第015話 ひとときの並び道(4/4)
荷馬車を見送ったあと、ふたりは並んで歩き出した。
さっきまでの戦いが嘘のように、道の先には静かな陽射しと長く伸びた影が続いていた。
「ルィン、お前、魔法が使えたんだな。魔法なんて物語の中でしか聞いたことなかったよ」
ユーステスの声には、驚きと戸惑いがまだ少し残っていた。
ルィンはうつむいたまま何も言わなかった。視線は足元の影を見つめたままで、口元がわずかに引き結ばれる。
「……訳ありって感じだな。ま、なんにせよ、俺はお前に助けられたんだ。ありがとうな、ルィン」
その言葉にルィンはそっと顔を上げた。
「黙っててごめんなさい。魔法使いだってこと、秘密にしておいてほしいんだ……」
「ああ、わかった。安心してくれ」
ユーステスは言葉を挟まず、ただルィンを見てゆっくりと頷いた。
何も問わずただ受け止めてくれる――その人柄が胸に深く染み渡っていく。ひとりで抱えてきた秘密をそっと認めてもらえた気がして、心がふっと軽くなるようだった。
「それにしても……その歳であんなふうに戦えるなんてな。深い事情があるんだろうが、友達を探しに行くんだったよな。応援してるぞ。見つかるといいな」
「ありがとう、ユース」
「それにな、ルィンの魔法――カッコよかったぞ! 羨ましいくらいだ!」
ユーステスがルィンの背を軽く叩いた。
その何気ない仕草に変わらぬ態度がにじんでいて、ルィンの心がじんわりとあたたかくなる。
「友達って、どんなやつなんだ?」
夕焼けが空を赤く染める中、ふたりの影が道の上に伸びていた。
ルィンはゆっくりと歩を進めながら少し遠くを見るような目をした。
「サラは……笑顔で、明るくて……でも、たまにすごく遠くを見るみたいな目をするんだ。そういうとき僕は……この辺りがきゅってなって……」
ルィンは胸元に手をあてた。うまく言葉にできない想いがそこに宿っている気がした。
ユーステスはそんなルィンの横顔を静かに眺めていた。やがて頷きながら微笑む。
「……そういうことか。大切な子なんだな、ルィン。必ず見つけろよ」
やわらかい声音とともに、肩にそっと手が置かれた。
少しの沈黙のあと、ユーステスがふいに空を見上げた。
「それにしてもあの影……なんなんだろうな。ふた月前の災害以来ときどき現れるって話だが」
「ユースも襲われたの?」
「ああ。そのときは泊まってた街で警備の連中と力を合わせてなんとか追い払ったよ」
ユーステスはそこで言葉を切り、わずかに表情を引き締めた。
「だが、街道で見かけたのは初めてだし、あんなでかいやつも初めてだった。……今後の旅、気を引き締めないとな」
「うん、そうだね」
しばらく歩いたところでユーステスが足を止めた。分かれ道に差しかかったのだ。
「俺はこっちだ。ルィンの目指す炎の国はあっちの方角だな。ここでお別れだ」
「……そっか。ありがとうユース。一緒に旅ができてすごく楽しかったよ」
「なんだルィン。そんな顔するなよ、俺と別れるのが寂しいのか?」
ユーステスのからかうような声に、ルィンは小さく頷いた。
「……うん。少しだけ」
「おいおい、あんまりしんみりするなよ。こっちまで寂しくなるだろう」
ユーステスは優しくルィンの頭に手を置いた。軽く撫でられたその感触に不思議と心がやわらいでいく。
「いつか世界の話を聞かせてくれ。そして友達を紹介してくれ。な?」
「うん……!」
ふたりは手を取り合ってしっかりと握手を交わした。
「それじゃあな、ルィン。達者でな」
「またね、ユース!」
二人は互いに背を向けて歩き出した。進む道は別でも、確かにつながったものがそこにあった。
「ルゥ! お兄ちゃんができたみたいね!」
ルナがルィンの肩に飛び乗り、いたずらっぽく言う。
「お兄ちゃん……ふふっ、そうだね!」
ルィンは振り返ることなく夕日に照らされた街道を歩き出した。
もう誰かに背中を押されなくても足取りはまっすぐだった。その先には乾いた風と熱き大地が広がる炎の国が待っている。背中に風を受けながら、ただ前だけを見て進んでいった。