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第018話 赤き地への一歩(3/3)

 町までの道のりは、先ほどとは打って変わって穏やかな時間が流れていた。

 太陽は高く昇り、陽射しは強かったが心地よい風が頬を撫でてゆく。緊迫した空気から解放されルィンは小さく息を吐いた。ようやく胸の奥のこわばりがゆるんでいくのを感じる。

 馬車の少し前を歩きながら、ルィンたちは自己紹介を交わした。

 がっしりとした体格に黒髪の短髪、日焼けした肌の男はオーグ。明るく頼もしげな印象が強い。その隣を歩く少し細身で穏やかな雰囲気を持つ茶髪の青年がアイン。落ち着いた眼差しが印象的だった。そしてもう一人、金色の長い髪を後ろで束ねた女性がシャル。やわらかな笑みを浮かべながら、ルィンに優しく頷いた。


「ルィンは勇敢ね」

「そんなことない……三人が来なかったら今頃僕は……」


 クマ型の影に追い詰められていたことを思い出し、ルィンは視線を落とした。


「真っ先に人を助けに駆けつけるなんて素敵よ」


 シャルは優しい眼差しを向けた。

 ルィンは温かい言葉に胸が少し軽くなるのを感じた。


「ルィンは魔法を使うんだな」

「えっ?」


 オーグの唐突な言葉に驚き、ルィンは顔を上げた。


「駆けつけるとき、ルィンが魔法を使って戦っているのが見えたんだ」


 アインが補うように言うと、ルィンは「ええっと……」と返し方に迷い戸惑った。


「大丈夫。私たち魔法に対して偏見なんてないから」


 シャルの笑みに、ルィンの緊張がほどけていく。魔法のことをすんなり受け入れてくれる人もいるのだと知り、ルィンは少し安心した。


「あ、うん……魔法は使うけど、強くはなくて……」

「さっきの戦いのことを気にしてるのか? その歳でクマ型の影相手にあれだけ戦えりゃ十分だ」


 オーグが豪快に笑う。

 アインも励ますように言葉を続けた。


「そうだよ。僕たちなんて最近やっと天道てんどうを扱えるようになって、少しマシになってきたところだし」

「天道? 天道って何? そういえば三人も魔法使いなの? さっきシャルも……!」


 先ほどのシャルの治癒の力を思い出し、ルィンは早口に尋ねた。


「天道を知らないのか。旅をしてるなら知ってると思ったんだが……天道っていうのはまあ魔法みたいなもんだ」

「魔法なの?」

「厳密には違うな。魔法は星の力を使うんだろう? 天道は太陽の力を借りるのさ。それに、魔法ほど色んなことができるわけじゃない」

「太陽の力……」


 ルィンは空を見上げた。陽光が優しく降りそそぎ、風にそよぐ木の葉の音が静かに耳を撫でた。

 やがてその眼差しに小さな灯がともるように光が揺れた。


「僕も天道を使えるようになりたい! 三人みたいに強くなりたい!」


 思わず前のめりになって叫んだ。

 三人は顔を見合わせ、少しだけ言葉を選ぶような表情を浮かべた。


「ええとね、僕らは炎の国にある魔法使いの里に行ったことがあるんだけど、そのときに天道のことも知ったんだ。ただ、聞いた話だと魔法を扱う者は天道を習得するのが難しいらしいんだ」

「そ、そうなんだ……」


 ルィンの声がわずかに沈む。


「でも、天道なんて魔法に比べたら可愛いものよ。魔法を使えるルィンが羨ましいわ」


 シャルが優しく微笑んだ。


「僕、まだ魔法を使いこなせてなくて……」

「そうなのか? それなら魔法使いの里へ行って聞いてみたらいいんじゃないか? 彼らはきっと親身になって教えてくれるぞ」


 オーグの提案にルィンは顔を上げる。


「里はどこにあるの?」

「うーん、あんまり人に言うものではないけど、困ってるルィンには特別。同じ魔法使いだしね。僕たちが訪ねたのはもう一年くらい前だけど、炎の国の一番大きな火山の中にあったよ」

「一番大きな火山……」


 ルィンは遠くに見える、ひときわ高くそびえる火山に目を向けた。


「ああ、ダーフォールって言う火山なんだが……とにかく暑くてよ」

「そうそう、その頃は僕たちまだ天道も覚えてなかったから、三人で水の樽を抱えて――」


 思い出し笑いを浮かべながら、オーグとアインが楽しげに語り合う。


「でも、どうしてそこまでして魔法の里に?」


 ルィンが素朴な疑問を口にすると、オーグが頷いた。


「ああ、俺たちは炎の国の田舎で育ってよ。村を出てからもう十年ほどになるんだが、旅をしてるとよく耳にするんだ、魔法についての詩を。初めはおとぎ話だろうって気にも留めていなかったんだが……」

「ある時危険な目に遭っていたところを、魔法を使う戦士に助けてもらったんだ。その戦いはそりゃあすごいものでさ。人智を超えるような動きだったよ」


 アインは目を輝かせ、まるで昨日のことのように語った。


「その流れでその戦士と仲良くなって、いつか里へ遊びに来いって言われてな。その時ダーフォールの奥にあるって教えてもらったんだ」

「一般人は寄り付けない場所だからね。信用できる相手になら話してもいいって思ったんじゃないかしら」


 三人の話を聞き、ルィンの瞳の奥に静かな決意の光が宿った。


「僕も誰かを守れるように、三人みたいに強くなれるかな」


 その声は風に溶けるようにか細かったが、確かに届いた。

 三人は迷いなく頷いた。


「なれるさ。僕たちなんかよりずっと」

「ええ、いずれ私たちが助けてもらう側になりそうね」

「ルィンは男の中の男だ! きっとなれる!」


 オーグが豪快に笑いながらルィンの背中を叩いた。


「うん! 僕、がんばるね!」


 まっすぐに顔を上げたその眼差しに、迷いの色はもうなかった。



 町の入口に着いたところで、ルィンたちは馬車のほうを振り返った。


「本当にありがとうございました」


 父親が何度も礼を述べたあと、少女が駆け寄ってくる。


「ほんとにありがとうっ!」


 ぱっと顔を輝かせ、ルィンに小さな袋を差し出す。


「これ、私の村でとれた小麦のクッキー、もらってくれる? 感謝の気持ちに!」


 満面の笑みにルィンも思わず微笑んで、それを受け取った。


「ありがとう。大切に食べるね」


 親子は名残惜しそうに手を振りながら、町の奥へと歩いていった。


「そういえば、ルィンと一緒に妖精がいたように見えたんだが、どこ行ったんだ?」

「ルナは魔力を使いすぎたって言って、指輪の中で眠ってるよ」


 クマとの戦いで癒しの力をたくさん使ってくれたので、今はそっと休ませてあげたかった。


「へえー、そういうこともできるんだ」

「なるほどな。さて、それじゃあ俺たちは来た道を戻って水の国の方へ向かうから、ルィンとはここでお別れだな」

「そっか……ありがとう、三人とも。助けてくれて本当に嬉しかった!」


 三人は手を振りながら道を戻っていった。去り際、オーグの声が響いてくる。


「赤の里でヴァルフォスってやつに会ったら、よろしく伝えといてくれ!」


 三人の背を見送りながら、ルィンは小さく胸に誓った。

 サラを助けるため、そして誰かの力になれるように、強くなろうと。


 ルィンは初めて踏み込む炎の国へと歩を進めた。

 新たな決意を胸に、期待と少しの不安を抱きながら――


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