第104話 第三回戦
「昇る水流!!」
「架芯烈ッ!!」
跳躍したところを狙った噴き出る水流は、重心を乗せた十文字斬りで相殺される。
「闇落とし!!」
「っ! 烈空刃っ!」
頭上から降り注ぐ闇は、大きな一太刀で打ち払われる。
息をつく暇もなく、二つの影が交差した。
「やぁっ!!」
「オラっ、はァッ!」
水流を纏った木剣と、闇を宿した双木刀が火花を散らすように激突する。
「今だっ! 水流線!!」
「――くっ!! ――闇落ちる剣!!」
「わっあぶなっ! ――滑る水!!」
「うわわっ、この……っ、闇縛! うらぁッ!」
「うくっ……! やぁっ――!!」
木製の武器のはずが、まるで金属同士がぶつかり合うような甲高い音が会場に響く。
「…………」
会場はすっかり静まり返っていた。観客たちはその見慣れぬ技の応酬に、唖然としてただ眺めることしかできなかった。
「おいおい、あいつら派手にやりすぎじゃねえか……!?」
一緒に試合を眺めていたライリーが慌てたように声を上げる。
「そうだね、でも――」
「ええ、止める理由はないわ」
ルィンとフェルナリーザは変わらぬ様子で試合を見つめる。
「まあここの連中はこういうの見慣れてるはずなんだが……」
「ははっ、さすがに驚いてるよな」
ライリーとユーステスは明るく振る舞うが、ルィンたちの真剣な目つきに思わず押し黙ってしまう。
「……なぁ、あいつらさっきなんかあったのか?」
「……」
ルィンたちはそれには答えず、黙って戦いを見守っていた。
◇
寸刻前――。
フェルナリーザとライリーの試合の後、会場が休憩を取る中、ナヴィとゼルはそれぞれ深呼吸や瞑想をしながら気持ちを集中させていた。
第三回戦はナヴィとゼルの試合だった。運命とも言える二人の戦いに周囲は心を躍らせるが、二人の真剣な姿に茶々を入れるようなことはしなかった。
「よしっ! ルゥ、行ってくるっ!」
「うん、応援してるよ、ナヴィ!」
ナヴィが気合いを入れ、会場の中央へと歩いていく。その手には固く木剣が握られていた。
「ゼル、何を迷っているの? ほら、始まるわよ」
「……そうだね」
それだけ言うとゼルは木製の小刀を二つ携え、控え席から去っていく。
「ゼル、どうしたの? なんか元気ないというか……さっきまでそんなことなかったのに」
「どうかしら、いつもあんな感じよ? ……でもそうね、確かに何か考え事はしてるわね」
フェルナリーザは伸ばした肘に手を当て、去っていくゼルの背を見つめる。その目は、弟を見送るような視線だった。
「皆さん準備はよろしいでしょうか!! 続きまして第三回戦! この試合も大きな盛り上がりを見せてくれそうです! この試合を彩るのは、『紅焰の剣士ナヴィ』対『双剣の冥王ゼル』!! なんと二人とも十歳ということで、史上最年少の決勝トーナメント出場を、同時に決めております!!」
「いやーん、かわいいーーっ!!」
「がんばれーーっ!!」
「手加減してやれよ坊主ーー!!」
「“冥王”だってよ! フェルナリーザ、お前より強そうだぞ!」
「……あとでいじり倒してやるわ」
ライリーの茶化しに、フェルナリーザは低い声で返す。
ナヴィやゼルたち精霊は、年を取って見た目が変わるということはないが、出場登録の際にその外見から二人は十歳ということにしていた。
二人が中央で向き合ったところで、試合開始を告げる鐘が響いた。
「――さぁ! 試合開始です!! この二名はどのような戦いを見せてくれるのでしょうか!!」
「ゼルくんっ、負けないよっ!!」
ナヴィは燃えるような赤髪を揺らし、すらりと木剣を前に構えた。その顔は高揚と自信に満ちていた。
「……」
だが、ゼルは目を逸らし、武器を持つ腕を上げようとしない。
「ゼルくん?」
その様子に、ナヴィも思わず武器を下げる。
「どうしたの?」
「……僕、ナヴィちゃんとは、戦いづらくって――」
「えっ? どうして?」
ゼルは俯いたまま沈黙した。
「ゼルくん?」
「……僕は、君に恩とも言える大きな借りがあるんだ」
「えっ!? あたしっ!? 何かしたっけっ!?」
驚くナヴィを前に、ゼルはゆっくりと顔を上げた。
「……“あの時”――魔界でフェリ姉ちゃんが“影”に乗っ取られたとき、君は体を張ってフェリ姉ちゃんを止めてくれただろ」
控え席のフェルナリーザが肩をぴくりと反応させた。
ゼルの言葉に、ナヴィの頭にもその時の光景が蘇ってくる。
「あっ――あの時の……?」
「そう、僕はあの時、“影の力”に抑え込まれて外に出ることができなかった……フェリ姉ちゃんが苦しんでいたのに、僕は刀の中から見ていることしかできなかったんだ――ほんと、フェリ姉ちゃんの精霊失格だよ……っ」
ゼルの悔しさと不甲斐なさを乗せた言葉に、ナヴィも目線を落とす。
「そうだったんだ……」
「だから、身を挺してフェリ姉ちゃんを止めてくれた君に、模擬戦と言えど刃を向けるなんて、僕には……」
二人の間に沈黙が走る。
「ど、どうしたのでしょうー!? 両名とも、向かい合ったまま動きを見せません!! 試合はすでに始まっておりますー!!」
「肩の力抜けーー!!」
「早くしろーーッ!!」
「カワイイーーッ!!」
「あいつら何か話してんのか? ここからじゃよく聞こえねえが」
「……」
ルィンとフェルナリーザは二人からじっと目を逸さなかった。ルィンたちには自分たちの精霊の言葉と気持ちが、痛いほど伝わってきていた。
しばらく黙っていたナヴィは、顔を上げて小さく頷いた。
「わかった、ゼルくんがそこまで気にしているのなら、その借りを今返してよ」
「えっ? それはどういう……」
「ここであたしと全力で戦って」
「えっ……」
ナヴィはまっすぐにゼルを見る。
「あたしが勝手に思ってるだけかもしれないけど、ゼルくんはあたしの目標で、ライバルでもあるんだよ。だから、ここでゼルくんと戦えることになって、あたしすごくワクワクしてたんだからっ。あなたがここで辞退なんてしたら、それこそ恩を仇で返すことになっちゃうかもしれないよ?」
「……」
言葉を探すゼルに、ナヴィは続ける。
「ゼルくんの気持ちは全部は晴れないかもしれないけど、あたしはゼルくんと戦えたらとっても嬉しいなっ。それに、二人で全力で戦ったらすっごく楽しそうだと思わない?」
その言葉に、ゼルの目に微かに光が灯る。
「全力で……」
「そう! 人目なんか気にしないで、思いっきり戦うの! ルゥやフェリちゃんがダメって言うまで、本気の本気で――!!」
ナヴィは拳を握ってみせる。
ゼルは手のひらを見つめていたが、その手にしだいに力が戻ってくる。
「……ここで、君に恩返しの全部はできないかもしれないけど……確かに楽しそうだ、その“全力で”っていうのは」
「うん! やっとゼルくんが顔を上げてくれたねっ! そう、恩とか借りとかは今はむしろ忘れちゃおう! 楽しむことだけ考えようよっ!」
「――うん……そう考えると、僕もなんだかワクワクしてきたかも――」
拳を握りしめて視線を返すゼルに、ナヴィはニッと笑って見せた。
「いいねっ! じゃあ、準備はいーい? ――“チビ”のゼルくん!!」
「――っ!?」
「あははっ! ほら、どーするのっ?」
「……! ……よ、よわむしナヴィちゃん゛――っ!!」
「あははっ、声裏返ってるよっ? かわいいなあっ!」
「……っ!!」
二人のやりとりを遠くで見守っていたルィンとフェルナリーザは、口元をふっと緩めた。自分たちの“誇り”とも言える彼らが、走り、悩み、笑う――ただそれだけのことが、胸の奥を暖かくさせていた。
「……ありがとう、ゼルーシュヴェルト」
フェルナリーザの口から、誰にも聞こえないような小さな声がこぼれた。
◇
「はぁ、はぁっ……ナヴィちゃんって、よわむしなのにっ……魔法は、強気だよね……!」
「ゼルくんだってっ……はぁっ……チビのくせに、使う技は、大きいんだから……っ!」
二人は技の間に軽口を乗せ合う。
「ふふっ、あの子たち、貶しているのか褒め合っているのかもうわからないわね」
「ははっ、たしかにそうだね」
「……でも、あいつらすげー楽しそうに戦ってんな」
会場が未だ声を取り戻さない中、その静寂に二人の掛け声と息遣いがこだましていた。
「――いくよっ! 水花乱刃! はぁっ――!!」
「闇舞乱刃!! うらァっ――!!」
無数の水色の光と漆黒の軌跡がぶつかり合い、会場に金属音を響かせながら落ちていく。
「……はぁ、はぁっ、ゼルくん、あたしっ、次でもう……最後かも――!」
「――はぁっ、ぼ、僕もかな……なら――」
「うん、最後も、“全力で”……!」
膝に手をつく二人は立ち上がって小さく微笑むと、足を踏み込み、同時に大きく跳躍した。
「――水龍演舞!! やぁあああ――ッ!!」
「――獅子闇刃!! うぉぁああ――ッ!!」
花のように舞い踊る水龍を纏ったナヴィと、双剣に漆黒の獅子の残影を乗せたゼル。互いの獣が空中で激突すると、その衝撃波で会場が大きく震え、砂塵が嵐のように巻き上がった。
「はぁああああ――――ッ!!」
宙で力をぶつけ合う。互いに一歩も引かず、渾身の力を注ぎ続ける。視線が交差する。表情は高揚に溢れていた。
「――――ッ!!!」
力を乗せていた二人の武器が壊れ、二人は宙で交差する。位置が入れ替わるようにして着地した。
会場が息を呑んで食い入るように見つめる中、砂埃の奥に立つひとつの人影が見えてくる。
――立っていたのは、ゼルだった。
「はぁ、はぁっ……!」
「あはは……っ、あたしっ……力が抜けて、立てないや……」
ナヴィは仰向けに倒れたままだったが、その表情は満ち足りていた。
勝敗が決してもなお、歓声は沸かない。誰も声を出せない。誰もが目の前の光景を信じられないかのように言葉を失っていた。
「――こ、こ、こ、これは――――!! これはッ!! ゼル選手の勝利だ――――ッ!!」
実況の絶叫が静寂を破ると、堰を切ったように会場全体が爆発的な歓声に包まれた。
「どーお? ゼルくん、すっきりしたっ?」
「……うん! 最高だね……! ありがとう、ナヴィちゃん」
「あははっ! よかったっ!」
「……これからも恩返し、させてもらうよ」
「うんっ、それじゃあ、またやろうねっ!」
少年と少女の笑顔は、澄み渡る青空を映したかのように、晴々としたものだった。




