち抜いていた。勢いのまま吹き飛ばされ、背後の書棚に叩きつけられた。頭上から本が雪崩のように降り注ぎ、全身を覆い尽くす。じわりとした痛みに表情が歪む。だが、それ以上に意識を占めていたのは、相手の動きが全く見えなかったという焦りだった――まるでこの国の“雷”そのもののような動きだった。
「くっ……こんなところで炎魔法は使えないし、さすがに剣を抜くわけには……」
天気の悪い雷の国では天道とも相性が悪かった。それでも効果の落ちた力で身体を補いながら、本の山から這い出す。
――その瞬間、再び少年の姿が消えた。構えるより早く、今度は脇腹に蹴りがめり込んだ。
「うぐっ――!」
「ルゥ!?」
床に叩きつけられ、視界が歪む。ルナの回復魔法が身体を包むが、鈍い痛みはなお残る。ぼやけた視界の中で、またも少年が跳びかかろうとしているのが見えた――。
「このっ……! 水流鞭!!」
反射的に手を伸ばして水の鞭を繰り出す。少年の足元をとらえ、バランスを崩させた。
「ぐぁっ! この……ッ!」
床に転がりながらも、少年は鋭い眼差しで睨む。視線が交錯する。もはやそこに冷静さはなかった。
「猛る炎!!」
「雷の同調!!」
ルィンの手足に炎の輪郭が浮かび、水の刃が両手に現れる。対する少年の全身にも紫電が纏いつく。
「はぁあ――ッ!」
「うぉお――ッ!」
咆哮を上げて、二人が互いに駆け出した――そのとき。
「そこまでよ!」
鋭い声がホールに響き渡った。張り詰めた空気が断ち切られたように、二人は足を止めた。
振り向いた先に立っていたのは、少年と瓜二つの少女だった。背丈も年格好もよく似ているが、長く垂れた髪と凛とした眼差しが彼女の気品を際立たせていた。
「……?」
「姉さん……」
少年がぽつりと呟いた。
少女はパンと手を打ち鳴らし、静かに歩み出る。落ち着いたまなざしでこちらを見渡す。
「二人とも、一旦落ち着きましょ」
部屋の温度を変えるかのように穏やかな声。それでいて否応なく場を制する響きがあった。
「でも姉さん、こいつは塔に侵入して――」
「いいから。まずは話を聞きましょう」
言い募ろうとしたその腕を少女は軽く制す。こちらへ歩み寄り、小さく微笑む。
「あたしはソフィア。こっちは弟のフィン。あなたはどこから来たのかしら?」
警戒の色はまだ抜けきっていなかったが、そのやさしげな声に張り詰めていた緊張は自然とほどけていった。声の調子も視線も、少年とは対照的で――少なくとも敵意は感じなかった。
「……僕はルィン。水の国から来て、各地の里を探して旅をしているんだけど……」
「そう、水の国から……。長い道のりだったでしょう。こんなところで話すのもなんでしょうし、上の部屋へ行きましょうか」
少女――ソフィアはそう言って奥の扉へと歩き出した。
ソフィアの後ろについて階段を上っていく。フィンは不服そうな顔を浮かべながら隣を歩いていた。二人の間に言葉はなく、空気はどこかぎこちない。わずかに歩幅がずれているのが、互いの心情を映しているかのようだった。
「ルゥ、ついて行って大丈夫かしら」
小声でルナが尋ねてくる。
「うん、話をするって。ルナは指輪に隠れてて」
ささやくように促すと、ルナは頷いて光の粒となり、指輪の中へと舞うように消えていった。
「姉さん、こんな怪しいやつを部屋に入れて大丈夫なのか?」
「いいのよ。さっきの魔法と隣の妖精に気がつかなかったの?」
ソフィアの返答に、フィンははっとして言葉を飲む。
「まったく、あなたは頭に血が上るとほんとに周りが見えなくなるんだから」
ソフィアは小さく息を漏らすと、最後の段を踏みしめた。
「さ、ここが紫の里よ」
扉が静かに開かれる。その先に広がる光景を思い描きながら、どんな場所で、どんな人たちがいるのだろう、と期待が高まっていった――。




