第102話 第一回戦
「さぁ、今年も始まりました!! 皆さんお待ちかね、大陸武闘会! 実況は今年も私パーキルトが担当させていただきます! 今年はどのような盛り上がりを見せてくれるのでしょうか!!」
青空の下に広がる大闘技場。高い壁が中央を囲むように連なり、外周では人々が思い思いに声を上げていた。
その日は、大陸最北端にある商業都市ミラスで、年に一度の闘技大会が開催される日だった。
「今年の優勝賞品は、伝説の秘宝こと『月の指輪』! その美しさはまさに神話級! 家宝にしてもよし! 愛するあの人に贈ってもよし! 選手たちには名誉とともにこの秘宝を目指して戦っていただきます!!」
「ワァアアーーッ!!」
観客席の熱気は最大限まで高まりつつあった。
人々の視線の先には、木製の武器を持って向かい合う二人の姿があった。
「第一回戦を飾るのは、『吟遊詩人ユーステス』対『金色の剣士ルィン』! ユーステス選手はなんとあの“ハルツ”の御曹司! 吟遊詩人としての旅で身に付けた技を披露してくれそうです!」
「ウォオオオ――――!!」
「ユーステス様ーー!」
「金貸せーーーッ!!」
「――まさか一回戦でルィンと当たるなんてな、つくづく運が付いてないよ」
ユーステスは短く息を吐き、槍を持つ手に力を込める。
「対するルィン選手は今年初めての出場で、大会に出るために水の国の山奥からはるばるこのミラスの街までやってまいりました!」
「がんばれ坊主ーっ!」
「カワイイ――ッ!」
大陸武闘会――ミラスで年に一度開かれる催しであり、各地から集った腕に自信のある者たちが優勝をかけて力を示す場。ルィンは優勝賞品である「月の指輪」を手に入れることができれば、旅の手掛かりを得られるかもしれないと、仲間たちとともに出場していた。
水の国への遠征から帰還したルィンたちは、予選を難なく通過し、決勝トーナメントへと足を進めていた。
「遠征のときにユースの吟遊詩人の術を見てたんだ、僕だって油断はできないよ」
抽選の結果初戦で戦うことになった二人は、会場から伝わる激しい熱量と盛り上がりの中、その表情に自信と期待感を募らせていた。
「お前が本気を出したら俺なんてあっという間だろうさ」
「僕たちはお互いが当たった時以外は魔法は使わないって決めたんだ。だから、分からないよ」
この大会では、木製の武器と、許可された装備、そして各々が持ちうる“術”の使用が認められていた。
話し合いの末、自分たちの技量を測る良い機会だと考え、魔法使い同士の試合以外は魔法の使用を封じることにした。毎年様々な術を用いた戦いを見てきた闘技大会の観客たちは、魔法を見てもさほど驚かないだろうということで、互いが当たった時には周囲に被害が出ない範囲で魔法を使おうと決めていた。
この試合でルィンが頼れるのは、天道による強化術と、魔法とともに培ってきた己の技術だった。
「ははっ、そりゃ俺たちにとっちゃこの上なく好都合だが――」
ユーステスはゴクリと息を呑んだ。
木剣を構え、半身となってゆらりと立つルィンからは、得体の知れない“圧”が伝わってくる。
「……一体どんな旅を経たらそんな空気を纏えるんだ……?」
ユーステスが呟いた直後、闘技場に大きな鐘の音が響いた。
「試合開始です!! どちらかが降参を宣言するか、審判が決着がついたと判断した場合に勝敗が決まります!」
ユーステスは槍を模した木製の棒を片手に持ち、器用に身体の周囲で回しながら息を吸い込んだ。
「我が五詞章よ! 彼の地の調べをこの身に宿さん! 力の強化!!」
ユーステスが唱えると、その身体に巡る力が高まる気配が伝わってきた。
「先に動いたのはユーステス選手! 得意の詩唱術の光が体を包みます!」
「こっちから行くぞ!!」
ユーステスは間合いを詰めると、深く踏み込んで槍を繰り出した。ルィンは迫り来るユーステスの視線から攻撃の軌道を読み取り、木剣の腹で槍先を受け止めた。
ユーステスの攻撃は天道の身体強化も合わさり、その威力は今まで出会った旅人の中でも群を抜いていた。
そのまま力で武器を押し合う。
「強く、なったねッ、ユース――!」
「お前が言うか……!」
剣と槍の打ち合いが始まった。ルィンは槍の間合いのまま攻撃を避け、弾き、鋭く反撃を返す。ユーステスもなんとか反応するも、すぐに攻勢はルィンに傾く。
「くッ……そっ――!」
ルィンは魔法が無くとも、旅で培ってきた“体術”、“剣術”、“目”とあらゆる面でユーステスを圧倒していた。
観客席がざわめき出す。
「なんということでしょう!! ルィン選手、素早い身のこなしでユーステス選手の繰り出す槍の連撃をいなし続けています! どちらも動きが速すぎて目で追うことすら難しいーーッ!」
「おい……あの金髪、すごくないか……!?」
「ハルツの攻めも凄まじいが、あいつ、全部さばいてやがる……!」
「な、なんなんだ……!?」
ユーステスはルィンの横薙ぎを後転して避けると、そのまま距離を取った。
「くッ、それなら――!」
槍を地面に突き立てると、身体の前で両手を組んだ。
「我が十二詞章よ! 彼の英雄の目論見を懺悔せよ! 暗闇の霧!!」
二人の周辺に暗い霧が広がっていく。
「おーッと!! ユーステス選手の詩唱術によって視界が大きく遮られました! これは私たちにも中の様子がよく見えません!!」
実況が響く中、ルィンは耳と目を凝らして周囲を警戒する。
「こんなこともできるのか……ユースはどこに……、――!!」
――刹那、背後から“気配”を感じ、ルィンは体を横に傾けた。ユーステスの鋭い突きは、ぎりぎりのところでかわされた。
「――っ! これもだめか!!」
「見つけたよッ!!」
霧が晴れていく中、ルィンは地を蹴り、一気に距離を詰める。
ユーステスは接近される寸前で、武器を持った両手を前に構えた。
「閃光!!」
「――!! 目眩しか……!」
ユーステスを中心に眩い光が放たれ、ルィンは咄嗟に目をつむる。目を開けるとユーステスは大きく距離を取っていた。
「これはなんとーーッ! ユーステス選手が見せたのは詩唱術の即時発動!! それをこなすには高い技術が必要だと言われています!! 私も見るのは初めてです! 初戦からいきなり高度な戦いが繰り広げられています!!」
会場がどよめく中、ユーステスが次の詠唱を始める。
「我が十七詞章よ! 彼の地に眠る――、――っ!?」
突如飛んできた木剣にユーステスは詠唱を止め、咄嗟に槍で受けた。乾いた音を立てて弾かれた木剣は大きく宙を舞う。視線を戻すと、武器を投げたルィンが全速力で向かってくるところだった。
「させないよっ!!」
「くっ……! だが武器を手放したな――!!」
接近するルィンに槍を繰り出す。しかし、またもやぎりぎりでかわされる。途切れることなく続くユーステスの攻撃を、ルィンは紙一重で避け続ける。
「当たら、ない……っ! どんな動きだよ……! くそっ――!!」
精彩の乱れたユーステスの槍を、手刀で弾く。そして、隙のできた半身へ、すかさず回し蹴りを放った。
「はぁッ――!」
「ぐぁっ……!」
大きく吹き飛ばされたユーステスを追って、ルィンも跳躍する。背中から落下したユーステスは、跳んでくるルィンに向けて咄嗟に槍を向けた。
ルィンは空中で前転し、宙返りの体勢で槍を掴む。ユーステスは槍を奪われまいとその手に力を込める。
「はぁああ――ッ!!」
「おいおいおい……!!」
背負い投げの如く槍を持ち上げたルィンの力に負け、ユーステスは遠心力で槍から手が離れ大きく宙を舞う。体勢を整える間もなくそのまま無造作に地面へ落下していく。
「うぐっ――」
同時に、高く高く弾き上げられていた木剣が重力に従い、この瞬間を待っていたかのように落下してきた。ルィンは倒れたユーステスの前で手を掲げ、頭上で木剣を掴む。それを、首元に向けた。
「……はは……まいった」
一瞬の静寂。
そして――
「――ウォオオオ――――!!」
「見たか!? なんだ今の動き!!」
「すごいぞあの金髪!!」
「かっこいいーー!!」
ルィンはユーステスの手を掴み、その体を引き起こした。
「やれやれ、詩唱の痛いところを突かれたな。それになんだよあの最後の動き……」
「ふふっ、ユースの術がすごいから、何かされる前に一気に攻めなきゃって思ったんだ」
「簡単に言うけどな……」
二人はそのまま固い握手を交わした。
「……強くなったな!! ルィン!」
「うん! ユースもね!」
「……お前に言われるともどがゆいな」
会場の熱気は冷めやまない。
「ルィン選手、すさまじい動きでユーステス選手をあっという間に押し切りました! それまでの目を見張るような剣さばきだけでなく、まるで舞うような体術!! 私、長年実況を務めて参りましたが、あのような動きは今まで見たことがありません!! 今年は波乱の予感がします!! 第一回戦、金色の剣士、ルィン選手の勝利――――ッ!!」




