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第019話 不思議な声

「おにいちゃん、旅人かい?」


 カウンター越しに声が飛んできた。ふと顔を上げると、店主の女性がにこやかにこちらを見ていた。手には深く皺が刻まれ、その目元はあたたかさがあった。


 噴火の噂が絶えない炎の国最大の火山、ダーフォール。その麓の町にある小さな食堂でルィンは空腹を満たしていた。香辛料のきいた料理は舌に強かったが不思議と懐かしい味だった。体の芯まで染みていく感覚にふと故郷のことが頭に浮かんだ。

 店内には喧騒と香りが渦巻き、人懐こい空気が広がっていた。窓の向こうではダーフォール火山が静かに噴煙を上げている。


「うん、そうだよ」


 ルィンは口いっぱいに頬張りながら答えた。顔にはまだあどけなさが残っていたが、その目にはどこか落ち着きが感じられた。


「おやまあ、うちの息子と同じくらいだってのに、しっかりしたもんだね。これはサービスだよ。いっぱい食べて精をつけておいき」


 女性が出してくれたのは香り高い具沢山のスープだった。湯気と共に立つ香りが再び食欲をかき立てる。


「わあ、ありがとう!」


 思わぬ親切にルィンの顔がぱっと明るくなる。スープの湯気が顔を包み、その温かさが心にも染みた。


「炎の国は初めてなのかい?」

「うん。炎の国っていつもこんなに暑いんだね」


 来てすぐの頃、何気なく外を歩いただけで腕が真っ赤になったのを思い出す。日ざしの強さが故郷とは比べものにならなかった。


「そうさねえ。でもおかげで温泉も作物も豊富なんだよ。初めてなら町の広場にある守り神様の像を見ていくといいさ。きっとご利益があるよ」

「守り神の像……うん、ありがとうおばさん!」


 食事を終えて外に出るとむっとするような熱気がルィンを包んだ。

 通りでは人びとのざわめきや車輪の音が交錯し、どこからか楽器の音や歓声が賑やかに響いていた。大道芸人が炎を操り、子どもたちの笑い声が弾けていた。明るい声で呼びかけてくる通行人や、気さくに話しかけてくる店主たちとのやり取りに、最初は戸惑ったが、今では少しだけ慣れてきた気がする。

 この国の空気は、熱と一緒に人の距離までも溶かしてしまうようだった。立ちのぼる熱気に混ざって、その活気が町全体を包んでいる。


 広場に着くと大きな獅子の像が目に入った。空に向かって咆哮するように立ち、たてがみは風を切る彫刻となっていた。


「うわぁ、立派な像だね……」


 胸元でルナがもぞもぞと顔をのぞかせた。


「っ! こんなのが動いたらと思うとおっかないわ……!」


 ルィンは笑みを浮かべながら、再び像に目をやった。

 ――その時、町の音が遠ざかり、突如として静けさが降りた。


「――? ルナ、何か様子が……」


 ――そこの星の力を持つ者よ、どうか我が子たちを助けてやってほしい―頼――レーヴィの――


 頭の奥から声が響いてくる。しかしそこで声は途切れ、空気が再び喧噪で満ちる。


「ルナ、今の声聞こえた!?」

「えぇ! なんだか苦しそうな声だったわね」

「うん、でもどこから……?」


 辺りを見回しても人々は誰も気づいていない様子だった。騒がしさだけが変わらず流れている。

 するとルナが像の方を指差した。


「ルゥ、あの像から魔法の気配がするわ」

「えっ? どういうこと?」


 像に目を凝らして見ても、違和感のようなものは感じられなかった。あの声の余韻だけがまだ耳に残っている。


「うーん、詳しいことはわからないけど、今聞こえた声と同じような気配がするわ。わたしならこの魔力の痕跡を追っていけるけど、どうする?」

「行こう! 誰かが助けを求めてるんだ!」


 今まさに苦しんでいる人がいるかもしれない。そう思うと体が勝手に動いた。


「わかったわ、行きましょう! こっちよ!」


 ルナが胸元から空へ舞い上がる。ルィンもその背を追って駆け出した。



 魔力の流れを辿って町の外れまで来ると、ルナがぴたりと動きを止めた。


「このまま町の外へ続いてるわ。それにこの方角……」


 視線の先には噴煙を絶やさぬ炎の国最大の火山、ダーフォールがそびえていた。荒々しくも荘厳な佇まいからは、炎の国を長きにわたって見守ってきたという威厳が漂っていた。


「ダーフォール……とにかく行ってみよう!」


 駆け出すルィンの横をルナが風のように飛び抜ける。



 山道を少し行ったところで二羽の影が待ち構えていた。鳥の形をしているが身体からはゆらゆらと影が立ち昇り、どこか異様な気配をまとっている。こちらを威圧するように黒く光る羽をゆっくりと羽ばたかせていた。

 ルィンは足を止め、身を低く構えた。


「影だ! ルナ、まずはあれを倒そう!」

「ええ! 月の加護(マイス・ルーナ)!」


 ルナが肩から飛び立つと同時に体に光が灯る。


「よし! 水の弓(アーク・アイル)!」


 ルィンは両手に水を集めて弓を形作った。呼吸を整え、目を細め――狙いを定める。集中が深まるほどに、頭の中が静まり返っていく。

 そして――勢いよく放った。水の矢は風を裂き、まっすぐ影を撃ち抜いた。影は空中で悲鳴を上げ、ぐらりと傾いたまま落下していった。


「今のうちに!」


 それを見たもう一体が一直線に向かってくる。反応するよりも先に体が動いた。ルィンは大きな水のつるぎを生み出し、影の動きに合わせて踏み込んだ。振り下ろした刃が重く影を断つ。焼けるような声を残し、影は黒煙となって溶けるように消えた。うつ伏せになっていた一体が身を起こそうとするのを見て、すかさずとどめを刺した。

 森でオーグたちの戦いを目にしてから、ルィンは戦い方にもいろいろな形があることを知った。


「ふぅっ!」

「ルゥ、急ぎましょう! 気配はこっちだわ!」


 火山の斜面に沿って山道を進むと、赤黒い岩肌にぽっかりと口を開けた小さな洞窟が見えてきた。中から吹き出す空気は重々しく生ぬるく、立っているだけで体が焼けるようだった。


「この先だわ。もう熱気がすごいけど、この中はもっと暑そうね」


 ルナは洞窟から吹き出る熱風に飛ばされまいとルィンの肩にしがみついた。


「そうだね……僕の水魔法でなんとかならないかな」


 ルィンは目を閉じて意識を集中させた。


水の守護(バーマ・アイル)――!」


 足元に流れを描くように水が広がり、それが全身を包み込む。ひんやりとした感触が肌に触れ、呼吸が楽になった。


「少し楽になった。ルナにも付けるね」

「助かるわ! ルゥ、段々と魔法に慣れてきたわね」


 ルナが水のオーラに包まれるのを確認してから、二人はそのまま熱と闇が満ちる洞窟の奥へと進んでいった。


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