第013話 ひとときの並び道(2/4)
翌朝、広場でユーステスと合流すると、改めて彼の逞しさを感じた。背中には槍を携え、精悍な雰囲気を漂わせている。
「ルィン、武器は持っていないのか?」
「あ、うん。鞄にナイフが入ってるよ」
ルィンの軽装を見て気になったのか、不思議そうな表情をする。
だが、ルィンは魔法のことを隠すために曖昧に答えた。
「まあ、この辺りは危険は少ないからな。何かあっても俺が守ってやるさ」
ユーステスはそう言って優しくルィンの肩を叩いた。
二人は談笑しながら街道を進んだ。
道端に咲いた花を眺め、雲の流れを追いながら、風の中に静かな一体感が生まれていた。
「ルィン、お前はいくつなんだ?」
「十歳だよ。ユースは?」
「十歳で旅か……。俺は十七だ。街を出たのは十四の時さ」
「そんなに長く旅をしてるんだ」
「ああ。いろいろな町や村を見て回ったよ。たくさんの人と出会い学ぶことも多かった。もちろん大変なこともあったが、充実した三年間だ。ルィンの故郷はどこなんだ?」
その問いに、ルィンは一瞬遠くを見つめるような目になった。今はもう戻れない村、そしてあの日々。胸の奥に込み上げてくる寂しさを押し込めながら、視線を地面へ落とした。
「……ずっと西の方の、山奥の小さな村だよ」
「そうか。……俺は大地の国の近くの国境沿いの街さ。大地と水の交易路だから活気のあるところだったよ。親父が商人で――」
ルィンの影を落とした表情に気づいたのか、ユーステスは話題を変えようと明るく笑みを浮かべ、故郷の思い出を語り始めた。
日が暮れ始めたころ、二人は川辺で腰を下ろし、夜をそこで過ごすことにした。
「長いこと旅をしてるとな、いろんな技術が身につくものさ」
ユーステスは慣れた手つきで魚を捌き、手早く火を起こす。パチパチと薪が燃える音が響き、草の匂いが混ざった煙がゆっくりと空へ昇っていく。
「川の傍には食べられる野草も多い。覚えておくといい。ほら受け取れ。君もだ」
焼きたての魚と、道中で集めた野草と果物の彩り豊かなサラダを盛った皿が、湯気とともに手渡された。ルナには果物の欠片が差し出される。
「ありがとう。……わあ、すごくいい匂い!」
香草の香りに食欲が掻き立てられ、目を輝かせながら魚を頬張った。口の中に広がる旨味に思わず頬が緩む。
それまでの旅では野宿のたびに果物をつまむ程度だった。こんなふうに誰かとあたたかい料理を囲む時間がこれほど嬉しいものだとは思わなかった。
食後、満天の星空の下に寝転がり語らいのひとときを過ごす。胸元ではルナがスースーという小さな寝息を立てていた。その音に耳を澄ませながらルィンはじっと月を眺めていた。
「なあ、ルィンは将来の夢とかあるのか?」
「将来の夢?」
ルィンはその言葉にふと考え込んだ。外の世界を知らず村の中で静かに暮らしてきたルィンにとって、そんなことをゆっくりと思い巡らせるのはこれが初めてだった。
「考えたこともなかった……」
「そうか。……前にも言ったが、俺は吟遊詩人になって国中を旅して、魔法や伝説についての物語を語り継いでいくのが夢なんだ。だから今もこうして旅をしている」
「魔法……」
ルィンが呟くと、ユーステスは夜空を見上げながら続けた。
「ああ。――だが、他にも道はあったのかもなって時々考えるんだ。弟と親父の仕事を手伝って商売をやったり、故郷で槍術の修行をして道場を開いたり――。ルィンを見てるとな、小さい弟を思い出すんだ」
少し間を置いてからこちらへ視線を向けた。
「ルィンはどうだ? そういうことは考えたりしないか?」
「僕の将来の夢……」
ルィンは月の光を受けながら旅に出た日のことを思い出していた。
まだ旅は始まったばかりではっきりとした答えは浮かばなかったが、それでも胸の奥には確かな想いが灯っていた。
「僕は……友達を探して、世界を自分の目で見てまわること、かな。じいちゃんとそう約束したんだ」
「なるほど、世界を、か。壮大な夢だな。いつかその旅の話を聞かせてくれ。俺が最高の詩にしてやる」
ユーステスはこちらを向いて笑った。声は軽やかでも、その目には冗談めかしたところはなかった。
「ありがとうユース。僕もユースの詩聞いてみたいな」
ユーステスの言葉はどれも温かく、力強さの中に優しさがあった。そのまっすぐな想いに、ルィンもまた素直に応えたくなった。
「じゃあ今日はそろそろ休もうか。おやすみ、ルィン」
「うん。おやすみ、ユース」
焚き火の明かりがゆらゆらと揺れ、夜の静寂に包まれていった。薪がはぜる小さな音が虫の声や川のせせらぎと重なり、耳に心地よく響く。火の粉がふわりと舞い、星空に吸い込まれていくのを眺めながら、ルィンは目を閉じた。小さな安心が胸に灯ったまま穏やかな眠りに落ちていく。