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幻想水月物語  作者: 安良木 響花
【藍の章】
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第105話 第四回戦

 ガノフは炎の国の村で育った。武術の師範だった祖父から幼い頃より戦い方を叩き込まれ、物心がつく頃には己の技を磨く修行が自然と生活の一部となっていた。


「うぐぁ――ッ!! ま、まいった! 勘弁してくれェ!」

「……フン、くだらん。八面玲瓏はちめんれいろう――もっとれの力を高めてくれるような、骨のある奴はいないのか」


 近隣では負け知らずとなり、祖父から学ぶことも尽きたガノフは村を出た。強さだけを求め、旅を始めた。


 戦いを渡る者たち――リーター。彼もそんな者たちの一人だった。

 旅の間も休むことなく身体を鍛え続けた。その土地の風土に触れることもせず、ボロボロになるまで歩き続けた。


「物見遊山――無病息災」


 旅をするうちに、天道てんどうを身につけ、技をさらに磨いた。他の術は要らなかった。信じるのは、祖父から受け継いだ己の身技のみだった。


 炎の国、雷の国、風の国――各地を旅して世界を知った。時には負けることもあった。だが、その瞳の炎は消えることを知らない。


「意気消沈――留まるべからず」


 ガノフは決して折れなかった。それらも自分の強さのかてとなることを知っていた。



 そして大地の国――大陸武闘会の噂を耳にしたガノフは、即座に出場することを決めた。ミラスに辿り着くと、そこは強者きょうじゃの匂いに満ちていた。


「電光石火――遂に来たり」


 ガノフはたかぶる。ここは己の求めていた場所だ――と。



 決勝トーナメント当日。

 予選を通過したガノフは、会場に着くまでの間、どのような強者たちと相まみえるのだろうかと期待に胸を膨らませていた。


 しかし、目の前に現れたのは、武術のかけらも知らないような幼い子供たちだった。


「……大陸武闘会、ただの遊戯会だったか――」


 ガノフは肩透かしをくらった。

 第三回戦までを見届けたガノフは人知れずため息を吐いた。


蛍雪之功けいせつのこう――くだらん、ただの派手な術のぶつけ合いで武術を語るなど、明朗闊達めいろうかったつ――何もわかっていないな」


 この大会を優勝した後、景品の「月の指輪」を売って旅費を稼ぎ、今度は別の大陸を巡ることにしよう――そんなことを考えながら成り行きを眺めていると、やっと自分の試合が回ってきた。


「さぁ、みなさん準備はよろしいでしょうか!! 先ほどは理解が及ばないような技の応酬に、私も実況の仕事を忘れてひたすらに見入ってしまいましたが、気を取り直していきましょう!」


「フン、明察秋毫めいさつしゅうごう――あのような見た目だけの妖術に騙されるなど、修行が足りんな」


 ガノフは会場の中心で腕を組みながら吐露した。


「第四回戦は、『剛力のガノフ』対『白衣のアシュア』!! ガノフ選手は突如頭角を現した炎の国出身の凄腕のリーターであり、ひたすらに強さを求め、ついにこの大陸武闘会まで辿り着きました!! その鍛え抜かれた肉体と、発せられる哲学的な言葉の数々! ただならぬオーラを放っております!!」


「ウォオオ――――ッ」

「がんばれ兄ちゃん――ッ!!」

「ステキーーッ!!」


 観客の声援を聞き流し、ガノフは目の前に立つ人物を改めて見据えた。

 頭から足先まで白いローブを纏い、顔を見せようともしない。衣の隙間からかろうじて木剣は確認できるが、ここまで来ても覇気も気迫も感じられない。


「フン、ここでも大したかては得られんな、意気衝天だ」


 ガノフはその姿を見て落胆する。


「アシュア選手は主催側からしても謎に包まれた人物でありまして、最近この街に辿り着いた旅人という情報以外は明かして頂けませんでした!! ですがッ! そんなミステリアスもこの大会では大歓迎!! 私、今までの試合とはまた違った方向の期待感に溢れております!!」


「貴様、対戦相手のれを前にしてもその皮を脱がぬというのか」

「……」

「フン、まぁいい、ならこちらから剥ぎ取ってやろう――!」


 試合開始の鐘と同時にガノフは跳び込んだ。全身に力を乗せ、拳に天道を集中させる。

 だが、それを見てもローブの人物――アシュアは動きを見せず、その場に静かに立ったままだった。


「舐めたマネを――後悔するなよ!! 七転八倒しちてんばっとう剛健爆烈拳ごうけんばくれつけんッ!!」


 ガノフの拳がフードに迫る。その動きは油断のできない鋭さだった。


 七転八倒・剛健爆烈拳――それはガノフが六年をかけて完成させた究極の奥義だった。音速を超え、岩石をも貫く破壊的な必殺技――自身の武術に対する想いをひとつの拳に乗せ、強く在ろうという己の人生と、その固い意思を体現したような一撃。直撃を受けた相手をことごとく引退へ追いやってきた。


「……」


 拳がぶつかる直前――ガノフの脳裏に一筋の雑念がよぎった。ガノフは己の突き出す拳をちらと見た。


れの拳が、また人の武術の人生を奪ってしまうのか……己れの拳は、本当にそれを望んでいるのか……?)


 握りしめる指が一瞬緩む。拳に迷いが生じる。


 ――その時、頭に祖父の顔が浮かんだ。


 ――ガノフ、忘れるな。一心不乱――迷いは“弱さ”を生む。“やさしさ”と“同情”を履き違えるなよ。戦いの場では決して隙を見せるな。それこそが――“真の武闘家”だ。


「――!! れは――ッ!!」


 ガノフの拳に力が戻った。

 その眼差しに迷いは――もうなかった。


「うォおおおお――――ッ!!」


「ガノフ選手ーッ!! 雄叫びとともに突っ込――」


「――ッ!?」


 ガノフは吹き飛んだ。拳がローブに触れる瞬間、嵐のような爆風が全身を襲い、反対方向へ弾き飛ばされた。


「――ぐぬォおおおおお――――ッ!!」


 空中で必死に足を踏ん張ろうと藻掻もがく。だが、虚空を蹴る足は虚しく空転するのみで、そこに体を支える足場はなかった。


「ぐはァッ――」


 背中から壁に激突したガノフは、そのまま力無く顔面から崩れ落ちた。


「心頭滅却――落日の風……これもまた……糧……」


 その言葉を最後に、ガノフはそのまま気を失った。




「あいつさっきからずっと何言ってるのかしら、それっぽいこと言いたいだけ?」


 ルィンの頭に腰掛け、頬杖をついたルナが呟いた。


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