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第011話 再出発

 それからのルィンの上達は早かった――


「僕は約束したんだ――! はぁあ!!」


 ――ルィンの右手で輝く大きな水の刃が、眩い光を放ちながら滝を真っ二つに分かつ。轟音とともに滝壺に大量の水しぶきが舞い上がった。


「はぁっ……はぁ! やったっ!」


 息を切らしながら達成感に満ちた笑みがこぼれる。


「ついにやったわね!」

「ふふっ、おめでとう」


 丸太に座りながら応援してくれていたルナとルルアが駆け寄ってくる。


「ルルアのおかげだよ! まさか三日であそこまで出来るようになるなんて!」

「ううん、ルルアはちょっとコツを教えただけ。がんばったのは、お兄ちゃん」


 その言葉に、ルィンはルルアに向き直った。


「ルルアは、僕がルルアの兄だって知っていたの?」

「うん。お父さんから聞いた」

「……そっか」


 胸の奥がふわっとあたたかくなる。小さくて、抱きしめたくなるような愛おしい気持ちが込み上げる。頼られたわけでもないのに、自然と「守ってあげたい」と思った。それがきっと、兄というものなんだろう。


「ルルア、本当にありがとう」


 ルルアの頭を優しく撫でた。


「うん。お父さんに報告しに行こうよ」


 そう言ってルィンの手を引く細い指にぬくもりを感じながら、静かにその横に歩を合わせた。



「試練をこなしたようだな。ここからでも滝が割れる音が聞こえてきたぞ」

「うん。ルルアのおかげだよ」


 嬉しそうに言うと、ルィンはすっと視線を上げ、表情を引き締めてダンルークを見つめた。


「お父さん、僕行くね」

「ああ、お前の決意は分かっている。水の宝石『アイルの静謐せいひつ』は私やセルシア、そしてルルアの代わりだと思って持って行くといい。きっとこの先お前を見守っていてくれるはずだ」

「ありがとう……アイルの静謐っていうのは?」


 ルィンは聞き慣れない言葉に首をかしげる。


「それぞれの宝石には、代々伝わる名前が付いているはずだ。アイルの静謐は青の里に流れる静けさと、民の穏やかな心を映した名なのだろう」


 ルィンの指輪を見てダンルークは続ける。


「他の宝石の手がかりを求めるのなら、ここからだと炎の国にある赤の里を探すといいだろう」

「炎の国……わかった!」


 ルィンは大きく頷いた。その瞳に迷いはなかった。


「気を付けて行きなさい。そして、私たちはいつでもお前の帰りを歓迎する」

「ありがとう、お父さん」

「ふっ。お前のその決意の固い眼差しはセルシアにそっくりだ。お前の旅に『アイルレーヴィの加護』があらんことを」



 里の入り口まで来ると、振り返って青の里の景色を目に焼き付けた。

 深い森に囲まれた静かで神秘的な場所。透き通った泉、幻想的な光を放つ苔。ルィンに声をかけてくる人々の優しい目線。ここが自分の生まれた場所であり、もう一つの故郷なのだと改めて実感した。


 ルィンはもう一度里を見渡したあと、見送りに来てくれたルルアの方を向いた。


「ルルア、さっきお父さんが言ってた『アイルレーヴィ』ってどういう意味?」

「この里はみんなアイルレーヴィ。ルルアもルルア・アイルレーヴィ」


 ルルアの言葉にしばし考え込む。


「そうなんだ。じゃあ、僕はルィン・アイルレーヴィなのかな」

「そうよ」


 それを聞いて、ルィンは今まで知ることの出来なかった自身の秘密に触れられたような気がした。


「ありがとう、ルルア。僕そろそろ行くね」


 そう言うと、ルルアは俯いて黙り込んだ。


「ルルア?」

「ルルアはお兄ちゃんと離れるのが寂しいのよ」


 ルナがルルアの気持ちを代弁した。

 ルィンは少しだけかがみ、目線をルルアに合わせた。


「ルルア、僕もせっかく会えたルルアとまたお別れしなくちゃいけなくて寂しいよ。でもまた帰って来るから。ね? ほら、約束」


 ルィンは小指を差し出した。ルルアは顔を上げ、そっと重ねるように指を絡ませた。


「ん……わかった、待ってる。気を付けてね、お兄ちゃん」


 そう言うと、ルルアは少し恥ずかしそうな表情をして小さな花の飾りを差し出した。


「お兄ちゃん、これ……」


 それは滝のふもとに咲いていた白い花で編まれたものだった。


「お花のブレスレット、つくってみたの。お兄ちゃんが無事に旅を続けられるようにって」

「――っ」


 ルィンはそっと受け取ってしばらく見つめた後、それを手首にやさしく巻いた。


「――ルルア、ありがとう。大切にするね。必ずまた来るからね」


 ルィンはそっとルルアの頭を撫で、静かに背を向けた。

 ルルアは小さな手を振り続け、その姿を見送った。手首にはルィンのものとおそろいの花の飾りが揺れていた。



「フフッ、約束が増えちゃったわね!」


 帰り道、森の木漏れ日の中を歩くルィンの肩にルナがふわっと乗って微笑んだ。


「うん。僕、青の里に来てよかったよ。ありがとう、じいちゃん……」


 その時、森の茂みから三体の影の狼が姿を現した。

 鋭い牙を剥き出しにして威嚇するようにルィンに迫る。


「ルゥ……!」

「任せて! 水刃(ヴァッシュ・アイル)!」


 ルィンは落ち着いた様子で右手に水の刃を生成する。青の里での修練の成果か刃は以前より力強く輝き、その周りに漂う水の粒子がまるで生きているかのようにきらめいていた。


「はぁっ!」


 声を張り、水の刃を大きく振るう。刃は鋭い水流となり三体の狼をまとめて切り裂いた。狼たちは断末魔の叫びを上げる間もなく黒い煙を上げながら消滅していった。


「やるじゃない、ルゥ!」

「うん、里で鍛えたこと、ちゃんと意味があったんだ……」


 手のひらを見つめ、身体の奥から満ちてくる力を感じた。


「ルナ、行こう! 次は炎の国だ!」


 ルィンは森へ来た時よりもずっと軽やかな足取りで木々の合間を駆け抜けていった。その背中には強い決意と、新たな力への自信に満ちた光が灯っていた――


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